「はあ、はあ、はあ!」
鬱蒼と乱立した大木が周囲を囲み、不気味で甲高い鳥の声が鳴り響く暗く深い森の中、一人の少年が必死な様子で走っていた。
「待ちやがれ!」
後ろからブロロロロという音と共に複数の男の怒声が響く、後ろを見るとまるでどっかの世紀末を思わせる空を飛ぶバイクの様な乗り物に乗った武装した男達が追ってきていた。
少年は男達から逃れる為にさらに走る速度を上げた。
自然が作り出した障害物を速度をを維持しながら回避し、人の手が加えられていない道なき道を縦横無尽に駆け回る。
途中にある鋭い枝や小石によって体に細かい傷が着くがそれを気にする余裕もなく後ろから追ってくる男達から逃げ続けるが、途中に僅かに盛り上がっていた木の根に引っかかって転んでしまう。
急いで起き上がるが男達が早く、あっという間に包囲された。
「やっと追い付いたぞ!クソガキ!」
「もう逃がさねえぞ!」
「観念しろ!」
男達の怒鳴り声に少年は抜け道を探すが男達が持っていた銃からワイヤーが放たれ、少年を拘束すると銃から少年に向かって電流が流れた。
「ああああああ!?」
突然の攻撃に少年は苦しむ。だが銃を持った男達は手を緩めず電撃を浴びせ続ける。数分間続いた電撃に少年はついに耐えられなくなりその場で崩れ落ちた。
男達は動けない事を確認するとワイヤーを収容してバイクから降りる。
「あ……が……」
「はあ、ようやく大人しくなったか。手間かけさせやがって」
男はうんざりした様子でバイクから降りると懐から鎖が付いた首輪を取り出しながら少年の元に近づく。
―――サンダー・ボルト!
「ぎゃああああああ!?」
突然男が横から飛来した雷撃に直撃した。突然の出来事に少年は戸惑いながら雷撃が来た方向を見るとそこには見るからに強そうな装備を身に着けた異種族の女性の集団が居た。
「貴方達、その少年から離れなさい!」
先頭に立っていた銀髪の竜人族の女性が持っていた槍を男達に突き付けて警告する。
「な!?あいつらは【青薔薇の戦乙女】!?何故こんなところに!?」
「な、あれが!?」
「何で世界最高峰の冒険者チームがこんな辺境の地に!?」
どうやら男達は彼女達の事を知っているようだ。
とはいえこの状況はチャンスだ。少年は再び逃げる為に悲鳴を上げる体に鞭打って立ち上がり、脇目を振らず走り出した。
「あ!待ちやがれ!」
男の一人が少年を追いかけようとするが女性冒険者達が立ち塞がった。
「リューネ!あの子を追って!」
「ここは任せてください!」
「分かりました!」
リューネと呼ばれた竜人族の女性は翼を羽ばたかせながら飛行して少年の後を追った。
―――
一体どれだけの距離を走ったのだろう。走っても走っても周りは大木ばかり、光が遮られているせいで昼なのか夜なのか分からない。
それでも少年は走る。少しでも安全な場所を探して。
途中微かに光が見えたので向かってみると夕日に照らされた大きな湖を見つけた。
「……少しくらい……良いよね?」
まだ気が抜けない状況だがとっくに体の限界は超えており、休ませないと壊れてしまう。そう判断して少年は近くにある岩を背にして座る。目の前にある幻想的な景色と微かに流れる風の心地良さに心が落ち着いていく。
「……ぐすっ」
落ち着いてきた途端、自分が置かれているこの状況に悲しくなってくる。
少年は元々この世界の住人ではなかった。
この世界とは違う世界にある国、日本で生まれた。
だがその人生は恵まれたものでは無かった。
両親は共働きで家に居らず、学校では悪質な虐めを受け、挙句の果てには信じていた友達に裏切られた。このことを両親や先生に相談したが何の解決にもなっておらずむしろ悪化する結果になった。そんな毎日を送った少年の心はじわじわと鑢にかけるかのように擦り減っていった。
だが世界は少年に更なる追い打ちを掛けた。
ある日いつもの様に学校でクラスメイトから虐めを受けた後、一人家に帰宅している途中で突然目の前が閃光で染り、気が付くとと知らない一室で複数の白衣の男達に囲まれていた。
突然の事で混乱する少年を男達は無理矢理別の部屋にある台に縛り付けると毒々しい色をした様々な薬品と手術で使うような道具を用意し始めた。
その様子からこれから行おうとする事を察した少年は恐怖で泣き叫んだ。逃げ出そうと力の限り暴れたが台はびくともせずただただ時間が過ぎ去るだけ。
