トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~ 作:ユルイ島
阿東理壱がバーチャル体のアバターを使った配信を始めてからいくつか時が経ち、気付けば理壱は中学三年生に突入していた。その合間に一日のうち極わずかではあるがコンシューマー機に触れることが出来る環境も手に入り、わりかし順風満帆な日々を送っていたある日のこと。夕食を食べ終えた理壱は父親から「大事な話がある」と呼び止められた。
食卓に座る父と母と理壱。一体何の話かと理壱は思い当たることを考えると、すわゲームをやっていることがバレたのかと背中に冷たい汗が流れるの感じる。
「理壱、あのな……」
「うん」
努めて平静を保って頷いて、どうか関係ない話でありますようにと内心で祈りを捧げて。
「父さん海外転勤することになったんだ」
「えっ」
ゲームについての話じゃなくて良かった、と思うのと同時に全く予期していなかった方向からの不意の一撃に思わずそれは良いことなのか? という反駁が去来する。左遷と栄転一体どちらなのか。そしてそれを口にしていいものなのか。
「アメリカとかだったら一家全員で行こうと思ってたんだが、いかんせん出向先が東南アジアでな。住環境やお前の学校、高校受験のこととか考えるとどうすべきかと悩んでる」
腕を組んで天を仰ぐ父と、横でそれに頷く母を眺めて、理壱はおずおずと尋ねる。
「それって、喜ばしいやつなの? その、父さんのキャリア的に」
「ん? ああ、それは大丈夫だ。出向先では相応のポストと将来的な帰国、それからその後のキャリア形成についても色々話は貰ってる。でなきゃ流石に頷かない」
「稼ぎ的にもな、色々と手当てが出るから特に問題はないんだ。一家全員で行くか、俺だけ単身赴任で行くか。お前の意思についても聞いておきたくてな」
その話を聞いて理壱はううむと腕を組んで考える。正直言って海外生活など考えたこともないし、英語に関する語学力にしても読み書きはある程度、本当にある程度出来てもネイティブスピーカーの発する言葉についていけるリスニング力もないし、咄嗟のスピーキング能力も似たようなものだ。
そんな理壱のことを見守る目の前の両親二人を見つめる。この父と母は二人ともある程度英語を話せる。というもの馴れ初めを聞けばこの二人、若い頃はバックパッカーとして世界を旅する趣味があり、現地で知り合い意気投合してゴールインした関係性だ。会社が父に海外出向を命じたのもそういった経験を重視した結果なのだろうな、と思い浮かぶのも簡単な話。
「正直言っていい?」
「ああ。正直なところを聞きたい」
「俺が日本に一人残るのもありだと思う。一人暮らししたい思春期ってのは理解できるところだと思うんだけど」
結局のところ、その提案はつつがなく通った。このことについて一番大きいのは今現在の阿東家が持ち家であるところが大きいのだろうと理壱は考えている。詳しくは聞いていないがン十年のローンを組んだ家を売りなり貸しなり出すのは聊か抵抗が大きかったのではないかと邪推するところ。
こうして理壱は実家に一人暮らしとエロゲーの主人公のような環境を手にしたのである。そして同時に一人暮らしを認可するための条件として、両親が提示した偏差値を超える高校に受かること。
理壱からすれば此処に関してはそこまで問題はなかった。彼には人生一周目の記憶が残っていたし、忘れている単元についてももう一度授業を受けることによって思い出し、むしろ好成績を残していた。流石に中学生レベルでは理壱は未だ優等生であった。
父と母が久々の海外生活にどことなく浮ついた雰囲気でバタバタと準備していた夏が過ぎ、赴任時期である十月を迎えて、これまで三人で暮らしていた家が理壱一人のがらんどうになった後。母から渡されたのは二枚の通帳。理壱名義で作られたその片方に毎月の生活費が振り込まれ、もう一枚をめくればこれまで理壱が貰っていたお年玉が積み立てられていた。
自室のベッドに寝転がって、その桁を一つ一つ指で数える理壱。一、十、百、千、万……。仰向けからごろりと回ってうつ伏せになり、枕の横に置いておいたスマホを手に取りブラウザを開いて検索ワードを打ち込んでいく。「ゲーミングパソコン」と。
「……買える」
通帳に記載された額と比較してもわりと余裕があった。本当に母は「預かる」だけで使ってはいなかったのだなぁと感謝する。ランドセルだとか上履きだとか学費だとか、何くれにつけて理壱の学生生活に掛かる費用をお年玉から引き落としている痕跡がなかった。
「……買うか? 買ってしまうか?」
理壱はスマホをタップして、ECサイトを開いてみる。ハイグレードのデスクトップパソコンもなんならいける。今の家に理壱一人だけ、両親は年末年始に帰ってくるかどうか程度。告知なしのサプライズ帰国などはやらないだろうから両親が帰ってくるのなら押入れにでも隠しておけばいい。
――そろそろ高校生だし、パソコンの一つや二つも必要なのでは?
