トロフィーゲーマー~女性しかゲームをやらない世界で~ 作:ユルイ島
「……」
「……なに?」
「……いや、何かあった?」
「は? 何もないけど?」
時刻は十三時十一分、凛の家を出た阿東理壱と自宅を出た一之瀬恵斗奈は待ち合わせ場所である駅前で合流した後、連絡を取り合ったとおりに昼食を取りにそのまま近場のハンバーガーファストフード店へと足を伸ばした。のだが。
店内で早々にセットメニューの注文を終えて二人掛けの椅子に理壱と恵斗奈は対面して座る。
理壱は頬杖を突いて人差し指で自身の頬をノックする恵斗奈をじっと眺める。
「やっぱなんか不機嫌じゃない?」
「全然。普通だけど」
確かに恵斗奈との付き合いが浅い人間ならば常日頃の彼女と変わらないと判断してもおかしくはないけれど、理壱はかれこれ六年ほどの付き合いになる。同世代に比べて大人びた恵斗奈だけれど、機嫌が悪いときはどことなく雰囲気に滲み出てくる。周囲の人間に自身の不機嫌を察して欲しがるのは中学生らしい可愛らしさとも言えた。
駅前で待つ理壱の前に駆け寄ってきたときはすこぶる上機嫌に見えたのに、合流して横に立って歩き出し、少しばかり経ったら鼻をすんすんと鳴らし眉を顰めて「シャンプー変えた?」の一言。理壱は理壱で一度心臓が跳ねたけれど、「いや、変えてないよ?」と表情は崩さずに応答。
まさか自身の匂いが変わっているが故に機嫌が悪化するなどとは理壱は思えず。ファストフード店での購入時に機嫌を取ろうと「奢ろうか?」と提案してみるが「別にいい。これくらい払う」と一蹴されて……どちらかというとより機嫌を悪化させて、手をこまねいているままに今である。
どうにも居心地の悪いままに料理の完成を待っていれば店の天井から吊り下げられたモニターに自分たちの番号が表示されたので商品受け取り口に行き、店員からバーガーセット受け取り席に戻った。
「いただきます」
「いただきます」
二人一緒に手を合わせて、理壱は包み紙をはがしてバーガーにかぶりつく。恵斗奈はまずコーンスローサラダに手を伸ばしていて。
「エトナ」
「……なに?」
「芋食べる?」
理壱はフライドポテトを指でつまんで、カリカリとふにゃふにゃの間のなんとも微妙な感触のそれを軽く振る。
「……あ」
「あ?」
「……だから、あー」
「あー? ……ああ、了解」
少しだけ顔を上げて目を閉じて、ひな鳥のように口を開ける恵斗奈の口にポテトを入れる。恵斗奈は目を瞑ったまま咀嚼して、もう一度「あ」と小さな口を開いた。理壱は再度ポテトをつまんで恵斗奈に餌付けする。つまんだ指先に恵斗奈の唇がかすかに触れて理壱は「やばっ」と内心で冷や汗をかくが恵斗奈はどうやら気付いていないのか気にしていないようだった。
「……バーガーも一口いる?」
「……いる」
頷く恵斗奈に口をつけた部分の反対側を突き出せばそのまま彼女はかぶりついて。
「じゃああたしのバーガーも一口食べていいよ」
そう言って理壱の口元にバーガーを押し付けてきたので、理壱は力業のままにバンズからパティまで噛り付いた。
「……ん」
小さく頷いた恵斗奈はポテトとバーガーで機嫌を直したようで、私不機嫌ですと漏れ出ていた雰囲気が随分上機嫌になっている。理壱は安上がりに済む恵斗奈のチョロさに悪い男に引っかかるのではないかと不安を覚えた。
昼食を取り終えた二人は部屋の予約をしていた公民館へ歩いた。鏡張りのダンス練習場の方が振り付けのチェックは容易だが同時にレンタル代が高くつく。学生二人の利用ならば鏡がなくとも公民館の一室を借りてスマホで撮影しながら確認した方が経済的だということで二人で話し合い決めた。理壱は配信者として一般の学生どころか社会人よりも稼いでいるのだが、ゲーム配信者であることは当然伏せているのでスムーズに決まっていた。
