トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~ 作:ユルイ島
金に染めたロングヘア、胸と尻が張り出して、腹周り腰周りがきゅっとくびれた見事な砂時計体型の女性、月白凛(つきしろりん)には幾つもの名前がある。名前の登録が必要なサイトであったり、配信アプリであったり、「苗字の一字である月に由来する、あるいは含む名義にする」という手前勝手に決めた縛りこそあるが、都度都度適当に考えては使い捨てて、一種のリテラシーの高さと言えば聞こえはいいがいくつかの顔を使い分けることによるネット上での匿名性、または特定個人としてのペルソナをある程度担保しておきたい、そのような癖があった。
そんな複数名義を持っていて、同時にそれらを大して大切に扱っていない凛の中においても、重要視している名前が三つある。一つは当たり前だが本名であるところの月白凛。自身が何者かを定義づけする主体。もう一つが、コスプレイヤーとしての名義であるルナ。ネット上で自ら顔を出して活動し、今となっては十数万人のSNSフォロワーを誇るこの名義は、アマチュアを越えてプロとして商業デビューさえ果たして今の凛の主な収入源にまでなっている。そして最後の一つ。その配信アプリだけで使う用に片手間に考えて使い捨てるはずだったリスナーとしての名義、ツキナミ。
この名前こそが月白凛という個人を配信者「あとらす」の最古参たらしめる名前である。
たまたま開いた配信アプリから聞こえてきたのが男の声。年月を経るたびに段々と低くなっていくその声が、耳から脳に響いて仕方がなかった。改めて当時を振り返ればあとらすの初配信の頃は未だに声変わりさえしていない若さであるということを考えると捗ってたまらない。凛という人間はそういうタイプの人間であった。
ファーストインプレッションから既に四年。短大生だった凛も気付けば二十三歳になり、いつの間にか最推し崇敬ガチ恋対象であるところのあとらすも顔出し(サングラスとマスクでほぼ顔立ちは分からないが)ストリーマーへと姿を変え、気付けばチャンネル登録者数が六百万に近づいている。立ち上げたパソコンモニターでその躍進を眺めながら凛は一人悦に浸っている。
金曜の夜、都内1LDKのマンションの自宅にて凛はいつものごとく同業(レイヤー)の友人たちを招いてあとらすの配信を垂れ流すプレミアムなフライデーを送ろうとしていた。
家主である月白凛、スレンダー綺麗系レイヤー葉村瑠璃(はむらるり)二十五歳、合法ロリレイヤー鍵野杏(かぎのあんず)二十歳、ドスケベ・ザ・エッチセックス明日樹紗江(あしたぎさえ)二十三歳。どいつもこいつもタイプこそ違えど美人綺麗可愛い系の女が集まって、仲良くやっていけているのはやはり客層が重なっていないからだろうと凛は考えている。例外として一人、紗江だけは中学校の頃からの古い友人で元から仲が良かったのだが。
四人が四人とも得意とするコスプレキャラクタージャンルが違い、合わせで撮影しても食い合うということもなく相乗効果を発揮する。男関係の取り合い、いざこざも無縁だ。その理由はシンプルに一つ、四人が四人ともあとらすという男性を天に掲げて膝を折って頭を下げているからである。
凛が初めてあとらすを知ったあの日、DMで送った「友人にも布教しておきますね」と言ったその友人が今ここにいる三人である。あるいは同担拒否の気がある人間が混ざっていれば亀裂の一つでも入ったのかもしれないが、この四人の間で共有されている感情は、「あとらすが上、私たちは下」という認識であった。
各々がソフトドリンクやアルコール類、つまみを持ち寄って、凛があとらす視聴のためにわざわざ購入したホームシアターで配信を流す。コメントも打ちたいから更に各自スマホで配信画面を開いており、準備は完璧といったところで、彼女たちは「カンパーイ」とドリンク缶をぶつけあった。
「絶対私今日泣きはらすと思うね」
青く染めたショートに百七十二センチと女性としては高身長の瑠璃がマスカット味のチューハイを舐めながら呟く。すらりと伸びた四肢を綺麗に折り曲げてテーブルの前でコンパクトに座る。女子高の王子様役めいた涼やかな口元が缶で隠れている。
「多分最終回だしな、あとらすくんもきっと泣いちゃうだろうしこっちも貰い泣き確定でしょ」
栗色のポニーテールを揺らして、一見成人した女性とは思えない身長、顔立ち、スタイルの杏が枝豆を指で押しつぶしては口の中に次々放りこみながら答える。ランドセルを背負わせても違和感ない幼さと同時に性的な欲求へのラインを踏み越えることを許可されている裏腹さが、背徳的なアンバランスを生み出していた。
「……うん、楽しみだね、凄く」
