【完結】KAYA、やはり許されません。~不知火カヤ90分コース無料券がメールボックスに届きました!~ 作:信頼できる語り手
エンプロイの趣味は映画鑑賞である。
煙草やコーヒー、それにチェスを覚えたのも、スクリーンに映る小道具の格好良さに憧れたからだ。手が届かない虚構の世界は、どんな時も色褪せずに理想であり続ける。
だが、彼がその趣味を他人に教えた事はない。好きなモノを言語化すると、小さく短くまとまってしまう。それが何となく嫌だった。
「まあ、それなりに楽しめましたね。カンフーアクション映画なのに、最後に巨大ロボットが乱入してきたのは謎でしたが」
「それはオレも分からん。多分、前の撮影で使ったセットが勿体ねぇから流用したとか? あの監督はそういう余計な事するから、まともな映画ファンには嫌われてんだ」
オレは好きだけどな、と閑散とした映画館を振り返りながらエンプロイは思う。とにかく派手にやろうって気概は買ってやりたい。
雁字搦めで窮屈な現実を知っているからこそ、映画の中でくらいは。
「……エンプロイ」
「んだぁ?」
「今日は……その……しない、のですか?」
カヤが俯き気味に訊ねた。
「公道でおねだりとは淫乱に育ったな」
「ゃ……違……っ! わ、私はただ、予定の確認として……! っ、茶化さないでください!」
途中で揶揄われた事に気付き、むくれるカヤ。
「悪ぃ、悪ぃ。真面目な話、今日はやめとこうぜ。大勝負の前に足腰立たなくなったら、間抜けじゃ済まねぇだろ?」
「そう……ですね」
寝室で繰り広げられる行為の激しさを思い出し、カヤは赤面しつつ認めた。
エンプロイとのセックスで学んだ事だが、普段から己を律している彼女は外野の目がない空間で羽目を外しすぎる傾向がある。
「まあ、諸々の作戦が片付いたら90分コースで可愛がってやる。キヴォトスの支配者をあへあへ喘がすのも楽しそうだ」
「そうなれば私の方が上の立場になるのですから、お金を取りますよ。1回1000万円です」
「高ぇな。お友達価格で格安にしてくれ」
「あなたと友達になった覚えはありません。馴れ馴れしくしないでください」
いつも通りの言い争いをしたエンプロイは、別れ際に拳を差し出した。
「じゃ、気を付けろよ、ガキ」
「名前を……はぁ、もう良いです」
カヤは自身の拳をコツンと触れ合わせる。
「また会いましょう、エンプロイ」
1台のワンボックスカーが地面を削り取るような速度で道路を爆走していた。爆撃の如きエンジン音を聴けば、違法な改造が施されている事は明白である。
「ちっ、混乱のせいで通行人の動きが読めねぇ……。しゃあねぇな」
エンプロイは車を乗り捨てる決断をした。必要な装備と通信機だけをミリタリージャケットに押し込む。
シャープなデザインのバイクを引っ張り出すと、補助インナーに揺れを補正させながら一気に加速させた。
「赤い空、空中要塞、謎の塔。何も状況は分からねぇが……まあ、下っ端にとっちゃいつもの事だな。無問題、無問題」
久し振りに紙の煙草を咥えつつ、無線機のポタンを弾く。並列作業はエンプロイの得意分野だ。器用貧乏とも言う。
「あーあー。へい、ジェネラル。調子はどうよ」
『……どうやって、私の連絡先を知った? 君にはフェイクの番号を教えたはずだが』
「バーカ。お前は合理主義すぎてそういう小細工には向かねぇんだよ。会議室で戦略を立てるのは上手ぇが、戦術をやるには人心の理解ってヤツが……まあ、良いや」
言いながら面倒になったエンプロイは煙草に火を点けたが、風のせいで直ぐに消えた。映画のようにバイクを飛ばしながら煙をたなびかせるのは難しい。勉強になった。
「で、もう1人の現場に向いてねぇバカはどうなったよ。そっちにいんのか?」
『残念ながら、今の私は囚われの身でね。不知火カヤ防衛室長の現在地は知らない。彼女を気絶させた後、部下にはPMC本部の監獄に移送するよう命じたが……』
囚われの身。普段は堂々としているジェネラルが小声だった理由に納得する。気絶したフリでもしながら通話しているのだろう。
(大方、シャーレ側の戦力から返り討ちにされたか? こりゃ、長話は無理だな)
