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間桐臓硯から呼び出しを受けた翌日、鶴野は初めて間桐の屋敷に来た。
正直な感想を云おう。
(不気味な…これが御本家なのか?)
いくら魔術師が住まう邸宅といえ、人が居る限り生活感はでるものだ。
だと云うのに、この屋敷にはそれがない…。
外観は多少古びてはいるが、立派な洋館で立っている土地は、俗にいう高級住宅地にある。
それなのに、陰鬱さが辺りを漂い、この屋敷だけ回りから切り離された異界にある様だ。
近隣は、その異質さに全く気付こうとしない。
いや、そうなるように何かしら魔術が成されているのかもしれない。
その証拠に近隣住民に、間桐家の場所を、鶴野が訪ねたら「そこは空き地」だと云われた。
困りたどり着けないでいると、間桐家から一匹の使い魔が来た。
そこでようやくたどり着けたのだ。
〔いつまでも左様に立っている?遠慮せず入るが善かろう〕
頭上の使い魔から、しわがれた老人の声がした。当主・臓硯の声だ。
慌てて鶴野は詫びをいれ、中に入る。
「もっ申し訳ありません!ではお言葉に甘え失礼します!」
屋敷の門を開けると、重厚な玄関から、幾人かののメードが出てきた。
その中の1人、多分メード頭がこちらに一歩歩み寄り、鶴野を招く。
「ようこそおいで下さいました、鶴野様。ご当主様は奥にてお待ちで御座います。どうぞこちらへ」
そう促され、通された屋敷の中は『暗い』。
日中にも関わらず邸内はカーテンで閉めきられ、どんよりとしていた。
ただそれだけならいいのだが、この屋敷は全体的に暗い。
まるで、『光り』そのものを嫌悪している、そんな印象を受けた。
間桐臓硯の私室に行くにつれ、それは濃厚になっていく。
−開けてはならない−
−会っていけない−
−今すぐ逃げろ−
頭の中で警報が鳴る。
…もう遅い。
「失礼します。間藤鶴野様をお連れ致しました」
ギィィ…
その部屋の中に間桐家当主・間桐臓硯がいた。
部屋は閉めきられている為、ランプが点いている。
真っ暗という訳ではないが、何故か『闇』にいる気がして、体の中からザワザワして落ち着かない。
それでもなんとか言葉を発する。
相手は一生会わないと思っていた本家の当主にして始祖…分家の自分に取って、雲上の神に等しい存在。
失礼があってはならない。
「お初に御目もじ仕まつります、私《ワタクシ》は間藤家が嫡子・間藤鶴野。この度はお招きにあずかりまして、恐悦至極で御座います」
「カッカッそう固くならんでも良い!楽にするといい」
臓硯は鶴野に座る様、勧める。
意外にも穏和に対応され、いささか拍子抜けだ。
「鶴野といったか?」
「はい」
「鶴野よ、お主確か妻帯しておったと訊いたが…確かかえ?」
「はいその通りです、三年程前に結婚致しました」
ふむ、と臓硯は唸ると難しい顔をする。
忘れていた不安が一気に、鶴野に甦ってきた。
「あの…何か…?」
一つため息をつくと、臓硯は鶴野にある事を切り出した。
「今すぐ妻と別れるか、共に死ぬか選ぶがよい」
「!!!??」
その言葉に絶句した。
「まぁ聞け。お主、嫁御の生家が『巫淨』家と知っておるだろう?魔術体系について、詳細はきかなんだか?」
「…はい、しかしその事と先程の話となんの関係があるのでしょうか?」
鶴野の顔は青ざめている。
臓硯は背凭れに体を預け、また一つため息をついた。
「大いにある」
途端に老人の顔が険しくなる。
「お主も巫淨家も、勘違いしておる。そもそも巫淨は魔術師として成り立たんのだ、始めからな」
「どういう事でしょう?」
「原因は巫淨が魔術を行使するに向かん家系だというのに、魔術師として旗を上げた事にある」
玉露を啜り、臓硯は懐から一匹の芋虫を出す。
座卓に魔方陣を書き、その上に芋虫を置く。
「よく観ていろ」
臓硯が芋虫に、手をかざし何事か呪文を唱えると、目の前の芋虫が蛹になり最後には蝶になる。
「儂の魔力供給でこうなる」
もう一度臓硯は蝶に手をかざす。
「が、一旦供給を止めると」
蝶がいきなり弱々しく地に墜ちたと思うと、次の瞬間─美しい蝶は…醜い一つの汚物になっていた。
「こっこれは…」
「この蝶の正体は儂が造った蟲の失敗作じゃよ。さて、これを見せた上でお主の妻の生家の話をしてやろう」
鶴野は戦慄した。
こんな醜い魔術と自分の妻が、どう関係しているのか…何故臓硯は己に見せたのか…どうして、何故?判らない。
この先を聞くのが恐ろしい!
「そもそも『巫淨』の家系に繋がる者は本来見えないものを視る『淨眼』という異能の者が生まれる家系であって、どちらかというと人外との交わりで栄えた家なのだ。鬼種との交わりで成った『遠野』家然り、巫淨は我々魔術師とは質が違う」
魔術は簡単にいえば資質と人の研鑽によりなるもの。
だが異能力は…違う。
天に与えられるものというのが、近い。
なんにしろ人智の及ばぬ力なのだ。
「この蟲は元々庭にいたヤツよ、儂が今まで魔術で改造し生きながらていた。…儂の魔力供給がなければ、すぐ死ぬ」
この様にな、と老人は生き絶えた哀れな死骸を指す。
庇護なしには生きられない哀れな事実。
「お主の嫁御も同様じゃぞ」
「何故です!」
「まさか本当に魔術協会から資格なしという事だけで、安心していたのか?」
皺だらけの顔が更に歪む。
「淨眼は貴重なもの…それを知らぬ協会ではあるまい?奴らはただ保護期間がなくなるまで、大人しくしていただけじゃ」
「そ…それならっっ妻はっ!?」
「更にいうなら協会だけが狩人とは限らん」
鶴野は恐慌状態になるところを、必死で抑えた!臓硯の話を推考し出た結論は最悪だ。
「ツツジ…っ」
何故1人で来た?
何故もっと聞かなかった?
何故安心などした?
沢山の後悔が襲う。
悔やんでも悔やみ切れない!
知った所で、魔術師としても異能者としても力のない鶴野に出来る事などありはしない。
だが…、
「…申し訳ありませんが、これで失礼致します…」
心は決まった。
「行くのか?」
静かに頷く。
「ハイ…共に…共に死ぬことなら出来ますから」
「儂はお前だけなら、ギリギリ護れる。故に此処に呼んだのじゃぞ?」
「そうでしたか…お気遣い有り難く思います。ですが、私は妻と共に在りたい…それが避けがたい『死』だとしても」
臓硯はもう止めなかった。
そうして、鶴野が屋敷を出ていくのをテラスから観ていた。
彼の背中が消えるまで…ずっと。
見守る老人・臓硯の口角には、幽かに笑みが浮かんでいた。
そう…臓硯は笑っていた。
…嗤っていた─。