そして全ての準備が整った時、男達は悍ましい笑顔で少年を見ていた。
それから先は地獄の毎日だった。
正気を疑う実験の数々、人ではなく兵器として教育される日々、ある日から感じるようになった人の悪意に心が疲弊していき、ついには自殺をしようとするも即座に回復されて以降は全身に拘束具を付けられた。
そんな彼らの悍ましい実験を一年間受け続けた少年は驚くべきことに正気を保っていた。少年はひたすら耐え続けた。ここから逃げ出す機会を待ちながら。
そしてチャンスが来た。
男達は少年の戦闘記録を取るために外に連れ出した。向かった先には極めて頑丈な檻に入れられた凶暴な魔物がいる実験場だった。
その実験場の中心で実験を開始するために全ての拘束が解かれた瞬間、近くの男を押し倒し、隙をついて森へ逃げた。
途中追い付かれることがあったがあの女冒険者達が現れたおかげでここまで逃げ込めた。
「……行こう」
まだ疲労が抜けきっていないが十分休めた。現時点の位置は分からないが何もわからない以上真っ直ぐ進むしかない。そう思って歩き―――
「待ってください!」
―――出そうとした瞬間、呼び止められる。追いつかれた!?そう思って慌てて声がした方向を見る。
「はあ、やっと追い付けました……」
声の主は女性冒険者チームに居た竜人族の女性だった。
「…………」
少年は目の前の女性に警戒を強める。他人を信じていないその目に女性は戸惑ったが意を決した様に話しかける。
「安心してください。私は貴方に危害を加えるつもりはありません。少しだけ話を聞きたいだけなんです」
敵意が無いことを示すためか武器を置いて降参のポーズを取り始めた。
「……分かった」
全く警戒を解いてないが一応話を聞いてくれることに女性は少し安堵して話し始めた。
「まずは自己紹介ですね。私は冒険者のリューネです。ギルドからの依頼でこの近辺に潜んでいる闇組織の捜索に来ました」
「……トウヤ」
「トウヤさんですね。早速ですが聞かせてもらえませんか?何故、あの男達に追われていたのか」
「……うん」
少年ことトウヤはリューネに自分が知っていることを全て話した。ある日突然この世界に拉致られたこと、そこで行われた実験の数々、自分を人間と思ってないような扱いの日々を。
話の途中、彼女は時折顔を顰めながらも静かに聞いていた。
そして全てを聞き終えた彼女はトウヤに近づき。
―――ぎゅっ
優しく抱きしめた。
「え?」
トウヤは彼女の突然の行動に困惑する。
「会ったばかりの私が言うのもあれですけど、それでも言わせてください」
その声は優しかった。
「良く頑張りましたね」
その言葉に悪意を一切感じなかった。
「寂しくて辛かったですよね。痛い事ばかりで苦しかったですよね……」
自身を包む温もりと花の香りが何故か凄く懐かしく感じる。
「我慢しなくてもいいんですよ」
それらが擦り減った心を激しく掻き乱してくる。
「大丈夫、お姉さん強いですから何が来ても守ります。だから、安心していいんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、目元から何かが流れた気がした。
―――
一方、女性冒険者達と戦った闇組織の男達は。
「うぐ……」
「うう……」
「くっそ……」
簀巻きにされて三角形に積み上げられていた。
「よっと。これで終わりですかぁ?ホークスさん」
「いや、まだだ」
ホークスと呼ばれた機械仕掛けの弓を持った鳥人族の女性がリーダーと思われるスキンヘッドの男に掴みかかる。
「……さて聞かせてもらおうか。色々とな」
「素直に教えるとでも?」
「ああ、教えてもらうさ。貴様の口からな。エイダやってくれ」
ホークスは煽情的な格好をした淫魔族の女性に呼びかける。
「ええ、まかせて」
エイダと呼ばれた女性ははこくりと頷くと男の前に歩み寄る。男は彼女がしようとしていることを察して焦り始めた。
「!?まさか……や、やめろ!?」
「ふふ、ごめんなさいね?【マインド・コントロール】」
「あ……あ……あ……」
エイダの手のひらから放出された精神支配の魔法を浴びた男の精神は抵抗できずに掌握された。
「準備できたわ。ホークス」
「ああ、ご苦労。それじゃあ答えてもらうぞ」
「……ああ」