「やっぱ、あのガキとは決裂したのかよ。目的の不一致ってか? ったく、どいつもこいつも協調性のねぇバカばっかだな」
『責任ある立場を避けてきた君に言われたくはない。ともかく、率直に言って作戦は失敗した。少なくとも、私個人としては敗北だ』
「ああ、そうかい。プレジデントから気に入られてるお前さんなら、カイザーが潰れない限り挽回のチャンスはあんだろ」
生きてりゃな、とエンプロイは吐き捨てた。こういう野心家が自信を失っている姿はどうも見るに堪えない。
彼は善悪に興味はないが、出る杭が打たれるような詰まらない世の中は嫌いだった。そんな物語は低予算B級映画にも劣る。
だから、連邦生徒会長が失踪して気力を失っていたカヤを見た時、エンプロイは……。
『……驚いた。励ましているのか?』
「哀れんでやってんだよ、出世頭。良いからさっさと不知火カヤの移送ルートを吐け」
ある程度の予測はできるが、正確な経路を知りたい。カヤに渡した『スカルマン』キーホルダーに仕込んだ発信器の信号が途絶えてから、それなりに時間が経過している。
おそらく、各地に聳え立つ塔が生み出したモンスター達に破壊されたか。幾らキヴォトスの生徒でも、気絶中に襲われたのなら命が危ない。
『まさか、危険を冒して彼女を助けに行くと?』
「そんなんじゃねぇ。煙草を買いに行くついでに、失敗したガキを嘲笑ってくるだけだ」
肌に感じる空気が変わる。前方にタコのような化け物達が現れ始めた。マシンガンを構えると、肩が迎撃姿勢で固定される。
アクション映画の主演になった気分だ。ただし、スタントマンはいない。
「おっと、危ね……っ!」
エンプロイの横を光線が通り抜ける。風に吹かれて舞い上がった煙草が蒸発した。お返しにマシンガンを撃ちまくる。
「硬ぇ。1体1体、悠長に倒してる暇はねぇな。『裏道』使うか。……無事でいろよ、ガキ。お前の取り柄はうぜぇくらいのしぶとさだろうが」
高所から落下するような感覚にビクッと肩が跳ね、不知火カヤは目を覚ました。
「ん……っ」
ジャーキング。疲労時や無理な体勢での入眠で起こる強張り……防衛室長として気を張ってきたカヤには慣れ親しんだ現象だ。
(そう言えば、ここ最近はありませんでしたね。良い具合に緊張が抑えられているのかも……)
考えている内に視界が鮮明になる。カヤはようやく誰かが近くにいる事に気付いた。
「起きたか……。手間ぁ、かけさせやがって……。これでやっと、一服できらぁ……」
ボロボロに傷付いた兵士の顔には見覚えしかない。カヤが大きな影響を受けた人物。
「エン……プロイ……?」
「よぉ、ガキ。ふぅ……煙が染みるぜ」
ドサ、と重い砂袋を倒したような音を立てて、エンプロイは地面に転がった。ミリタリージャケットの胸部には大穴が開き、鉄錆に似た赤い血が溢れている。
「ぇ……」
カヤの唇が震えた。生気の消えた腕がダラリと垂れ下がる。
「私を庇って……? な、何をやっているんですか! あなたらしくもない!!」
「最後までうるせぇな……。あぁ、眠ぃ……」
エンプロイの口から煙草が落ちる。
「もうすぐ、カイザーの部隊がここに来る。オレの身柄はそいつらに渡せ。はっ、ジェネラルの野郎……似合わねぇ配慮しやがって……」
「ま、待って! 駄目……逝かないで……! あなたがいないと、私は……っ!」
「それなりに楽しかったぜ。お前との友達ごっこ。じゃあな……。カ、ヤ……」
「……っ!!」
カヤの唇がエンプロイの口に触れる。苦い煙草の残り香が肺に入り、彼女はむせた。
「けほっ、けほっ……!」
完全に機能を停止した冷たい体に、涙がポツリと落ちる。
「嘘つき……。全然、美味しくないじゃないですか……。全部……全部、嘘ばっかり……っ!」
少女は駄々を捏ねるように泣きじゃくる。
「逃げないでよ、卑怯者……! 私まだ……あなたの事、何も知らないのに……!!」
青春の物語の裏側で、短い物語が幕を閉じた。無責任な大人と身勝手な子供の、誰にも知られるべきでない関係が終わる。
──奇跡は、起こらなかった。
次回作があるなら、どっちが良いですか?
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