※この作品はR-18です。

ふたりの牢獄人生   作:水瓜

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第十九話 破獄

外部から爆発音が聞こえたという日の夕刻、普段ならば地上部に引き上げられていたリフトが物資を積んで降りてくる頃になっても、一向にベルの音はならなかった。

 

この監獄に来てからと言うものリフトが定刻通りに昇降しなかった事など一度も無く、リフトを吊るす鎖が動く際になるベルの音は時計台の鐘のように生活の一部となっていた。

それが途切れたという事は、やはり地上では何らかの非常事態が発生していると見て間違いないだろう。

 

この状況で、俺はどう行動すべきだろうか。

 

俺が迷宮に潜っている朝から昼までの内に、何故か魔封石で囲まれている筈の地下牢内で魔法を使用する事が可能になり、それとほぼ同時にココが地上部からの爆発音を聞いた。

普通に考えれば、囚人が魔法を用いて脱獄し地上に居た看守達と戦闘になったと見るべきだ。

 

俺が見かけた看守達は全員が従騎士階級……、即ち先祖のどこかで平民の血が混じった魔力持ちの人間であり貴族の囚人と戦えば人数差があっても分が悪い。

魔力持ちの人間同士の戦闘では肉体の魔力強化により互いに銃火器が通用しにくい為、大体は魔力を流した近接武器での戦闘か、遠距離からの魔法の打ち合いになる。

 

魔力強化された肉体は、魔力の籠った武器と接触すると互いの魔力が干渉し合って強度が大きく下がる。

それ故に大口径のライフル弾での直撃でも傷一つつかない肉体でも、魔力を帯びた棍棒に殴り殺される事もあるのだが、貴族と従騎士との戦いの場合は少し事情が違ってくる。

 

人間が魔力強化に回せる魔力量は、当人が保有する全魔力量に比例している。

体内及び接触する武装に込める事が出来る魔力の総和は本人の実力により厳密に制限されているのだ。

 

個人差は大きいが、一般的に貴族と従騎士では魔力量に数十倍程度の開きがあると言われており、魔力強化の効果にもこの圧倒的な差がそのまま反映される。

従騎士が持つ武器に流れる微弱な魔力では、貴族の肉体を満たす膨大な魔力を崩しきるには足りず、結果として両者が戦った場合は貴族に圧倒的に有利となった。

 

とは言え、例え微弱な魔力でも魔力強化による防御効果をかなり弱める事が可能で、喉や目といった脂肪や筋肉に守られていない急所に鋭い一撃を見舞えば従騎士でも貴族を殺す事は出来る。

もしも魔力強化だけで魔力量に劣る存在からの攻撃を完全に防げるなら、俺は迷宮で浅手とはいえ傷を負っていない。

 

なので従騎士が貴族と戦う場合は可能な限り白兵戦に持ち込む事が定石とされているが、貴族側も近接戦では魔力量の差を埋めやすい事は分かっているので出来る限り遠距離戦に持ち込もうとする事が多い。

 

俺のような火属性の魔術師や、他にも雷、振動、念動、光、結晶属性といった遠距離攻撃が可能な属性の術師ならば自らの魔法を振るえば良いし、勁力、生命属性等の遠距離攻撃が苦手な者でも遺物を使えば問題は無い。

つまり従騎士が普通に貴族と対峙した場合、数少ない勝ち筋は地形や奇襲を利用して白兵戦に持ち込む事で、一度距離を取られて魔法の発動を許してしまえば圧倒的な魔力量の差で簡単に押し切られてしまいがちだった。

 

高位の遺物の中には内部に少しずつ魔力を蓄積する機能を持っていて、従騎士でも一定回数まで貴族の魔法を凌駕する威力の術式を発動出来る物もあるのだが、如何に貴族用の監獄とはいえ、そのような強力な遺物が幾つも配備されているとは思えない。

 

 

あくまで限られた情報からの予想ではあるが、地上を守る看守達は脱獄囚との戦闘で壊滅、或いは抗えぬと判断して逃げ出したかして、この監獄の管理体制が崩壊したのだと見て良いだろう。

俺に与えられている選択肢は二つ。 俺もココを連れて地下牢を脱出するか、或いはこのまま残り続けるかだ。

 

