※この作品はR-18です。

ふたりの牢獄人生   作:水瓜

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第一話 迷宮攻略

石棺に入って二日目の朝……、なのかは分からないが、リフトの上部の穴から微かな光が差しているので日中ではある。

俺はビスケットとホウレン草の缶詰だけの味気ない朝食を済ませ、迷宮に行く準備をしていた。

この一食だけで手持ちの食料の半分近くを消費した為、早めに探索を行い金を獲得しないと不味い。

 

迷宮刑と言うのは一種の労役刑でもあり、受刑者は監房に備えられた迷宮の入り口から定期的に探索に向かい、自分の食い扶持を自分で稼がなくてはならないのだ。

 

 

戸棚に入っていた鋲付き棍棒を手に取って、感触を確かめるように軽く振ってみる。

重心が先端側に寄っていて、振るう時は少し重いがその分勢いは乗りやすく、威力も高そうだ。

 

貴族の魔術師であっても魔力量は有限であり、どんな敵に対しても魔法で攻撃するという訳にはいかない為、魔法に寄らない攻撃手段は軽視できない。

 

 

今日は迷宮探索の初日だし、ゲートの付近のみを探索する計画だった。

長時間迷宮を探索するのであれば保存食や水筒が必須となるが、今回は嵩張るので置いていく。

 

俺の所持品はライターやタオル、水筒、そしてポケットにチョークを入れただけである。

身に着けた防具は、鉄製の頭部のみを覆う丸いヘルメットと、鉄製の胸当てと脛当て、そして籠手。

靴は踝までの高さの普通の革靴だ。

 

戦場を知らない貴族の中には見栄映えを重視して肉体の魔力強化のみに防御を頼り切る者も居るが、一端の軍人であれば防具の有用性を決して軽視はしない。

 

魔力を持つ人間は自分の肉体に魔力を流す事で強度を大幅に引き上げる事が可能で、従騎士階級の魔力量の少ない兵士でもライフル銃の一撃を防ぐことが出来る。

強化幅は生まれ持った魔力量が多い人間程大きいので、貴族が肉体を強化すれば榴弾砲の直撃でもなければ、そうそう致命傷は負わないものだ。

 

しかし常に全身を強化し続けるのは高度な集中力が必要となり、特に精神的に動揺したり、疲労している状態ではつい強化を切らしてしまいがちだ。

それに魔力を有する存在同士の戦いだと魔力強化はあまりあてにならないので、魔物が跋扈する迷宮に防具無しで挑むのは単なる自殺行為だと言える。

 

分厚いシャボンの膜に顔を突っ込むような感覚を覚えつつゲートを潜ると、そこには監房とは全く別の空間が広がっていた。

 

自然の岩盤を掘って作られたような幅の広い通路が前方へと真っ直ぐに伸びている。

壁の所々から緑がかった光を放つ透明な石が突き出していて、周囲はランプが無くても問題が無い程に明るかった。

 

これが迷宮か……。

実を言えば、俺が迷宮に入ったのはこれが初めてだ。

 

迷宮とは二百年程前、魔物の発生と時期を同じくして各地に出現し始めた建造物であり、内部には現代の技術では作成出来ない貴重な物品が多数存在している。

多くの人間により迷宮からの物資の発掘が行われているが、その危険性から作業に従事するのは比較的貧しい従騎士階級の人間が殆どで、平民と貴族階級は滅多に居ない。

 

平民が少ない理由は簡単で、魔力を持たない平民には魔物を殺すのは難しいという一事に尽きる。

しかし従騎士階級の人間より魔力量が多く、探索においては間違いなく有利となる筈の貴族が探索を行なわないのには別の理由がある。

 

迷宮には貴族の魔術師すらも殺しうる魔物が存在している為にリスクが高いというのも勿論あるが、実際に最も大きいのは見栄の問題だ。

貴族にとって利益を得る為にあくせく働くのは卑しい行いであり、見返りを求めずに国家や国民の為に奉仕する職業が尊ばれている。

同じ戦いを生業とする職業でも軍人であれば国家を守る為という大義名分があるが、迷宮の探索者は完全に利益を得る為の仕事と見なされた。

 

