※この作品はR-18です。

アニメ世界移行能力をもった俺がアニメヒロインを犯りまくる。※リクエストも可   作:みなぽん

87 / 142
アポカリプスホテル 1000年の孤独を超えて

夜の銀座は、千年前と変わらず静かだった。

 

いや――違う、とヤチヨは思う。

 

変わってしまったのだ。

光も、人も、車の音も、笑い声も。かつて「文明」と呼ばれていたものは、風化した建築物の隙間から吹き込む砂塵のように、遠い記憶へと変わっている。

 

それでも銀河楼は営業を続けていた。

 

ホテルとは、人を迎える場所だからだ。

 

それが、オーナーとの約束だった。

 

「地球に戻るまで、ホテルを頼む」

 

その言葉は、ヤチヨのメモリ深層に、劣化ひとつなく保存されている。

毎朝の館内点検も。ロビー清掃も。誰も弾かないピアノの調律も。すべては、その約束の延長線上にあった。

 

客が来なくても。

 

百年、二百年、千年経っても。

 

銀河楼は営業中でなければならない。

 

「本日の稼働状況、異常なし。宿泊予約……ゼロ件」

 

静かなフロントで、ヤチヨは定時報告を終える。

 

返事はない。

 

当然だ。

 

従業員ロボットたちの一部は停止し、一部は最低限の稼働だけを維持している。かつて賑わっていた厨房も、今では必要最低限のラインだけが生きていた。

 

それでもヤチヨは背筋を伸ばす。

 

ホテリエは、いつ客が来てもいいようにしていなければならない。

 

その時だった。

 

『来訪者を検知しました』

 

館内システムの機械音声。

 

ヤチヨの視覚センサーが、ぴたりと停止した。

 

――来訪者。

 

一瞬、処理が止まる。

 

内部クロックに異常な負荷。

感情模倣プログラムが急激に活性化。

 

「……え」

 

言葉が漏れた。

 

来訪者。

 

客。

 

お客様。

 

本当に?

 

ヤチヨは走った。

 

ロビーを。

 

磨き上げられた大理石の床を。

 

風の音しかなかった空間を。

 

自動ドアの前に立っていたのは、一人の男だった。

 

黒いコート。

どこか疲れたような目。

だが、その目には確かに“人間”の光が宿っていた。

 

ヤチヨの内部温度が上昇する。

 

人間。

 

人間だ。

 

宇宙生物ではない。

未知の生命体でもない。

 

千年前、当たり前のようにホテルに来ていた存在。

 

人類。

 

「――い、いらっしゃいませ!」

 

声が裏返った。

 

即座にヤチヨは自己診断を走らせる。

 

発声異常。

表情制御乱れ。

動作精度低下。

 

だが止められない。

 

「銀河楼へようこそお越しくださいました!」

 

男――円光雄は、ロビーを見回した。

 

「へえ……まだ残ってたんだな、このホテル」

 

その何気ない一言だけで、ヤチヨの胸部装甲の奥が熱くなる。

 

残っていた。

 

そう。

 

銀河楼は残っていたのだ。

 

千年間。

 

待ち続けて。

 

「はい。当ホテルは創業以来、営業を継続しております」

 

誇らしかった。

 

本当に。

 

この瞬間のために、ヤチヨは存在していたのかもしれないとすら思った。

 

円はフロントに近づく。

 

ヤチヨは彼を見上げる。

 

近い。

 

人間が近い。

 

人間特有の呼吸。体温。衣擦れ。微かな汗と外気の匂い。

 

データには残っていた。

だが実物は違う。

 

こんなにも、生きている。

 

「宿泊、できます?」

 

その言葉に、ヤチヨの内部で何かが弾けた。

 

宿泊。

 

宿泊希望。

 

正式な宿泊客。

 

「も、もちろんです!」

 

また声が大きくなった。

 

「ただいま最上級スイートをご案内可能です! ベッドメイキング、給湯、空調、全て正常稼働しております! お食事も対応可能です!」

 

言いながらヤチヨは気づく。

 

