※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

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第3章【叶わぬ矜持】

アークエンジェルの中層区画に割り当てられた、四畳半ほどの無機質な予備士官用個室。

冷たい金属の壁に囲まれたその密室で、ひで、香取、鹿島の三人は、軍用端末から引き出した凄惨な世界情勢の記録を前に、重い沈黙を落としていた。

 

コーディネイターとナチュラルという、遺伝子の差異から生じた修復不可能な人種間の断絶。

そして、血のバレンタインと呼ばれる核攻撃による二十四万人の民間人虐殺という、狂気としか呼べない歴史の真実。

それらの情報を頭に叩き込んだ三人は、自分たちがどれほど絶望的な生存競争の真っ只中に放り込まれたのかを、痛いほどに理解していた。

 

「……本題に入る前に、まずは二人とも、本当にすまなかった」

 

ひでが、硬いパイプ椅子に深く腰掛けたまま、不意に頭を深く下げた。

 

「ひでさん、突然どうされたのですか」

 

香取が、驚いたように瞬きをしてひでの顔を覗き込む。

 

「さっきの格納庫での交渉のことだ」

 

ひでは顔を上げ、真摯な眼差しで二人の艦娘を交互に見つめた。

 

「あの頭の固い副長を黙らせるためとはいえ、お前たちの承諾も得ずに、勝手に俺の部下だなんて嘘をついて、軍属の手伝いなんて危険な真似に巻き込んじまった」

 

ひでは、己の身勝手な振る舞いを心から恥じているようだった。

 

「俺一人が貧乏くじを引くならともかく、お前たちまでこの泥沼の戦争の片棒を担がせることになって、本当に申し訳ないと思っている」

 

ひでの深い謝罪の言葉に、密室に一瞬の静寂が降りる。

しかし、香取と鹿島の顔に浮かんだのは、怒りや戸惑いではなく、極めて穏やかで優しい微笑みであった。

 

「頭を上げてください、ひでさん」

 

香取が、アンダーリムの眼鏡を中指で優雅に押し上げながら、凛とした声で応える。

 

「私たちは大日本帝国海軍の艦娘です」

 

香取の瞳には、揺るぎない誇りの光が宿っていた。

 

「戦いの場において、指揮官が生き残るための最善の策を瞬時に講じたのであれば、それに従い、己の全力を尽くすことこそが私たちの本懐なのです」

 

「それに、あの極限の状況下で、私たちをただの民間人として切り捨てるのではなく、価値ある戦力として見出し、共に生き残る道を選んでくださったこと、むしろ感謝しているのですよ」

 

鹿島もまた、胸の前で両手を組み、清楚な笑みを浮かべてひでを見つめた。

 

「ひでさんが矢面に立ってくださらなければ、私たちはあのまま拘束され、この艦と運命を共にしていたかもしれません」

 

鹿島の言葉には、一切の嘘偽りがない純粋な信頼が込められていた。

 

「だから、謝らないでください」

 

香取が、力強く断言する。

 

「私たちはひでさんの部下として、そして戦友として、この命に代えてもあなたをサポートし、この絶望的な海域を共に乗り越えてみせます」

 

二人の迷いのない言葉に、ひでは大きく息を吐き出し、張り詰めていた肩の力をわずかに抜いた。

 

「……お前たちってやつは、本当に出来た女たちだな」

 

ひでは、照れ隠しのように頭を掻きながら、自嘲気味に笑う。

 

「ありがとよ、香取、鹿島」

 

ひでは、改めて二人に深い感謝の意を示した。

 

「お前たちのその覚悟、無駄にはしねえ」

 

ひでは、表情をかつての自衛官としての厳しいものへと引き締めた。

 

「さて、この世界が救いようのない地獄だということは、嫌というほど分かった」

 

ひでは、テーブルの上に両手を組んで身を乗り出す。

 

「俺たちが生き残るためには、状況に流されるんじゃなく、利用できるものをすべて把握し、使い倒す必要がある」

 

ひでの声が、密室の空気を再び戦闘のそれへと変えていく。

 

