※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

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第4章【初めての殺意】

電磁カタパルトが、アークエンジェルの巨体から膨大な電力を吸い上げ、眩いスパークと共に一気に解放された。

凄まじい加速Gが、ひでの全身をシートの奥深くへと叩きつける。

内臓が喉元まで押し上げられ、肺の中の空気が強制的に絞り出されるような、生物としての生存本能が悲鳴を上げる感覚。

視界が急激に狭まるブラックアウトの予兆を、ひでは奥歯が軋むほど噛み締め、元自衛官としての不屈の精神で繋ぎ止めた。

 

カタパルトのレールを離れた瞬間、ゼータプラスは灰色の翼を広げ、爆炎と瓦礫が舞うコロニー内部の虚空へと解き放たれた。

 

「ゼータプラス、ひで! 行くぞ!」

 

ひでの叫びと共に、機体背部のメインスラスターが青白いプラズマを噴射し、暗い空間を鋭く切り裂いた。

メインモニターには、先行して射出されたキラ・ヤマトのストライクガンダムの背中が、どこか頼りなげに、しかし必死にスラスターを吹かして映し出されていた。

 

ヘリオポリスの内部は、もはや生存を許さぬ死の空間へと変貌を遂げている。

引き裂かれた外壁からは絶え間なく大気が宇宙へと流出し、そこから差し込む外宇宙の強烈な光が、崩れゆく都市の残骸を不気味に、そして残酷なまでに鮮明に照らし出していた。

ひでは操縦桿を力強く握り直し、機体をストライクの側面へと寄り添うように滑り込ませた。

 

「キラ! 聞こえるか、キラ!」

 

「……ひでさん」

 

通信回路から聞こえてくるキラの声は、今にも消え入りそうなほどに弱々しく、小刻みに震えていた。

コックピットの中で膝を抱え、極限の恐怖と、先ほどの戦闘で人を殺めてしまったという罪悪感に耐えている少年の姿が、ひでの脳裏にありありと浮かぶ。

ひでは、自らの内に渦巻く世界への怒りと口惜しさを抑え、努めて落ち着いた、包み込むような低音で語りかけた。

 

「キラ。怖くていい、震えてていい。だが、前だけは見ろ。お前の後ろには、お前を一人にしないために、慣れないブリッジで必死に戦ってる友達がいるんだ。……お前は一人じゃない。あいつらの声を聞け。お前のために、あいつらはそこにいるんだ」

 

「……でも、僕。また人を、殺しちゃうかもしれない。あんな感覚……誰かの命を奪った時の感触が、まだ手に残ってるんだ。それが、怖いんだ。自分が自分じゃなくなっていくみたいで……! 僕は、こんなことのために生まれてきたんじゃないのに! 僕はただ、みんなと笑って過ごしたかっただけなのに!」

 

キラの悲痛な訴えが、冷たい電子ノイズと共にひでの耳を激しく打つ。

ひでは、ゼータプラスをストライクにさらに肉薄させ、鋼鉄の翼が触れ合うほどの距離まで近づけた。

無機質な機体が、まるで互いの体温を確かめ合い、支え合うかのように寄り添う。

 

「いいか、キラ。お前がその手を汚すのは、誰かを傷つけるためじゃない。……ただ、誰かを守るためだ。お前のその手は、友達の命を繋ぐための手なんだ。それでも、お前の心がどうしても耐えられないってんなら、その汚れは全部俺が被ってやる。お前が引き金を引くその瞬間の罪も、業も、大人の俺が半分背負ってやるよ。だから、今は自分を責めるな。お前が真っ当な人間だから、その痛みを感じるんだ。……前を向け、キラ。お前には守るべき奴らがいるんだろ。あいつらの未来を、お前が繋ぐんだ。お前が止まれば、全員死ぬ。それを忘れるな」

 

ひでの言葉は、たとえテレビの向こうの出来事とは言え、戦場の非情さを知る大人だからこそ言える、不器用で、しかし最大限の慈愛がこもった究極の救いだった。

キラは何度か深く、苦しそうに息を吸い込み、やがてメインモニターに映るその瞳に、僅かながらも確かな、決意の光を取り戻した。

 

「……はい。僕、頑張ります。ひでさんと、みんなと一緒に、生き残りたいから。……みんなを、失いたくないから!」

 

「よし、いい返事だ。……行くぞ、相棒!」

 

ひでは通信を切り、機体のセンサーを最大出力へと上げた。

その時、コロニーの巨大な裂け目から、二つの凶悪な熱源反応が流星のような速度で接近してきた。

 

一機は、先ほどの戦闘で屈辱を味わい、復讐の鬼と化したミゲル・アイマンのジン。

そしてもう一機は、真紅の装甲を纏った最新鋭機、アスラン・ザラのイージスガンダムであった。

 

「ナチュラルの新型がァッ! よくもさっきは赤っ恥をかかせてくれたな!」

 

