トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~ 作:ユルイ島
阿東理壱は一般的な学生であるため週に五日登校し、週に二、三日ダンス教室に通い、毎日ソシャゲで時間を潰し、そこに時間の融通と気が向いたときに配信をしようというスケジュールになっていた。
特に気にするのは自室への親のダイレクトエントリー、いわゆる「親フラ」だ。これに関しては配信という行為よりもゲームをしている瞬間そのものを見られたらまずいことが分かっていたため出来るだけ両親から用事がないことを入念に確認してから始めている。それゆえに「時間の融通」というのは理壱自身の予定よりも両親に因る部分が大きい。
人生初めての配信から二日、特に親が部屋を訪れる用事もないと確認が取れたので、二回目の配信を始めるべくアプリを立ち上げ、マイページへ飛ぶ。
「……ん?」
フォロワー1。
「……おお」
増えてる。
理壱は無感動にその数字の増加を受け止めていた。まあ一人くらい増えることもあるだろうな、程度の感傷。
とりあえずお礼にフォローを返して、適当に作ったサムネイルを用意する。この場合の適当は大して力を入れていないという意味のテキトーと表記した方が正しい方。配信タイトルも「前回に続いてパズルしていくよ」と捻りも訴求力もへったくれもないタイトル。
配信を開始させて、「こんにちは~。今日も前回に続いてやっていきま~す」と電子空間の虚空に向かって理壱ことあとらすが挨拶を吐き出していると、間もなく視聴者数の0が1に変わり、人生で初めてチャット欄が稼動するという現象を目の当たりにした。
──はじめまして。リアタイ初見です。
……リアタイ。
はて、と数瞬理壱の脳が働く。リアタイが初見ということはそうではないものを見たということ。意味が重複していそうな思考回路を経て、すぐさまその解答にたどり着く。
「あっ、アーカイブ見てくれたんですね。ありがとうございます」
本当にありがたいと思っているかはさておいて、あとらすはとりあえず形式として謝礼を述べる。
──あの。
たった二文字のチャットが流れて、あとらすの頭に疑問符が浮かぶ。カコカコとSEを鳴らしてパズルをしながら「どうしました? ツキナミさん」とたった一人の視聴者のハンドルネームを呼んだ。躊躇を表すその二文字に、まるで気にしたことでもない軽さの声で。
──男性、ですよね、あとらすさんて。
この時のハンドルネーム「ツキナミ」は「しかも声の高さからいってショタでは?」と脳みその中の半分をその確信に近い疑念で埋めていたが、どうやら開口一番「ショタですよね」と尋ねるべきではないと理性のブレーキが作動していたらしい。
事実としてこの頃のあとらす、阿東理壱は声変わり前の中学一年生。ショタの語源とされるところの某少年の一つ上に過ぎない。まごうことなきショタ。中身が年齢詐称しているが肉体的にはそれに間違いなかった。
「そうですね。男やってますよ。珍しいですよね、男でゲームって」
からからと作り笑いをしながら答えるあとらす。その発言に珍しいってもんじゃねえぞと震えるツキナミ。
──あの、少年声の女とか、プレイは他の人がやってて声だけ当ててるとかそういうのでもないんですか?
疑り深いと取るよりも、疑念に抱くのも至極真っ当だろうと膝を打つのが先に来る。それをぶつけてきたツキナミにあとらすのアバターが首を傾げる。
「証明が難しいところですね。声はまあその内今より低くなると思うんですけど、プレイに関してはどうしましょうね。ただそんな手間が掛かることは思い浮かびませんでした」
ぐりんぐりんとスマホの画面を指でなぞれば、音を立ててパズルのドロップが前後左右する。それがまるであとらす自身の思考そのものに見えて、ツキナミは言葉を続けた。
──いえ、すいません。信じます。あとらすさんが男だって。でもなんでゲームしてるんですか?