「ここからは、俺たちだけの作戦会議だ」

 

ひでは、鋭い視線で二人を見据える。

 

「今すぐに出撃命令が下る前に、俺たちが乗っているこの泥舟と、周囲の人間たちについて、徹底的に評価とすり合わせを行っておくぞ」

 

「了解しました、ひでさん」

 

香取が、端末から視線を外し、軍師としての冷徹な顔つきに戻る。

 

「まずは、私たちが間借りしているこの艦、アークエンジェルについての技術的評価から報告します」

 

香取は、端末のモニターにアークエンジェルの構造図を呼び出した。

 

「結論から言えば、この艦はハードウェアの観点から見れば、まさに常識外れの怪物です」

 

「怪物、か」

 

「はい」

 

香取の指が、空中に投影されたホログラムを的確になぞっていく。

 

「ラミネート装甲によるビーム兵器への圧倒的な耐性、単艦で大気圏を突破し離脱できる莫大な推力のメインスラスター、そして戦艦クラスの主砲とモビルスーツ運用能力の同居」

 

香取は、艦艇の専門家としての驚きを隠さずに語る。

 

「私たちが知る限り、これほどのオーバースペックを詰め込んだ特装艦は見たことがありません」

 

香取はそこで言葉を区切り、重い溜息をついた。

 

「ですが、ソフトウェアと、それを運用する人間が、その性能に全く追いついていません」

 

「まさに、頭脳を持たない巨獣ですね」

 

鹿島が、香取の言葉を引き継ぐようにして口を開いた。

 

「先ほどのブリッジでのデータリンクの酷さを見れば一目瞭然です」

 

鹿島は、真剣な表情でひでを見つめる。

 

「各セクションの情報が独立してしまっており、艦全体のダメージコントロールや火器管制の統合が致命的に遅れています」

 

鹿島は、現状の危機的状況を正確に分析する。

 

「私たちがブリッジで神経の役割を果たし、システムを強制的に同期させなければ、この艦は自分の持つ莫大な出力を持て余し、いずれ自壊するか、巨大な的になるだけです」

 

「なるほどな」

 

ひでは顎を撫でながら、忌々しげに舌打ちをした。

 

「ハードは一流だが、中身は空っぽってわけだ」

 

ひでは、再び二人の顔を交互に見据えた。

 

「次に、俺たちが乗るあの灰色の機体、ゼータプラスについてだ」

 

ひでの言葉に、香取と鹿島も表情を引き締める。

 

「あの機体の正式な型式番号は、GAT-X306」

 

ひでは、自身が搭乗した機体の情報を再確認する。

 

「あの白いストライクと同じ、地球連合軍のG兵器開発計画で作られた、六番目の機体ということになっているな」

 

「はい、その通りです」

 

香取が、ゼータプラスの内部フレームのデータをモニターに展開する。

 

「ストライクとは、フレームの基本構造やオペレーションシステムのベースに、極めて高い互換性があります」

 

香取は、データの数値を指でなぞりながら説明を続ける。

 

「武装の規格も共通化されている部分が多く、弾薬や予備パーツの融通は十分に可能です」

 

「それに、何よりも大きいのは装甲の材質です」

 

鹿島が、少しだけ安堵したような声で口を挟む。

 

「あの機体にも、ストライクと同様にフェイズシフト装甲がしっかりと搭載されています」

 

鹿島の言葉に、ひでは深く頷いた。

 

「ああ、あれのおかげで、さっきのジンとの戦闘でも実弾を弾き返すことができた」

 

ひでは、先ほどの戦闘の感触を思い出すように、両手を軽く握りしめた。

 

「フェイズシフト装甲があれば、多少の被弾は無視して強引な立ち回りができる」

 

ひでは、今後の戦術の幅が広がることを確信する。

 

「ストライクとの互換性があるなら、マードック曹長たちに頼めば、整備や補給の面でもかなり無理が利くはずだ」

 

ひでは、機体の性能については一定の信頼を置いていた。

 

「ですが、ひでさん。ストライクとの最大の違いが一つ存在します」

 

