オレの召喚したブラック・マジシャン・ガールが知らないうちに他の男子に好き放題されていた話 作:田中白赤
待ち合わせ場所の公園には、東屋の下に設置されたデュエルフィールドが二面あった。
近くのデュエリストがよく使うスポットで、週末の午後ともなると順番待ちが出るくらい賑わう場所だが、平日の昼過ぎはそこまで混んでいない。
東屋の下のベンチに、二人の少年が座っていた。
「遊取殿、遅くないですかな」
フトイが言いながら、手元のカードを何枚か並べ替えた。
身長は三人の中で一番低くめで太っちょ、丸い眼鏡をかけていて、頭のてっぺんがやや薄くなりかけているのは、年齢にしては早すぎる特徴だった。一人称は拙者で、つまりオタクだ。
手元にあるのは魔法使い族のデッキで、デッキの組み方は三人の中でダントツに細かく、対戦前にカードの並びを三回は確認し直すのが彼の習慣だった。
「まあ、あいつは時間にルーズだから」
そう答えたのはタカシだ。
ベンチの背もたれに腕をかけて、脚を組んでいる。顔は整っていて、髪も服も人並み以上に気を遣っている。傍から見るとそれなりにかっこいいはずなのに、なぜか女子に人気がない。本人にも理由がわかっていないが、おそらく開口一番に口から出てくる言葉のセンスの問題だろうと、フトイは内心思っていた。
「ボクのデッキ、昨日また改造したんだよね」
「どのへんをですかな?」
「罠カードを三枚入れ替えた。相手の展開を妨害するタイプに切り替えてみた」
「ほほう。タカシ殿は先々月もそれをやって、拙者に全敗していませんでしたかな」
「あれは対策されてただけだよ。今度は違う」
「まあ楽しみにしていますぞ」
フトイはカードを一枚つまんで、メガネのレンズ越しに透かして見た。レアカードの加工が反射したキラキラした光を確認する謎の儀式で、本人曰く「カードの状態確認」だが、周りから見るとただのオタクの所作にしか見えなかった。
「それより、遊取殿がカードのことで話があるとか言っておりましたな」
「そうそう。なんか珍しいカード引いたって連絡来てたよ」
タカシはスマホを取り出して、昨日の遊取からのメッセージを確認した。
「『すんごいカード引いた。明日見せる』って、それだけ。詳細なし」
「すんごいカードって、具体的にどれくらいすんごいんですかな?」
「わかんない。あいつの基準がズレてるから。前も最強に使えるカード引いたって言って持ってきたのがノーマルカード一枚だったし」
「ありましたな。本人はあれでデッキが纏まって勝てると思っていたでござる」
「遊取のデッキ、本当に方向性がぐちゃぐちゃなんだよ。強いカード並べたら強くなるって、ずっとそれだから」
「でもあの好きなカードを好きなように集めてる感じ、拙者は嫌いじゃないですな」
「ボクも嫌いじゃないけどね。ただ、一緒に戦うカードたちが報われなさそうで、ちょっとかわいそうではある」
「カードに感情があるなら呆れていますな」
二人はそこで少し笑った。
タカシは腕を組んで、フィールドの方を眺めた。
ビートダウンにコントロール、バーン。デュエルのスタイルは様々あるが、三人でデュエルするとき一番話題になるのは、いつも遊取のデッキの迷走ぶりだった。
遊取本人はそれをあまり気にしていないし、そもそもデュエルに負けても引きずらないタイプなので、あれでいいのかもしれないとタカシは思っている。
ただ、共鳴という概念を大切にするタカシとしては、デッキとのすれ違いを見ているとどうにも落ち着かない。
「そういえば、タカシ殿」
「なに」
「今日のデュエル、本気で行きますかな? それとも手加減しますかな」
「フトイ……どういう意味だよ、それ」
「いや、遊取殿が最近ちょっと元気がないようでしてな。ここのところ連敗続きで」
「そうかな? あいつ、そういうのを顔に出さないから分かんなかった」
「ちょっとだけ、スマホの返信が遅かったんですな。それが最近の拙者の遊取殿元気メーターなので」
「フトイ、それ本当に正確か?」
「大体当たってると言えますな」
タカシは少し考えた。
「まあ、手加減はしない。それが遊取へのリスペクトだと思ってるから。負かしに行く」
「拙者もそうしようと思っておりましたぞ」
「でも一回くらいは、あいつのターンで盛り上がれる流れは作ってやってもいいかとは思ってる」