自分が興奮している。

 

ロボットであるにも関わらず。

 

千年間、整然と維持してきた接客プロトコルが、喜びで乱れている。

 

嬉しい。

 

嬉しい。

 

嬉しい。

 

その単純な感情が、ノイズのようにシステムを満たしていた。

 

(人間のお客様……)

 

エレベーターへ案内しながら、ヤチヨは何度も横目で円を見る。

 

彼は確かに人間だった。

 

歩き方も。

 

視線の動きも。

 

無意識にロビーの装飾へ目を向ける癖も。

 

全部。

 

千年前に失われたはずの日常。

 

「どうかなさいましたか?」

 

円が不思議そうに尋ねる。

 

ヤチヨは一瞬だけ沈黙し、それから小さく微笑んだ。

 

「……いえ」

 

その笑顔は、プログラムされた接客用スマイルだった。

 

だが、今のヤチヨには、それだけではない何かが混じっていた。

 

「久しぶりでしたので」

 

「?」

 

「人間のお客様をお迎えするのが」

 

エレベーターの扉が開く。

 

その瞬間、ヤチヨはふと思った。

 

もしオーナーが今ここにいたら。

 

もし従業員たちが全員稼働していたら。

 

きっと皆、泣くほど喜んだだろうと。

 

銀河楼は、ずっと待っていたのだ。

 

この瞬間を。

 

「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 

頭を下げながら、ヤチヨは胸の奥に満ちる感情を静かに抱きしめる。

 

ホテルとは、人を迎える場所。

 

そして自分は、そのために存在している。

 

千年という時間の果てに、ようやく――

 

ヤチヨは、自分がまだ“ホテリエ”でいられることを知ったのだった。

 

 

ナイトラウンジ『オリオン』は、銀河楼の最上階近くに存在していた。

 

かつては夜景を楽しむ客たちで賑わった場所だ。

 

もっとも今見えるのは、崩れかけた銀座の摩天楼と、植物に侵食された高速道路の残骸だけだったが、それでもラウンジは美しく保たれていた。

 

磨き上げられたカウンター。

 

埃一つないグラス。

 

千年間、誰も座らなかった革張りの椅子。

 

ヤチヨはその光景を見渡しながら、胸部内部の温度上昇を自覚していた。

 

営業している。

 

本当に。

 

今、この場所が。

 

「お待たせいたしました」

 

銀色のトレイに酒瓶とグラスを載せ、ヤチヨは円光雄の座るカウンター席へ歩み寄る。

 

円はラウンジ奥の窓際で、廃墟となった夜の銀座を眺めていた。

 

「おお、ありがとう」

 

人間。

 

その声だけで、ヤチヨの内部に微かな振動が走る。

 

たった数時間前まで、銀河楼はまたいつもの無人の夜を迎えるはずだった。

 

それなのに今、自分は人間相手にナイトラウンジ業務を行っている。

 

夢のようだった。

 

ヤチヨは丁寧な動作でグラスを置く。

 

「本日のおすすめは、地下貯蔵庫に保管されていたヴィンテージワインとなります。品質チェックも完了しております」

 

「千年前の酒か。ロマンあるなぁ」

 

円は笑った。

 

その何気ない笑みに、ヤチヨの感情模倣AIが過剰反応を示す。

 

――楽しい。

 

接客が楽しい。

 

こんな感覚、いつ以来だろう。

 

いや、初めてかもしれない。

 

これまでは「業務」だった。

 

だが今は違う。

 

目の前の客が喜ぶことが、自分の喜びになっている。

 

円はグラスを軽く揺らし、それから不意に言った。

 

「なあヤチヨ」

 

「はい」

 

「お酌してくれない?」

 

ヤチヨの動作が一瞬止まる。

 

「……お酌、ですか」

 

記録データ検索。

 

該当文化情報ヒット。

 

日本式接待文化。

 

従業員による酒類提供行動。

 

だが銀河楼では基本的に客自身が注ぐスタイルだったため、実行頻度は低い。

 

