ふたりの牢獄人生 作:水瓜
光魔石を内蔵した携帯灯の放つ僅かな光を頼りに、砂浜に沿って進みながら内陸部への道を探す。
灯台とも漁村と思われる集落とも離れた場所に上陸した俺達だったが、この場所が刑務所からほど近い海辺である以上、いずれ追手に捜索されるだろう。
まずは少しでも刑務所から離れて、一時的に腰を落ち着けられる場所を探す必要があるが、その為にはまず道を探さなくてはならない。
原野や森林を僅かな光を頼りにあてどなく彷徨うような真似をしては凹凸に嵌って怪我をするか、遭難するのが関の山だ。
この浜辺は丁度、灯台と集落の中間地点であり恐らく近辺に両者を繋ぐ道がある筈だと検討を着けて歩き回っていると、やがて砂浜に人間の物らしき足跡を見つけた。
周囲に船などは無く、足跡が磯場に向かっている所から察するに釣り人の物だろうか。
その足跡を辿って内陸へと歩くと、背の高い草藁を横切るように道が走っている。 幅は獣道に毛が生えたように細く、草が疎らに生えている様子から人が行き来している内に勝手に生じたもののようだった。
暫く歩くと細道は、馬車の轍が刻まれた砂利道へと合流した。
予想の通り、灯台側と集落側へと繋がっていて深夜な事もあって人の姿は無い。
灯台は岬の突端に建っているように見えたので、移動するとすれば集落側が良いだろう。
住人に気が付かれないように集落の傍をすり抜け、より内陸部へと移動してしまえば脱獄囚を追う捜索隊から逃れやすくなる。
逸れないようにココと手を繋ぎ、暗闇に包まれた道を歩いていた時だった。
道の彼方から、幾つかの小さな光が近づいてくる。
橙色で、不規則に明滅する所を見ると松明だろう。
それが五、六個も群れながら俺達の方へと近づいてくるのだ。
しかも小走りで移動しているようで、光が大きく揺れている。
「隠れるぞ、こっちへ」
咄嗟に俺はココの手を引き、道沿いに茂る叢の中へと身を隠す。
こんな時間に松明を掲げて夜道を急いでいる集団が居るなど、ただ事ではない。
もしかして俺達の捜索に差し向けられた軍か警察の部隊かと身構え、息をひそめるように叢へと身体を沈め続けた。
距離はかなり……、八百メイルは離れている。 俺は追手を警戒して遠くを注意深く眺めていたから気が付けたが、向こうからは気が付かれていないかも知れない。
出来ればこのままやり過ごしたいが……、と考えながら接近を待ち始めて直ぐに、松明の群れは急に動きを乱したかと思うとばらばらに散らばった。
中には明らかに道を外れているものもあり、何か突発的な事態が起こったとしか思えない。
距離が離れすぎていて何が起こっているのかは分からないが、散り散りになった松明の光が地面に落ちたのか次々に消えていった。
戦闘でも発生しているのか? 追手の部隊が、他の脱獄囚と鉢合わせして返り討ちにされた……、そんな考えが浮かぶが、あくまで想像に過ぎない。
もっと近ければ魔力視を使って、どんな人間が参加しているかを調査したい所だが、魔力が発する僅かな燐光をこの遠距離で捉えるのは不可能だった。
あの松明の群れが消えた場所に居るであろう何者かを思うと、魔石灯を頼りに道を進む事も躊躇われる。
周囲を見渡すと少し離れた場所に低木の茂みがあり、道からの視線を遮るのに十分な程鬱蒼としている。 追手を思えば少しでも遠くに移動したい気持ちはあるが、その為に更なる危険を冒す訳にもいかない。
今夜はそこに隠れてやり過ごす事を決意した。
低木に囲まれた空き地のようになっている場所を見つけて腰を下ろすと、ようやく少し人心地がつく。
海から吹き付ける冷たい潮風を防ぐ為、俺とココは二人で身を寄せ合い布団の掛け布に包まったが、地面から這い上ってくる冷気までは防げない。
追手に怯え、枝や草が擦れる音にも過敏に反応しながら、俺達は脱獄後初めての夜を耐え忍んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、松明の群れが消えた場所を調査すると、そこには複数の血だまりと共に、血を流す何かが引き摺れらたような血痕が残っていた。
付近には火が消えた松明や錆びた農具、麦わら帽子などの遺留品も残っており、血痕の主が何なのかは容易に察しが付く。
