※この作品はR-18です。

トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~   作:ユルイ島

12 / 14
違った二人のストレス発散方法

「ッエエエエエエエエエエン!!!!」

 

 体育館内に奇声が響く。いや、奇声というより猿叫(えんきょう)めいた叫び声。同時に響くのはぱしん、ばしん、という柔な音ではなく、それらを更に上に突き抜けた雷鳴のような破裂音。

 

「雲雀先輩気合やばくね?」

 

「今日当たりたくねえんだけど」

 

 叫び声の主は雲雀荊歌。つい先ほどまで生徒会室で阿東理壱と大和夢に対して嫌味を言っていた生徒会長その人である。

 

 ずだん、と荊歌の足裏が体育館の床を踏み抜く音が響く。同時にまた猿叫。そしてすぱん、というよりずばん、と竹刀が鋭く胴を抜く音。

 

 防具をしている剣道部員が、痛みこそ感じないが全身を貫く衝撃を覚えてごろごろと吹き飛ばされた。

 

「マジやりたくねえ今日の雲雀……」

 

 剣道部三年男子が口元のみで呟いた。相対する目の前の後輩と視線を交錯させ、小さく頷きあう。テレパシー能力なんてあるはずはないが、この一瞬だけはお互いの気持ちが繋がった。俺たち二人の組み打ちをなるたけ引き伸ばして、荊歌と組む機会を少しでも減らそうと。

 

 

 

 ──果たしてこれは憂さ晴らしなのだろうか。いや、違う。そんな理不尽なものではないはずだ。

 

 三年、二年、一年。学年の区別なく、一人一人を丁寧にすり潰して「次!」と組み打ちの相手を探す荊歌は頭の中でそう考える。これは決して阿東理壱に対するフラストレーションを部の仲間で発散しているわけではないと。

 

 そもそも理壱の何が気に食わないのか。それはやはりゲームへの向き合い方だ。いや、向き合い方も何も荊歌にしても単なる人数あわせの幽霊部員であることは分かっているのだが、それでもやはり気に食わない。

 

 ──ゲームは女の領域だ。ゲームは女の聖域だ。男はゲームをやらない、ゲームをやる男はあの御方一人しかいない。ゲームをやっていい男はあの御方一人だ!

 

 ──人数あわせにしても既にe-sports部の人数は規定の五人丁度いる。ならばそこに幽霊部員の阿東はいらないだろうし、大和夢が求めたとはいえ軽々と名前だけ貸して普通の男と同じようにゲームに感心がないのが腹が立つ。

 

 ──特に中途半端に「あとらす様」に声が似ているのにゲームに対して一般的な男と同レベルにないがしろなのが一番腹が立ってしようがない!

 

「キアァァァァァァアアイ!」

 

 最早相手の身体の何処の部位を打っているのか判別つかない叫びと共に、大上段から振り落とされた荊歌の面打ちが、全く罪のない後輩部員の面防具を両断した。

 

 

 

「……ありがとう、ございました……」

 

「ありがとうございました」

 

 満身創痍、死屍累々、百孔千瘡、屍山血河。

 部活終わりにそんな様相で疲れた果てた声で挨拶をする剣道部員たちと、対照的に表情が明るいのは気合の入った雲雀のおかげで充実した一日になったと満足気な表情で頷く顧問教師と、一人で一騎当千の働きをして心地よい徒労感に身を任せ、さっぱりとした表情の茨歌のみであった。部活に無双ゲー要素は要らない、そう思ったのは荊歌の横顔を死んだ顔で見つめていた女性部員だった。

 

 防具を外し剣道着から学生服に着替え、肩から竹刀入れを吊るし、右手に鞄を持ったまま荊歌は体育館を出た。時刻は午後六時、部活や委員会活動で居残っていた生徒に向けて帰宅を促す放送が流れている。この時間帯まで在校していて帰路に着く幾許かの生徒と共に荊歌は校門をくぐりバス停に向かい、三分後やってきたバスに乗車し家へ向かう。

 

 家への道中は英単語の暗記帳を眺め、バスに揺られること十八分。最寄のバス停前で降りて、そこから更に徒歩四分、住宅街を歩いて雲雀家へ辿り着いた。

 荊歌と祖父母と両親が住まう二階建て庭付き二世帯住宅。祖父母が建てたその家は一度リフォームをして手を入れたが何処となく年季の古さを感じさせる古風な佇まい。

 

「ただいま帰りました」

 

 挨拶をして玄関を開けば、居間の奥から「おかえんなさい。ご飯は七時になるから」と荊歌の祖母の声が聞こえる。それに返事もそこそこに、荊歌は傍らの階段を上り自室へ向かう。

 

 はぁ、と学業と部活の疲れをひと段落させる軽いため息を吐いて、自室の扉を開き、勉強机の横に鞄と竹刀入れを置いた後。

 

「ただいま帰りましたあとらす様ぁ」

 

 荊歌はでろでろに溶けて甘えた声を吐きながらベッドにダイブし、二次元イラスト版あとらす等身大抱き枕(同人グッズ)へ抱き着いた。

 