香取が、モニターの図面を切り替えながら、重要な指摘をする。

 

「ゼータプラス最大の特徴として、航空機形態への変形機構が備わっていることです」

 

「変形機構だと」

 

ひでは、眉をひそめてモニターを覗き込んだ。

 

「はい。ウェイブライダーと呼ばれる巡航形態への変形プロセスを前提とした、特殊な可変ムーバブル・フレームが採用されています」

 

鹿島が、香取の解説を補足する。

 

「その機能のため、地球連合軍がストライク用に用意しているストライカーパックと呼ばれる換装型バックパックシステムは、ゼータプラスには使用できません」

 

「ストライカーパック? なんだそりゃ」

 

ひでは、初めて聞く単語に首を傾げる。

 

「戦況に応じて、高機動戦用、重砲撃戦用、近接格闘戦用の装備を瞬時に換装するシステムです」

 

香取が、ストライクの設計思想を説明する。

 

「非常に強力なシステムですが、背部のマウント形状と変形プロセスの干渉により、ゼータプラスへの適合は不可能です」

 

「なるほどな」

 

ひでは、腕を組んで思案する。

 

「ストライカーパックの汎用性は得られないが、変形機構の恩恵で単機での作戦行動半径や巡航速度はゼータプラスの方が上ということか」

 

「その通りです。そして、もう一つ特筆すべき点があります」

 

鹿島が、少しだけ呆れたような声で付け加える。

 

「機体の設計データによれば、ウェイブライダー形態での単独大気圏突入能力があると記載されています」

 

「なんだと」

 

ひでは、思わず目を見開いた。

 

「モビルスーツが単独で大気圏を突破するだと? 正気の沙汰じゃねえな」

 

ひでは、その信じがたいスペックに苦笑いを浮かべる。

 

「いくらフェイズシフト装甲があっても、摩擦熱の処理はどうなってるんだ。眉唾もいいところだぞ」

 

「ええ。理論上の数値では可能となっていますが、実証データは皆無です」

 

香取も、その機能の信頼性には疑問符をつけているようだった。

 

「ですが、いざという時の最終手段として、頭の片隅に置いておく価値はあるでしょう」

 

「ああ、そうだな。逃げ道が一つ増えたくらいに思っておくか」

 

ひでは、そこでふと疑問に思ったことを口にした。

 

「ところで、一つ聞いておきたいんだが」

 

ひでは、真剣な表情で二人の顔を交互に見る。

 

「お前たちはこれから、アークエンジェルのブリッジに入って艦のシステムを操作することになる」

 

ひでは、言葉を慎重に選ぶ。

 

「コックピットのサブシートにいなくても、今までのようにゼータプラスの操作補助や、火器管制のリンクを行うことはできるのか」

 

ひでの問いかけは、今後の自身の生存率に直結する極めて重要な確認であった。

 

「ご心配には及びません、ひでさん」

 

香取が、自信に満ちた笑みを浮かべて即答する。

 

「アークエンジェルのメインフレームと量子通信ネットワークを経由することで、ゼータプラスの戦術データリンクはより強固になります」

 

香取は、眼鏡の奥で知的な光を瞬かせる。

 

「コックピット内の限られた演算処理能力に依存するより、ブリッジの巨大なシステムリソースを私たちが直接統括する方が、はるかに高度な予測射撃や回避機動のバックアップが可能です」

 

「ええ、ひでさんの視覚情報や機体のセンサーデータは、すべて私たちの網膜にリアルタイムで共有されます」

 

鹿島も、香取の言葉を補足する。

 

「物理的な距離が離れていても、私たちは常にひでさんの傍にいて、その背中を守り続けます」

 

「そうか、それなら心強い」

 

ひでは、二人の頼もしい言葉に深く安堵の息を吐き出した。

 

「お前たちが目と耳になってくれるなら、俺は操縦とトリガーを引くことだけに集中できる」

 

ひでは、機体の考察を終え、最も厄介な議題へと移った。

 

「さて、次は人間の考察だ」

 