この監獄島に駐在している看守達が制圧されたとしても、本土には貴族の囚人達を鎮圧するのに十分な戦力が存在しており、やがて島の秩序は回復される。

この島は本土から船で一時間程の近距離にあり、肉や新鮮な野菜などの生鮮食品も購入可能である事を考えれば、連絡船の運航する頻度も高い。

 

今日の午前中に脱獄騒ぎがあったと仮定して、応援部隊が寄こされるのは何時になるだろうか。

看守の生き残りが居れば無線電信で事態を伝えられるし、そうでなくても連絡船の乗組員が異常に気が付く。

 

一般の囚人よりも遥かに危険である貴族囚人を収容している監獄なのだから、こういった非常事態に迅速に対応できる体勢は整えられていると考えてよく、下手をすると既に応援部隊が島に上陸している可能性もあった。

 

仮に部隊の編制に手間取っているとしても、今夜か明日の午前中には島は制圧されるだろう。

もし――、もしも逃げられる好機があるとすれば、恐らく今直ぐに行動した場合のみだ。

 

脱獄という選択は、地下牢で魔法が使える事を発見した時から頭に浮かんでいた。

生まれ持った炎属性の魔法に加え、この監獄で過ごした半年以上の生活の中で入手して手元に残しておいた遺物も幾つかある。

それらを駆使すれば、牢から脱出するだけならば十分に可能だ。

 

しかし、外に出られたとしてどうする?

この監獄は本土まで蒸気船で一時間程掛かる孤島にあるし、もし幸運に恵まれて本土に渡れたとしても、警察や軍が俺を野放しにする筈は無い。

国家という巨大な力に血眼になって捜索されては単独でも逃げ切れる自信は無い。 ましてや俺はココという同行者まで居るのだ。

軍人としての名誉も地位も失い、故郷の家族からも見放されて帰る場所もない。 多大な危険を背負ってまで脱獄を試みても得られる物は仮初の自由以外に何もなく、それよりは地下牢に残って今まで通りの生活を送った方が良い。

 

俺も最初はそう考えていた。

 

しかし気が付いたのだ。 もしも地下牢内で魔法が使える現象が今後も続くならば、もはや貴族を安全に牢獄に繋いでおく方法は存在しなくなる。

今後の世界で、果たして迷宮刑という刑罰が継続されるのだろうか。

 

迷宮刑に当てられる囚人は終身刑若しくは死刑に相当する罪を犯した大罪人であり、今のように迷宮攻略に従事する労働者として使役する事が出来ないならば、いっそのこと殺してしまえと政府が判断する事もあり得る。

いや、あり得るどころか高確率でそうなるだろう。

 

俺は処刑され、魔人として生存に俺の魔力を必要としているココも遠からず同じ道を辿る。

つまり、俺とココが生き延びる為には一か八かの脱獄を試みるしかないという結論に達してしまったのだ。

 

そして今、立坑から微かに見えていた橙色の日光が途切れてもリフトは動かず、地上の管理体制が一時的に崩壊している事が確信出来た。

 

もしかすると既に応援部隊が到着済みかも知れないが、そうでないなら逃げられる絶好の好機だ。

明日になっては……いや、後一時間躊躇えば手遅れになるかも知れない。

夕方、もしもリフトが動かなければ脱獄決行。 昼の間に既にココと話し合いは済んでおり、最低限の荷物と装備を身に着け準備は終えていた。

 

「よし……、ココ、逃げるぞ」

「はいっ」

 

短く返事を返した彼女の声は硬く、内心の緊張が滲みだしている。

だが気丈にもそれを態度には出さず、黙ってリフトの立坑の前に立った俺の肩に手を回し背中にしがみ付いた。

 

俺が両手に身に着けているのは、最初に手に入れた遺物である蜘蛛足の手袋(グローブ・オブ・スパイダーフット)。

物体に吸着する事で平滑な壁でも登る事が出来るようになる探索用の遺物であり、何かの役には立つかと売らずに手元に置いておいたが、それが功を奏した形になった。

 

今は夕方でありリフトの鉄籠は遥か頭上に上がったままだが、隙間はあるようなので上まで登り切ればリフトを覆う小屋の中に出られる。

その後は小屋の扉を魔法で破壊して外へ脱出し、船を奪うなりして本土へ向かうだけだ。

 

