※この作品はR-18です。

トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~   作:ユルイ島

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いかにしてゲーム配信者あとらすが視聴者を得るに至ったか

「あっ、駄目だこれは。ずるいって。泣くよね」

 

 この世界における国民的RPGシリーズ、その中でも周囲から推された作品のエンディングを、儚く消え行く主人公を見ながら、阿東理壱は涙腺を緩ませていた。

 

 屋内なのにマスク、サングラス、帽子という三点を身につけた男、理壱はその様だけ切り取れば紛うことなき不審者であった。

 

 眼前におかれたパソコンのモニター、その画面端に流れていくのは泣いている顔文字や「わかる」「泣くしかない」といった共感のコメント。更にはその合間合間に日本語ではない言語での書き込みさえ挟まっている。

 

 ずびずびすんすんとマスクに隠された鼻を鳴らし、サングラスの下からつぅっと涙が一滴流れ落ちて頬を塗らす。その様にコメント欄が加速して「尊い」「マジ神ゲーだった」と称賛の言葉が踊る。

 

「ちょい、ちょいタンマ。顔中汁まみれ。一度鼻と涙拭いてくるね」

 

 理壱はそう言うとゲームコントローラーをデスクに置き、マウスを転がし音声をミュートにし、座っていたゲーミングチェアから立ち上がり、パソコンモニターに取り付けられたカメラの画角から離れた位置に向かう。

 

 サングラスとマスクを外し、置いてあった箱ティッシュから一枚二枚とティッシュを摘んで、ちーんと鼻をかんで涙を拭う。再度サングラスとマスクを付け直し、カメラの前に座る。ミュートを切ったタイミングで、爆速で流れるコメント欄から「ミュート助からない」というコメントを拾い上げて笑った。

 

 阿東理壱十六歳、高校二年生。世にも珍しい「ゲームをプレイする男」はすっかりゲーム配信者となっていた。

 

 

 いかにして理壱がゲーム配信という活動に身をおけるようになったのか。いくつか時を遡り、彼が中学校に進学したことから端を発する。

 

 以前述べたように理壱の両親が彼にスマートフォンを与えることにしたのは中学への入学をきっかけとしていて、親からスマホを与えられた理壱はまず最初に何故この世界の男性がゲームをしないのか、本当にやる人はいないのかと調べた。

 

 結局見つかったのはそれが事実だということと、いくつかの納得行かない論文と理解できない論文が見つかっただけだった。男性にゲームをプレイさせてその際の脳波測定をして女性のものと比べた結果を書かれてもさっぱり分からない。

 

 しかし理壱からすればそんな世界の真理めいたものは優先度が極めて低いもので、当座の欲しい解答を得た理壱が次にすべきことは決まっていた。スマホにパスコードを設定した上で比較的ゲーム性の高いソシャゲをダウンロードすることだった。

 

 理壱の手元からプレイできる環境こそ失われていたがゲーム熱は未だに十分な熾りとしてふつふつと心にくすぶっており、ソシャゲでもいいからとりあえずゲームをしたいと飢餓感に苛まれている。

 

 それが中学一年生当時、つらつらとアプリストアを上から下までスクロールしていた理壱の姿の心象風景、後ろめたい欲望の発露の姿であった。

 

 しかし順繰り順繰りストアのゲーム売り上げランキングを眺めていってもその尽くにイケメンがアイコンとして鎮座しておりぱっと見では内容の区別がつかない。それもそのはず、この世界におけるゲーム業界の顧客は十割が女性客なのだから、マーケティングをまともに行うのであれば女性受けしやすい美男をフックとして持ってくるのに間違いはない。一部例外として存在するのは理壱も触れた経験のある、子供に道徳を教える幼児向けヒーローが主体の知育ゲーム。

 

 この際ビジュアルは二の次である。理壱も前世で主にソシャゲでプレイしていたのも美少女要素高め、肌色要素高めではあったがこの世界でそれを求めるのはハードルが高い。前世でもあったような一時期覇権を握ったパズルゲーやおはじきゲーのようなものがあればそれがいいと思い立ち、幾つかのソシャゲをインストールし、そして自室で一人欲求を消化させる日々を送り始める。

 

 親に隠れて、時たまには頭まで布団を被ってスマホの明かりでぽちぽちとゲームをする日。そんな自身を俯瞰して見ればまるで思春期の頃のようだと内心で自虐するが中学生は文字通り思春期なのだからなんらおかしいことはないと開き直る日々。学校で勉学に励み一応同年代である友人との表面上の付き合いを行い、学外での習い事……自ら選んだダンス教室に通い、そして一人隠れて自室でソシャゲにふける日常。相変わらず男友達がゲームについて語ることはなく、クラスの隅で女子が最近出たRPGの攻略情報を交換している見慣れたがしかし理壱の感覚から言えば些か異質な風景。

