オレの召喚したブラック・マジシャン・ガールが知らないうちに他の男子に好き放題されていた話 作:田中白赤
朝だ。
カーテンから漏れる光を浴びて、目が覚めた。
目が、覚めた?
昨日のことは、夢だったのではないかと背筋に冷や汗が流れる。
最初にしたことは、飛び起きて机の上を確認すること。
修行中の魔女-ブラック・マジシャン・ガールのカードが、積み重なったカードの上、ちゃんとそこにある。
ホイル加工の表面が、カーテンの隙間から差し込む朝の光を受けて、かすかに光っている。
大丈夫だ。
昨日のことは、マナのことは、あの可愛らしい少女のことは、夢じゃなかった。
BMGのカードをしばらく眺めていると、カードからふわりと光の粒子が飛び出し、それが形となってマナが現れた。
今日もカードそのままの格好で、けれども帽子が少し傾いていた。
「おはようございます、ゆとらさん」
「……おはよ」
寝起きに女の子がいる、というか出現するというのにはどう考えても、これからも慣れそうにない。
両親は海外へ共働きで、今まで家に誰もいなかったというのに。
マナはきょろきょろと部屋の中を見まわしていた。
「昨日は、えーと、その、消えて……たのか?」
「カードの中にいました。精霊としての基本的な在り方です」
「カードの中……って、どんな感じ?」
「狭くはないですよ。不思議と広いんです」
マナは首を傾けた。帽子がさらに傾く。
「お腹はどうなんだ? 精霊でも食べたりすんの?」
「食べてみたいな、とは思ってます。でも食べなくても問題はないみたいで」
「ふーん。じゃあ喉は?」
「渇いてはないんですけど、やっぱり飲んでみたいというか……それよりも……あの、その」
精霊という存在に対して、次々と浮かぶ疑問を聞いている途中、マナは少し言いよどんだ。珍しい感じがした。
昨日から見ていると、マナはわりとはっきりものを言うタイプだ。
「なんか言いにくそうだけど」
「ちょっと、気になることがありましてぇ……」
「なに?」
両手の指先を合わせてもじもじとしているマナは、少し俯いてから顔を上げた。
「ゆとらさん、シャワーってどんな感じですか?」
え?
頭に疑問符が大量に浮かぶ。
「シャワー?」
「はい。水が上から降ってきて、体を洗うという、あれです」
「知ってんじゃねーか」
「知識としては知ってるんですけど……わたし、精霊なので、体を持ったのが昨日が初めてで。水に触れる、それも浴びるってどんな感じなのかなって、気になってたんです」
なるほど。
精霊が体を持つのは初めてで、だからシャワーを浴びたことがないわけだ。
当たり前といえば当たり前だけど、そういう視点で考えたことがなかった。
「浴びたい?」
「……迷惑じゃないですか?」
「迷惑じゃないって。浴びてきていいぜ」
マナの顔がわずかにほころんだ。
「ありがとうございますっ」
「オレが使ってないバスタオルはどこだっけ……あ、押し入れに予備があるはず」
オレは押し入れを漁って、一度も使ったことのない客用のバスタオルを引っ張り出した。
ついでに着替えをどうしようかと思ったが、マナの服はカードの精霊の衣装だから、洗わなくても問題ないのかもしれない。よくわからない。
あ、でもフリマに出そうと貯めてた服に、何かいいのがあるかもしれない。
「これ使って」
とりあえず、バスタオルをマナに渡す。マナは両手でそれを受け取った。
「ありがとうございます。あの……シャワーの使い方、教えてもらえますか? 一応知識はあるんですけど、実際どうやるのかがちょっとわからなくて」
オレはユニットバスのドアを開けて、シャワーの蛇口を示した。
「ここで温度を調整して、こっちでシャワーと蛇口からの水を切り替える。シャンプーとボディソープはここに置いてある」
「なるほど」
「温度は慎重に。精霊でも、最初はぬるめにした方がいいかも」
「はい」
マナは真剣な顔でオレの説明を聞いていた。
オレはドアの外に出ようとした。
その時、マナが「あ」と言ったので、体がつんのめる。
「なんか忘れた?」
「いえ……なんか緊張してきました」
「……シャワーで緊張するの?」
「初めてですから」
言われてみればそうか。
何でもない日常の動作でも、初めてなら緊張するよな。
「大丈夫。難しくないから」
そう言ってドアを閉めた。
これから、マナが服を脱ぐのか。あるいは消すのか。
脱衣所から出る時、オレはどんな顔をしていただろうか。
