冒険者業を休んで五日目、トウヤは明日の冒険者業再開に備えてダインの店で防具を見てもらっていた。
「……ふ~む」
ダインはトウヤの防具を隅々まで調べる。皮部分の傷の多さ、金具の摩耗具合、金属部分の傷の深さなど、各部位を丁寧に見ていた。
「どうですか」
「……この程度の損傷なら直ぐだな。ちょっと待ってろ」
防具の状態を確認したダインは店の奥から数個の青い水晶を持ってくる
「この水晶は何ですか?」
「これは魔晶石と言ってな。内部に魔力が蓄えられていて、儀式などの触媒に使うんだ」
「触媒ですか」
「直すのは、鍛冶職が持つ魔法【リペア】だがその際に触媒として魔晶石が必要になる」
魔法陣が描かれた作業台の上に防具を置くと周囲にある台座の様な所に魔晶石を配置し、少し長い詠唱を始める。
「――リペア」
ダインの声に応える様に、魔法陣が光り輝く。そして光が収まると、傷と汚れが綺麗さっぱりと消えた防具があった。
「防具が直ってる。凄い」
「そこまで都合の良い魔法じゃないぞ。同じ防具に何度も使うと効力が落ちていくからな。今回は小さい魔晶石で済んだが、次はもう少し大きい物を使うか量を増やさなきゃならん。その分料金も高くなるぞ」
「なるほど」
ダインの説明を聞いて、トウヤは防具の買い替えも視野に入れる事を考える。
「ところで小僧は明日に冒険者業を再開するんだったな?」
「はいそうですけど」
「なら明日、お前さんにいくつか依頼を出したい」
「依頼ですか?」
ダインが言う依頼にトウヤは首を傾げる。
「今とある装備を作っていてな。それを完成させるために魔物の素材が必要なんだ」
ダインはその装備制作に必要となる素材を教えるがその全てがDランクの魔物の素材だった。
「小僧ならこの魔物共を討伐できるだろう?明日ギルドにお前さんへの指名依頼を出しておくから受けて欲しい」
「他の冒険者に依頼しないんですか?」
「それも考えたが、冒険者の中に素材の扱いが雑な奴が紛れていてな。ちょっとの傷や汚れならまだしも中には状態が最悪なのを持ってくる奴もいる。だから安易に依頼は出来ん」
ダインはその時を思い出したのかうんざりした様な表情になるのを見ると如何に大変だったことが伝わってくる。
「それに比べて小僧はまだ拙いながらも丁寧に素材を扱ってくれているからな。信用できる」
「分かりました。明日ギルドで受けさせてもらいます」
「ああ、頼んだぞ」
修復された防具を受け取り、代金を払った後に店を出たトウヤは明日の事を考えていた。
(さて、ダインさんが欲しがっている素材の魔物を調べないとな)
とりあえず修繕した防具を置こうと拠点へ歩みを進める。
「あ、居た居た。トウヤ、今帰り?」
突然声が掛けられ振り向くと今日ギルドで依頼を受けに行っていたはずのエイダとホークスの二人が居た。
「エイダさんにホークスさん?今日依頼を受けに行ってたはずじゃ?」
「ちょっと色々あってね。私達はお休みになったのよ」
「お休みですか?」
「ああ、実は――」
ホークスとエイダの二人はトウヤにギルドで【青薔薇の戦乙女】が受けた依頼を簡単に説明する。
内容はギルドからとある上級貴族の護衛依頼を【青薔薇の戦乙女】に指名された事だった。
その貴族は何世代も前から医療機関を支援してきた家系の一つで、トウヤが通っていた病院にも多くの寄付を貰っていた。そんなお方を確実に守れるようギルドは【青薔薇の戦乙女】に指名したとの事。
メンバーはその護衛依頼を受けようとしたが、護衛は終わるのに数日掛かる任務で受けている間はトウヤは一人になってしまい、連れて行こうにもまだEランクで今回の護衛任務を受けることが出来ない。
それでメンバーと話し合った結果、エイダとホークスが残ることが決定された。
「そういうわけで数日は私達三人だけになったから、色々と不便に感じるだろうが我慢してくれ」
「分かりました。所でこれからどうしますか?」
「そうだね。」
そんな時にエイダはある事を思いつき、二人に提案する。
