ふたりの牢獄人生 作:水瓜
乾いた汗、糞尿、垢、生ごみ。
そんな雑多な汚物から発せられる臭いが混じり合い、黒カビが生えた城壁の中に充満していた。
あの日――、急に何十匹もの魔物が私の村を一斉に襲い、昔からの顔なじみ達の多くが命を落とした。
村に住んでいた従騎士も、迷宮から発見されたという武器を持って居た夫も、前触れの無い襲撃に成すすべなく命を落とし、私は地獄のような光景が広がる中を幼い娘の手を引いて命からがら逃げのびた。
魔物に怯えつつ同じように村を脱出した生き残り達と彷徨っている所を、マイスというお貴族様が率いる武装した人間達に拾われて、この城に辿り着く事が出来た訳だがこの場所とて楽園という訳では無い。
冬の寒さが容赦なく襲い来る中、避難民の半数程度は庭での野宿を強いられており、私のような新参は薄い布で作られたテントの中で眠れない夜を過ごしている。
娘だけは夜間だけ城の中で寝かせて貰えているものの、育ち盛りの娘は配給される食べ物が足りずにお腹が空いたといつも訴えている。
私に支給された食べ物を出来る限り分け与えてはいるが、そんなものは雀の涙。
城を管理する貴族達からの配給は外で作業をする男衆達に多く割り当てられていて、夫を亡くした女である私が得られる食糧は僅かだった。
私はそれでもいいが、夫の忘れ形見であり残された唯一の肉親である娘だけは何としてでも生き延びさせなければならない。
その為に私は何だってする覚悟を決めた。
庭の一角に設けられた小さなテントの中、私は身に纏っていた衣服を脱ぎ裸身を露わにしている。
目の前には泥と汗に汚れて悪臭を放つ、私より少し年上の男。 まあ、この城の中で小奇麗な身なりを保っているのはお貴族様や昔からの館の使用人、そしてマイスというお貴族様が連れてきたという奴隷の女だけなのだが。
あの奴隷の女の事を思い浮かべると心の奥で黒い感情が渦巻くが、直ぐにこれは良くない思考だと気が付いて無理矢理思念をかき消す。
しかし……、自分は何も悪い事をしていないのに生まれながらに過酷な宿命を背負う奴隷に対しては同情心を抱いていたが、この多くの人間が過酷な環境に耐える城の中で優雅に暮らす女に対して、つい思う所はある。
あの艶やかな黄金の髪、染み一つない珠のような肌、飢えとは無縁の肉付きの良い身体。
全て私とは正反対のものだ。 碌に水浴びも出来ないせいで髪はトウモロコシの髭のように縺れ、肌は乾燥で荒れれきっている。 身体はこの二か月ですっかり瘦せ衰えてしまい、骨ばってあばらが浮き出ていた。
恥垢に塗れ、悪臭を放つ肉棒から舌を離す。 身体くらい清めてから女を抱きに来いと心中で毒づくが、私のように飢えに苦しみ、若しくは家族の為に身体を売る女は沢山居て、この程度の事で奉仕を嫌がっていては気取った女と悪評が付き誰も客が来なくなる。
身体を売る女の中でも、特に器量が良かったり若かったりする者はそれなりに優しく抱かれているようだが、私のような平凡な年増女にそれは望めない。
男の求めるままに奉仕し、肉体を使わせるだけだ。
「へへ、ほら、四つん這いになって尻を出せ」
「……はい、どうぞ」
我ながら素っ気ない応対だとは思うが、自分を道具としてしか見ていない男に媚びを売る程には誇りを捨てきれては居ない。 ただ幾ら澄ました態度をとっても、肛門と膣穴を差し出しながらでは格好もつかないか。
男は前戯も無しで膣穴へと乱暴に挿入し、まずはゆっくりと腰を振り始める。
喘ぎ声も上げない私の態度が気に食わなかったのか、尻を撫でまわしながら言葉を浴びせてきた。
「臭せえケツだなぁ、ちゃんと拭いてんのか? ケツ穴の周りに毛も生え放題だしよ」
幾ら身体を売っているとは言え私も女だ。 抱かれながら相手に体臭や毛を笑われては心穏やかではいられない。
身体が強張り、怒りを堪える為に力が入る。 しかしそれは、締まりが良くなったと男を喜ばせるだけだった。