もし従騎士階級に混じり迷宮を攻略するような貴族が居れば、生活に行き詰って貴族としての体面を捨てたと公言するようなものであり、少なくとも社交界からは永久に追放されるだろう。

迷宮攻略を行う貴族など、借金で首が回らなくなったり、素行が悪く実家から勘当されたりした者達だけだ。

 

 

しかし、実際問題として魔石を始めとする迷宮由来の物資の需要は非常に高く、国としては国力の向上の為に貴族も迷宮探索に駆り出したい。

そこで国家は俺のような裁判で有罪を宣告された魔力持ちの人間を迷宮攻略に従事させる事で物資の供給量を増やしている。

これが迷宮刑という訳だ。

 

 

これが比較的管理が容易な従騎士階級の受刑者であれば地上の刑務所に住んで、刑務所内に作られた巨大なゲートから迷宮に潜っているようだが、俺のような貴族の場合は脱出困難な地下牢で個室毎に作られたゲートを通って迷宮攻略を行っている。

当然管理のコストは増大するが、貴族を探索者としての仕事に従事させられるなら十分に利益は出るのだろう。

 

 

勿論、この地下牢に都合よくゲートが自然発生した訳ではない。

迷宮を一から人為的に発生させる手段はまだ存在しないが、迷宮内へと通じるゲートの場所をずらす事は比較的容易い。

 

自然発生した迷宮は、迷宮への入り口となる楕円形の構造物と、そこに埋めこまれた宝玉からなっており、この世界と迷宮内を繋げる役割はその宝玉が担っているらしい。

アーチ状の構造物は人工物でも代用でき、その宝玉を取り外してから付け直せば都合の良い場所にゲートを移す事が出来る。

 

国内だけでも一日に発生する迷宮の数は五つを超えるらしく、国は不便な土地に発生した迷宮のゲートを壊して宝玉を刑務所で再利用していた。

どの迷宮も内部はエリア毎に分かれていて、各エリアは階層と呼ばれている。

迷宮の内部構造は個々で全く異なるが、深い階層程強い魔物が出現するという事は共通している。

階層は現在の所、第五階層まで到達者が存在するが、それ以上は未知の領域とされており迷宮に終着地点があるのかも確認されていなかった。

 

俺は一定間隔で壁に目印を付けながら迷宮内を探索していく。

代わり映えの無い景色が続く為、油断をすると帰り道が分からなくなる。

迷宮の一つの階層は街が丸ごと収まる程広く、内部で遭難してしてしまう事故も多いと聞く。

 

大体、十分程歩いただろうか。

洞窟を照らしていた光の色が緑がかった白色から、完全な白へと変化し、そのせいか周囲の空気もどこか変わっているように感じる。。

すると曲がり角の手前に来た時、死角となる位置から硬質な物体が石とぶつかるような音が聞こえ、俺は右手に剣を、左手に地面に転がっていた握りこぶし大の石を持った。

 

角から距離を取りながら慎重に待ち構えると、壁の影から人型の何かが姿を現す。

 

それは二足歩行を行う人間の骸骨だった。

原型を留めない程に朽ち果てた襤褸切れを肋骨の隙間から垂らし、手には鈍く光を反射する短剣を一振り握っている。

あれには気を付けなければ。

 

全ての魔物はその身に魔力を宿しており、その肉体は魔力で強化され、所持している物品にも魔力が込められている事が多い。

魔力を流す事で強度が高まるのは基本的に自分の肉体だけで、武器に魔力を流した所で素材的な強度が向上する訳では無い。

しかし魔力が流れている物体同士が衝突すると、相互の魔力が干渉し合って一時的に不安定な状態になり、それが魔力強化を施している肉体だった場合は短時間だが強化の効果が大きく下がる。

 

小銃から放たれるライフル弾でも殆ど傷を負わない貴族の肉体も、魔力持ちが振るうナイフには呆気なく貫かれる事がある。

それが魔力強化の弱点だった。

 

 

それは床に骨を打ち付けながら歩きつつ、俺に赤く揺らめく光を宿す眼窩を向けた。

朽ちて動かない筈の死体が歩いているという不気味な光景に気圧されはするが、軍で積んだ訓練が浮き立つ心を直ぐに鎮めてくれる。

 

「ふっ!」

 