ミゲルの咆哮が、オープンチャンネルの通信を通じて響き渡る。

予備のジンに乗り換えた彼は、機体性能の差を精神の昂ぶりで埋めようとするかのように、狂ったような速度でストライクへと肉薄した。

手にした76ミリ重機関銃が火を噴き、無数の実弾がストライクのフェイズシフト装甲を激しく叩く。

火花が飛び散り、衝撃でストライクの機体が大きく揺らぐ。

 

「させるかよ!」

 

ひではゼータプラスの頭部バルカンと大腿部ビーム・カノンを連動させ、ミゲルのジンの進路を塞ぐように、高密度の火網を張った。

青白い熱線がジンの視界を掠め、ミゲルはたまらず機体を大きく旋回させて距離を取る。

 

「また貴様か! 灰色の亡霊め、邪魔をするなと言っている! 俺の邪魔を!」

 

「亡霊で結構だ! 往生際の悪い兄ちゃんは、地獄へ帰るまで俺がたっぷりと付き合ってやるよ!」

 

ひでは、ミゲルの執拗な追撃を自分へと引きつけるべく、ゼータプラスをジンの懐へと強引に飛び込ませた。

機体各部のアクチュエーターが悲鳴を上げるが、ひではそれを操縦桿を通じて自身の肉体の痛みとして受け入れ、強引に機体をねじ伏せる。

歴戦の技術と、最新鋭機の性能が火花を散らす。

 

『ひでさん! 敵ジンのメインスラスターに高エネルギー反応! 急上昇してきます! 左右の軸線が乱れています、注意を!』

 

ブリッジから香取の鋭い声が届く。

彼女は今、不慣れな少年たちをブリッジで指揮しながら、同時にひでの戦闘データをリアルタイムで解析していた。

 

「わかってる! 左右どっちだ! 香取、予測円を出せ!」

 

『了解。予測円表示。敵は右旋回からの一撃離脱を狙っています。……今です!』

 

香取の指示と同時に、ひでは操縦桿を左に叩き込んだ。

ゼータプラスの姿勢制御バーニアが火を噴き、ジンの突撃を紙一重で回避する。

すれ違いざまに、ひではサイドバインダーのビーム・カノンを腰溜めに撃ち込んだ。

 

『鹿島です。敵ジンの損傷軽微。フェイズシフト装甲ではありませんが、装甲厚があるようです。ひでさん、残弾とバッテリーの管理を! ストライクとのリンク、維持できています!』

 

鹿島の的確な指示が、ひでの脳内に直接刻まれる。

ひでは機体を翻弄させながら、ジンの放つ銃弾の雨を紙一重で回避し続けた。

 

「鹿島、ストライクのエネルギーはどうだ!」

 

『残量62%! ミゲルの猛攻によるフェイズシフトの消費が激しいです! 香取さんがシステムのバイパスを調整していますが、これ以上の長期戦は危険です!』

 

「了解した。キラを、あの赤いのに近づかせるな! 香取、バックアップを強化しろ!」

 

『了解。トール君たちにも、センサーのノイズ除去を徹底させています。ひでさん、そのまま敵を引きつけてください!』

 

その傍らで、真紅のイージスが、獲物を狙う鷹のような鋭さでストライクの側面へと回り込んでいた。

アスラン・ザラは、コックピットの中で、信じられないものを見るかのようにモニターを凝視していた。

ストライクのコックピットから漏れ出る、あの独特の、それでいて聞き慣れた精神の波動。

それは、彼が何よりもよく知る人物、そして何よりも守りたかった人物のものだった。

 

「キラ……? まさか、本当にキラなのか!? なぜ、なぜ君が……!」

 

アスランの通信が、キラのストライクの回路に直接、力強く割り込んだ。

その、あまりにも聞き慣れた、懐かしい親友の声を聞いた瞬間、キラの全身に雷に打たれたような衝撃が走った。

全身の毛穴が逆立ち、一瞬だけ呼吸が止まる。

時が止まったような錯覚。

 

「アスラン……? アスランなの!? なんで、なんで君がそこに……ザフトの、モビルスーツに……!」

 

幼い頃、月面都市コペルニクスで、共に未来の夢を語り合い、共にロボットを作って遊んだ、唯一無二の親友。

キラの膝の上で、アスランが作った小鳥のロボット「トリィ」が、パタパタと不器用な羽音を立てて、主人の激しい動揺を鏡のように映し出している。

そのあまりにも残酷な現実に、キラの思考は完全に停止し、操縦桿を握る指から力が抜けた。

 

ストライクの機体が、重力に抗うことなく無病死に漂う。

 

「なぜ君がそんな連合の兵器に乗っている! それを捨てて、今すぐこっちに来るんだ、キラ! 君が連合の味方をするなんて、そんなの間違っている! プラントは君の故郷だろう! ナチュラルたちのために戦う必要なんてないんだ!」

 