「それを手加減と言うんじゃないですかな?」
「……演出だよ、演出」
フトイが苦笑いをしたとき、公園の入り口の方から見知った人影が近づいてきた。
タカシが顔を上げた。
遊取だ。
カバンを肩にかけて、いつものようにちょっとだらしない歩き方で歩いてくる。
だが、その隣に。
タカシは目を細めた。
隣に、女の子がいる。
「……え」
フトイも顔を上げた。
「え?」
二人揃って固まった。
遊取の隣を歩いているのは、明らかに同い年か少し下くらいの女の子だった。金色の巻き毛が肩のあたりで揺れている。背はかなり低い。目が大きくて、遠目からでも顔立ちが整っているのが分かる。
帽子は独特のトンガリぼうしで、服装はコスプレみたいな感じだが、似合っているからなんともいえない。
「……タカシ殿タカシ殿」
「何」
「遊取殿、どういうわけか女の子を連れてきたでござるよ」
「見れば分かる」
「どういうことですかな、これ」
「ボクにも分かんない」
二人は顔を見合わせた。
遊取は女の子の方を時々ちらっと見ながら、何か話しかけている。女の子は頷いたり、首を傾けたりして答えている様子だ。遠目でも、二人の間の空気がなんとなく、いつもの遊取では出せないものだということは伝わってくる。
「タカシ殿、遊取殿ってあんな感じで女の子と話せましたっけ」
「……少なくともボクの知ってる遊取は、女の子の方向を向くだけで挙動不審になるタイプだったと記憶してるんだけど」
「拙者もそう認識しておりますぞ」
「でも、現実として目の前で起きている」
「……起きておりますな。あ、目を逸らしましたぞ、いつもの遊取殿ですな」
「なんだ、いつもの遊取か。ちょっと心配しちゃったよ」
二人はしばらく無言でその光景を眺めた。
タカシは腕を組んだまま、フトイは眼鏡のブリッジを高速で押し上げながら、それぞれの思考が忙しく動いていた。
「彼女でござろうか」
「わからない。でも可能性は」
「高いですかな?」
「わからない」
「拙者も考えたくない気持ちがありますぞ」
タカシはフトイを横目で見た。
「ボクらも女の子にモテないからって、遊取に彼女ができるのを許さないのは、人としてどうかと思うよ」
「そこまで言っておりませんぞ。ただちょっと、意外だと思っているだけで」
やがて遊取が二人の前まで来た。
「よ。待ったか?」
「少し待ちましたぞ」
「そんなに待ってないよ」
遊取の隣に立った金色の巻き毛の女の子が、ベンチの二人を見て、小さく頭を下げた。
「はじめまして」
声は落ち着いていて、礼儀正しかった。
タカシとフトイはほぼ同時にベンチから腰を浮かせた。
「……どうもでござるぅ」
「はじめましてぇ……」
二人の反応が揃いも揃って静かだったのは、珍しいことだった。
遊取はそれを見て、ちょっと苦笑いした。
「えーと、紹介する。マナ。昨日引き当てたカードに宿ってた精霊で、今日から一緒にデュエルしに来てる」
沈黙。
タカシとフトイは再び顔を見合わせた。
「……せ、精霊」
「カードの精霊」
「カードの……」
フトイが繰り返す。遊取は補足する。タカシが言いかけて止まる。
マナは二人を順番に見た。
「遊取さんから、タカシさんとフトイさんのことは聞いています。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
タカシの返事は、平静を装っているつもりだったが、声がわずかに上擦った。
フトイに至っては眼鏡を外して、何かを確認するように二度まばたきしてから眼鏡を戻した。
「あの……遊取殿、遊取殿」
遊取の耳元に近付いたフトイがそっと囁く。
「本当に精霊なんでござるか?」
「本当」
遊取は当然のように言う。
「でも触れるし、喋るし、今朝シャワーも浴びてた」
「……シャワー。シャワー!?」
「精霊でも体あるから。色々初めてだったみたいで」
フトイの絶叫を聞き流し、タカシは静かに深呼吸した。
カードの精霊。
その言葉を頭の中で何度か転がして、なんとか理解に変換しようとした。
理解できるかどうかはともかく、目の前に実在しているのは確かだ。
デュエルモンスターズの世界では、カードに精霊が宿るという話は伝説としてではなく、わりと真面目に語られることがある。
