トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~ 作:ユルイ島
どうやらこの世界においてゲームというものは女子供がやるものらしい。その事実に気付いたのは二度目の小学校に通っているときだった。
テレビゲーム、ソーシャルゲームからは正直離れていた時期が長い。いつの間にかハードも買わなくなったしソフトもだ。日々インフレが重なり射幸心を煽るガチャによってソーシャルゲームに対してくたびれていたのもある。
何の因果か前世の記憶をある程度残したまま再度赤ん坊から幼稚園、小学生までやるハメになって、幼年期のうちは知育ゲームを親から与えられていたが、小学校低学年を抜けた辺りで「もうりい君はゲームはいらないよね?」と母から言われたのは未だに覚えている。前世においても俺の親世代は子供にゲームをやらせたがらなかった世代だったし、当たり前だが前世あわせて中身が三十四十のおじさんなのだから知育ゲームを渡されても今ひとつ興味を持てなかった。前世でも興味は薄れていたし。
その代わりに文化系体育会系問わずの習い事をしないかと持ちかけられる。小学校中学年からは部活も始まった。習い事はそれこそ物心ついたらすぐに習わせる家庭があるのは知っていたが、前世では学校内の部活というのは精々高学年に入ってから、あるいは中学から本格化していたので早いなと面食らいもした。これもあるいは地域差かと納得の行くところではあったがそれにしても習い事に通う同級生の比率は多すぎた。クラスの八割九割が何らかの習い事をしていて部活に属すのを決めていたのだから。
少しばかり特異な学区だったのかと思ったが俺が選んだ習い事先にも他の学校からの生徒がわんさかといて、話を聞くとどうやら他校でも学外学内に問わずこういった活動は盛んなようだった。
前世との差を感じていたのはそんな程度で、二度目の人生はファンタジーでも男女の数に極端な比率が表れてるでもなく、少しばかり教育が熱心な世界に生まれたのだとその時は思っていた。
高学年になると、低学年の子を連れて集団登校する時期があった。無論俺も入学したての頃は「大きなお兄さんお姉さん」たちに連れられて登校していた時期がある。中身からしたら地図でもあれば引率なぞ必要なく一人で行けるのだが、それを言ったってしょうがない。変わっている、あるいは狂っている自覚ぐらいはあった。前世の存在を自認しているわけだし。「お構いなく。エエ、一人で行けますンで」などとぺこぺこ頭を下げるような、よそ様の子供と比べて奇怪な行動に走るのを自重する程度には常識を捨てていなかった。
ともかく、数年後にその役割が立場を入れ替えて自分にも回ってきたわけで、俺は一人の女の子を連れて数週間の間登校することになった。
黒髪の艶やかな日本人形のような女の子。人見知りなのか引っ込み思案な性格なのか、言葉数少なくて。しかし、俺の言葉に反応を返してくれないという訳でもなく、頷いたり、小さく笑ったりしてくれた。ストレートに可愛いね、美人さんだね、賢いねと褒めてあげればなついてくれたようにも思う。
当時その子の両親は共働きだったようで、家に一人子供を置いておくのは内心不安だったそうで、しかし学童保育は中々枠が空かずに預けられないと嘆いていた。
ある日少女の両親から暇な時でいいから彼女の面倒を見てやってくれないか、どうやら君になついているようだからと親を通じて打診されて、それに首を縦に振って、半ば義務のように対応していた男友達との放課後の遊びと、前々から趣味としてやってみたいと思っていて選択した習い事の合間を縫って彼女の面倒を見ることにした。
頷いたはいいものの、流石に二時間三時間と少女と一対一で話すネタはない。「最近どうだ、その、学校の方は」などと会社勤めに励みすぎてわが子とのコミュニケーションに難が生じている父親のような言葉しか浮かばない。登校の間数十分の無言とは訳が違うのだ。相手は口数少ないし、ままごとでもすればいいのかと頭を悩ませてると少女の方から「やりたいこと」を提示された。
ゲームのコントローラーを持ってきての「……お兄ちゃん、これ、いっしょにしてくれない……?」という可愛らしいおねだりの言葉に否はなかった。
前世の同じ時期のように本気で友人と蹴落としあうわけでもなく、まったりとしたじゃれ付き合いのようなプレイング。パーティ対戦を前提としたアクション、レース、対戦格闘を和やかに行っていく。
人見知りで言葉数少なかった少女ともより打ち解けて、彼女を膝の上において後ろから手とコントローラーを前に回して抱きかかえるようにゲームをしていても、当時小学校一年生と小学校五年生の年齢では側から見ても仲の良い兄妹同士のコミュニケーションにしか映っていなかっただろうと思う。事実その現場を目撃した少女の母にも暖かい視線を送られていた。
