別に臓硯は鶴野達を救う気は無い、その逆だ。
何故彼の結婚も生存も許し、妻の懐妊にも手出ししなかったか?
何故魔術協会や異端狩りから、今まで追われなかったか?
「所詮虫けら以下よな…」
歪に笑う老人は、実に愉しそうだ。
■■■■
鶴野は疾走る!
同じ冬木市内からとはいえ、郊外からかなりの道程である。
車からかなりのスピードでてはいたが、そんな事どうでも良かった。
ただ妻の身が心配でならない。
「ツツジっっ!!」
自分はどうなっても構わない!
妻が無事であればっ
ハンドルを掴み操る手は…震えている。
彼はただ、ただ祈るばかり。
だが現実は無慈悲だ。
間桐邸に彼が着いた時に、彼の妻・ツツジは地獄の入り口に居たのだから。
■■■■
鶴野が間桐邸を辞した数時間前─…つまり彼が家を出た直後、それは始まった。
「…行っちゃったか」
内心、彼女は不安だったが自分の我が儘で、行って欲しくないとは言えない。
(本当はそばにいて欲しい…)
膨らんだ腹をさすり、少し淋しさを紛らわせた気がした。
ギチ…
「なに?」
ソファーに座っていたツツジは何かの音を聴いた。
「…?」
辺りを見渡したが、なんの異変もない。
「気のせいかな?」
ギチギチ…ギチギチ!! ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ!!!!
「!!!??」
気のせいではない!
目には見えないが、何かいる!!
無数に聴こえるこの得体の知れぬ音。
「いっいや…」
恐怖が沸き上がる。
歯が鳴り、震えが止まらない!
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ!!!!!
先程より音が増え、大きくなっている。
それは、段々ツツジに迫って来ていた。
どこに逃げれば良いか、判らない。
恐怖が彼女を塗り潰してゆく。
【ニイサン】
「誰っっ?」
喧しく迫る恐怖の音より静かで、幽かな女の声。
【シンジ】
穏やかで優しい男の声。
不思議とその声達は、恐ろしくはなかった。
(懐かしい)
そう思った。
自分は確かにこの声を聞いた。
どこで?
判らない。
だが、ツツジが感じる恐怖を押し込める為のきっかけにはなった様だ。
(私は母親なんだ!)
己を叱咤し彼女は、腹を両腕で庇う。
このまま家にいるのはまずい。
決心したツツジは、不気味なカナキリ音はすれど、その姿が見えない異形から逃れる為、一気に玄関まで走った!
とにかくこの家から出なくては!
走り出した瞬間…それは目の前に現れた。
音の正体は、無数の悍ましい〟蟲〝だった。
「ーーーっっ!?」
あまりの事に硬直し、叫び声さえ出ない。
部屋の隅々まで真っ黒になるほどの蟲がびっしりと埋め尽くしている。
そこはもう部屋ではなく異界…ツツジは蟲の中に閉じ込められたのだ。
完全に!
普通の虫でさえ悲鳴をあげる程の恐怖だ。
今、覆い尽くす蟲はそんな生易しい姿ではない。
全体的な形は芋虫に近いが、頭部に当たる箇所が堪らなく淫猥な男性器の形状で、中央部分から縦に無数の牙がありそこから舌が伸びている。
吐き気がする醜悪さだ。
そして、動けなくなったツツジの柔らかな肢体の上を、品定めする様に這いずり舐め始めた。