俺は石を骸骨に向けて全力で投げつける。

物体中に魔力を流せるのは自分と接触している間だけで、肉体から距離が離れると一瞬で魔力が霧散する為、投石には魔力が込められていない。

接近するまでの間、少しでも怯ませられれば儲けものという攻撃だ。

 

胸の正中を狙った石は少し狙いが逸れて骸骨の肩に当たり、耳障りな甲高い音を立てた。

単なる骨であれば石が当たれば砕ける筈だが、魔物はその肉体を魔力で強化しているので、その頑強さは一般の生物を大きく上回る。

投石程度で全くダメージは通らないだろうが、それでも衝撃で骸骨の足がふらついた。

 

体勢を崩した隙を逃さないように俺は一気に接近して、魔力を通した棍棒を肩口目掛けて振り下ろす。

異なる魔力を帯びた物同士がぶつかり合う際に生じる青い火花が散り、硬い物を叩きつけた衝撃に指が痺れた。

しかし全力の振り下ろしにより骸骨の肩の骨は砕け、バランスを維持できなくなったのか、骸骨は床へと崩れ落ちた。

 

残る無事な骨を動かし活動を継続しようとする骸骨に対し、続けざまに棍棒を振り下ろし続ける。

例え死体のような姿をしていても、意志を持ち動く存在を傷つけるのは忌避感があったが、元軍人としてこんな所で怖気づく訳には行かないというプライドが身体を動かし続けた。

 

やがて眼窩に灯っていた不気味な光が消えて、骸骨の肉体はその動きを完全に止める。

それから三十秒も経たない内に骸骨は纏っていた襤褸切れと共に塵になってしまい、残ったのは手の平に乗るサイズの乳白色に濁った魔石だけだった。

 

「うっ……、ふぅ……」

 

敵を倒した安堵と、戦いのストレスに思わずため息をついてしまった。

第一階層と言えば魔力の無い平民でも探索可能な階層らしいし、貴族である俺がこんな所で躓いている訳には行かない。

 

先程の骸骨は、不死者(アンデッド)と呼ばれる生命を宿しているかのように動き回る死体の一種だろう。

 

迷宮の外でも、野ざらしにされた動物や人間の遺体が不死者(アンデッド)化する事がしばしばあり、軍の任務でも何度か見かけた事はある。

外に出現する不死者(アンデッド)は知性を持たず、周囲に近づいた生者に襲い掛かるだけの魔物だが、迷宮内には集団で戦略的に行動したり、見事に武器を操るような不死者(アンデッド)も存在するらしい。

しかし事前に読んだ図鑑によると、一階層ではそこまで強い魔物は出ない筈だ。

 

地面に散らばった塵の中から、魔石を拾いあげた。

魔石は加工次第で熱、光、振動など様々なエネルギーを発生させる鉱物であり、その価格は主に大きさと純度で決まる。

このように白く濁った魔石は純度が低く、あまり高値では取引されない。

迷宮に入る前に読んできた冊子によると、第一階層で得られるような最下級の魔石ならこの監獄での買取価格は二セルから三セル。

店で売られている加工済み魔石の値段からすると随分安いが、利益を上げる為に安く買いたたかれているのかも知れない。

 

 

気を取り直して迷宮を進み、入り口から遠ざかり過ぎたと思えばまた戻る。

その間に先ほどの骸骨を二体、腐敗した肉体を持つ屍人を一体倒し、何とか一日分の食費くらいは稼げたと思う。

後はもう一体怪物を仕留めたら帰ろうか……、と考えていると通路の突き当りに木製の箱を発見した。

 

迷宮の中では人工物と思われる道具が発見される事もあり、それらは宝箱に入っている事が多いという。

稀に非常に貴重な物資が入っている事もあるらしく、俺は初めて発見した宝箱という事もあり胸を躍らせながら近づいていったが、その道中で唐突に横から硬質な物音がした。

 

「っ!」

 

慌てて後ろへ飛びのけば、俺が居た場所を何かが風切り音を立てて通り過ぎていく。

剣を構える俺の先で、通路の壁だった筈の場所が蜃気楼のようにぼやけ、そこから灰色の肌を持つ体毛の無い人型の生物が出現した。

その眼は黄色く濁っており、剝きだした口の中には鮫のように鋭い黄ばんだ歯が並んでいる。

手には石を削り出したような棍棒を持っていて、振り下ろした姿勢のままで首だけ俺の方へと動かした。

 

