トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~ 作:ユルイ島
月曜日。長期休暇中でもなく祝日でもなく、配信者であっても所詮学生である身分の阿東理壱も世間一般の学生としてあくびをしながら高校への道を辿っていた。
校門の近くでクラスメートと合流して、あのマンガ読んだかあの動画見たかあのテレビ番組見たかと話し合う。前世と比較してその男友達との会話からすっぽり抜けているのはあのゲーム買ったかそのゲームやったかこのゲームどこまで進んだかの会話。この世界はそういうものだととっくのとうに理解していて順応している理壱は今更違和を覚えることもなく、この世界におけるごく普通の男子高校生を装い、あとらすとして進めているゲームのことなどおくびにも出さず談笑を続けながら教室へ向かった。
階段を二つ上がり校舎の三階へ。廊下を行き来する同学年の波の一部として理壱が所属する二年B組の開きっぱなしの扉を潜り抜け「おざっす」と誰に向けてでもない砕けた挨拶を垂れ流しながら理壱自身の机に鞄を置いて椅子を引き座る。
「はよっす」
「うーっす」
よくつるむ男友達がわらわらと集まってきて「数学の板書問題やってきた?」「俺やってねー」とからから笑いあう。
「俺はやってきた。内申が欲しいから」
「内申欲しいなら幽霊やってないで真面目に部活やれよー」
「ガクチカは学外活動書くからいいんだよ」
「ガクチカとかしゃらくさい言葉使い出したよこいつ」
「ゴーセツとか受けだしそうだな阿東」
「御社を希望した理由といたしましては」
「高二が発する言葉じゃねーって」
「目指せ指定校推薦」
「そういうのでいいんだよそういうので」
「やべえめんどくさいタイプのオッサンだ」
ケタケタとくだらない話で笑いあう。理壱たちが中身のない適当なやり取りをしていると、それを遠巻きに眺める女子が一人。
「どしたの、大和さん。何かあった?」
「ぴ! え、や、特に、あ、ごめん、違くて、違わないんだけど。や、あの、特にな、いやあるけど、いいです!」
「いや、あるんでしょ何か話」
同学年の女子の平均よりも握りこぶし一つ分小さい身体を挙動不審気味に振り回して、小動物めいた動きで話の腰を折ったことへの臆病さを発揮しているのか、それとも野郎連中数人から見られるこの状況がストレスなのか、理壱と中学の頃から付き合いがあるクラスメート、大和夢(やまとゆめ)は腰を引いていつでもその場から離脱できるように備えていた。
「こいつらのことは気にしないでいいよ。何かな」
精一杯紳士的に、なるたけ友好的な笑みを浮かべて夢に対応する理壱。その言葉を受けて夢は「ひ、へひっ、そ、イイすか。いいですか。すわせ、すいません」と及び腰に話し始めた。
「放課後、あの、生徒会室に呼び出されてまして。その、えへっ、あの、部長のわたしと、阿東くんが。あれあの、ぶ、部活動関係で」
「マジ? また生徒会長に? ……俺あの人に何かしたかな」
「あれだろ。やっぱ目に見えた幽霊部員にキレてんじゃねえの」
話を傍らで聞いていた友人が一人理壱の肩を小突いてくる。
「いやこの学校結構幽霊部員いるんじゃないの? 俺だけピンポイントはおかしくない?」
「いやだってなあ」
e-sports部に男子がいたら幽霊として見え見えすぎるだろ。友人のその言葉に話を聞いていた他の男友達も一斉に頷いた。
「会長、視認できる幽霊は苦手なんだろ」
「それなら遠ざけない? 普通」
「除霊したいとか?」
「俺悪霊じゃないんだけどなあ」
理壱と夢は同じ中学から現在の高校へと進学した、いわゆる同中(オナチュウ)という奴で。それは決してたまたまだというわけではなく、中学三年の受験期に理壱の志望校をどうにか手に入れようと夢が理壱の周辺をうろちょろして、耳をそばだてて第一志望から第三志望まで全て一致させ必死に勉強した結果だった。この時既に理壱の連絡先を知っていたのだからそれで聞けば簡単に済む話なのだがどうやら夢からすればいささか精神的ハードルが高いらしかった。