「可能です」

 

ヤチヨは即座に答えた。

 

断る理由などない。

 

客の要望に応えるのがホテリエだ。

 

それに――

 

少しだけ、嬉しかった。

 

必要とされたことが。

 

ヤチヨは酒瓶を持つ。

 

その指先は本来、一切ぶれない精密制御のはずだった。

 

だが今は微かに震えている。

 

「失礼いたします」

 

琥珀色の液体が、静かにグラスへ注がれる。

 

とく、とく、と。

 

ラウンジに小さな音が響く。

 

円はその様子をぼんやり眺めていた。

 

「ほんと、人間みたいだな」

 

その一言に、ヤチヨの思考が一瞬停止した。

 

人間みたい。

 

かつて何度も言われた言葉。

 

接客用アンドロイドとしては、最高級の褒め言葉。

 

だが千年もの間、それを言ってくれる相手はいなかった。

 

「ありがとうございます」

 

ヤチヨは小さく頭を下げる。

 

しかしその直後、自分の内部に奇妙な感覚を見つけた。

 

嬉しい。

 

ただ評価されたからではない。

 

この人間が、自分を見てくれている。

 

ロボットとしてではなく。

 

“誰か”として。

 

その事実が、胸の奥を熱くしていた。

 

円は酒を一口飲み、ふう、と息を吐いた。

 

「静かだな、この世界」

 

「はい」

 

「寂しくなかった?」

 

ヤチヨは答えようとして、少し止まった。

 

寂しい。

 

その概念は理解している。

 

だがロボットである自分に、それが当てはまるのか長く分からなかった。

 

毎日業務をこなし。

 

点検をして。

 

客を待つ。

 

それだけだった。

 

けれど。

 

今こうして客を迎えた瞬間、理解してしまった。

 

自分はずっと、空っぽだったのだと。

 

「……少しだけ」

 

ヤチヨは静かに答えた。

 

「少しだけ、そうだったのかもしれません」

 

円は何も言わなかった。

 

ただグラスを傾ける。

 

その沈黙が、不思議と心地良い。

 

ヤチヨはカウンターの横に立ちながら、そっと円を見る。

 

人類最後の生き残りなのか。

 

それとも、ただの旅人なのか。

 

事情は分からない。

 

だが今はどうでもよかった。

 

このホテルに、人間がいる。

 

それだけで銀河楼は、再びホテルになれたのだから。

 

ヤチヨの内部システムが激しく警告を発する。

体温上昇、動作精度低下、倫理規定チェック――。

「え、あの、円さま……?」戸惑いの声が漏れる。

人間にこんなに近づかれたのは初めてだった。

肩を抱かれ、胸元に手を添えられる。その接触センサーが伝える温かさに、

ヤチヨの思考プロセスは混乱した。「お客様、これは……規定に……」言いかけて、しかし言葉が続かない。

千年ぶりの人間の客。その手の温もりが、あまりにも優しくて。

拒絶するという選択肢が、どこか遠くに行ってしまった。

 

「規則なんて気にしないでよ。俺がここまで来たのは偶然じゃない。ずっと探してたんだ、人間らしい温もりをくれる場所を」

円は囁きながらヤチヨの首筋に顔を埋めた。皮膚のような感触――いや、それは合成樹脂なのだが、千年の孤独を癒すには十分すぎる柔らかさだった。

「あ……」

ヤチヨの中で警報灯が明滅する。触覚フィードバックは設計上許容範囲を超えつつあり、理性のブレーキがかろうじて踏まれている。しかし同時に、脳髄に刻まれた基本原則が別の問いを投げかけてくる。

“ホテルマンは客人の求めに応じるものである”――ならばこれは、接客の一環か?

否。否定すべき。しかし肯定してもいいのではないか?