 

 俺もゲームをやっているなどとは親にも言えず、クラスメートにも言えず。女子の話に嘴を挟むことなどで出来るはずもなく。それを表立って言えばどれほどの迫害疎外を受けるか予想さえつかない。前例がないからそのカミングアウトがいかほどの破壊力を周囲と自身に与えるか想像が出来ない。親は泣くのか、意外と受け入れてくれるのか。クラスメートはどんな目を向けてくるのか。こっちに関してはまず碌なことにはならないだろうとネガティブな方向への推測だけは生じる。個人の個性と流せるほど中学生というのは大人ではないだろう。

 

 しかして、語りたい。誰かに尋ねたい、この世界における名作ゲームはなんなのか。主人公たちが旅をした世界を終わらせるのがあまりに惜しくてラスボス手前でセーブしたまま数日間プレイから離れてしまうあの感覚はこの世界の女子も持っているのか。

 

 だから、そう。それらのことを、表立って言わなければいいのだと思い至るに不思議はなかった。

 

 理壱はある日自室にてソシャゲ以外にも一つのアプリをインストールする。

 

 バーチャルアバター配信サイト。無料アセットとして幾つかの髪、目、鼻、口、輪郭や服装、アクセサリパーツが用意されていて、季節ごとのアクセサリや服装、一部表情パーツは課金による解放。

 誰でも簡単なバーチャル体が作れるアプリで、理壱は自らのアバターを適当に作り出した。

 そしてそのアバターに名前をつける段になって、スマホの操作の手が一瞬止まる。

 

「……名前、名前。阿東理壱、もじるか? いや、本名に近いのは……直じゃなけりゃいいか? 前世の名前……ってなんだっけ?}

 

 いくつか脳裏に浮かんだ候補を打ち込んではしっくり来ず消してを繰り返し、やがて一つの名前を前にして指が止まる。

 

 アトラス。

 

 名字の阿東を少しばかりもじった、神話の巨人の名前。それを眺めながら首を捻る。理壱の感性が訴える。惜しい、なんか違う。硬い感じがする。

 

「じゃあ……」

 

 あとらす。

 

 シンプルに、ひらがなで柔らかく。配信者にありがちな、尻に「ちゃんねる」を付けてみる。あとらすちゃんねる。うん、悪くない。理壱は頷いた。

 

 ──略すとあとちゃん? 暗愚っぽさが途端に出たけれど、まあ自虐めいた皮肉は嫌いじゃない。うん、「あとらす」でいいじゃない。

 

 まず間違いなくこれから「あとらす」が飛び込む世界はブルーオーシャンである。今のところ理壱が観測する範囲では初めての男性ゲーム配信者。あるいは澄み切った青い海は住むことの出来ない環境なのか。この時の理壱はあまり深く考えず、配信者「あとらす」としての第一歩を踏み出した。

 

 

 

 が、そもそも配信者など掃いて捨てるほどいるのはこの世界においても変わらず、この時の理壱は配信タイトルに「男がゲームをする」というキャッチーな言葉さえ入れず、シンプルに今までプレイしていたパズルゲームのタイトルだけを打ち込んで「やるよ」と付け足す程度のものだった。

 

 配信業界のメインストリームでもないこのアプリは利用者数が極端に少ないというわけでもないが、逆に極端に多いというわけでもない。流星の如く現れた十把一絡げの新人「あとらす」が視聴者をひきつける要素は実際に配信を開いて「男がゲームをしている」という摩訶不思議な現実を目の当たりにする必要があった。

 

 視聴者数0。画面端に浮かび上がる数字と、止まったままのチャット欄。カコカコとパズルをずらすSEとBGMに「誰もいなくてもとりあえず喋るべきだ」という義務感から生じる独り言を乗せて。

 

 都合三十分ほどそんな虚無を電子空間に残したところで、理壱は配信を閉じた。「まあ初回から人が来るとは思ってないし」と極めて現実的な思考を持って。

 

 それから特に気にすることもなく「あとらす」のSNSアカウントも作ろうかなと思い立ちそちらに没頭し始めた。

 

 理壱が利用したサイトは自らが設定しない限り配信は基本アーカイブ化されて誰でも閲覧可能な状態で開かれている。理壱も何かしら不備があった場合に対応すればいいかとアーカイブ公開状態を保ったまま放置していた。

 

 だからそれはただの偶然。そのアーカイブを、そのパズルゲームの配信を、あとらすと似たような進捗だった一人のユーザーがタップした。

 

「……男の声? えっ、なんで?」

 

 スマホを握り締めたまま、あとらすの最初の視聴者となった少女は困惑の声を上げた。

 

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