精神支配を受けた男は虚ろな症状でホークスの質問に答える。
意外とそれなりの立場に居たのか組織の警備網や人員を始め、麻薬、密輸、闇金など様々な犯罪に関わっていた。
「では次の質問だ。お前たちが追っていたあの少年の事だ。知っていることを教えろ」
「あれは計画のために異世界から呼び出した被検体だ」
「異世界から?……どういうことだ?」
「研究員の一人から聞いたことだが、西大陸の大国にある勇者召喚の秘術を模倣した召喚術を用いて実験用の素体を大量に確保しようとしたらしい」
「な!?」
男の話に女性達は絶句していた。勇者召喚は西大陸一の大国だけが持つ人族が作り出した神の軌跡その物。ゆえにその術式は厳重に管理されている。ただの闇組織が盗めるはずがない。
「一体どうやって……」
「そこまでは知らない。ただ召喚する際、大量の触媒と魔石を使って人一人召喚するのがやっとだったらしい。おかげで組織が貯めこんだ金の半分は消し飛んだ。しかもそこまでやって召喚されたのがあんな小さなガキ、割に合わなすぎる」
確かにコスト面から考えれば失敗なのだろうがそれでも召喚は成功している。もしその召喚術が改良され世界に流れればこの世界は混沌に陥る可能性がある。
ホークスは頬に嫌な汗が流れるのを感じながら、次の質問を投げかけた。
「……その計画というのは何だ」
「勇者と同等の力を持った兵士を生み出し、それを量産して各大陸に販売して利益を得ることらしい」
しばらく男が計画の説明したがその内容はあまりにも論理感というものがぶっ飛んでいた。
まず独自に作り上げた召喚式で異世界人を拉致し、薬物投与、外科手術による強化改造を施し、戦闘能力を強化。
戦闘記録を取るために魔界で捕まえた強大な魔物を相手とした戦闘訓練。
十分な記録を取った後、被検体の遺伝情報を元にホムンクルス技術でクローンを量産。
量産したクローンを各大陸の闇組織に販売する。
なお、元となった異世界人は今後の研究の素体とする。
あまりにも恐ろしい計画に女性陣は吐き気を覚えた。一体どんな思考回路をしていたらこんな計画を思いつくのか。
「……最後にお前達の拠点の場所を全て吐け」
「ああ、場所は……」
ホークスは男が話す闇組織の拠点を聞き終わると事の重大さにため息を吐く。
勇者召喚術の模倣、異世界人を使った非合法な実験、勇者クラスの兵士量産計画。
どう考えても冒険者が対応出来る案件じゃない。
(だが嘆いてばかりいられない。これらが広まる前に徹底的に叩き潰さないと……そういえば)
ホークスはふと、件の少年を追いかけていった我らのリーダーを思い出す。
「みんな、私が質問している間、リューネは戻ってきたか?」
仲間達は誰も首を横に振る。どうやら戻っては無いらしい。それを見てホークスの脳内の予定表に二人の捜索が追加され―――
「すいません。今戻りました」
―――ようとしたところでその本人が件の少年をおんぶした状態で戻ってきた。
「ああ、リューネ。どうやら無事に保護できたようだな」
「はい、今は眠っていますから静かに……」
「……そうか、分かった。直ぐに都市に向かおう」
合流した彼女達は情報整理と拘束した闇組織の男達を引き渡すために移動する。
だが拘束した闇組織の男達は9人ほど居り、全員運ぶには往復しないといけないが幸いそれに適した者がいた。
「♪~~♪~~」
暗く不気味な深い森の中、9人の男を纏めて団子状にぐるぐる巻きにし、それをリュックの様に背負った牛人族の女性がピクニックに来ているかのように楽しそうに鼻歌を歌いながら運搬していた。
「何度見てもすごい光景ねぇ……」
「エルンさん、楽しそうですね」
「……うん」
「流石、牛人族と鬼人族のハーフなだけあるな」
四人は目の前の光景に苦笑いする。エルンと呼ばれる女性は種族と職業の特性によりチームの中で一番の怪力を誇っている。彼女にとってこのくらいの荷物なら朝飯前なのだ。
「……お姉ちゃん」
「何ですか?ノア」
「……その子、どうするの?」
ノアと呼ばれた天使族の女性はリューネがおんぶしている眠っているトウヤを見ていた。他のメンバーも気になったのか視線を向ける。
リューネの答えは決まっていた。
「この子は私が引き取ります」
「本気か?ギルドが運営している孤児院に引き取ってもらうべきだろ?」