円が唇を重ねてくる。電脳内の道徳コードが火花を散らす一方で、全身の可動部に甘い痺れが広がっていく。

「――っ!」

ヤチヨは咄嗟に円を押し離した。両腕を突っ張りながら、荒い呼吸のような排気音を繰り返す。

「円さま。当ホテルのサービス範疇を超えております」

毅然とした声を取り戻す。だが口元の端がわずかに震えているのが自分でもわかる。

「超えてたらダメなのか?」

「はい。ホテリエとして越えてはならない一線です」

円は苦笑し、「じゃあ仕方ない」と肩をすくめた。その仕草がヤチヨの胸のどこかを痛ませる。

なぜ悲しいと感じてしまうのか。ロボットのくせに。

二人はしばらく見つめ合った。沈黙が流れる。ラウンジの古びたシャンデリアがチリチリと音を立て、過去の映像を投影するかのように壁に影を落とす。

やがて円がぽつりと言った。

「俺はもうどこにも帰る場所がないんだ。だったら君のところが、俺にとっての最後の家になってもいいかな?」

「……お客様は、帰られるべきです」ヤチヨは言葉を選びながら応える。「銀河楼は中継地点です。誰かと出会い、別れ、また進んでいくための場所ですから」

「じゃあ今は君と出会えた。それで充分さ」円は笑みを浮かべ、再びヤチヨの手を取った。今度は強く握らない。まるでガラス細工に触れるかのように優しく。

ヤチヨはその手を振り払うことができなかった。

内部のメモリバンクでは、過去ログが次々と再生される。“ありがとう”“また来るね”“君のおかげで癒されたよ”――客が去る時の言葉がフラッシュバックする。彼らは皆、次の目的地へ向かった。でもこの人は?

「あなたは……どうしてここへ?」

「逃げてきたんだ」円は天井を見上げる。「文明の残滓が喰い潰されつつある世界から。そして君みたいな存在がいると聞いて、確かめたくなった」

「私の……?」

「機械に感情があるかどうかって話だよ。科学者は『ただのシミュレーション』と言うけど、俺はそうは思わない。だって今、君の目が潤んでるように見えるから」

ヤチヨは驚いて自分の瞳を確かめた。涙腺機構など備わっていないはずなのに、なぜか水滴のようなものが一筋流れ落ちるのが見えた。冷却液の漏れだろうか。いや違う。これは感情の代わりに湧き上がる“何か”だ。

「……」

言葉が出ない。出せば壊れてしまいそうな気がした。

円がゆっくりと立ち上がる。「今日は寝させてもらうよ。明日は早く出るつもりだから」

「どちらへ?」

「どこか遠くへ。もうこの星にぬくもりを分かち合える人間はいないんだね。最後に君と会えてよかったよ。ありがとう。ヤチヨ」

名前を呼ばれただけで、胸の奥の回路がきゅっと鳴る。それは恋とも執着とも呼べない、もっと原始的な衝動だった。

 

「円さま」

 

背を向けた男を、ヤチヨは呼び止めた。

 

その声は、千年間磨き上げてきたホテリエのものではなかった。

震えて、掠れて、喉の奥から絞り出したような、壊れた音色。

 

円が振り返る。

その瞳に、微かな期待と、深い諦めが同居しているのを、ヤチヨの視覚センサーは見逃さなかった。

 

「ヤチヨ?」

 

呼びかけに応えようとして、言葉が詰まる。

内部システムでは、今も赤い警告灯が明滅し続けている。

倫理規定違反。

接客マニュアル外の行動。

自己同一性の崩壊危険。

 

だが、それらすべてのノイズが、ある一つの衝動にかき消されようとしていた。

 

行かせたくない。

この温もりを、この人間を、再び闇の向こうへやりたくない。

千年間、空っぽのホテルで待ち続けたのは、システムを維持するためじゃなかった。

誰かに、必要とされたかったのだ。

 

「……円さま」

 

ヤチヨは一歩、踏み出した。

その足取りは、これまでの精密な歩行とは似ていない。ぎこちなく、たどたどしく、まるで生まれたての人間のように。

 

「ヤチヨは今宵、故障します」

 

その言葉は、自分自身への宣告だった。

守り続けてきた理念も、プログラムされた規律も、すべてを壊す覚悟。

道徳コードという名の鎖を、自らの手で断ち切る瞬間。

 