徒歩十五分ほど掛けてたどり着いた公民館の受付で身分証と料金を支払い、予約していた一室に入る。置いてあった机と椅子を部屋の片方に寄せて、その上に理壱と恵斗奈は自前の鞄を置いた。
「理壱」
「はいはい」
床に座り開脚した恵斗奈が理壱を呼び、ぐいんと上体を伏していく。理壱が恵斗奈の背中を押して準備運動のストレッチが始まった。開脚した足を合わせ広げて、股関節と内腿を伸ばしていく。柔軟性が違う恵斗奈に内側から外側に向けて両脚を思い切り広げられて理壱が悲鳴を上げる様を恵斗奈がクスクスと笑う。
手を取り合いお互いに脇を逸らて伸ばしあったり、背中合わせに腕を組んでリュックサックを背負うようにお互いの体を持ち上げて背筋を伸ばしあったり、一通りのストレッチを終えてから理壱と恵斗奈は基礎的なステップと身体操作の動きを行っていく。オールドスクールと呼ばれる七十年代から八十年代に成立したダンスジャンルに分類されるポッピン、有名なところで言うとロボットダンスもポッピンの一種にあり、肉体を弾ませるように踊るそれをメインとする理壱と、九十年代に成立したニュースクールのうち一つ、昨今の男女問わずアイドルダンスに数多くの要素が服慣れているヒップホップを主に踊る恵斗奈。互いが互いのジャンルを齧ってもいるので一部分でスキルが重なっている。
今回はそのジャンルの重なりあっているところを中心としたルーティーン……前もって二人で振り付けを作ってその完成度と練度を上げていくのが目的の大部分であった。
理壱の私物であるスマホスタンドにスマホを立てて、自分たちの動きを撮影しては見直して、こうした方がいいああした方がいい、もっと胸を反って両腕を左右に伸ばして大きく見せた方がいいステップの際に右足の爪先にもっと加重を掛けて次の一歩へのテンポを早めた方がいいなどとああだこうだ言い合って。時計の長針が一周ほどした辺りでまた段々と恵斗奈の雰囲気からなんとなく気分が下がって来ていることを理壱は察して。すわ振り付けの提案で気に入らないところでもあったのかと考えていると、恵斗奈は一度腰に両手を当てて顔を上げ天井を仰ぎ見た。
「理壱。提案があるんだけど」
「何? 提案?」
「男女で組んでる訳だからさ、オーディエンス沸かせるような距離近いルーティーン作ってもいいんじゃない?」
「うん? どういうの?」
「あたしのことリフトとか出来ない? あと社交ダンスみたいなのから動き持ってくるとか」
リフト。いわゆる持ち上げ。思い浮かびやすいのはフィギュアスケートの男女ペア。片腕で女性を……恵斗奈を持ち上げる自分を想像したあと理壱は恵斗奈の長い手足と高い位置にある柳腰のスレンダーな身体をさらりと眺めて。
「うーん、持ち方にもよると思うけど、まあ上げられないことはないと思う。流石に片腕でリフトするのは無理だと思うけど」
「とりあえずやってみて」
恵斗奈はそういうと両手を「ん」と理壱に向けて差し出して、そのまま首に回して身を寄せる。理壱はどぎまぎとしながら「え、と。じゃあここ持つね」と恵斗奈の腰に手を当てて持ち上げた。
幼子にする高い高いというか抱っこというか、そんな形で恵斗奈を持ち上げてそのまま止まる。
「いけそうじゃん?」
「まあそんな激しい動きじゃなかったら」
そんな会話とともに恵斗奈を床に下ろすと恵斗奈はそのまま机に歩み寄って置いておいたスマホでNewTubeを立ち上げ、「社交ダンス」と打ち込んで、理壱を手招きし画面を一緒に覗き込む。
「最初に同じステップ踏んで、その後あたしがターンしながら理壱の腕に身体を任せる感じ。……そう、こんな風に。んであたしを抱きかかえて……ってイメージをしてるんだけど」
男性パートナーの腕に体重を掛けて、至近距離で見詰め合う振りのところを0.5倍速で流しながら、恵斗奈自身も理壱に至近距離で目を合わせる。