「はぁぁぁぁん、あとらす様ぁぁぁぁ……」

 

 猫撫で声のような甲高さの声。あとらす抱き枕を両腕でがっつりと抱きしめたままベッドの上で左右にごろごろ。制服に皺がつくのも気にせずに、汗ばんだ身体のままなのも気にせずに。

 

 そんなことをしているのに、抱き枕もベッドも極めてフローラルな匂いを保ったままだ。その理由は荊歌のベッドすぐ横にある小さなテーブルの上にある小瓶に秘密がある。小瓶の正体は八ヶ月ほど前にあとらすが案件として扱った「もしもあとらすが香水を使うならどれ」という内容の配信であとらすが直々に選んだ香水なのであった。

 

 つまりこれをベッドと抱き枕に振り掛ければこの抱き枕は実質三割はあとらす本人に変質するし、ベッドに入って一眠りすればそれは実質あとらすとのピロートークの瞬間になるわけだ。少なくとも荊歌の脳内ではそういうことになっていた。

 

「はああああああああん」

 

 相変わらず力の抜けた声を上げながらベッドの上で転がり続ける荊歌。一回転してすんすんはーはーと呼吸するたびあとらすの体臭が彼女の世俗で受けたストレスを溶かしていく。最早これは彼女にとって香水ではない、あとらすの体臭そのものだった。

 

 更に二日前の土曜日には同じ企業からの案件で「あとらすが女性につけて欲しい香水」をテーマとして三つの香水を扱っていた。一つが「日常でつけて欲しい落ち着いた匂い」、一つが「デートの時につけて欲しい甘い匂い」、一つが「勝負時につけて欲しいセクシーな匂い」だ。三つの中から一つ選ぶという形式ではなく三つともオススメしてくるあたり全くいやらしい企業だと荊歌は舌打ちをしながらもその配信の概要欄から企業サイトへ飛び、サーバーが落ちている中更新を掛けまくって購入したのであった。

 ちなみにその三つの香水は全て受注生産でそこまで急く必要は全くなかった。

 

 ──ともあれ、それが届いたら私はあとらす様が求める女により近づいてしまうなぁ!?

 

 脳みそをそうスパークさせた荊歌はあとらす抱き枕に埋めてくんかくんかしていた顔を唐突にがばりと上げて、「祈らなきゃ」と呟き自室の一角へ歩を進めた。

 

 そこは、祭壇であった。

 

 いわゆるオタクが推しのグッズを集めて飾り、一種の宗教的施設めいた異様な空気をもたらすそれ。

 荊歌の部屋には当然あとらすグッズがぎっしりと置かれた祭壇が用意されていた。

 

 ひしめくあとらすのアクスタアクスタアクスタアクスタ……。

 吊り下がるあとらすのアクキーアクキーアクキーアクキー……。

 突き刺さるあとらすの缶バッジ缶バッジ缶バッジ缶バッジ……。

 あとらす公式の部屋着用ジャージにタンブラー、ボールペン、何故か作られた耳かき……。

 手製のあとらす応援うちわに法被に鉢巻に勝手に作ったファン会員証、無論ナンバーは1。

 

 その祭壇の前で荊歌は膝をつき、手を合わせ、祈る。

 驚くほど淀みない一連の所作。無言のまま、無心のまま……無心については真実とかけ離れていた。実際のところ欲に塗れたまま、祈る。都合五分の黙想。

 目を開き、ゆっくりと日常のルーティンを終えた荊歌はそこでようやく制服から部屋着に着替え、ちらりと香水の横に置かれたヘッドフォンを目にした。

 じっとりとした愛欲に塗れた目。スマホを取り出し、やたらとファイルサイズが重い音声データをその瞳が捉える。あとらすのASMR音声──それもmp3形式でなくwav形式──だった。

 

 しかし荊歌の視界の端にスマホの現在時刻が映る。午後六時五十五分。祖母か母が夕食を呼びに来てしまう時間。

 

 今は「ストレスの発散」は出来ない。夕食後のお楽しみだと荊歌はゆっくりと部屋着のポケットにスマホをしまい、呼ばれる前に自室を出て階下に降りていった。

 

 

 

 同日同時刻。阿東家にて。

 

 一人の少女が理壱の部屋で、床に正座したまま座っていた。

 

「ひぇ、へ、へへ。ひへへ」

 

 その少女独特のどもった笑い声。落ち着かない視線は正面の椅子に座っている理壱の姿を決して真正面から捉えようとせず、しかし視界のどこかに必ず理壱がいる。

 

「あ、あのうですね、さ、さ、先ほど連絡したとおりでしてね、えひっ、その、ワタクシはですね、本日のせ、生徒会への呼び出しにょ……に、よって、ちょっとストレスを覚えてしまいましたのですハイ」

 

「た、大変お手数なことでございまするんですが、へへぇ、その、きょ、今日もですね、あ、阿東くんに、その……ペットとして可愛がっていただければ幸いだと思います所存」

 

 正座からの淀みない土下座。少女、大和夢の頭部には既に猫耳カチューシャが着けられていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。