ふたりの牢獄人生 作:水瓜
ココが変異薬を飲んでから二週間程が経過した。
恐らく固有魔法の影響だろう味覚異常は当初のまま元に戻る気配が無いが、危惧していた食料及び飲料の不足についてはそこまで危惧しなくても良いようだ。
と言うのも、ココが母乳以外にも飲食可能な物質を産出する事が出来ると判明したからだ。
喉の渇きを癒す飲料に関しては母乳と……、それから尿も摂取が可能だった。
しかし母乳に関しては兎も角、尿の摂取に関しては未だに抵抗があるし、第一母乳のように美味く感じるという訳でもない。
臭いはあまり感じないし、味は僅かに塩気が混じっている以外は水とほぼ変わらないのだが、飲み終わった後に鼻の奥に残る尿の風味は少しきつい。
まあ、我慢をすれば飲めない程ではないといったところか。
母乳だけで必要な水分と栄養を補給できれば良いのだが、迷宮内で産生を促進させても一日に得られる母乳の量はコップ四杯分程度で、それだけで済ませるには足りない量だ。
今の俺が主な栄養源としているのは、彼女の胎の中で生み出される卵のような物体だった。
迷宮内で魔力を消費して母乳を生み出す事が出来る事実を発見した日の夜、ココが腹部に違和感を訴えだして、すわ病気の再燃かと不安に駆られた。
しかし詳しく聞いてみると、その違和感は腹の中に何かが溜まっているような感覚ではあるが、尿とも便とも違う物だという。
やがて何か出そうだと言い残して便所の部屋に籠ったココは、数分後に大声で俺を呼んできた。
急いで中に入り彼女を見ると、恐怖と混乱に涙を滲ませながら足を大きく開いて立っていて、その股の間からは鮮やかな桃色の粘膜に覆われた細長い何かが二十サント程ぶら下がっていた。
それは親指と人差し指で作る輪くらいの太さであり、膣口から飛び出している。
内部は管状になっているのか、先端にはミミズの口のような周囲が盛り上がった小さな穴が開いていた。
ココと同様に俺もどう対応すれば良いのか分からず二人で暫しの間固まってしまったが、やがてココは手でその管を膣内に押し戻そうとした。
その接触が刺激となったのか先端の穴から小鳥の卵のような楕円形の物体が排出されたのだ。
咄嗟に手で受け止めたその物体はカエルの卵のように透明な膜に覆われていて、内部の黄色い液体が透けて見えている。
膜はぴんと張り詰めたような弾力があり、力を掛ければ簡単に破けそうな感触がする。
この未知の物体の扱いに対して、どうすべきか分からずに観察していると、数分程でその物体はひとりでにぷつんと弾けて中のとろみのある液体が溢れ出した。
変異薬を飲ませてからココの母乳しか飲んでいない空腹状態にあった俺は、ある種の予感に突き動かされてその液体に口を付ける。
すると舌に広がったのは、ねっとりとしたコクと仄かな甘さを兼ね備えた卵黄のような味だった。
栄養も豊富なようで小さいが腹に溜まりやすく、その後の調査でココはこの卵を一日に二十個程生み出せる事が明らかになり、今では俺の主食のような存在になっている。
ココの変異と、俺に生じた味覚異常により生活には大きな変化が起きたが少なくとも生きていく分には何とかなりそうだ。
但しココが産出した体液や卵は普通に摂取できる期限が非常に短く、体外に出てから数分程しか持たない。
その時間を過ぎると徐々に食味が悪化し、ニ十分も経つ頃には身体が受け付けなくなってしまうのだ。
ココ由来の飲食物が体外では数分しか持たない都合上、必然的に彼女の居る地下牢から長くは離れられなくなり、迷宮探索も以前のようには行かなくなった。
地下牢にあるゲートから現在探索の場にしている第二階層の入り口までは慎重に行けば一時間弱であり、飲食物を持ち歩かなくても移動には問題は無い。
しかし第二階層内の未知の領域を探索している時に、道に迷って帰還用のゲートがある安全地帯を見失えば、今までのように携帯食と水筒で飢えと渇きを満たしながら安全地帯を気長に探すという訳には行かず、下手をすると餓死する危険もある。
それを防ぐ為に探索済みの領域に再出現した魔物の討伐を中心に活動しているので稼ぎは以前より大分減った。
とは言え酒などの嗜好品が必要なくなったので、それ自体は大きな問題にはなっていない。
――しかし生活に何の問題もないと言う訳では無く、実を言えば最近はココとの関係が気まずくなってしまっている。
但し、彼女には全く落ち度は無いのだが……。
今の俺の生活と言えば朝はココの母乳や尿を飲んで軽く腹を満たした後、第二階層で短めの探索を終え、地下牢で早めの夕食を済ませる。
前までは酒を嗜んだり、偶には贅沢をして質の良い食品や菓子を楽しんだりもしたが今では食べられる物は母乳か卵だけであり、夕方以降の長い時間をひたすら古新聞や小説を読んで過ごしていた。
毎日のように魔物を殺しながら、解放感の無い地下牢と迷宮の往復で暮らしていると流石に心に疲労が蓄積していく。
以前までは酒が心の淀みを押し流す良薬になってくれていたが、俺はもう二度とあの心地いい酩酊に微睡む事は出来ないだろう。
もう一つの心を癒してくれるひと時だった、ココとの性行為に関しても最近はご無沙汰にしていた。
その原因は俺にある。
