覚えて於いて
アナタを
身の内から
喰らい尽くす
ワタシの名を
覚えて於いて
アナタを
身の内から
喰らい尽くす
ワタシの名を
魔術の名門と云えばきこえはいいが、実態は惨めなものだ。
彼の魔術師がこの冬木に根付いて、幾年月…マキリは、既に終わりだった。
始祖のゾォルケンは、認めたくはないのだろう。
『自分の代で終わった』と─。
認めたくないばかりに、彼はやがて何もかも摩耗し、生きながら腐る醜い化け物に成り果てた。
そして、悲願を忘れた化け物は一族達を犠牲に、無意味に時を生きていた。
だが…この世に在る限り『終わり』は等しく降り注ぐもの…。
忘れてはならない。
驕りは愚かな事。
特別など、森羅万象の前に無意味。
世界は、始まりと終わりで為る。
それを失った哀れな化け物は、どうなる?
■■■■
異臭漂う蟲蔵の中で一人の女が、赤子を産んだ。
「貴方の名前は〟雁夜〝」
女は赤子に張り付いた羊膜の滓を、丁寧に拭う。
胎盤を排出しおえると、歯で臍の緒を噛み千切った。
血塗れの腕の中、赤子は笑っていた。
女は無表情に赤子─雁夜─を見つめる。
「雁夜、後は任せましたよ?」
間桐の『胎盤』は赤子を産んだ後は蟲に喰われ、餌となる。
それを承知して女─桜─は赤子を産んだのだ。
「あの世界は貴方にとってどうだった?」
蟲達が騒ぎ出した。
だが、桜は気にもとめず、語りかける。
「私は嫌いではなかった」
ゆっくりと獲物を囲い、追い詰める獣の様に、蟲達はじわりじわりと桜との距離を縮めて行く。
「好きにもなれなかったけど…」
雁夜の口に、乳を含ませる。
身籠り、臨月を迎えても体を蟲達に嬲り続けられたせいか、初乳は一滴しか出なかった。
「なんの因果でしょう?また此処にいるなんてって最初は嘆きましたヨ…けど、直ぐ判りました。」
きつくきつく、雁夜を抱きしめる。
赤子の雁夜から、生臭い血と今飲ませた乳の匂いがした。
「貴方の為に…です」
蟲蔵の出入口から、コツコツと杖の音がする。
この悍ましい蟲達の主が来たらしい。
「ご苦労、桜」
「…あなた」
間桐の始祖にして元凶は、桜の夫でもある。
とはいえ…この二人の間に正常な夫婦関係などなく、書類上の夫婦だという非常に冷めたもの。
当然だろう、この老人にとって『妻』とは只の家畜に過ぎない。
己を肥えさせる為のただの肉、日々消費されるだけの食い物だ。
そんなものに感情を抱く筈がない。
そうして、いつもの様に老人─間桐臓硯─は、桜に告げる。
「お主の役目はもう無い。早々に楽になるが善かろ?」
残酷に嘲笑う。
なんと醜い男であろうか。
「ねぇあなた、私は今とても幸せなの。何故だかおわかりになる?」
胸に未だ居る雁夜を観ながら、桜は夫に問う。
「この子を産めたから…なんてそれだけではありませんよ?」
「遺言代わりに訊いてやろ、何故じゃ?」
蟲達は桜の腹まで来ていた。
早く喰らいたいのか、喧しくギチギチと歯を鳴らし、臓硯の命令を待っている。
「この子は貴方に破滅をもたらす」
「カッ戯れ言を!」
「あちらの貴方もこちら同様酷い人でした…私達ばかり虐めて、狡いですヨ」
臓硯を見据えた顔は、妖艶に微笑んでいた。
「だからねぇ?ちょっと位は、仕返ししてもいいでしょう?『お祖父様』」
訊いているのが、不愉快になった臓硯は、桜がその言葉をいい終える前に蟲達に始末させた。
白い肢体は一瞬で血溜まりと赤子を残し、消えた。
「訳の判らぬ事を、所詮は気狂いか」
良い胎盤ではあったが臓硯は、桜が疎ましかった。
何故かわからないが、幼少の時に落ちぶれた魔術師の家から、買い取った時から桜は己を怖れず、そればかりか常に妄言を口にしていた。
故に臓硯は彼女を気狂いと判じた。
だが、それだけで利用価値の高い桜を不快に思うのか?
臓硯は、結局彼女が死んだ今でも判らない。
■■■■
老人は、その引っ掛かりを注視すべきだった。
そうすれば、『この世界』でも巧くやれただろう。
臓硯は自ら自身の手で、『終わり』を呼んだ。