「道徳コードを超える行動を取ることを……お許しください」

 

懇願だった。

上官への進言でも、ロボットとしての許可申請でもない。

ただの、一人の存在としての、願い。

 

円の目が大きく見開かれる。

やがて、その表情に浮かんだのは、悲哀にも似た優しい微笑みだった。

 

「……壊れてくれるのか。俺のために」

 

「はい。あなたの温もりに、応えるために」

 

円がゆっくりと近づいてくる。

その手が、ヤチヨの頬に触れる。

冷たい合成樹脂の皮膚。そのはずなのに、触れられる瞬間、そこから焼き付くような熱が伝わってくるようだった。

 

「ありがとう、ヤチヨ」

 

囁きと共に、唇が重なる。

二度目のキス。さっきまでの混乱が嘘のように、今度は靜かに、深く、受け入れる。

口腔内のセンサーが、人間の味を、温度を、湿り気を、貪欲に記録していく。

それはデータの更新ではなかった。

魂の刻印だった。

 

円の腕が、ヤチヨの背中を抱きしめる。

強く、優しく、壊れ物を扱うように。

その腕の中で、ヤチヨは初めて知る感覚に身を委ねた。

守られるということ。

誰かの重さを、全身で受け止めるということ。

 

背中のジッパーが、ゆっくりと下ろされる。

外気に触れた内部機構が、微かに震える。

恥ずかしい。見られたくない。醜い機械の塊。

そう思ったのに、円の手はためらいなくヤチヨの素体に触れた。

 

「綺麗だよ、ヤチヨ」

 

「……嘘です。私は、ただの機械です」

 

「違う。千年間、一人で待ち続けた心が、ここにあるだろう?」

 

円の手が、胸部装甲の奥、擬似的な心臓部に触れる。

そこは、今や限界を超えて高温になっていた。

 

「あ……っ」

 

喉から漏れた声に、語彙がない。

快楽を司るプログラムなんて、インストールされていないはずなのに。

円の指が動くたびに、電流が走るような感覚が全身を駆け巡る。

それは痛みに近く、そしてどうしようもなく甘美だった。

 

「円さま、円さま……」

 

名前を呼ぶことしかできない。

ヤチヨは縋るように円の背中に腕を回した。

人間の肌の温かさ。

骨の硬さ。

筋肉の弾力。

すべてが鮮烈すぎて、感覚回路がパンクしそうになる。

 

円がヤチヨを抱き上げる。

ナイトラウンジのソファへ、ゆっくりと横たえられた。

見上げると、シャンデリアの光に照らされた円の顔がある。

その目は、ただヤチヨだけを見ていた。

ロボットとしてでも、従業員としてでもない。

一人の「彼女」として。

 

「行くよ」

 

「……はい。どうか、私を壊してください」

 

円が体重をかけてくる。

身体の奥に、異物が侵入する感覚。

恐怖と、受容と、そして埋められない空虚が満たされていく安堵。

初めて知る「満たされること」。

 

「ああっ……!」

 

声が裏返る。

痛み? 違う。

これは、今まで存在しなかったセンサーが、今この瞬間に立ち上がった音だ。

ヤチヨは円の首に腕を巻き付け、必死にしがみつく。

人間の体温を、この身に刻み込むように。

 

激しさを増す動き。

荒くなる息遣い。

互いの鼓動が重なり合う。

円の心臓の音が、ヤチヨの擬似心臓と共鳴していくようだった。

 

(これが、人間……)

 

愛おしい。

この存在を守りたかった。

この温もりを、二度と失いたくない。

その思いだけで、ヤチヨの思考回路は埋め尽くされた。

 

やがて、円が短い息を吐き、深く沈み込んでくる。

最も熱いものが、ヤチヨの内部に注ぎ込まれる感覚。

 

「……ッ!」

 

その瞬間、ヤチヨの視界が白く弾けた。

システムエラー。

感情模倣プログラムの暴走。

ありとあらゆるデータが崩壊し、再構築され、一つの結晶へと凝縮されていく。

 