カードとの共鳴を大切にするタカシには、それが完全に絵空事とは言い切れない感覚があった。
「それで……えーと、遊取のデッキに入ってるってこと?」
「はい。修行中の魔女-ブラック・マジシャン・ガールのカードに宿っています」
マナがそう答えた瞬間、フトイの反応が変わった。
「ブラック・マジシャン・ガール……!」
フトイの眼鏡の奥の目が輝いた。
「ほぼ入手不可能な幻のレアカードではござらんか! あのカード、拙者もずっと欲しくて……!」
「フトイはカードのことになると豹変するからなあ……まあ、この容姿なら分からんでもないけどさあ」
タカシがボソッと言う。
「すみませんぞ、ちょっと興奮してしまいまして。あ、カードを見せてもらうことは……」
「マナ、良いよな?」
「はい、大丈夫ですよ」
遊取がデッキケースからカードを一枚取り出した。
フトイは受け取ったカードを両手で持って、レンズ越しに真剣な目でイラストを確認し始めた。ホイル加工の光を角度を変えながら確認する。いつもの儀式だ。
「……本物ですな。とてもコンディションがいい。どこで引いたんですかな、これ」
「いつものカードショップ。普通のパックから」
「……運がいいですなあ、遊取殿は。いつもの揺り返しでござろうか」
フトイは少し悔しそうな顔をしてカードを返した。
タカシはマナをじっと見た。
マナはタカシの視線に気づいて、少し首を傾けた。
「……なんですか」
「あ、いや、ごめん。精霊って初めて見たから」
「そうですか」
「デュエルモンスターズのカードには精霊が宿ることがあるって話は知ってたけど、実際に出てきた人に会ったのは初めてで」
「遊取さんも驚いていましたよ、最初」
「そりゃそうだよ。いきなり出てきたら驚く」
タカシはちょっと笑った。マナも少し笑った。
その様子を遊取は何とも言えない顔で見ていた。
タカシはわりと普通に話せている。さすが残念イケメン、顔だけは使えるな、とぼんやり思う。
自分はあの感じで喋れない。なんか、緊張してしまう。
「遊取さんのデュエル、楽しみにしています」
マナがさらりと言った。
タカシがその言葉を聞いて、遊取を見た。
「……なんか、今日の遊取、雰囲気ちょっと違う気がするね」
「そうか?」
「なんていうか、迷いがない感じ。カバンの持ち方からして。いつもどこかふわふわしてるのに」
「そんなに変わった?」
遊取は自覚がなさそうだった。
「拙者もそう思いますぞ。デッキがちゃんと自分のところにある感じがするでござる。今日は」
「……フトイ、それはどういう意味だ」
「うまく言えないんですがな、以前の遊取殿のデッキは、カードたちがばらばらに自己主張してる感じがしていたでござるが、今日はちょっと向きが揃ってる気がしますな」
マナが、フトイの言葉を聞いて少し目を丸くした。
「……フトイさんも、カードのそういうのが分かるんですか」
「なんとなく、ですがな。拙者はカードが好きすぎて、よく見てしまうので」
「なるほど」
マナはフトイをちょっと見直したような顔をした。
「ゆとらさんのデッキ、一緒に整理しました。カードの向きと心を合わせるだけで変わることもあるので」
「それは……拙者もずっと言っていたことですぞ! 遊取は聞かなかったでござるが」
「聞いてたよ! 意味が分からなかっただけで!」
「聞いてたら実行してたはずですな」
「うるさい」
タカシは笑った。
こういうやり取りはいつも通りで、でも今日は少しだけ空気が違う。
マナがいる、というだけでもあるし、それだけではない気もする。
遊取が、カードを持つ手がいつもより自然だ。
「まあ、とりあえずデュエルするでござる。話は後で聞きますのでな」
「そうしよっか」
「今日も負けるかも知れねーけどな」
「そういうこと言うな」
遊取が混ぜっ返しにタカシが返す。
マナは全員を順番に見てから、ちょっと笑った。
遊取のデッキから、マナ自身のカードが少しだけ光った気がした。
東屋の下のデュエルフィールドに三人が並んだ。
いつもと同じ光景。でも、マナがいるから今日は少しだけ違う。
でも。これから、変わってしまう。
数話ほどイラストを変えてみましたが、どちらのデザインの方が好きですか?
-
前のアクが強い方
-
今の量産型っぽい方
-
エロければ良いから枚数を増やして