囁くような、しかし喜色を抑え切れない声で重たく黒い濡羽色のロングヘアーの紗江が言葉を零す。野暮ったく身体のラインを隠す服を着ていてなお隠し切れない色香が漏れ出していた。ずっしりと弧を描く胸と尻に、くびれがあるが全体的にむっちりとした肉感のある身体同性異性問わずに情欲を煽る。
適当に手で千切り、あるいは包丁でざっくばらんに切った野菜を詰め込んだサラダボウルをテーブルに置いて、凛はホームシアターの前に正座待機を始める。両足を折り曲げてむちりと太ももと尻が歪む。
「あとらすくんの為に生きてるわ、マジで」
聞く人が聞けば放言めいたその言葉も、この場にいる四人は極めて重い情感を乗せて喋っている。凛が言ったその言葉は、本当にその通りであった。
オープニングの待機画面が抜けて、画面にはあとらすが映し出された。
「ふぉぉおおおお!」
四人のうち誰かがアイドルコンサートを目の前にしたかのような雄たけびを上げた。あるいはそれは四人全員の声だったのかもしれない。
ゲーム配信もクライマックスを向かえ、涙腺を緩めて涙声を滲ませるあとらすを前にして、四人全員が正座の姿勢で拝聴していた。
「あっ、駄目だこれは。ずるいって。泣くよね」
あとらすのその一声に貰い泣きしていたものは涙腺崩壊を加速させ、あるものは慈しみの表情を浮かべて。
「え、待って。産みたい」
またあるものはその泣き声に母性本能がどばどばと刺激され妊娠願望を漏らしていた。
「え、何を」
思わずといった表情で凛が発言主である杏を見る。
「あとらすくんを、産んで、育ててあげたい。ミルクでなく母乳で、育ててあげたい」
杏の身体を頭から爪先まで眺めて、その身体でボテ腹になってたら犯罪臭えぐいな、と内心のみに留めて。
「わかりみがふかい」
と凛は返した。結局彼女もあとらすを孕みたかった。更には残りの二人も、凛は鼻を啜りながら「わがる」と同意を示し、最早既に産んでいるのでは? と疑いたくなるような慈母の笑みを浮かべていた紗江は優しく頷いていた。
配信はそのままエンディングのスタッフロールに移り、流れているエンディングテーマは著作権配慮のためか音量をゼロにされていて、過去のムービーシーンを背景に鼻声のままあとらすはゲームへの感想を語るパートに入っていた。
「やっぱさ、あとらすくんは共感性がエグいよね」
「分かる、しっかりストーリーも咀嚼してくれるしね、だからこそ山場でちゃんとリアクションできるんだろうし」
「はー癒された。マージーで魂のデトックス。整う、心が。整う」
「……次、何のゲームやってくれるのかな」
三々五々に感想を呟きながら、サラダやつまみを口に運びながらまったりと過ごす四人。あとらすの感想に時折頷きながらすっかりウイニングランを決め込んでいる。
「次回配信は案件頂いたんで、多分案件配信になると思います。……というわけで、それじゃあエンディング」
あとらすのファンメイドのエンディング動画が流れて、配信が終わった。十八時から始まって終わったのは二十一時過ぎ。都合三時間強の長さに集まった同時接続は九万人。その数字に凛は相変わらずエグい数字を残してると感心しつつも、しかしもっと集まってもおかしくないと同時に思っている。事実、チャンネル登録者数も日に万単位で増えているし、同時接続も右肩上がりだ。海外のあとらすファンコミュニティを覗けば、配信が始まれば途端に有志があとらすの発言を各国言語にリアルタイムで翻訳している、それだけの希少価値を持った配信者なのだ、あとらすという人は。
やがて四人全員が各自のスマホを手に持ち、「この配信は終了しました」という画面から通話アプリへ移動して、この場の四人プラス一人で作られたルームを開き、何の更新もないその画像を眺め続ける。その間この場全員が無言で、年頃の女性が集まって成り立つ風景とはとても思えない状況であった。あとらすの配信が終わって十分ほど。やがてそのルームに一通のメッセージがぽこんと音を立てて送られる。
──今から凛さんの家行ってもいいですか?
そのメッセージに、四人全員が稲妻が如き速さで瞬時に反応する。
──今日もお疲れ様。待ってるね。
──今日も一杯いちゃいちゃしようね。
──癒されたいし、癒してあげたいな。
──理壱くんは聞かないでも好きなときに来てくれていいんだよ?
即レスどころの話しではない早さで、返信が四連続に叩き込まれる。女たちはスマホを持ったまま立ち上がり、ぞろぞろと洗面所に向かって歩き出す。物を食べた後なのだから、歯を磨かねばならない。マウスケアをしっかりと行い、化粧の確認をしなければ、彼を、阿東理壱を招くに不足があるに決まっている。
洗面台には彼女たち四つのコップと歯ブラシに加えて、男性用の一対が既に置かれていた。