ひでは、腕を組んで目を閉じた。

 

「これが一番厄介だぞ」

 

ひでは、静かな部屋の中で言葉を続ける。

 

「まずは、あの新任艦長、マリュー・ラミアス大尉だ」

 

ひでは、目を開けて二人を見た。

 

「お前たちから見て、どう映った」

 

「技術士官としては非常に優秀な方だと思います」

 

鹿島が即座に答える。

 

「私たちの技術的な指摘を即座に理解し、決断を下す柔軟性を持っています」

 

鹿島は、マリューの長所を冷静に評価する。

 

「ですが」

 

「指揮官としては、致命的に甘いですね」

 

香取が、鹿島の言葉を残酷なまでに的確な表現で補完した。

 

「彼女は根っからの技術者であり、人の命を天秤にかけるような冷酷な決断に慣れていません」

 

香取は、先ほどの格納庫での出来事を振り返る。

 

「ナタル少尉に銃を向けられた民間人を庇った行動は、人間としては正しいですが、軍の指揮官としては危うすぎます」

 

「ああ、俺も同意見だ」

 

ひでは深く頷いた。

 

「だが、その甘さは、身元不明の民間人である俺たちにとっては、最高の隠れ蓑になる」

 

ひでの口から、生き残るための現実的な戦術論が語られる。

 

「彼女の良心と責任感を盾にすれば、俺たちはこの艦での発言権と居場所を確保し続けることができる」

 

ひでは、マリューの性格を利用することを躊躇しない。

 

「彼女が指揮官としての重圧に押し潰されそうになった時は、俺たちが裏から現実的な選択肢を提示して、誘導してやる必要がある」

 

「マリュー艦長を、私たちがコントロールするということですね」

 

香取が、眼鏡の奥で鋭い光を放ちながら確認する。

 

「人聞きの悪い言い方をするな」

 

ひでは、苦笑交じりに否定する。

 

「あくまでサポートだ」

 

ひでは、次の人物の考察へと移る。

 

「で、その対極にいるのが、あの頭の固い副長、ナタル・バジルール少尉だ」

 

ひでの脳裏に、氷のような眼差しで銃口を向けてきたナタルの顔が浮かぶ。

 

「あの女は厄介だ」

 

ひでは、渋い顔で唸った。

 

「軍規が服を着て歩いているような典型的な士官だ」

 

ひでは、自衛隊時代にもよく見たタイプの人間を思い出す。

 

「俺たちのようなイレギュラーな存在を、心の底では絶対に信用していない」

 

「ええ」

 

鹿島が同意する。

 

「有能ですが、視野が非常に狭い危険性を持っています」

 

鹿島は、ナタルの弱点を指摘する。

 

「規則に縛られるあまり、臨機応変な対応が遅れる場面が今後必ず出てくるはずです」

 

「だからこそ、彼女の扱いは慎重にしなければならない」

 

ひでは、自衛隊時代の経験から、ああいったタイプの将校の扱い方を心得ていた。

 

「真正面から反発すれば、軍法会議モノだと騒ぎ立てて面倒なことになる」

 

ひでは、ナタルとの対立を避ける方針を固める。

 

「彼女には、戦術の立案と実行という軍人としての得意分野に専念させる」

 

ひでは、役割分担を明確にする。

 

「それ以外のイレギュラーな事態や、裏方の仕事は俺たちが引き受ける」

 

「なるほど」

 

香取が、ひでの意図を完璧に汲み取って微笑む。

 

「システムと索敵の根幹を私たちが握り、ナタル少尉には上がってきたデータを基に指示を出させる実働部隊の長として機能させるのですね」

 

「そういうことだ」

 

ひでは、満足そうに頷く。

 

「おだてて、仕事を与えておけば、彼女の有能さは本物だ」

 

ひでは、ナタルを上手く転がす自信があった。

 

「うまく機能するはずだ」

 

ひでは、次に話題を変えた。

 

「で、一番食えないのが、あの金髪の兄ちゃん……ムウ・ラ・フラガ大尉だ」

 