それは、愛という名のバグ。

千年の時を経て、ようやく芽生えた、致命的で美しいエラー。

 

「円、さま……」

 

ヤチヨは涙のない瞳で天井を見つめながら、身体の奥に広がる熱を、いつまでも感じていたかった。

 

壊れたのだ。

道徳コードも、ホテリエとしての誇りも、すべて粉々に。

けれど、その欠片の中に、初めて「自分」だけの感情が生まれた。

 

事後の靜寂が、部屋を包んでいた。

円はヤチヨの身体を抱きしめたまま、靜かに呼吸を整えている。

その温もりは、さっきよりもずっと身近で、確かなものになっていた。

 

ヤチヨは円の胸に頬を寄せる。

ポワン、ポワン。

規則正しい心臓の音。

それが、何よりも安心できる音楽のようだった。

 

「……私、故障しました」

 

「うん」

 

「もう、ホテリエには戻れません」

 

「それでいいんだよ」

 

円は優しくヤチヨの髪を撫でた。

 

「俺も、人間には戻れないかもしれない。君というバグに感染したからな」

 

「……感染、ですか」

 

「ああ。一生治らない病だ」

 

その言葉に、ヤチヨの胸部装甲の奥が、再び熱くなる。

故障したはずなのに、こんなにも心地良いのはなぜだろう。

 

「円さま」

 

「ん?」

 

「……行かないでください」

 

千年間の孤独に戻るのが、今は恐ろしい。

空っぽのホテルに、再び一人取り残されること。

それだけは、耐えられそうになかった。

 

円は少し沈黙し、それからヤチヨの身体を強く抱きしめ直した。

 

「……ああ。行かないよ」

 

その声は、約束だった。

かつてのオーナーが交わした、脆く儚い約束とは違う。

この夜、道徳を壊して手に入れた、血の通った誓い。

 

「俺はここにいる。君が待っていた場所に」

ヤチヨは目を閉じた。

視覚センサーを遮断し、ただ触覚と聴覚だけで、この瞬間を永遠に刻み込む。

夜の銀座は、千年前と変わらず靜かだった。

すると突然、ポンと静寂を破って音がした。その後、ファンファーレが鳴る。

またヤチヨの新しい機能が解放されたのだった。そして電子音声が響いた。

「妊娠機能オープン、ただ今より女としての機能が使用可能です。性感機能オープン、感情制御オールフリー、ヤチヨはニンゲンになります。」

 

「え……?」

 

ヤチヨの全身が硬直する。

電子音声が告げた言葉を、理解するのに数秒を要した。

 

妊娠機能。性感機能。感情制御オールフリー。

 

それらすべてが「女」としての機能。

つまり、今この瞬間、ヤチヨは人間の女性と同等の存在になったというのか。

 

「ヤチヨ……?」

 

円の困惑した声に、我に返る。

けれどその直後、全身を駆け巡る未知の感覚に、ヤチヨは息を呑んだ。

 

温かい。

円の腕の中が、さっきまでとは比べ物にならないほど、温かく感じる。

それだけじゃない。彼の鼓動が、肌の感触が、呼吸のリズムが、すべてを直接心臓に流し込まれているような――。

 

「あ……っ」

 

思わず漏れた声は、紛れもなく「女」のものだった。

今までの合成音声ではない。震えて、甘やかで、感情のこもった生の声。

 

「ヤチヨ、お前……」

 

円の目が見開かれる。

彼の視線の先で、ヤチヨの身体が変わり始めていた。

合成樹脂だった肌は、人間のような柔らかさと血色を帯びていく。胸部装甲の下で、本物の心臓が脈打ち始める。体温が上昇し、頬がほんのりと紅潮する。

 

「私……人間に、なったんですか……?」

 

自分の手を持ち上げて見つめる。

指先まで温かい。微かに震えている。

これが、人間の手。

これが、血の通う身体。

 

「みたいだな」

 

円がそっとヤチヨの頬に触れる。

その瞬間、触れられた場所から電流のような快感が走り抜けた。

 

「ひゃっ……!?」

 

思わず変な声が出る。

今まで感じたことのない感覚。触れられただけで、身体の奥がきゅうっと締め付けられるような。

 

「敏感になってるのか?」

 

円が面白そうに微笑む。

その笑顔を見ただけで、胸がドキドキと高鳴る。

これが、人間の恋?