そして高校へ入学した一年時、夢は訳あって理壱がある種「特殊」「特別」な人間だと分かっていた。形としてはむしろ理壱からのカミングアウトがあったと言った方が正しいが。つまるところ、理壱がゲームをやるということを知っていたわけで。
中学の頃はe-sports部はなかった。夢と理壱が入学したこの高校にも去年まではなかった。だけれども、全国高校e-sports大会が存在していることを夢は知っていたし、それに参加するには部活動として認可された部の存在が必須だった。
夢は大会に参加してみたかった。大会に出て勝てるとも思っていないし、事実夢はカジュアルゲーマー。そりゃあ対人戦で勝てれば嬉しいけれど、そこまで勝ち負けに重きを置いていない。でも、青春の一ページとして、根暗で人見知りで挙動不審で頼み込まれたらノーと言えない自分だとしても、高校生活に小さくても打ち込めることが欲しくて、e-sports部の創立を決心した。
……まではいいのだが、元々自他ともに認める陰の者で、進学に伴いただでさえ狭かった交友関係がほぼゼロからのスタートになってしまった。部活申請には最低五人は必須で、それを正攻法で集め切れるとは思えなくて。どんな形でもいいから一人でも集められないか。そう考えた夢は知っていた理壱の連絡先に一通のメッセージを送った。
──阿東くん、わたし、e-sports部を作りたいんだけど、名義だけでいいから貸してくれないかな?
流石に文章ではどもるわけもなく、しかしこの短文を作ってからいざ送信するまでに一日と二時間ほど掛けて送ったのだが。この懇願に対して理壱の返事はこうだった。
──そしたら明日学校の休み時間、教室でお願いしにきてもらっていい? 幽霊部員でもいいならオッケー。
返信された文に思わず夢はぎょっと目を剥いて。
──え、いいの? 人前で言って。
──むしろこそこそやった方がやましい感じになるでしょ? 普通に教室でやり取りして、名義貸し、幽霊でもいいならって公言した方が面倒はないんだよ。
──そうかも。分かりました、ありがとうございます。じゃあ明日……えっと、何時話しかけたらいいかな。朝かな、昼かな、放課後かな。
──好きなときでいいよ。
それが一番困る。自ら決心することを求めないでほしい! 夢はんぎぃ、と言葉にならない苦悩の声を漏らした後、しかしそんなことを理壱に訴えられるはずもなく、「了解しました」と送るに留め、翌日学校内で顔を真っ赤にしながらどもりまくりながらも勇気を振り絞り人前で理壱に勧誘を掛けた。そんな高校一年の春。
──マジで何で生徒会長に目を付けられているんだろうか。
そして理壱が内心で首を傾げる高校二年の春、放課後。横には顔を赤らめて目線をずっと斜め下に向けながら生徒会室への道を共に歩く夢。
理壱はこれまでも定期的に生徒会長から部活動に関してちくちくと小言を頂いていた。クラスメートの中にも何人か幽霊部員をしている連中はいるし、そこが問題視されるなら自分だけが言われる筋合いはないはずだ。学外での活動を中心にしていて、数合わせにミステリ研究会に所属している自分とほぼ似たような境遇の奴もいたはずだ。だけれどそっちが生徒会長に呼び出しを食らったという話は聞かない。
解せぬ、と考えて気付けば既に生徒会室が目の前にあった。はぁ、と理壱はため息を吐いて、夢に目配せをする。見られた夢は数瞬はたと鳩が豆鉄砲を食らったように目を瞬かせて、は! と気付いたのか何度も頷いてどうぞどうぞノックをどうぞと扉を両手で示し始めた。理壱は部長が率先してドアを叩かず幽霊部員に任せるのはそれでいいのかと微妙に思い、しかしそういう彼女だから未だに付き合いが保てているのだろうなと思いながら扉をノックした。
「どうぞ」
