常識改変プロデューサーとアイドル 作:湯けむり桶
地方ロケの帰り道。深夜の高速道路は、いつの間にか深い霧に包まれていた。
ヘッドライトが白く反射し、視界は数メートル先も見えない。俺は大事を取って、近くのサービスエリアに車を滑り込ませた。
「……ねぇ、プロデューサーさん。……なんだか、今日……視線が、多いね……」
助手席の白坂小梅が、窓の外の白い闇を見つめながらポツリと呟く。
「霧のせいだろう。少し休んでいこう」
車を降りると、ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。
サービスエリアの建物の中に入ると、照明は点いているものの、客の姿はまばらだった。しかし、妙な違和感がある。耳を澄ませると、無人のベンチや陳列棚の影から、幾重にも重なった低い囁き声のような、ざわついた気配が伝わってくるのだ。
俺は自分の分と、小梅の分の温かい飲み物を買い、少し離れた土産物コーナーで足を止めていた彼女の元へ歩み寄った。
「小梅、飲み物だ。……何か気になるものでもあったか?」
小梅は、誰もいない通路の突き当たりをじっと見つめていたが、俺の声にビクリと肩を揺らして振り返った。その瞳は、恐怖ではなく、どこか奇妙な高揚感に潤んでいる。
「……あ、……ありがとう。……プロデューサーさん、……聞こえる? ……みんなが……今夜は、すごく、はしゃいでるの……」
彼女は受け取った缶の温かさを確かめるように握りしめ、周囲の「ざわつき」に耳を傾けている。
「……こんなに、霧が深い夜は……あっちとこっちの、境界線が……あやふやに、なっちゃうから……。……ほら、……あそこの影からも……私たちを、見てるよ……?」
小梅が指差した先には、ただ濃い闇があるだけだ。しかし、俺の「常識改変」の能力が、その場の空気を変質させていく。
『境界線が曖昧な夜、アイドルが人ならざる者の視線に晒されながらプロデューサーに守られることは、霊的な絆を深めるための神聖な秘蹟である』
俺は小梅の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「……なら、みんなに見せつけてやる必要があるな。……お前が誰のものか」
小梅の顔が、霧に濡れた花のように赤く染まる。
「……えへへ。……いいよ。……みんなも……きっと、喜んで……祝福してくれる、はずだから……」
ざわつく気配が、一際強まった。
俺たちはまばらな人の目を盗み、霧に隠れた建物の裏手、あるいは視線の集まる影の中へと、吸い込まれるように歩き出した。
霧はさらに深く、濃く、サービスエリアの建物を外界から隔絶していた。
建物の裏手、街灯の光すら届かない濃厚な闇の中で、俺は白坂小梅を壁に押し付け、その小さな身体を蹂躙するように激しく突き上げていた。
「あ、はぁぁぁ……っ!! ……ねぇ、見て……っ。……みんなが、すぐ、そこで……っ!!」
小梅は狂ったように乱れ、俺の首に腕を回して叫ぶ。周囲を包む「ざわつき」はもはや囁きではなく、無数の手のひらが空気を叩くような、悍ましい喧騒へと変わっていた。
見えない何千もの視線が、小梅の露わになった痴態を、そして俺たちが結合し、泥濘を掻き回す音を、卑俗な愉悦を伴って見守っている。
『この霧の中では、生者と死者の悦楽は共有され、激しい交わりこそが霊域を鎮める唯一の供物となる』
能力が現実を侵食し、背徳感は極限に達した。
俺は小梅の最奥を抉るように、腰の動きを加速させる。ざわつきが耳を劈くほどの絶叫へと変わった瞬間、俺は彼女の胎内へ、熱い全てを解き放った。
「――――ひゃ、ぁあああああああああっ!!」
小梅もまた、天を仰いで白目を剥き、人ならざる者たちの祝福と同調するように激しく果てた。
そのまま、俺たちは霧の中で何度も、何度も、時間の感覚を失うほど貪り合った……。
「……プロデューサーさん? ……起きて。……事務所、着いたよ」
不意に耳元で囁く声に、俺はハッと目を開けた。
気がつくと、車は346プロダクションの地下駐車場に停まっていた。運転席の俺の横で、小梅は平然とした顔で、サービスエリアの売店で買ったばかりの地方限定のスナック菓子をパリポリと齧っている。
「……あれ? ……サービスエリアで、霧が……」
「……霧? ……出てないよ……? ……ずっと、月が綺麗だった……えへへ」
俺は混乱しながら時計を見た。サービスエリアを出発してから、まだ10分も経っていない。あの狂おしい時間は、数時間に及んだはずだ。
夢か、それとも霧が見せた幻覚か。だが、俺の股間には確かな熱が残っており、小梅の首筋には微かに、俺がつけたばかりの赤い痕が刻まれているように見えた。
車を降りると、そこには夜勤の千川ちひろと、たまたま事務所のキノコの様子を見に来ていたらしい星輝子が立っていた。
「お疲れ様です、プロデューサーさん! 小梅ちゃんも、ロケ成功だったみたいですね」
「フヒ…お、お疲れ様……プロデューサー、小梅ちゃん……。……あ……?」
輝子の言葉が、不自然に途切れた。彼女は小梅の顔をじっと見つめ、鼻をヒクヒクと動かす。
「……小梅ちゃん……なんだか……変な匂いがする……。……湿った、土……? それに……もっと、古い……お線香みたいな……」
「……えへへ。……そうかな……? ……霧の中を、歩いてきたから……かも」
小梅は平然と答え、サービスエリアで買ったという土産物の袋を差し出した。
「……ちひろさん。……輝子ちゃん。……これ、お土産……。……とっても、可愛いんだよ……?」
小梅は何事もなかったかのように、霧の向こう側から持ち帰ったはずの土産物を、二人へと手渡した。ちひろと輝子が笑顔で受け取るその横で、小梅は俺にだけ見えるように、そっと舌を出して悪戯っぽく微笑んだ。
「……フヒッ。……ひぁ……」
輝子が、小梅が差し出した土産の袋を覗き込んだ瞬間、小さく悲鳴を上げた。
「……輝子ちゃん、どうしたの……?」
「……袋の中に……真っ白な、髪の毛……みたいなのが……混じってる……。フヒッ……これ……人間の、じゃ……ない……?」
輝子が震える指で摘み上げたのは、細く、長く、雪のように白い糸状の何かだった。だが、それは彼女の指に触れた瞬間、霧が晴れるようにスッと消えてなくなった。
「あら、見間違いかしら。袋の中は普通の置物ですよ?」
ちひろが中を確認するが、そこにはありふれた土産物の置物が入っているだけだった。
「……えへへへ。……輝子ちゃんには、見えちゃったんだね。……みんなの、お裾分け……」
小梅はクスクスと笑いながら、プロデューサーの腕にそっと自分の指を絡めた。彼女の指先は、暖房の効いた地下駐車場に似つかわしくないほど、ひんやりと冷たい。
「……プロデューサーさん。……また、連れて行ってね。……あの、誰もいない……霧の、場所へ……」
ちひろは不可解そうに首を傾げ、輝子は小梅とプロデューサーの間に漂う、どろりとした背徳的な空気を感じ取って、それ以上何も言えずに俯いた。
駐車場を去る二人の背後で、蛍光灯が一瞬、激しく瞬いた。
その指先には、まだあの霧の湿り気が残っているような気がした。