怒っているかと心配されるよりも、穴の締まりが良くなった事を喜ばれる。 私は男にとって本当に道具としてしか見られていないと痛感し、唇を痛いほど噛み締めた。
「そう言えば、アレは良い女だよなぁ。 マイス様が連れてるココっていう奴隷だよ。 俺も街に行った時に奴隷を抱いた事はあるが、あのココはそれより別嬪だ。 ……マイス様の物だし俺は抱けねえけど、あの人は夜もさぞ楽しんでるんだろうな」
言葉攻めのつもりか、単なる独り言か。 思いがけず複雑な感情を抱いている奴隷女の名前が出た。
「良い尻してるし、きっとマンコも柔らかくて気持ちいんだろうなぁ。 はぁ……、俺に使えるのは、こんな愛想の無い女の臭えマンコだけか」
私をこき下ろしながら腰を振る男。 その頭の中ではあの奴隷女の尻でも映っているのだろうか。
私が安物の三流だというなら、こいつもそう。 労働に従事しているので僅かに多くの食料が配給されているが、身体も細いし大した働きは無いだろう。
男は散々侮辱した臭い穴に精を吐きだし、私に口で肉棒を清めさせてから身支度をしてテントを出ていった。
残されたのは固焼きのビスケットが三枚と、丸い黒パンが半分。 あれだけ尽くした代償がこれかと思うと虚しくなるが、少なくとも子供の飢えを少しは満たせる。
膣内に溜まった精液を指で掻き出していると、テントの入り口を掻き分けて女が入ってきた。
顔なじみのミアという女で、彼女も食糧の為に売春をしている。 見知った仲とは言え、仕事の直後にテントに入るとは不躾では無いかと思い、眉を顰めて無言の抗議をするが、彼女はそれを意に介さずに私の傍に座ってきた。
「お疲れ様、何時も大変ね」
「……そりゃ大変よ、あんたも知ってるでしょ。 遠征部隊に抜擢されたりしてる奴はもっと器量の良い娘に行っちゃうから、私みたいなのの相手はロクな物持ってないくせに偉そうな奴ばかりよ」
「うんうん、分かるよ。 結局周りが魔物だらけになった今、力のある男の方が偉くなっちゃうわよね。 私達女は男に良い様に遊ばれて、僅かな食べ物を与えられるだけ。 ……でもね、そんな我慢ももう直ぐ終わるわ」
「え? ……あんた、何か変な事に関わってるんじゃないでしょうね。 女達を集めて男どもに反乱を起こそうとか……。 そんな事上手く行く訳ないし、行ったとしてもその先どうするのよ?」
「――すぐに分かるわ」
ミアの手が私の首筋へ伸びて、そっと髪をかき上げる。 あまりに自然な動きで何も反応出来なかった私の首筋にちくりと痛みが走った。
「ちょ、あん、た……」
痛みを感じた点から徐々に暖かく心地良い感触が、皮膚の下をくすぐりながら広がっていく。
幼い頃に母に頭を撫でられていた時のような、深い安心感を伴う素晴らしい感覚だった。 その感覚が皮膚を突き抜けて頭に到達すると、深酒の酩酊から一切の不快感を取り除いたような快楽が脳を揺さぶる。
そして、その快感の海から意識が引き上げられた時、私は理解していた。
自分に何が与えられたのか、これから何をすればいいのか。 そして私を導いていく女王が誰なのかを。
「あの方はまだ不完全で、完全な進化を遂げるには大量の魔石と食糧が必要なの。 ……魔石はおいおい集めるとして、まずは食べ物を集めるのに協力してくれる?」
「ええ、勿論。 これ少ないけど、全部持って行って」
私は娘の為にと身体を売って手に入れた食料を躊躇いも無くミアへと渡した。
娘が大切なのは今も変わらないが、あの子の一時の飢えを満たすよりも優先すべき事がある。
女王がより強くなることは、確実に娘の将来の為にもなるのだから。
テントから出るミアを見送った後、私は身体を清めて次の客を取る為に支度をしていく。
これまでに何度も繰り返した作業だが、もはや不満も不安も無い。 寧ろ、あの方の為に働ける事にこの上ない喜びを感じる。
男共に道具のように使われるのもあと僅か。 もう直ぐ女達が自ら魔物に対抗し、男に頼らずに生きていける日々が訪れるのだ。