「そうだ!今日は三人とも休みなんだし、今から皆で一緒に回らない?」
名案とばかりに微笑みかけるエイダに二人は呆気にとられる。
「いきなりだな。でもトウヤは荷物を持っているぞ?」
「大丈夫、私の次元収納のバックに入れておくから」
「……はあ、しょうがないな……」
「ははは……」
エイダによって唐突に決まった三人での店巡りにトウヤとホークスはお互いに苦笑いを浮かべながら彼女の後をついていく。
その後、三人は様々な店に行った。綺麗な細工が施された食器が置いてある店、魔物の皮で作られたバックや靴、財布などが売っている店、歴史書や料理本など大陸中の様々な本が置いてある店など、それらを三人は気に入った物を買いながら巡った。
店を回って数時間後、三人は満足げに歩いていた。
「ん~、今日は良い物が多かったわねぇ。楽しかったわぁ」
「確かに良作が多かったが、ちょっと買い過ぎたね」
「ホークスさん、エイダさん、すみません。僕の分まで買ってもらって……」
二人が楽しそうに話す傍らトウヤは申し訳なさそうに謝る。
本来なら修繕後そのまま帰る予定だったため、お金をそんなに多く持って行かなかった。その為トウヤは気に入った物を買うのを諦めていたのだが、そんな彼に二人は代わりに代金を払って買ってくれた。
「気にしなくて良いよ。折角の休日を一人だけ楽しめないのはつらいからね」
「そうそう、こういう時は皆で楽しまないと意味が無いわ」
「……ありがとうございます」
二人の優しさにトウヤは嬉しく感じながら付いていく。
そんな時、周囲から気になる声が聞こえてきた。
「まあ!見て見て、ホークスお姉様よ!」
「今日も格好いいわ~」
「あの子、ホークスお姉様とお話ししてる。羨ましいなぁ」
色んな店を回っている時から時々だが、十代の若い女性を中心にホークスに恋慕や羨望の眼差しを向ける事がある。
どの女性も同性であるホークスに熱の籠った眼差しを向けていることにトウヤは首を傾げていると自身の様子に気づいた二人が話しかけてきた
「どうしたのトウヤ。また何かを感じた?」
「どこか違和感があるのかい?」
「いえ、さっきから女性の何人かがホークスさんに強い好意を向けていることに疑問を感じただけです」
トウヤの疑問を聞いた二人は心当たりがあるのか苦笑いを浮かべた。
「大丈夫よ。その子達はHFCの会員だから害は無いわ……一部を除いて」
HFCと言うなにやら聞きなれない組織の名にトウヤの脳内に?が埋め尽くさせた。
「何ですか?そのHFCって」
「HFC、正式名称はホークス・ファンクラブね。彼女達はホークスを崇拝していてね。会員全員でホークスを一日中スト――見守っているの」
「あの、言い直してますけどそれってスト――」
―――スコンッ!
突然、トウヤの足元に何処からか飛来した矢文が突き刺さった。予想外の事態に固まるトウヤにエイダは矢に括りつけられた手紙の中身をトウヤに見せる。
そこに掛かれていたのは。
―――その名を口にすれば貴様を殺す。PS.ホークスお姉さまに手を出せば全力で貴様をぶっ殺す。
と紅い文字で書かれていた。
「こんな感じで過激な子が居るから言い方には気を付けてね」
「あの、何でこんなことになってるんですか?明らかにやばすぎると思うんですけど」
「HFCが生まれたのはある日ホークスが彼女達を助けた事から始まったの」
殺意に塗れた脅迫にトウヤは顔を引きつらせながら質問するとエイダはHFCが生まれた経緯を説明する。
「ホークスって困っている人を見捨てられない質でね、行く先々で色んな人に手を差し伸べてたの。そんなある日大量の魔物に襲われている女性だけで構成された新人冒険者チームを助けたの。
彼女達はたった一人で魔物の軍勢を退けたホークスに最初は感謝だけしていたんだけどその後に問題が起こったの」
「問題ですか?」
「実はその後も何度か彼女達がピンチに陥るときに限って、まるで見計らったかの様にホークスがその場面に居合わせたの」