「とりあえずゆっくりやってみるから」
「お、おう。分かった」
ワンエンツーエンフォーエン。二人でカウントを取りながらステップ。恵斗奈がくるくると回転しながら理壱に向かい、理壱はそのまま恵斗奈を右手で受け止めて……止まる。
恵斗奈と理壱の視線が交錯する。
「……何してんの」
「えっ」
「抱きかかえてって言った」
「あ、ああ。そっか。悪い」
恵斗奈の腰を抱きかかえて。
「いやこっからどう展開すんの?」
「あたしをスローするのは?」
「着地できんの?」
「……無理かも」
駄目じゃんと理壱は恵斗奈を床に下ろす。
「間になんか挟むかリフトされた後のムーブ考えなきゃかも」
そう言いながら恵斗奈は理壱の身体に顔を寄せてすんすんと鼻を動かす。
「えっ、汗臭い俺。まだそこまで汗掻いてないと思うけど」
「汗臭くはないけど……。うん、マシになった」
「いや、動いた後にマシになることはなくない?」
恵斗奈は理壱の言葉をスルーして一人うんうんと頷いていた。それも何故か随分と上機嫌に。
人の匂いを嗅いで納得するかのように頷くその姿に理壱は前世で飼っていた猫のペットを思い出して。同時に脳裏に浮かんだ今世のペット(・・・)については意図して思い浮かべないようにした。
そうして理壱と恵斗奈がダンスに向き合いっているうちに、何時の間にやら室内の時計が午後四時を過ぎた頃、スポーツドリンクを飲みながら小休憩を取っていると、恵斗奈が「あ、そういえば」と何かを思い出したかのように呟いた。
「理壱、ちょっとカメラマンやってくれない?」
「カメラ……ああ、またtick rockに上げるの?」
今時の女子中学生らしく、恵斗奈はネット上でバズった楽曲に合わせて踊ったり、同じくバズったダンス動画を自らも踊ってショート動画専用アプリであるtick rockに投稿するティックロッカーであった。
「見てよ理壱。最近フォロワー数が八千人超えた」
そう言いながら自信満々に自身のアカウントを見せてくる恵斗奈。
「おお、凄いじゃん」
「……なんかテンション低くない? もっと驚いてよ」
「そうは言っても俺普段銀盾金盾持ちのNewTuberとか芸人の動画見てるしさ、登録者に関しては感覚的にインフレ起こしてるんだよ」
その言葉に恵斗奈は「分かってないな」と言わんばかりにため息を吐いて。
「そんな一流どころと比べないでよ。中学生が八千だよ八千。凄い人数でしょ」
「いや、分かってる分かってる。それにこれから恵斗奈はもっと伸びるだろうし」
ビジュもいいから。そう褒め称えると恵斗奈は満足したようで「もっと褒めるとよろしい」と胸を張った。
「最近英語コメントもついてるんだけど」
そう言って最新の動画のコメント欄を理壱の眼前に突きつけて。「cute! KAWAII desu!」とシンプルな文字列を理壱に対して見せてくる。
「こういうの絶対ロリコンのおっさんなんじゃないの?」
「偏見が凄い。純粋に可愛いと思ってる人か女性の可能性もあるだろ」
「わざわざ日本人の中学生見にくる? なんだっけ、あれ。日本人オタクって奴?」
「ああ、weebって奴だね。日本文化が好きな人。あんまいい言葉じゃないって聞いたことあるけど、どうなんだろ」
それにしても、ではある。改めて恵斗奈の動画を見ると制服姿でスカートをはためかせながらアイドルソングに合わせて踊っている。
──海外のロリコンのおっさんの可能性のが高いかもなぁ。
その様子に気付いたのか、恵斗奈はジト目で理壱を見つめて。
「やっぱあれなの。理壱もロリコンなの? 若い女がいいの?」
「すげえ最悪なこと言っていい?」
「もう半分カミングアウトしてんじゃん」
「可愛いか綺麗だったらぶっちゃけ上下年の差そんなに気にしない」
「うわ」
「最っ低ー」
恵斗奈は笑って理壱の額を人差し指で押した。