生徒会室から艶のあるアルトボイスが響く。失礼しますと一言断って扉を開き、理壱が中に入る。理壱の影に隠れるようにして夢がそれに続いて。生徒会室の両脇には本棚があり、それを背負うように副会長、書記、会計の机が。扉から真正面に窓を背負った生徒会長の机。そこに彼女、生徒会長、雲雀荊歌(ひばりけいか)が立っていた。
女子にしてはやや高めの身長。ポニーテールに結んだ黒髪ときりりと切れ長の瞳と筋の通った鼻梁は彼女が部活動として行っている剣道もあいまって規律に厳しい武士少女という印象を強く与えてくる。生徒会の会長というより風紀委員と言った方が雰囲気には合っていた。生憎この学校に風紀委員会は存在していないのだが。
「大和夢くん、阿東理壱……くん。今日は呼び出してすまない」
「今日は全国高校e-sports大会への提出書類について確認があってな」
その書類に関して理壱は全くのノータッチで、この場に俺要る? と素朴な疑問が胸に去来したが表情にはおくびも出さない。荊歌は自信の役職の机の上に置いてあった紙をつまみ上げ、書かれている内容を読み上げ始める。
「全国高校e-sports大会出場登録名簿。部長、大和夢。副部長、穴吹照(あなぶきてる)。部員、青木苺(あおきいちご)、江口ロナ(えぐちろな)、間宮鈴華(まみやりんか)。……以上。阿東……くんの名前が無いのは記入漏れか?」
んな訳ないだろ、夢と理壱が同時に思った。そして理解する。やはり嫌味か小言の類を言いたいだけなのだろうと。
「俺はあれです、ベンチ入りできなかったんですよ」
「へえ、そうなのか。我が校のe-sports部の層は厚いんだな」
んな訳ないだろ、夢がそう思った。そのe-sports部とやらはカジュアルゲーマーゆるゲーマーの集いである。それでも友人たちと一緒にわちゃわちゃやりたくて作った部活である。なんだったら大会の競技として選ばれているゲームの中には触れたことさえないゲームだってあるくらいにゆるゆるでガバガバだ。
「なに、なら良いんだ。てっきり阿東……くんが意図して省かれているのかと懸念した。部内でそういうことがあっては中々問題だからな。……勿論クラスであっても問題か」
その名字の後に間を空けて「くん」をつけるのを止めて欲しい。理壱はそう思った。あからさまに理壱に対しての好感度が低いから呼び捨てにしたいのだろうけど、呼び捨てにするほど距離が近くなく生徒に対してなるべく平等であるべきだと考えている荊歌のポリシーが混ざり合って今の呼び方になっている、そういう葛藤が伝わってくる呼称。
「阿東……くん、部内で居場所がないということなら相談に乗るからな。いつでも生徒会室の扉を叩いてくれていい」
遠まわしに退部を勧めているのだろうか。本当に俺なんかしたかな、と理壱は自分の過去の行いを振り返ってみるが生徒会長に対して何か失礼なことをしでかしたというのは身に覚えがない。意外とそういうことは本人に覚えがないだけで実は……ということも往々にしてありえるが、学年も違う部活も違う中学も違うで接触を持つ機会そのものが存在しない関係性だったからそれもない。
顔か声か雰囲気か、それともe-sports部に属しているのが気に食わないのか。でもそれは上述したように似た立場の生徒はいて、理壱だけ目の敵にされるのはおかしいだろうと。
「とりあえず理壱……くんだけが名簿に載っていなかったことがなんらかの人為的ミスなのかどうか知りたかった。足労すまない。用事はそれだけだ」
理壱の後ろで借りてきた猫になっていた夢がおっかなびっくり頭を下げて、生徒会室を後にしようとする。
「ああ、夢くん」
したところで荊歌から声を掛けられて「ぴゃいっ」と夢の肩が跳ねた。
「大会頑張って。応援してるよ」
荊歌は一切の裏を感じさせない笑顔を浮かべて、大会への激励の言葉を掛けた。それは理壱から見ても心の底からのエールに見えるほどの屈託のなさで、それだけに(この人からなんで嫌われてんだろうなぁ)と疑問をより一層深めることとなった。