そのあんまりな質問に理壱は思わず笑みを漏らす。「なんでゲームしてるんですか?」
普通、そんなことは聞かれない。ゲームやってるんだ、ふうんで終わる話がそんな風に聞かれる世界にやはり笑ってしまって。
「変わり者なんです。ゲーム好きなんですよね」
率直な答えにツキナミはあとらすの配信を流すスマホを握りしめて「変わり者ってレベルじゃねえぞ」とリアルで叫んだ。
危なかった。これが自宅ではなく公共の場だったらことであるとツキナミは自身を落ち着かせ、震える指先でチャットを打とうと試みる。
嗚呼、それにしてもなんて甘美な言葉。「ゲーム好きなんですよね」
別にそれ自体珍しい言葉ではない。今のご時勢大体の女子はゲームに触れてきている。ツキナミの親世代は未だに偏見を持っていたり触ったことがないという女性もある程度いるけれど、三十台半ばから下はほぼ全員ゲームを通ってきているはずだ。
陽キャぶって男子の趣味に合わせて、ゲームとかガキで卒業するよねとぶち上げている女も、上流階級出身であてくし教育が厳しくてやらせて頂けませんことよと嘯く女も、その実裏ではやること(ゲーム)やっているのが現実なのだ。例に漏れず女子は皆そうなのだ。ツキナミはそう信じていた。そして概ね事実としてそうだった。
故に若い女に「ゲーム好き?」と尋ねれば男受けを狙わない限り「すきー!」と返ってくるのが世の常だ。
しかして、この「あとらす」なる配信者。男を名乗り、さらにはゲームを好きとまで言ってのけるこのショタ……もとい男。ツキナミの人生において、それを公言した男性を目の当たりにしたのは初めてである。
男性はゲームをやらない。
それはこの世界においての疑いようのない常識であり覆しようのない事実である。
故に思春期の時分に少女は夢を見る。自分の趣味を肯定してくれる男子の存在。自分の好きを受け止めてくれる男子の存在を。
学校帰りに手を握って一緒に帰って途中寄り道してファストフード店なんかで買い食いしちゃって、そのままおうちデートで一緒に肩を並べてゲームを楽しむという夢想語りをしたことがない女子はいないはずだ。不意にいい雰囲気になって、お互いの顔を見合ってやがて二人の距離がゼロになり、唇同士が重なりあい、舌と舌が絡み合う水音と同時にゆっくりとコントローラーを置いて、やがて唇だけでなく身体同士を重ねあうシチュエーションが夢女子たちによりいくつ薄い本化されてきたことか。
いや、そこまで都合が良くなくてもいい。「このゲーム面白いんだよ!」という作品への愛情を「そうなんだ、どう面白いの? 俺もやってみたいな」と優しく受け止めてくれて、共感を示してくれるだけで十分幸せなのだ。ゲームという女子の娯楽を男子に肯定してもらえる。ただそれだけの夢物語。
ひょっとすると、このあとらすという少年は、まるで思春期の少女が思い描いていた空想をそのまま現実に抜き出したかのような存在ではなかろうか。
いや、作り物だ、贋物だとツキナミの頭の何処かが否定する。そんな都合のいい存在が唐突にポップしてたまるかと。どうせ中身はショタ声の出るメスなのだろうこのあさましい大法螺吹きがと否定する。
自然、ツキナミの指が動く。暗い情動に突き動かされて。よくも騙そうとしてくれたなと不埒者に鉄槌を下すべく、動いた。
──あとらすさん、推します。
あるぇ?
ツキナミは首を傾げた。
何故だろう。お前どうせ女だろバーカバーカという類型に属する言語を百倍煮詰めて憎悪と怒りをブレンドした、ただ人を傷つけることだけに特化した放送禁止用語マシマシの悪罵を叩き付けようと思っていたのに、気付けば打ち込んでいる文字は「推します」の一言。
一瞬間を置いて、あとらすが笑いながら返してくる。
「あっ、そっか。俺配信者だから推される対象になるんですね。そういやそっか。……ありがとうございますツキナミさん」
その言葉にツキナミは思わず腰が抜けそうになった。原因はあとらすがナチュラルに出した一人称である。「俺」というその一人称に、予期せず震える。
そしてツキナミは気付く。そうか、私は脳が騙されたくないと意固地になっていて、だけど心が信じたがっているんだ、と。
別にいいじゃないか。騙されるにしても気持ちよく騙されれば。そうツキナミの心が脳に静かに語りかける。同じ阿呆なら踊らなきゃ損なのだと言い聞かせている。
──あとらすさん、友人にも布教しますね。
「マジですか。いや嬉しいけどなんか恥ずかしいですね。まだ全然配信慣れてないんで」
おいおい、ショタが恥ずかしがってらぁ。へへっ。
ツキナミは人差し指で鼻の下を擦った。
──あとらすさんはこれ以外に何かゲームやってたりするんですか?