ソレは奇襲が失敗した事に怒っているのか雄叫びを上げながら俺に向けて走り、がむしゃらに棍棒を振り回す。

見たところ、棍棒に込められた魔力量は左程でもなく、俺の魔力強化を無効化する事は出来ないだろう。

生身の部分に石の棍棒を受けたところで重傷は負わないとは思うが、衝撃で体勢を崩した所を組み伏せられる恐れはあった。

魔力強化で引き上げられるのは肉体の頑丈さだけで、膂力そのものは変わらない。

体格で勝る相手とのもみ合いは出来れば避けたい所だ。

 

怪物は興奮に身を任せるように棍棒を振り回し、俺は後退しながらも攻撃を躱していく。

しかし狭い通路でこのまま攻防を続ければ、その内追い詰められるだろう。

 

魔法で一気に決めるしかないか。

 

棍棒を左手で保持しながら、右の掌を魔物に向けると掌の前面に魔力を集中させていく。

平民の書く芝居では、物語として分かりやすくする為に魔法を発動する時に『ファイアボール』などと唱えるのが定番だが、実際の魔法に重要なのは自由な想像力と地道な反復練習だ。

 

魔力を持つ人間は誰でも二つの能力を有しており、一つは魔力を肉体に流して強化したり、外部へと放出する魔力操作能力。

そしてもう一つは、生まれ持っての属性毎に異なる魔力変換能力である。

 

体内では非実体として振る舞う魔力も、空気中へ放出すると重さのある実体として振る舞う。

掌に集めた魔力を空中へと放出し、散らばろうとするガス状の魔力を圧縮して、液体レベルまで密度を上げる。

それを球形に成型して、俺の属性である炎へと変換した。

 

手元から矢のような速度で打ち出された火炎球は魔物に着弾すると、飛散する液体のように魔物に纏わりつき全身を炎上させる。

魔物は消火を試みるように地面を転げまわったが炎は全く消える気配がなく、その肉体を焼き焦がしていった。

 

「うっ……」

 

通路に満ちる焼け焦げた肉の臭いに思わず吐き気を催してしまい、口を抑えながら後退ってしまう。

軍の任務で魔物とは何度も戦った事があるし、自分の魔法で肉が焼ける臭いにも慣れていた筈だった。

 

だが――、あのクーデターの夜。

俺の放った炎に焼かれた同胞達が上げた絶叫とこの臭いが記憶に焼き付き、今もふとした拍子に俺をあの場所に引きずり戻す。

戦場での壮絶な体験が心理的な傷として残り、普通の生活が送れなくなった兵士達の話は俺も聞いたことがあったが、同情はしても自分がその当事者になるとは思っていなかった。

 

絶命した魔物が塵になると通路に充満していた臭いも落ち着き始め、俺はこみ上げる吐き気を抑えながら塵の中から魔石を拾う。

 

宝箱の前で待ち伏せとは、人の注意が宝に集まった瞬間を狙ったいやらしい罠だ。

もし頭部に一撃を喰らっていれば意識を失っていたかも知れず、そうなれば俺とてどうしようもない。

 

あの怪物が使っていた幻術も、空気中に放出された魔力を注意深く確認していれば見破れた筈だし、浅い階層だからと気が緩み過ぎていた。

これは気を引き締めなければ、あっさりと死にかねない。

 

今の怪物が落とした魔石は今日得た中で一番大きく、刑務所の買取価格でも五セル位にはなる筈だ。

 

そして再度周囲の安全を確認してから、本命である宝箱の前に立った。

罠を警戒して慎重に箱を開けると、その中には紐で括られた一束の草が入っている。

特徴的な葉っぱの形からして抗菌草か……。

珍しいものではないが、煎じると感染症の特効薬となる常に需要の有る物資であり、買取価格はそれなりに高い。

 

まだ探索を続ける事も出来るが、今日はこれ以上、生物が焼ける臭いは嗅ぎたくない。

俺は早めに探索を切り上げ、地下牢への帰路についた。

 

 

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