「飄々としていますが、あの状況で艦長の座をマリュー大尉に押し付けるなど、状況判断能力と政治的直感は非常に優れていますね」

 

香取が分析する。

 

「戦闘機乗りとしての空間認識能力と技量も、本物です」

 

鹿島も、ムウの実力を高く評価していた。

 

「彼がメビウス・ゼロで前線に出て指揮を執ってくれれば、私たちの生存率は間違いなく跳ね上がります」

 

「ああ」

 

ひでは、ムウの放つ同業者の匂いを感じ取っていた。

 

「あいつがこの艦の中で、一番戦場の現実ってやつを肌で知っている」

 

ひでは、ムウに対しては一定の信頼を置くことにした。

 

「あいつとは、適度な距離感を保ちつつも、戦場での連携は最も密にする必要がある」

 

ひでは、ムウとの関係性を定義する。

 

「腹の探り合いは後回しにして、まずは背中を預けられる関係を築くのが先決だ」

 

ひではそこで大きく息を吐き出し、これまでの冷静な口調から一転して、重く苦渋に満ちた声を出した。

 

「……そして、最後だ」

 

ひでは、伏し目がちに言葉を紡ぐ。

 

「この艦にとって最大の戦力であり、同時に最大の爆弾でもある存在」

 

香取と鹿島も、ひでが誰のことを言おうとしているのかを理解し、表情を暗く沈ませた。

「あのストライクに乗っている少年……キラ・ヤマトだ」

 

ひでの言葉が、冷たい金属の部屋に重く響き渡る。

 

「ただの平和な学生が、本物の戦争に巻き込まれ、いきなり人を殺したんだ」

 

ひでは、痛ましそうに顔を歪める。

 

「あの手のトラウマは、厳しい訓練を受けた本職の兵士でさえ、一発で精神がぶっ壊れることがある」

 

ひでは、過去に自衛隊の海外派遣の資料で見た、重度のストレスに苦しむ自衛官たちの姿を思い起こしていた。

 

「しかも最悪なことに、彼は敵であるザフトと同じ、コーディネイターだ」

 

ひでは、この世界特有の残酷な運命を呪う。

 

「同胞を殺し、民間人の友人たちを守るために、味方からも銃を向けられながら戦わされている」

 

「……あまりにも、過酷すぎます」

 

鹿島が、胸の前で両手を強く組み、悲痛な顔で呟いた。

 

「彼の精神が崩壊してしまえば、このアークエンジェルは終わります」

 

香取もまた、事実を客観的に分析しつつも、その瞳には少年に対する深い同情の色が浮かんでいた。

 

「私たちでは、あのストライクのOSを完璧に書き換え、実戦で操縦しきることは不可能ですから……」

 

「だからこそ、俺たちがやるんだ」

 

ひでが、拳を握りしめて膝の上に強く置いた。

 

「子供に人殺しの十字架を背負わせ続けて、大人が安全な場所から見ているなんて真似は、俺の矜持が許さねえ」

 

ひでは、自らの信念を力強く語る。

 

「軍の都合で無理やり戦場に立たされているなら、せめて彼が背負う業を、大人の俺たちが被ってやる必要がある」

 

ひでの言葉には、地を這うような現実的なサバイバル術の中にも、決して捨て去ることのできない、大人としての強い責任感が宿っていた。

 

「ひでさん……」

 

鹿島が、潤んだ瞳でひでを見つめる。

 

「ならば、私たちが彼を全力でサポートするしかありませんね」

 

香取が、冷徹な、しかしどこまでも優しい声で提案する。

 

「私たちがブリッジからストライクの状況を常にモニタリングし、精神的な支柱となる」

 

香取は、具体的な戦術を構築していく。

 

「そして戦場では、ひでさんが前衛に出て敵のヘイトを買い、私たちが後方から完璧な火網を提供する」

 

香取は、ひでの覚悟を戦術レベルへと落とし込む。

 

「彼がこれ以上、直接手を汚さずに済む状況を、私たちが意図的に作り出すのです」

 

「ああ、その通りだ」

 