リビングに戻って、極力これから聞こえてくるであろう水音を無視するようにして、冷蔵庫から冷やしご飯を取り出してレンジにかけた。
しばらくすると、予想に違わずバスルームからシャワーの音が聞こえ始めた。
最初は恐る恐るというか、水の出る音が弱かった。
それがだんだん安定して、普通のシャワーの音になった。
オレはあったまったご飯にふりかけをかけながら、特に何も考えないようにしていた。
考えたら色々まずい。
薄い壁を何枚か挟んだ程度の向こう側で、マナが、あの可愛らしい少女がシャワーを浴びている。あのブロンドの髪が濡れている。白い肌に水が伝っている。
「考えんな、どすけべだと思われるぞ」
自分に言い聞かせばがら、箸の先端をガリガリとかじった。
冷蔵庫から麦茶を出して、茶をコップに注ぐ音で水の音を遠ざけようとする。
シャワーの音は続いている。
途中、「あ」とか「ん」とか、小さな声がドア越しに聞こえてきた。
驚いたような声だった。たぶん温度を調整しているんだと思う。
思う、ことにした。
それからしばらくして、シャワーの音が止まった。
湯気が廊下に漏れ出す。その中からマナが出てきた。
シャンプーハットでもないだろうに、頭にトンガリぼうしが乗っている。
バスタオルを体に着崩して巻いていた。胸の上あたりでしっかり押さえているけど、太ももから下は全部出ている。金色の巻き毛が濡れていて、いつもよりしっとりと肩に張り付いていた。
頬が少し赤い。シャワーの熱さのせいか、それとも他の理由か。
一瞬だけ正面からマナを見て、すぐに恥ずかしくなって視線を床に落とした。
マナの顔をだけでなく、オレも顔が熱い。湯気のせいだと思う。
ブロンドの髪が濡れてひとまとめになっていて、昨日と雰囲気が違う。目元が少しうるんだように見えるのは、お湯のせいだろうか?
バスタオルをしっかり体に巻きつけていて、鎖骨のあたりが出ている。
「ど、どうだった?」
焦りを抑えた、普通の声で聞いたと思いたい。
「……すごかったです」
ほかほかしたマナは、少し呆けた顔をしていた。
「最初に水が体に当たった瞬間、ビクってなってしまって」
「温度、大丈夫だった?」
「初めはちょっと冷たかったです。でも調整したら温かくなって……全身に水が当たる感じが、なんか、変な感じで」
マナはタオルで濡れた髪を押さえながら、ゆっくり話す。
腕が上がって、綺麗な脇が目に入ってしまったので、すぐに逸らす。
「気持ち悪かった?」
「違います。気持ち良かった……んだと思います。うまく言えないんですけど、なんか、体がちゃんとあるって感じがして。わたし、このまま人間になってしまうんでしょうか?」
そういうもんか。
どこかに霊体のように存在していた精霊が体を得て、水の感触を知る。
オレには、というか、赤ん坊のうちにそんな体験は終わらせてしまう人間という種族には、一生わからない感覚かもしれない。
「よかった。お湯にビビって途中で出てきたらどうしようかと思ったから」
「ビビりませんよ」
マナは少し頬を膨らませた。
でも、まだ顔が赤い。シャワーの熱が残っているんだと思う。
「着替え……ないんだよな、マナって。あ、着替えたいなら……うち、かーちゃんが懸賞で当たったっていう服がいっぱいあるんだけど……」
「大丈夫ですよ。精霊なので、服はしばらくすれば元通りになるので」
「元通り……」
「魔法みたいなものですね」
マナはくすっと笑った。濡れた前髪をかき上げると、白い額が見えた。
髪からぽたぽたと水滴が垂れている。
「髪、ちゃんと拭いた?」
「拭きました……。でもまだ濡れてますね」
「ドライヤーって知ってっか?」
「知ってはいますけど、使ったことはないです」
当然か。精霊はドライヤーを所持しないよな。
でも、知識として知ってはいる。よく分かんねーな、精霊。
「貸すよ。コンセントに挿せば使える」
オレは洗面台の引き出しからドライヤーを取り出して渡した。
マナは渡されたそれを、しげしげと眺めた。
「こっちが風の出る方で、このボタンが電源。熱風と冷風が切り替えられる」
「ありがとうございます。やってみます」
マナはドライヤーをコンセントに挿して、スイッチを入れた。
風が出た瞬間、またビクッとした。
「ちょっと驚いた」
「まあ初めてだし」
マナはぎこちない手つきでドライヤーを当て始めた。風でブロンドの髪がふわふわと動く。
オレはそれをなんとなく眺めながら、麦茶を飲んだ。