そんな偶然があるのか?とトウヤは思ったがとにかくその女性冒険者達がホークス惚れるのは時間の問題だったらしい。
「特に問題だったのはホークスが外見も内面もイケメン系の美人な事ね。彼女達は自分達が窮地に立たされる度に颯爽と駆けつけてくるホークスの格好良さに惚れちゃったの」
エイダの説明を聞いてトウヤは一度、気まずい表情を浮かべるホークスを見る。
手入れが行き届いた綺麗な茶色の髪、鷹の様に鋭い黄金の瞳、シミも傷も何一つない綺麗な肌、格好良さと綺麗さを両立させた端正な顔立ち、そこにクールな性格が加わると確かに女性が惚れるのも無理は無いと思わせた。
「ホークスに惚れた彼女達は最初は自分達だけでスト――見守っていたんだけど彼女達と同じくホークスに助けられて惚れた女の子が日に日に増えていってね、今じゃとんでもない人数になっちゃったの。
それで人数が増えれば当然派閥が出来てね。今は穏健派の【お姉さまの幸せを見届け隊】と過激派の【お姉さまの義妹になり隊】が日々争い合っているわ」
一体どんな化学反応が起きればそんな事態になるのか疑問だったがこれは聞いちゃいけない気がしたので黙った。世の中聞かない方が良いこともあるのだ。
「苦労してるんですね、ホークスさん……」
「ははは、もう慣れたよ……」
疲れたかのように苦笑いするホークスが酷く哀れに見えた。
「さて、HFCについての説明はこのあたりにして、気を取り直して次のお店に行きましょう」
HFCの説明を終えたエイダは二人を連れて歩き出す。
歩いて数分後、途中でエイダが行きたいと言っていた目的の店へたどり着く。
「あの、エイダさん。このいかにも怪しいって雰囲気を出してるお店は何ですか?」
「何って、私が懇意にしているただの薬屋よ?」
「……本当に普通の薬屋なのか?」
ホークスとトウヤは目の前にある店の外見に戸惑っていた。
今三人が居るのは何やら童話に出てくる悪い魔女が住んでそうな怪しさがこれでもかと漂わせている店だった。
「あら、失礼ね。普通じゃなかったら此処でやってないわよ。ほら、入るわよ」
エイダは店の雰囲気に戸惑う二人を連れて中に入る。
店の中は多種多様の薬草や何らかの生き物の内臓が入った容器が並べられており、他にもトウヤ達が良く使う回復薬があれば用途が分からない様々な色をした薬品も置かれていた。
「……なんか、ちょっと怖くなってきました」
「……これ、本当に大丈夫なのか?」
「まあ、初見じゃあ怖気ずくよねぇ。でもここの薬師の腕は本物よ」
そう言ってエイダは二人を連れて店の奥へ進むと一人の悪魔族の老婆が本を読んでいた。老婆はエイダに気づくと優しげな笑みを浮かべた。
「おや?エイダじゃないか、久しぶりだねぇ。今日は何が欲しいんだい?」
「こんにちわ、ブエルさん今日はこの素材が欲しいんですけどありますか」
エイダはブエルと呼ぶ老婆に薬の材料の名前が書かれたメモを手渡す。
「ふむふむ、大丈夫だよ。直ぐ取って来るから待ってて」
メモを確認したブエルは材料を取りに店の倉庫に向かった。
「エイダさん、あの人は?」
「あの人は悪魔族のブエルさん。八千年以上も薬の研究開発している熟練の薬師よ」
「八千年!?」
「凄まじいな。悪魔族は長寿なのは知っているが、そこまで長く生きた人は初めて見たぞ」
三人はブエルの年齢に驚いているとその本人が薬の材料が入った袋を持ってきた。
「はい、注文の品だよ。お代は金貨――枚だね」
ブエルが出した代金のあまりの高さにトウヤは思わず目を見開くがエイダはそんなことを気にせずポンっと代金を払い、三人は店から出るとそのまま拠点に向かう。
「所で、今日の晩御飯をどうしますか?いつもはエルンさんが作ってましたけど」
「心配しなくても大丈夫よ。今日は私が作るから」
「エイダさんが?」
「エイダは長い間、一人で旅をしていたからな。エルンの次に料理が上手いんだ」
「そうなんですか」
三人はその後、不足している食材など買い足しながら拠点に戻った。
―――
夕食後、トウヤが先に風呂に入っている頃、エイダとホークスは向かい合いながら話していた。