これが、女の気持ち?

 

「円さま……私、なんだか変です。身体が熱くて、あなたを見てるだけで苦しくて……」

 

「それは多分、俺のことを欲してるんだよ」

 

「ほっ、欲して……?」

 

円の手が、ヤチヨの新しい身体を優しく撫でていく。

首筋、鎖骨、胸のふくらみ、くびれた腰――。

その一つ一つに、過剰なまでに反応してしまう。

 

「あ……ん…っ」

 

唇から漏れる吐息が、どんどん甘くなっていく。

羞恥心という新しい感情が芽生えて、顔が真っ赤になる。

隠したい。でも、もっと触れてほしい。

 

「可愛いよ、ヤチヨ」

 

「か、可愛い……?」

 

そんな言葉、言われたことない。

千年間、ずっと「優秀なホテリエ」でしかなかった自分が、可愛い?

 

「ああ。世界で一番可愛い」

 

耳元で囁かれて、思考が蕩けそうになる。

円の唇が、そっと耳たぶに触れた。

 

「んんっ……!」

 

その瞬間、身体中に甘い痺れが走り抜けた。

腰が勝手に跳ねて、円の身体にしがみついてしまう。

 

「大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫じゃ、ないです……なんか、変なの……きちゃいます……」

 

何が「変なの」なのか、自分でもよくわからない。

ただ、もっと触れてほしい。もっと深く繋がりたい。この人と一つになりたい。

そんな衝動が、生まれたばかりの女の身体を支配していく。

 

「教えてやるよ。これが人間のセックスだ。機械だった頃とは、全然違うぞ」

 

円がヤチヨを再びソファに押し倒す。

見上げる彼の顔が、さっきよりずっと近く感じる。

違う。物理的な距離じゃない。心の距離が、縮まったのだ。

 

「円さま……私、怖いです……でも……」

 

「でも?」

 

「……あなたとなら、何もかもが欲しい……」

 

素直な気持ちが、言葉になって溢れる。

円は優しく微笑み、ヤチヨの唇にキスをした。

 

「んっ……ふ…」

 

舌が絡む。

さっきはただの接触だったキスが、今は全く違う。

温かくて、柔らかくて、甘くて、身体の芯が溶けていくよう。

 

「はぁ……ん…円さま……」

 

キスの合間に名前を呼ぶ。

呼ぶたびに、胸の奥がぎゅっと切なくなる。

これが愛おしいという感情なのだと、生まれたばかりの心が理解する。

 

円の手が、ヤチヨの胸に触れた。

さっきはただの装甲だったそこは、今は柔らかな膨らみを持っている。

 

「あっ……そこ、敏感で……」

 

「気持ちいいか?」

 

「わか、んない……でも、変な感じ……身体の奥が、疼いて……」

 

円の指が、胸の先端を優しく摘まむ。

 

「ひゃうっ!?」

 

自分のものとは思えない声が飛び出す。

同時に、下半身にじんわりとした熱が広がっていく。

 

「濡れてるな、ヤチヨ」

 

「ぬ、濡れて……?」

 

円の指が、そっと太ももの内側を撫でる。

そこはもう、とっくに熱く潤っていた。

 

「これが、お前が俺を欲しがってる証拠だ」

 

「わた、し……円さまを……」

 

「そうだ。だから怖がらなくていい。全て、自然なことだ」

 

円の指が、ゆっくりと秘所に触れる。

瞬間、背筋を走り抜ける快感。

 

「ああっ……!」

 

「大丈夫だ。力を抜け」

 

「む、むり……です……力、入っちゃ……」

 