変な朝だな、と思う。
思っていた変化とは違うけど、でも悪くない。
マナが髪を乾かしながら、時々オレの方をちらりと見る。
目が合うと、少し照れたように前を向く。
なんか、こっちが照れる。
ドライヤーの音が止まった。
マナはさらさらになったブロンドの髪を軽く手でなでた。
「ちょっと乾きました」
「そんな髪長いのに、早いな」
「精霊だからでしょうか?」
「どーだろーな」
マナがテーブルの対面の椅子に、バスタオルのまま座る。
バスタオルは、座るとさらに短くなる。太ももが膝の上あたりまでほぼ丸見えで、視線の置き場所に困った。
「お茶飲むか、マナ?」
気まずくなって、ついお茶を勧めてしまう。
「精霊は食べたり飲んだりしなくていいんですけど……せっかくだから、少しもらってもいいですか」
「どうぞ」
追加でマナの分のマグカップを出す。他人の、それも女の子のために麦茶を注ぐのは初めての経験だった。
マナはマグカップを両手で包んで持った。やけに様になっている。
窓の外では、初夏のセミが鳴いていた。
「あの。今日、デュエルに行くんですよね」
「ああ。昼から、タカシと」
「タカシさんって、昨日ゆとらさんが話していた友達ですか」
「そう。毎回ぼこぼこにされてるやつ」
「……毎回負けてるんですか、その人に」
「毎回は言い過ぎだけど、ほぼ毎回」
真顔になったマナは、少し間を置いた。
「デッキ、整理しましょうか。わたし、デュエルの強さとかはあんまり詳しくないんですけど、カードのことは分かります。同じフィールドに出ているカード同士の相性みたいなものが、なんとなく分かるので」
「相性って……タカシに言われたやつだ」
「共鳴が悪い、ってやつですね。カードが同じ方向を向いていない感じが、確かにしました」
「同じ方向って?」
「一言で言うのは難しいんですけど……ゆとらさんのデッキの中にあるカードたちが、バラバラな言葉を喋ってる感じですね。みんなてんでんばらばらに自己主張していて、誰も聞いていない」
「なんかすごい比喩だな」
「わたしにはそう見えます」
お茶を一口飲んだ。もう、中に残っていない。
そういえば、茶碗の中にまだふりかけご飯も残っている。
「でも、好きなカードを入れてるから、そこはあんまり変えたくないなー」
「変えなくていいと思います。好きなカードを使ってデュエルするのが一番ですよ。ただ、向きを合わせてあげるだけで、きっと変わりますよ」
「向きを合わせる……」
「一緒に考えます。わたしは、精霊は、そのためにいるので」
マナは笑った。さっきより少し柔らかい笑顔だった。その笑顔をまともに見られなかったけど、悪い気はしなかった。
マナが洗面所に一旦入って出て来ると、その服はかーちゃんが懸賞で当てた白いワンピースになっていた。
小さくて絶対着れないから、リサイクルショップに持っていこうと纏めていたやつだ。
マナから体に巻いていたバスタオルを受け取って、洗濯機に突っ込もうとすると、思いがけないくらい良い匂いがしてドキリとする。
「ゆとらさん。今日のデュエル、わたしも連れて行ってもらえますか?」
「もちろん。昨日そう言ったじゃないか」
「そうでしたね」
マナはにこっと笑った。
さっきまで赤かった頬が、いつもの色に戻っている。
「ゆとらさんのデュエル、楽しみです」
「負けるかもしれねーけどな」
「それでもいいですよ。一緒の光景を見たいので」
オレは茶碗の中の最後の米粒を箸で摘むと、口に入れた。
それからしばらくの間、二人で床に並べたデッキのカードと向き合った。マナは膝を抱えるようにしてオレのデッキを一枚一枚眺めた。マナの隣で、マナが何かを言うたびに答えた。
精霊と過ごす朝。デュエル大会の前日みたいな、なんとなく落ち着かない感じで、でも悪くない。
何か発見があるなら、今日のデュエルは負けてもまあいいかな。
空になったコップを流しに持っていきながら、なんとなくそう思った。
数話ほどイラストを変えてみましたが、どちらのデザインの方が好きですか?
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前のアクが強い方
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今の量産型っぽい方
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