地下牢を出てからの計画が杜撰な自覚はあるが島内の様子など詳しくは覚えていないし、そこは仕方がない。

例え無謀でも、この脱獄を成功させなければココと共に生きる事は不可能になるのだ。

 

手袋に魔力を通すと、水に毛布のように魔力を吸い込んでいき、遺物に込められた術式が発動する。

日中に牢内の壁で何度か練習したが、術式を発動させると何故かその使い方も自然と理解出来て、俺は吸着と解除を繰り返しながら立坑内の壁を登っていった。

 

嵩張る荷物は布を裂いて作ったロープに括りつけて後から引き上げる予定だが、ココを強度に不安のある手製のロープで上げる訳にも行かず彼女を背負ったまま壁を登っている。

 

人間二人分の重さを支えながら垂直な壁を登るのは手袋があっても中々にきついし、靴が壁に食い込まずに何度も滑ってしまった。

それでも何とか登れているのは、ココが生み出した食料を摂取し続けた事で身体能力が向上しているからだろう。

外からの光が途絶え暗闇に包まれていた立坑の中を、頭に括りつけた筒入りの光魔石の発光のみを頼りに登っていく。

今にも地上から看守の声が聞こえ、リフトを下げられて地上に叩き落されるのではないかと考えると気が気でない。 二十メートルの壁を登り切った頃には精魂尽き果て、両腕に張り裂けそうな程の鈍痛が走っている、まさに満身創痍と言える状態だった。

 

しかし、何とか地上部にまで登る事は出来た。

足首に結び付けておいた布を手繰って荷物を引き上げ、リフトを覆うコンクリートの小屋に備え付けられた鉄扉の狭い窓から外の様子を覗いてみれば、土が剥き出しになった大地に同じような小屋が並んで建っている光景が見える。

 

風の音と潮騒以外には何も聞こえず、不気味な程に静まり返っていた。

 

扉を破ろうと手を伸ばすが、心の声がそれを途中で止める。

――此処が境目だ。 この扉を破壊してしまえばもう言い訳の出来ない、正真正銘の脱獄囚。 捕まれば即座に処刑となる。

 

果たして外に出たとして、都合良く船を見つけて本土に渡る事など出来るのだろうか。

そんな分の悪い賭けに出るくらいなら、僅かな時間かも知れないが今回の事態への対応策を政府が決定するまでの間、ココと今まで通り暮らした方が良いのでは?

 

そんな安寧への誘惑が頭を過るが、俺はそれを振り払う。

隣に立つココを見れば、魔石が放つ白い光の中で身に着けたワンピースの青が映えている。

彼女が今着ているのは、以前に祝祭の贈り物として俺が与えた衣服だ。

 

ココがこの服を着たのはあの祝日以来初めてで、普段は汚さないようにと箪笥の奥深くにしまい込んでいたのだが、脱獄に際してそれを引っ張り出してきた。

変異薬により体型が変わったせいで、青いワンピースは引き延ばされて身体の輪郭がはっきりと浮かび上がっている。 これでは着心地も悪いと思うが、それでも今この服を身に着けているのは、これが死に装束になっても良いようにという覚悟の現れなのだろうか。

 

出会ってから半年程ではあるが、ココとの間には数多くの思い出が残っている。

その掛け替えのない思い出が、楽しかった日々が、何が原因かも分からないままに途絶えてしまうのは嫌だと、そう心から思った。

 

ココを少し遠くに離してから鉄扉の錠前に手を添え、そこから魔力を機構部分に流し込み熱へと変換する。

火属性の魔術師が司るのは、魔力の熱への変換であり、ただ火を出すだけでなく物体の温度を上げる事も可能だ。

 

錠前は瞬く間に白熱していくが、火属性の魔術師である俺は魔力強化により自分の肉体や物質に熱耐性を付与する事が出来る為、特に熱さは感じない。

そして数秒後、融点まで加熱された錠前はその形を失い、扉を閉ざす機構としての役割を果たせなくなった。

 

勢いよく扉を開け放つと、潮の匂いのする風が小屋の中へと吹き込み、半年ぶりの外の空気が俺の肺を満たしていく。 俺は傍らに立つココの肩に手を置き、無理をして笑顔を作った。

 

「行くぞ、ココ。 俺とお前……、今夜は一世一代の勝負だ!」

 

もはや退路は完全に絶たれ、残された結末は自由か死かの二つだけだ。

 

 

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