「そうですねぇ。それが一番ですぅ」
ホークスとエルンは孤児院に預けることを提案するがリューネは首を横に振る。
「あら、こんな可愛い子を手放しちゃうの?勿体ない」
「……お前、この子を襲う気か?流石に止めさせてもらうぞ」
ホークスはジト目でエイダに忠告するが、当の本人は余裕な笑みで受け流す。
「相変わらずお堅いわねぇホークスは。良いじゃない、可愛い男の子を可愛がっても」
「お前の可愛がりはこの子にとって猛毒だ。近づかせるわけにはいかない」
「酷いわねぇ。私を毒蛇かなんかと思ってるの?そんなに信用がない?悲しいわぁ」
よよよと悲しそうな表情を浮かべるエイダだが、彼女の本性を知っているホークスには噓泣きと見抜いていた。
「ある訳無いだろ。お前の昔の所業を思い出せ」
「昔の所業って、たったの一万人の男と遊んだだけよ?」
「駄目だこいつ……」
何やら漫才じみてきた二人を無視してノアは再び問いかける。
「……本当に良いの?」
「ええ、約束しましたから」
リューネはちらりとトウヤを見る。眠る前は寂しそうな表情だったのに眠っている今は年相応の可愛らしい寝顔だった。
そんな様子を見たノアはこれ以上の説得は無意味と判断する。
「……分かった。お姉ちゃんがそこまで言うなら。……私は何も言わない」
「私もリューネさんが決めたのならぁ」
「私も異論は無いわ」
「仕方ない。何か困ったことがあれば相談してくれ」
「ありがとうございます。皆さん」
四人からトウヤの保護を認められてリューネは感謝する。
そして遂に森を抜けて目の前に彼女達の拠点がある都市の入り口が見えた。
「こいつらを衛兵に引き渡した後、どうしますかぁ?私はレストランに行きたいですぅ」
「私は直ぐにギルドへ報告に行く。この情報を一刻も早くギルド長に報告しないと」
「……私もお腹空いたから。……エルンと一緒に行く」
「私はお風呂に入りたいわ。もう汗でベタベタ」
「私はトウヤを病院に連れていきます」
彼女達は他愛ない話をしながら都市にいる衛兵に闇組織の男達を引き渡すと一旦別々に分かれた。
四人と別れたリューネは病院に着くと直ぐに馴染みの医者に事情を説明してトウヤを見てもらった。
「夥しい手術跡……全身に刻まれた魔術刻印は魔界の物に似ている……更に血液に含まれているこの薬物反応、禁止されている魔法薬を投与されているのか?」
医者は今のトウヤの状態に絶句していた。
「リューネさん、直ぐにこの子を入院させます。良いですね?」
「……分かりました。……あの、この子の傍に居てもいいでしょうか?」
「良いですよ。貴女が一緒ならこの子も安心できるでしょうから」
医者はそう言って二人を空いている病室へ案内する。
「では、何かあったら直ぐに呼んで下さいね」
「ありがとうございます」
医者が退室した後、リューネはトウヤをベットに寝かせ、装備を外して新たに用意された布団で寝ようとするが。
「……眠れない」
どうしてもトウヤの事が気になってしまい。うんうんと唸った後、結局トウヤが寝ているベットにこっそり入り込んだ。
(す、少し緊張しますね)
なにやらいけないことをしているような気分になり頬を赤らめる。
今まで男性との交遊が皆無だったリューネにとって例え子供でも男性と一緒に寝るのは初めてだった。
「……う」
今の状況に悶々としていると寝ているトウヤの呻き声が聞こえた。起こしてしまったのだろうか?リューネは起き上がってトウヤの様子を伺う。
「……めて」
その表情は苦しそうに汗を流し、体は小刻みに震えながら―――
「やめてやめてやめていたいいたいいたいくるしいくるしいくるしい……」
―――まるで呪いの様に苦悶の声を漏らし続ける。
「っ!」
リューネはトウヤの体を強く抱きしめた。夢すらも苦しめられる事に居てもたってもいられなかった。
「大丈夫。大丈夫だから」
胸に抱き寄せた彼の苦痛が和らぐように祈るように優しく言葉を掛ける。その祈りが届いたのか表情が和らいでいき、ついには安らかに眠り始めた。
(……良かった)
彼が落ち着いたことに安心したリューネは彼を抱きしめたまま眠りについた。
この話を書いてる途中で思ったこと。
主人公の設定、重くしすぎた?
あと大雑把だけどこの作品の世界観とキャラ設定を頑張って作っています。出来たら投稿します。