「ぼちぼちやっていましたよ」
あとらすが挙げるタイトルは今や世界的有名キャラクターが登場する多人数プレイ可能なパーティー対戦ゲーム、レースゲームの名前。男性ですらキャラの名前を知っている超有名どころだ。
「昔は上手い具合にやれる環境があったんですけど、今はちょっとコンシューマー機やパソコンでは出来ないんですよね。持ってないのもありますけど、親に見つかったらどういう風に見られるか分からないし、いらない心配を掛けることになりそうなんで」
その言葉に、ツキナミはリアリティを感じ取った。確かに、ゲームが好きだという男性は存在そのものが天然記念物、絶滅危惧種だ。いや、そもそも彼以外の存在を知らないのだから例えより更に稀有。私たちよりもずっと素直に好きを表現できないのは辛いことなのではないだろうか? ツキナミの琴線をえもいわれぬ感覚が撫でる。
「ソシャゲは隠れてやれるんで。これ以外にもちょっとタイトル増やすつもりはあるんですけど……すいません、ツキナミさん、ちょっとシモよりの話になっちゃうんですけど」
──なんですか、あとらすさん。下ネタもばっちこいですよ。
「女性キャラがややえっちなソシャゲ知りませんか? そもそも存在しますかね?」
そのあとらすの言葉に、ツキナミは天を仰いだ後、右手を高々と突き上げた。
おいおい、ショタがえっちな女キャラ探してんだってよ、たまんねえなオイ。
もう男だろ。男でいいだろこれ。私が教えてやるんだぜえっちな女がいるソシャゲをよ。
ツキナミの指が高速で動く。自認としては亜光速へと突入していたと後日述懐する速度で、チャット欄に打ち込んでいく。
──私もプレイしてるんですけど、アンチェインメモリーズってソシャゲはえっちですよ^^
第三者からすればとても気持ちの悪いにっこり笑顔を最後につけて、ツキナミはあとらすにタイトルを告げた。
都合一時間弱ほどの配信を終え、振り返ってみればツキナミさんとの一対一の対話だったな、と理壱は伸びをする。
しかしただ独り言に終始していた初回配信に比べれば随分と充実した時間を過ごせたと満足感を覚えている。
「……そうだ、ソシャゲ」
なんといったか、そうだ、アンチェインメモリーズ。理壱は先ほどの配信を思い返し、オススメされたタイトルをストアで検索してインストールを開始する。ご多聞に漏れず基本無料でガチャ石が課金のスタンダードな形態。アプリアイコンはあいかわらずイケメンの横顔だったがツキナミを信じることにした。
インストールが進む間、ポコンとSNSから通知が来る。開いてみれば配信前に作っておいたあとらすのアカウントにフォローとDMが来ている。
DMを開いて確認すると「フォローしました、ツキナミです」と唯一のリスナーからのメール。フォローの方を確認すると「ルナ」という名前のコスプレイヤーからのフォローだった。
名前を変えているのか? と理壱は疑問符を浮かべながら聞いてみる。
─―このルナさんっていうのはツキナミさんと同一人物ですか?
──そうですよ、ルナって名前でレイヤーやってます。
――あとらすさんはアンメモインストールしてくれましたか?
――こういうえっちなキャラ、結構出てきますよ。期待してくださいね。
連投の後、理壱に一枚の画像が送られてくる。肌色成分が色々とこぼれそうな、ボンテージ姿の女性の画像。ベルトのようなもので乳や股間を隠し、むっちりとした太ももは同じくベルトで締め付けられている、背中には黒い翼が小さく生えていて。イメージとしてはサキュバスを想起させる極めて扇情的なその姿に思わず理壱は咳を咽る。
──誰ですかこれ。
――アンメモに出てくるカミラって子のコスプレした私です。こういうキャラがそこそこ出てくるんで期待してくれていいですよ。
その言葉に思わず理壱は面食らう。ここまで露出度の高いキャラだとか美女キャラクターが多く出るゲームが存在するとは思ってもいなかったから。
──意外です。女性ユーザーに向けて作るとこういうキャラは少なくなると思ってました。
──甘いですねあとらすさん、女の子も好きなんですよ、カッコいい女も可愛い女もえっちな女も。
ツキナミの言葉に思わず理壱は膝を打つ。道理だ。男もキャラクターとしてカッコいい男は好きなのだ。