「ホークス。貴女はトウヤの事どう思っているの?」
「……まあ、好ましくは思っているよ。とても真面目で勉強熱心だから教え甲斐があるよ」
ホークスは毎日勉強を頑張るトウヤの姿を思いだして微笑む。
「他には?トウヤのこういうところが好きとか、こういう姿が愛おしいとか、そんなのない?」
「……何事も一生懸命に取り組むところ、かな。……そういうエイダこそどうなんだ?」
「好きよ。ずっと一緒に居たい、いっぱい愛し合いたい、それくらい彼の事を想っているわ」
ノータイムでトウヤへの好意を告げるエイダの恋する乙女の様な表情を見てホークスは戸惑っていた。
「リューネがハーレムの話をしていた時から聞いていたが、本気だったんだな」
「失礼ね。私にだって恋をするわよ。それよりホークスはトウヤに告白しないの?」
「なっ!?そ、それは……まだ、早いというか……」
恥ずかしそうに口ごもるホークスにエイダはため息を吐く。
「もう、こういう時だけ奥手になるんだから。当たって砕けろの精神で告白しなさいよ」
「こ、告白するタイミングはちゃんと考えているぞ……今はまだその時じゃないから……」
「それを実行するのに何ヶ月掛ける気なのよ。いい加減覚悟を決めないと皆に置いていかれるわよ?」
「そ、それは分かっているんだが……」
いつまでも煮え切らないホークスの優柔不断さにエイダは更に警告を掛けようと口を開く。
「エイダさん、ホークスさん、上がりましたよー」
ここで風呂から上がったトウヤがリビングに入ってきたの見たホークスはこれ幸いと立ち上がる。
「ほ、ほら!トウヤが上がったみたいだぞ?私達も入ろう!」
「あ、ちょっと!」
ホークスは静止の声を無視して逃げるように風呂場に向かう。残されたエイダは恋愛下手な彼女の行動に頭を押さえ始める
「しょうがない。私が何とかするとしましょうか。幸い夕飯の時に仕掛けを施してあるし、効果が出るまで待ちましょう」
―――
夜中、トウヤは自室のベットで寝ていたが体に違和感を感じて中々寝付けずにいた。
「……眠れない」
トウヤは全身から感じる違和感に首を傾げる。
身体が妙に熱と疼きを持ち、頭が冴え渡っている。そして何より胸の内から沸き上がる渇望に苛まれていた。
「……水でも飲もう」
自室から出て一階の食堂にある調理台に向かう。
「えっと、コップは……あった」
棚から取り出したコップに水を注ぐと一息に飲む。だがそれでも身の内を焦がすような疼きと渇望が収まることは無かった。
「……寝るしかないか」
今はどうしようもないと考えてトウヤは再び部屋に戻る。その途中後ろから声を掛けられた。
「あら、トウヤ。起きていたの?」
声を掛けられて振り向くとネグリジェ姿のエイダが居た。トウヤは彼女の姿に目を奪われたが何とか振り払う。
「少し喉が渇いて一階で水を飲んでいました。エイダさんは?」
「あなたに用事があってね。ちょっと一緒に着いてきて欲しいの」
「え?用事って何ですか?」
「それは着いてからのお楽しみよ。さあ、行きましょう」
そう言ってエイダはトウヤの手を引いて歩き出す。この状況にトウヤは以前エイダとお出かけした時と似た雰囲気を感じた。
そして二人はある人物が住んでいる部屋の前で止まった。
「あの、エイダさん。この部屋って……」
この部屋に住んでいる人物を知っているトウヤは恐る恐るエイダに聞いた。
「ここはホークスの部屋よ?」
あっさりとこの部屋の住人の名を言ったがそれでもエイダの意図が分からず再び聞く。
「あの、ホークスさんの部屋と一体何の関係が?」
「それはね、この部屋を覗き込めば分かるわ」
エイダは意味深な笑みを浮かべながらホークスの部屋の扉を少し開けると中から声が聞こえ始めた。
「んっ、…ふっ…んあ、……あぁ……」
聞こえてくるのは切なげな艶めかしい喘ぎ声。一体なんだろうと思いながら中を覗いてみる。
その目に映ったのは裸のままベットの上で横たわりながら、自慰をしているホークスの姿だった。