理壱は心の内で購入のための理論補強をする。確かに一理あるかもしれないが、それならばゲーミングである必要性がないという点については気付かぬふりをしていた。
──ゲームをしない一般男性でも仕事やプログラミングでは必須になるし、SNSやサブスク動画サイトを見るのに快適な環境は用意しているはずである。
理壱の指先がスマホに映る「カートに入れる」に触れる。
「買え、買ってしまえよ。何も悪いことはしていない。そもそも野郎がゲームやってて誰に迷惑を掛けるって言うんだ」
理壱の心の中で悪魔が囁く。
「いけません理壱、他社のサイトも見比べるのです。大きな買い物をするときはしっかりと価格を調べなければいけませんよ」
理壱の心の中で天使が囁いた。素晴らしいアドバイスだった。
この日、理壱は都合四社のサイトを比較して、納得いくまで考えた後、ゲーミングパソコンの購入を決意した。
その後、理壱は配信者「あとらす」として利用しているSNSを開いた。フォロワー数は四桁を超えていて、主に利用している配信アプリの規模から言えば中々立派な数字を誇っている。スマホしかなかったこれまでは世間一般で一番利用されている動画サイトでの配信は難しかったがこれからは違う。プラットフォームを移す時が来たのだ。
理壱は早速この世界における覇権動画サイト、NewTubeを開き、「あとらすちゃんねる」という名前でアカウントを作成。チャンネル登録者ゼロ、投稿動画ゼロ、投稿ショート動画ゼロのまっさらなアカウント。そのURLをコピーし、「あとらす」のSNSに戻る。
──わたくし『あとらす』はこの度ゲーミングPCを購入いたしましたことをフォロワーの皆様にお伝えいたします。それに伴い、NewTube上にもチャンネルを設立いたしました。PCが手元に届き、配信環境が完成次第こちらでの配信を行っていきたいと思います。
この文面とNewTube上でのURLを投稿すると、すかさずフォロワーの拡散が始まる。「あとらす」のフォロワーは行動スピードがやたら早いことに理壱は少し前から気付いていた。
理壱はみるみる増えていく通知欄をスクロールしていると、気になるリプライに目を留める。
──あとらすくんはNewTubeでもVやるのかな?
ふむ、と理壱は顎をさする。確かにこれまでバーチャル体で配信するアプリを使っていたし、ひょっとしたらフォロワーもそれを望んでいるのかもしれない。だが、Vtuberというものは、お幾ら万円掛かるのだろうか?
前世ではちゃんとしたガワでVtuber始めるには三桁万円は掛かると理壱は聞いた覚えがある。それはパソコン代含めての話かもしれないが、絵師にデザインを頼んで、Live2Dデザイナーに動かせるように頼むのは相当に金が飛びそうだと思案する。正直、パソコンを買った後の残額では心もとない。
理壱はSNSでめぼしい絵師とLive2Dデザイナーを探し、Vtuber製作費用についての見積もりをお願いした。後日確認するとそもそも返事が返って来たので五割、明確な額を提示してきたのが残り三割で、しかもその額もお年玉の残額では足が出るどころの話ではない金額。丁重に断りのメールを入れて、これはマスクとサングラスで顔を隠すしかないなと決心する。
先日見たVでやるのかというリプライを引用して、素直に顔を隠しての配信になりそうだと更に告知。これには流石に反発もあるかもしれないと理壱は覚悟する。これまでは量産型とはいえ3Dキャラクターを用いていたのだから、リアル顔なぞ見たくないという層は一定数いるのではないかと考えて。まあマスクとサングラスでガッチガチに顔は隠すつもりだったのだが。
ともかく、これで「あとらす」としての次なるステージは見えてきたように思える。これまで以上に気兼ねなくゲームも出来るし、フォロワー全員がチャンネル登録をしてくれれば収益化も近いかもしれない。
男性ゲーム配信者という紛れもないブルーオーシャンの業界。しかしその青さはあるいは澄み過ぎて棲めない環境になるかもしれない。
─―まあ、ゲームさえ出来ればいいか。
最悪、配信を捨ててもいいのかもしれない。堂々と性別を明かしてゲームについて語り合える環境は惜しいけれども、大事なのは実生活とゲームをやるということだ。そこに関しての優先順位を間違えてはいけない。理壱は改めて己を戒めて、未だ投稿動画ゼロなのにぐるぐると回ってくれるNewTube「あとらすちゃんねる」の登録者数カウンターを眺めていた。
かくして理壱はゲーム環境を手に入れて、高校二年時点で配信者として登録者数百万を優に超え、その証としていわゆる金盾を得ることとなる。