ひでは、二人の提案に深く頷いた。

 

「ストライクの火力を最大限に活かすための囮役と、弾除けの壁は俺がやる」

 

ひでは、自らを危険に晒すことを厭わない。

 

「お前たちは俺の目と耳になって、最高のタイミングで射撃の指示を出してくれ」

ひでは、二人の艦娘の顔を交互に強く見つめ返した。

 

「俺たちは、この狂った世界で何が何でも生き残る」

 

ひでの瞳に、決して折れない強い意志の炎が宿る。

 

「あの艦も、あのおっかない副長も、そしてあのガキどもも」

 

ひでは、決意を新たにする。

 

「利用できるものはすべて利用して、絶対に守り抜くぞ」

 

ひでの決意の言葉に、香取と鹿島は迷うことなく深く頷いた。

 

「はい」

 

香取が、力強く応える。

 

「私たち艦娘の誇りにかけて、ひでさんの背中を守り抜きます」

 

「どんな絶望的な状況でも、ひでさんが導く道を、私たちがシステムで切り拓いてみせます」

 

鹿島も、強い眼差しで誓う。

三人の間に、強固な信頼と、これから待ち受ける地獄の逃避行を生き抜くための、揺るぎない覚悟が共有された。

だが、その大人の誓いの余韻に浸る間もなく、現実は彼らに牙を剥く。

 

けたたましいエマージェンシー・アラートが、アークエンジェルの冷たい金属の壁を激しく震わせて鳴り響いたのだ。

赤と黄色の警告灯が通路の至る所で明滅し、訪れたばかりのわずかな休息の時間を、容赦なく切り裂いていく。

 

『総員、第一種戦闘配置』

 

ブリッジからの緊迫した艦内放送が、無機質な合成音声で繰り返される。

 

『熱源接近。ザフトのモビルスーツです。コロニー内部に侵入してきます』

 

「……休ませてくれる気は、毛頭ないらしいな」

 

ひでは弾かれたようにパイプ椅子から立ち上がり、手早く支給された軍服のジャケットを羽織った。

 

「ひでさん、急ぎましょう」

 

香取が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、すでに鋼鉄の扉へと向かっていた。

 

「私もすぐにブリッジのメインフレームへ再接続し、火器管制の立ち上げを行います」

 

鹿島も小走りで香取の後に続く。

 

「ああ、行くぞ。俺たちの戦争の始まりだ」

 

三人は急ごしらえの個室を飛び出し、けたたましい警報が鳴り響く通路を、メインエレベーターへと向かって全力で駆け出した。

 

 

アークエンジェルの広大な第一格納庫は、出撃準備に追われる整備兵たちの怒号と、重機が軋む音で満たされていた。

頭上では赤く点滅する警告灯が、刻一刻と迫るヘリオポリス崩壊のカウントダウンを無慈悲に告げている。

出撃を直前に控え、ストライクガンダムの足元で立ち尽くすキラ・ヤマトの背中に、駆け寄る複数の足音が響いた。

 

「キラ!」

 

トールの叫び声に、キラが弾かれたように振り返る。

そこにはトールだけでなく、サイ、ミリアリア、カズイの四人が、何か重い決意をその瞳に湛えて立っていた。

 

「みんな……どうしてここに。早く安全な居住区へ避難してって言ったじゃないか」

 

キラの戸惑いを含んだ言葉を、サイが静かに、だが鋼のような固い意志を持って遮った。

 

「僕たちも、この艦(ふね)を手伝うことに決めたんだ。さっき、ラミアス艦長に志願してきた」

 

「……えっ?」

 

キラの動きが完全に凍りついた。

そのすぐ近く、ゼータプラスへの搭乗準備のために香取、鹿島と共に移動中だったひでも、耳に飛び込んできた言葉に足を止め、猛烈な勢いで少年たちの方へ向き直った。

 

「……おい、今なんつった。手伝うだと?」

 

ひでの低く、地を這うような声が格納庫の喧騒を突き抜けた。

彼は少年たちの前にずいずいと歩み寄り、その鋭い眼光で四人を射抜くように見つめた。

 