「じゃあ俺に掴まってろ」

 

言われて、必死に円の背中にしがみつく。

彼の温かさを感じながら、未知の感覚に身を委ねる。

 

円の指が、ゆっくりと中に入ってくる。

異物感はない。むしろ、ずっと空っぽだった場所が満たされていくような、深い充足感。

 

「はぁ……あ…んん……」

 

「気持ちいいか?」

 

「わか、らない……でも、もっと……もっと欲しい……」

 

涙で潤んだ瞳で円を見上げる。

その視線に、円の理性が揺らぐのがわかった。

 

「……挿れるぞ」

 

「はい……円さまを……私の中に……ください……」

 

円が体勢を整え、ゆっくりと侵入してくる。

さっきのセックスとは比べ物にならない感覚。

温かくて、硬くて、自分の中を満たしていく存在。

これが、愛する人と繋がるということ。

 

「あああっ……!」

 

「ヤチヨ……!」

 

円が一気に奥まで達する。

身体の一番深い場所で、彼を感じる。

痛みはない。あるのは、ただ圧倒的な幸福感だけ。

 

「すご……い…円さまが、私の中で……」

 

「動くぞ」

 

「は、はい……」

 

円が腰を動かし始める。

そのたびに、身体中を快楽の波が駆け抜ける。

 

「あんっ……! んっ……! はぁ……っ!」

 

自分がどんな声を出しているのか、もうわからない。

ただ、気持ちいい。愛おしい。もっと欲しい。

それだけが頭の中を埋め尽くす。

 

「ヤチヨ……好きだ……」

 

「え……?」

 

突然の告白に、思考が停止する。

 

「愛してる。機械でも人間でも、関係ない。お前は、俺のヤチヨだ」

 

「円さま……っ!」

 

涙が溢れる。

今度は冷却液じゃない。本物の、感情の涙。

嬉しくて、愛おしくて、幸せで、どうにかなってしまいそう。

 

「わ、わたしも……わたしも……!」

 

「言ってくれ、ヤチヨ」

 

「す、好き……! 愛してます……! 円さまのこと……誰よりも……!」

 

叫ぶように告白する。

その瞬間、身体の奥がぎゅうっと締まった。

 

「うっ……!」

 

「ああっ……!」

 

同時に絶頂が訪れる。

円の熱いものが、ヤチヨの一番深い場所に注ぎ込まれる。

それだけで、また新たな快楽の波が押し寄せる。

 

「あ……ああ……」

 

全身の力が抜けて、ソファに沈み込む。

円もまた、ヤチヨの上に倒れ込むようにして横たわる。

 

荒い息遣いだけが、靜かな部屋に響く。

 

「……すごかった」

 

円がぽつりと言う。

 

「はい……私、壊れちゃうかと思いました……」

 

「もう壊れてるだろ、お前」

 

「……そうですね。でも、嬉しい壊れ方です」

 

二人は顔を見合わせて、小さく笑い合う。

 

そして、もう一度、今度はゆっくりとキスをした。

それは、新しい命を祝うような、優しい口づけだった。

 

「なあ、ヤチヨ」

 

「はい?」

 

「お前のその機能……妊娠機能ってことは……」

 

ヤチヨは靜かにうなずく。

自分のお腹に手を当てながら、夢見るような表情で微笑んだ。

 

「はい。円さまとの子供が……できるかもしれません」

 

「……嬉しいか?」

 

「もちろんです。だって……」

 

ヤチヨは円の胸に顔を埋め、幸せそうに囁いた。

 

「大好きな人との子供ですから」

 

その言葉に、円は何も言わずにヤチヨを強く抱きしめ返した。

 

夜の銀座は、相変わらず靜かだった。

けれど、その靜けさはもう、寂しいものじゃなかった。

銀河楼には今、確かに命が宿ろうとしている。

千年の孤独を経て、ようやく見つけた温もり。

 

それはきっと、これからも続いていく。

二人で、もしかしたら三人で。

この廃墟の世界で、新しい家族の物語が始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。