血痕は集落があった方向へと続いていた。 このまま進むのは躊躇われたが、岬の灯台に続く道を戻っても追手が来た時に袋の鼠になるだけであり、血痕に沿って歩いていくしか選択肢が無い。
周囲を警戒しながら進むと、やがて漁民の家らしき軒先に網が干してある建物を発見した。
本来なら集落は素通りする予定だったが、やはり血痕の件は気になる。 この家の住人は無事なのだろうかと、少し離れた場所から様子を見ていると家の中から何かが出てきた。
一瞬子供かと思ったが、その小さな人型生物は緑色の肌をしており、毛の無い猿の様な猫背の矮躯の上に醜悪な頭部が乗っている。
あれは魔物――、
迷宮の第一階層に主に出現する、子供に毛が生えた程度の身体能力しか持たない弱い魔物だが、それでも魔物の例に漏れず肉体を魔力強化している為、魔力を帯びていない攻撃はほぼ通用しない。
俺の地下牢から入れる迷宮には存在していなかったが、迷宮全体ではごくありふれた魔物だと言える。
しかし俺はその姿を見た時に驚愕した。
魔物の発生機序には大きく分けて二種類あり、一つ目は蟲や動物、生物の死骸等、何らかの生物や物質が変異して魔物になる場合。 そしてもう一つは、何の前触れもなく虚空から出現する場合だ。
前者は迷宮の外部で発生し魔蟲や魔獣と総称される既存の生物が変異した魔物や、動く屍である
そして後者は迷宮の内部でのみ発生し、多種多様な魔物達を虚空から生み出し続けている。
これらの方法で生み出された魔物は、魔力を有しているという点では共通しているが、その性質は大きく異なる。
姿を例に挙げても、前者の場合は変異元の生物や死体によって形態は千差万別で、一つとして同じ姿の個体は居ないが、後者の場合は同じ種族ならば判を押したかのように同じ姿をしているのだ。
魔物という大きな分類だけは共通していても、迷宮外の魔物と迷宮内の魔物は全く別の存在だと考えられていた。
そしてこれが重要な事だが、本来ゴブリンは迷宮内にのみ生息する魔物であり、こうして外に出現する筈が無いのだ。 しかし、その常識に反して家からは
「ご、ご主人様? 早く離れましょう」
醜悪な魔物達が我が物顔で漁民の家から出てきた様子を眺めていた俺の耳に、ココの恐怖に上擦った声が聞こえてきた。 確かに態々危険を冒す必要は無いし、差し向けられているであろう追手から逃れる為に一刻も早くここを去るべきなのだが、俺は
既にあの
しかし一緒に居るココの事を思えば、いたずらに危険を冒すのを躊躇う意思も同時にある。
だが葛藤は一時。 結局、俺は自分の誇りを手放す事は出来なかった。
「すまないが、生き残りがいるなら見捨てる訳にはいかない。 もしもの時は直ぐに戻ってくるから、指輪を使って身を守っていてくれ」
そう伝えたココの右手の中指には、脱獄前に渡しておいた遺物の指輪が嵌っている。
この指輪の名は
変異後のココは常に俺の魔力の一部を吸い上げて自分の中に蓄えており、遺物の使用のみならず、基礎的な魔力操作技術である魔力強化も習得している。
万が一ゴブリンに襲われても、直ぐに命が脅かされる事は無い筈だ。
俺が姿を現すとゴブリンの群れは警戒を露わにし、各々が手に持つ得物――、農具の鎌やクワ、包丁などを振りかざして襲い掛かってくる。 しかし今の俺にとっては特に脅威にも感じない。
ここは迷宮内とは違い開けた空間なので、適当に火炎放射を放っても自分の所持品に引火する恐れは少ないが、今後に備えて魔力を節約する為、火球を同時展開して一体ずつ焼き滅ぼしていった。
漂う肉の焼ける匂いに、過去の記憶が刺激されて僅かに怯むが、この半年、迷宮内で無数の戦闘を経験した事で当初程の衝撃は受けなくなった。
直ぐに意識を立て直すと、残敵に警戒しながら家の中を調べていく。
……残念ながらそこに生き残りはおらず、惨たらしく損壊された遺体が推定三人分あった。
と言うのも、全ての遺体が解体された上に食い荒らされていて、元が男か女かさえ判別に苦労する有様だったのだ。
軍人として惨たらしい事故や事件現場を何度か見てきた俺であっても、これほどまでに酷い光景は初めての経験だ。
早めに探索を切り上げてココが待つ場所へ戻ると、駄目だったとだけ伝えて互いに無言のまま先を急ぐ。
その途中で集落の中を通り過ぎたが、そこもまた