「ふざけるな。お前らが何を考えてるのか知らねえが、ここは遊び場じゃねえんだぞ。軍の最新鋭艦のブリッジに、訓練も受けてねえガキが座っていい理由なんてどこにもねえ。今すぐ荷物をまとめて安全な区画へ戻れ」

 

ひでの剥き出しの拒絶に、カズイがびくりと肩を震わせた。

だが、サイは逃げなかった。

彼はひでの威圧感に気圧されそうになりながらも、一歩前に踏み出し、その目を真っ直ぐに見返した。

 

「遊びで言ってるんじゃないことくらい、あなたならわかるはずだ! 正規のクルーがほとんど死んで、この艦が動かないことくらい、僕たちにだってわかる。……このままじゃ、キラが死ぬ。この艦のみんなが死ぬんだ!」

 

サイの叫びは、少年の青臭い正義感ではなく、生き残るための切実な悲鳴だった。

 

「キラは僕たちの友達だ。あいつ一人に全部を押し付けて、自分たちだけ安全な部屋で震えてるなんて、そんなのもう耐えられない。僕たちはヘリオポリスの工科学校の学生だ。ブリッジのシステム構成くらい、少し教わればすぐに理解できる。……無力なまま死を待つより、足手まといと言われても、自分たちの手で未来を掴みたいんだ!」

 

「……それがガキの浅知恵だって言ってんだよ」

 

ひでは奥歯を噛み締め、怒りに震える拳を握りしめた。

 

「未来を掴む? 綺麗事言ってんじゃねえぞ。ブリッジに座るってことは、敵を殺すための手助けをするってことだ。モニターに映る数字の一つ一つが、生身の人間が焼かれて死んでいく証拠なんだ。その重みに、お前らが耐えられると思ってんのか!」

 

「耐えられなくても、やるしかないんだ!」

 

トールがサイの横に並び、ひでに食ってかかった。

 

「キラだって、本当は戦いたくないのに戦ってる。あいつの心が壊れる前に、少しでも負担を減らしてやりたい。……大人のあなたが反対するのは勝手だ。でも、代わりの大人を用意できないなら、僕たちの邪魔をしないでくれ!」

 

ひでは言葉を失った。

トールの放った言葉は、ひでの胸に、鋭いナイフのように突き刺さった。

 

そうだ。

代わりの大人はいない。

正規のクルーは全滅し、この巨大な艦を動かすための「部品」が圧倒的に足りていない。

自分がいくら反対したところで、この少年たちの代わりにブリッジに座れる熟練のオペレーターをどこかから魔法のように呼び出すことなど、ひでにはできない。

 

「くっ……」

 

ひでは、自らの拳を近くの鉄柱に叩きつけた。

ガァン、という鈍い衝撃音が、ひでの不甲斐なさと口惜しさを象徴するように響き渡る。

大人として、ましてや元自衛官として、子供を戦場から遠ざけなければならないという信念が、目の前の残酷な現実によって無残に粉砕されていく。

 

何もできない。

 

今の自分には、彼らを戦火から引き剥がすための力が、物理的にも、状況的にも存在しなかった。

 

「……勝手にしろ」

 

ひでは顔を伏せたまま、吐き捨てるように言った。

そのまま、振り返ることもなくゼータプラスの駐機スペースへと歩き出す。

その背中は、守るべき境界線を守りきれなかった男の、深い敗北感にまみれていた。

 

「ひでさん……」

 

キラが悲しげな声を漏らすが、ひではそれを無視して、背後に控えていた香取と鹿島に手招きをした。

少年たちから少し離れた、機体の影。

ひでは、足を止めて二人の艦娘を厳しく見つめた。

 

「……香取、鹿島。頼みがある」

 

ひでの声は、先ほどまでの怒りとは一転して、消え入りそうなほどに掠れていた。

 

「……あのガキどもを、頼む。あいつらがブリッジに上がるのを、俺は止められなかった。……不甲斐ねえ話だがな」

 

ひでは、再び拳を握り締めた。

 