そんな日々を過ごしていた時、ある日少女の母から一言ねぎらいの言葉があった。
「いつもいつも遊んでくれてありがとうねぇ。それもゲームって、男の子はやらないでしょ? あの子に付き合ってくれるの嫌じゃない?」
鳩が豆鉄砲を食らったかのように、眼を丸めた。そして、その言葉を受けて数瞬の思考停止。
「いえ。そんなことないです。楽しいですよ」
当たり障りのない言葉を返して、その日は少女の家を後にした。
前々から不思議ではあった。周囲の男子小学生は各々趣味か習い事を中心に過ごしていて、娯楽の話題に関してはテレビかマンガ、あるいは早いうちからスマホを与えられたり、家族共有のパソコンを持っている子は動画配信サイト、あるいはその配信者が中心である。今やっているゲームに関して話しているところを見たことがなかったし、書店や家電量販店に併設されているゲームコーナーに男性の姿は見たことがない。同級生に「ゲームってやる?」と聞いてみれば「姉、妹がやってる」「普通この年になると卒業してるよね」と返された。
卒業て。小学生の分際で卒業て。と突っ込みたかったがそこは内心で留めて素知らぬ顔で「だよね」と濁しておいた。
ようやく気付く。前世と比べて何の差異もない世界……ではなかった。確かに僅かな差異があった。
手元にスマホでもあれば詳しいゲームユーザー分布が容易に調べられるのだが、あいにく親の教育方針で個人用のスマホを渡されるのは中学生に上がってからで、パソコンも親こそ持っているがパスワードを知らない。流石にユーザーを新しく登録したら一目でバレるだろうことは想像がつく。
テレビを見ても男がゲームをやらないというそのことが常識であるわけだから、男性のゲーム離れなどと一々ニュースになるわけもなく。後々知ることになるが男性はゲームに最初から近づかないので離れるも何もないレベル。それこそ幼少期に知育として触れる程度。
つまるところこの世界においてこの年齢(小学校高学年)でまともにゲームを楽しんでいる男性はわりと大真面目に自分独りではないかという可能性が生じていた。
それは同時に自分自身が極めて奇特な人間、率直に言うと珍獣の類いに当てはまるという事実だった。人口比率で考えるともっと酷い。未確認生物扱いされても実際文句は言えない。
今はまだいい。今現在ゲームをやっているのは「幼い少女に付き合って」という大義名分があるからだ。前世で言うなれば少女のおままごとか人形遊びに付き合っている兄貴分の立場だろう。
だがこの立場が消えて、両親にゲームをやりたいとゲーム機本体、あるいはパソコンをねだってみるとしたら。父と母は一体どんな表情でどんな反応をするのだろうという疑念はその当時俺にとってとても重大な問題として壁になり鎮座していた。
というのも少女とのゲームを通じて前世当時、勉強よりもゲームに没頭していた平均的学生時代の熱量が甦ってきていた。多分に、その熱量のうち少なくない分のカリギュラ効果が含まれてもいたのだろうけれど。いわゆる「やってはいけないと禁じられたものほどやりたくなってくる」というアレだ。
男性がゲームをやる。ただそれだけのことなのにやたらとハードルが高い世界。やらなきゃいいのは簡単だし、多分それが一番いいのだろう。少女の家で周囲には構ってあげているように見えている現状で我慢すればそれでいい。そう考えていたある日。
「お兄様、うち、引っ越しするんだって……」
その日少女から告白が二つあった。一つは「お兄様と呼んでいい?」というお願い。彼女の風貌的にも性格的にもその呼び方に違和感もなかったし、その特殊な呼び方に心をくすぐられた事実があった。全然オッケーと気軽に頷いた次に飛んできたもう一つの告白は「お兄様」と年下の少女から慕われるよりも衝撃的な内容だった。
「……引っ越すの?」
少女はこくりと小さく頷いた。
「……何処に?」
帰ってきた地名は海峡を隔てた北国だった。
遠っ。
そう思った。
ここ首都圏やぞ。
そう思った。
どうやってゲームをやりに彼女の家に行けばいいのか。一瞬考えて、考える必要さえなく「無理」の二文字が去来する。
シンプルにそう思ったあとに脳裏をよぎったのは、(え、ゲーム出来なくなるじゃん)という今思い返すと少女に対してとても薄情な内容だった。
こうしてゲーム熱が再熱していた俺は唐突にゲームに触れる機会そのものを失い、涙を流しながら別れを惜しんで、自分のことをお兄様と呼び慕ってくれる美少女も同時に失った。
俺がゲーミングパソコン、あるいはコンシューマ機によるゲーム体験を再び手に入れるまで、少しばかり時間を必要とすることになる。