何故なら、彼女との行為の途中で萎えてしまうのだから。
前まではあれ程楽しかったココとの行為に、どうして没頭できなくなったのか。
原因については自分でも色々と考えて幾つか思い当たる事はあった。
単純な一つの要因ではなく、複数の要素が折り重なった結果だと思うのだが一言に纏めると、俺はもうココを奴隷だと思えなくなってしまったという事だろう。
身分が低く逆らえない立場にある女性を犯すのは、妻や娼婦との行為よりも遥かに興奮すると諺にもある。
この監獄に来てから変異薬を飲むまで、彼女は確かに奴隷だった。
俺が迷宮で稼いでくる金に生活の全てを依存し、常に俺の機嫌を取る為に卑屈に立ち回り続けていた。
気心が知れてからは、ココも彼女自身の望みを口にしたりと関係に多少の緩さは生まれていたが、やはり俺が主人で彼女が奴隷であるという立場は揺るぎないものだった。
しかし今はどうだろうか。
彼女が病に罹り命の危機に陥った時、俺は彼女に対する愛を強く自覚してしまった。
もう、この女が居なければ生きてはいけない。
そう理解してしまった為に、大切にしつつもどこかで彼女を下に見ていた今までの関係を続けられなくなってしまった。
それに――、これは俺自身の悪心に触れる事になるが、彼女の身体に刻まれた無数の傷がその関係性を強化していた事も否めない。
この地下牢に来る以前、罪人達が労働を強いられる鉱山で性処理要員をしていた時に付けられたという凄惨な火傷や性器周りの傷跡。
全ての爪が剥されているのと、陰核周辺の包皮が切除されて陰核が剥き出しになっているのは、奴隷としての価値を高める為に幼い頃にされたそうだ。
しかし変異薬の副効果により全身の傷の内、幼い頃からのものである爪や陰核包皮の欠損は元に戻らなかったが、火傷や傷跡の大部分は綺麗に消失した。
また以前は栄養の不足からか子供のように小さかった体格も劇的に大きくなり、今では一般的な女性と同じくらいの身長で、肉付きの良い肉体へと変化している。
変異前のココは多少は肉が付いたとはいえ痩せた脇腹には肋骨が浮かび、抱きしめると骨の感触がしたものだが、今はそんな事は無い。
容姿の良い者達を交配させて生まれた奴隷の例に漏れず元々整っていた顔立ちもあって、今の彼女は着飾って街を歩けば多くの男達が振り返るだろう美女へと変貌した。
顔も当初は気が付かなかったが、病でのやつれが消えると面影を残しつつ大人びた風貌に変化していて、空のように青く大きな瞳は快活さの中に妖艶さが混じり、薄かった唇も肉感的な思わず触れてしまいたくなる膨らみを帯びた。
少し低めの鼻も彼女の魅力を損なうものでは無く、寧ろ小動物のような愛らしさを加えていた。
彼女が古傷を除く傷跡が無い、美しい肉体へと生まれ変わったのは喜ばしい事だが、その身体を見ても不思議と以前のような強い性衝動は沸き上がってこない。
認めたくは無い事だが俺は凄惨な傷が刻まれた彼女だからこそ、遠慮することなく自分の獣欲をぶつけられたのだろう。
例えは悪いがスポーツでも新品の道具を使うと傷つけてしまうのが怖くて、古い道具を使うよりも却って動きが悪くなるという現象がある。 それが丁度、今の状況と似ている気がする。
これまで散々酷使され傷つき果てた彼女なら、少し乱暴に扱ってもそれを嫌がったり厭うたりする事なく従順に従う筈だ。
そんな風に彼女を――、言い方は悪いが見下していたから、娼婦ですら嫌がるような事を平気でさせられたのだと今更ながら気が付いた。
だが彼女を失う恐怖が心に刻まれ、美しくなった肉体に気圧されているような今の俺では、もう彼女を奴隷として粗末には扱えないし、かと言って恋人のように対等に接しようと考えても何故か興奮しない。
ココは不可抗力とは言え、俺を自分が排出した体液や卵しか食べられない身体にしてしまった事に罪悪感を抱いているようで、以前にも増して遜り奉仕をしようとしてくる。
だが足を舐めさせてもマッサージをさせても、ココの身体を気遣う思いが湧き出てしまい、どうしても直ぐに止めてしまう。
その事がまたココの不安を掻き立て自分を責めさせてしまうという、悪循環に入ってしまっていた。
何度も繰り返すが、全て俺が悪いのだ。
俺は恐らく……、ココを唯一無二の存在と認めながらも、心の底で対等な関係になる事には抵抗を持っている。
貴族の家に生まれ、幼い頃から家の為に誇り高くあるようにと教えられてきた。
一流の家庭教師を雇い、王立魔術学校で同じような上流階級の子弟達と生活を共にし、軍では出世が約束されたような花形の部署に配属され。
将来は教養のある高貴な生まれの淑女と結婚するのだろうと信じていたのだ。
そんな人生の果てに辿り着いたこの地下牢でココと出会い、自分とは比べ物にならないような卑しい出自の彼女と暮らす内に心も通じ、彼女を生涯を共にしたい希望も生まれた。
ココを誰よりも愛おしい女性と認めながらも……、やはり俺は貴族としての価値観を捨てきれないらしい。
彼女への愛を自覚した為に奴隷として見る事に抵抗を感じてしまい、しかし生まれの卑しさ故に対等な伴侶としては受け入れられない。
これからどうすれば良いのだろうか。
俺は薄暗い地下牢で、一人悶々として自問自答を繰り返す事しか出来なかった。