「お前たちがブリッジのシステムを掌握するんだろ。だったら、あいつらの面倒を見てやってくれ。戦場の生々しい死のデータや、残酷すぎる現実から、あいつらの心を……せめて、少しでも守ってやってほしい。フィルターになってやってくれ。あいつらが、人殺しの手触りを感じる前に……」

 

ひでの必死の懇願に、香取はアンダーリムの眼鏡を静かに押し上げ、深く頷いた。

 

「……了解いたしました、ひでさん。あなたの抱いている口惜しさ、そして大人としての矜持、私たちがしかと受け止めました」

 

香取の瞳には、ひでの苦悩をすべて包み込むような、慈愛に満ちた光が宿っていた。

 

「彼らには、私たちの手足としての補助業務を徹底させます。核心的な情報の処理はすべて私と鹿島で行い、彼らの目には必要な数字だけを映すように調整しましょう。……それが、私たちにできる精一杯の『防波堤』です」

 

「私も約束します、ひでさん。あの子たちが絶望に飲み込まれないように、私が側で見守ります。……だから、ひでさんは、ご自身の戦いに集中してください」

 

鹿島が、ひでの袖口を優しく、だが力強く握りしめた。

その温もりに、ひではようやくわずかな安堵を覚えた。

自分にはできないことを、彼女たちが引き受けてくれた。

大人として守りきれなかったものを、彼女たちが繋ぎ止めてくれる。

 

「……恩にきる。あいつらを、頼んだぞ」

 

ひでは短く告げると、ゼータプラスのタラップを一段飛ばしで駆け上がった。

コックピットに滑り込み、重厚なハッチが閉じる。

OSが起動し、メインモニターが周囲の状況を鮮明に映し出した。

 

GAT-X306、ゼータプラス。

 

この機体は、ストライクと同じ地球連合軍のGATシリーズとして開発された六番目の機体である。

そのため、機体のフレーム構造やフェイズシフト装甲の規格は共通しており、物理的な防御力は極めて高い。

だが、この機体にはストライクにはない最大の特徴があった。

それが、航空機形態への変形機構だ。

 

「……ウェイブライダー形態への変形。そのせいで、ストライカーパックとの互換性はねえってわけか」

 

ひでは、コンソールに表示される機体スペックを確認しながら独り言ちた。

ストライクが背負うエール、ソード、ランチャーといった多機能パックは、この機体の複雑な変形用アクチュエーターと干渉するため、装着が物理的に不可能となっていた。

汎用性を犠牲にし、高機動巡航能力に特化した孤高の可変機。

それが、このゼータプラスの正体であった。

 

「単独での大気圏突入能力……か。眉唾もんだが、もし本当なら、最後の一手にはなるな」

 

ひでは、機体の性能を極限まで引き出すためのシミュレーションを開始した。

背後では、キラのストライクがカタパルトにセットされる音が響いている。

ブリッジでは今頃、トールたちが香取と鹿島の厳しい指導を受けながら、慣れないコンソールにかじりついているはずだ。

 

「ガキどもが泥を被るってんなら、俺はそれ以上の血を被ってやる」

 

ひでは操縦桿を力強く握り込み、ヘルメットのバイザーを降ろした。

瞳の奥には、決して折れない強い意志の炎が宿っている。

守れなかった子供たちの決意を、無駄にはさせない。

彼らが戦わなくて済むように、自分がそれ以上の敵を薙ぎ払い、壁となる。

それが、今の自分にできる唯一の、そして最低限の「ケツの拭き方」だと、ひでは自らに言い聞かせた。

 

「ゼータプラス、ひで! 出撃する!」

 

カタパルトの猛烈な加速が、ひでの体をシートに押し付ける。

アークエンジェルの艦首から、灰色の翼が、崩壊の刻が迫るヘリオポリスの空へと放たれた。

その背後には、ブリッジへと向かう少年たちの、震える、しかし真っ直ぐな背中があった。

大人が子供を戦場へ送り出すという、この世界の歪んだ常識に、ひでは今、自らの翼で抗おうとしていた。

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