アスランのイージスが、ストライクの正面で、MA形態からMS形態へと一瞬で変形した。

その巨大な四本のクローが、キラを捕らえんと、威嚇するように展開される。

真紅の悪魔が、親友を救うために牙を剥く。

 

「できないよ……! ここには、僕の友達が乗っているんだ! この艦を守らなきゃ、みんな死んじゃうんだよ! アスランこそ、なんでザフトなんかにいるんだよ! 君が……君が戦争をしてるなんて! 人を殺す側になるなんて、僕は信じたくない!」

 

キラは震える手で、無理やり操縦桿を握り直し、ストライクの腰部からアーマーシュナイダーを抜き放った。

かつての親友同士が、今、互いの命を奪い合うための刃を剥き出しにし、至近距離で対峙する。

戦場という無慈悲な舞台が用意した、あまりにも悪趣味で凄惨な再会であった。

 

「お前がそれを言うか! ならば、強引にでも連れ戻す! お前をこんな汚い場所に置いてはおけない! 来い、キラ! 僕と一緒にプラントへ戻るんだ!」

 

アスランの叫びと共に、イージスのクローと、ストライクのナイフが、暗闇の中で激しい火花を散らして衝突した。

互いの機体の出力がぶつかり合い、センサーが悲鳴を上げ、コックピットに不快な振動が伝わる。

その光景を、ひではゼータプラスの照準器越しに、忌々しげに睨みつけていた。

 

「……最悪の再会だな、おい。おい、香取、鹿島! 二人の状況をモニターしろ! 割り込む隙を作るぞ!」

 

『了解しました、ひでさん。ストライクとイージス、データリンクによる機体挙動の予測を開始します。キラさんの精神波が著しく乱れています。私たちがシステム側から強制介入し、機体姿勢を保持します! 少年たちの操作ミスは私たちがすべてカバーします!』

 

ブリッジにいる香取の声が、戦術データの洪水と共に返ってくる。

彼女たちはすでに、少年たちの不慣れな操作を裏側から完璧に補完し、戦場でのミスを死に繋げさせない防壁となっていた。

トールたちが必死にキーを叩く音が、通信の背後に微かに混じる。

彼らは今、自分たちが「戦争」に加担している恐怖を、香取たちの冷徹な指示によってどうにか抑え込んでいた。

 

『ひでさん。サイさんたちの精神負荷が増大しています。情報のフィルタリングを強化しますが、このままでは彼らの心が持ちません。早期の決着を!』

 

「わかってる! 鹿島、ミゲルの位置を!」

 

『鹿島です。ミゲルのジン、再加速を確認! ひでさんの後方、六時方向から急速接近してきます! あのパイロット、復讐心で理性を完全に失っています! 射撃精度が落ちていますが、突撃してくる構えです! 速度マッハ0.8、衝突まで4秒!』

 

「後の掃除は後回しだ! まずはあの真紅の奴を引き剥がす! キラをこれ以上、追い詰めさせるかよ! ガキの涙はもう見飽きたんだ!」

 

ひでは、ゼータプラスのスラスターを最大出力へと叩き込んだ。

機体が軋み、パイロットに強烈な負荷がかかる。

 

崩壊の刻が刻一刻と迫るヘリオポリス。

その、今にも引き裂かれようとしている大地と空の間で、親友同士の悲劇的な再会と、彼らを必死に支えようとする大人たちの、地を這うような意志が、激しく、そして虚しく火花を散らしていた。

 

「キラ! 惑わされるな! 自分が今、何をすべきかだけを考えろ! 他のことは俺たちが引き受ける!」

 

ひでは、再度キラへと鼓舞の声を飛ばした。

アスランのイージスが放つ猛攻を、ゼータプラスが強引に割り込んで受け止める。

ビーム・カノンが至近距離で炸裂し、戦場はさらなる白熱へと導かれる。

 

「くそっ、この灰色の奴め! ナチュラルにこれほどの操縦ができるはずがない! ちょこまかと目障りなんだよ!」

 

ミゲルが割り込むひでに苛立ち、残弾をすべて吐き出すかのように機銃を掃射する。

ひでは機体を反転させ、ジンの懐へと飛び込みながら、シールドを盾にして突進した。

鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合い、火花が暗闇を照らす。

 

「ミゲル! お前は俺だけを見てりゃいいんだよ! 魔弾の名が泣くぜ!」

 

ひでの挑発に、ミゲルは完全に理性を失い、ヒートホークを抜き放ってゼータプラスへと斬りかかる。

それこそがひでの狙いだった。

ミゲルの注意を完全に自分へと逸らし、キラとアスランの対話にわずかな余地を作る。

だが、その代償としてゼータプラスの装甲には、ジンの放つ実弾の衝撃が刻み込まれていく。

 

『ひでさん! 艦長から入電! コロニーの崩壊速度が予想を上回っています! 内部構造材の熱膨張が限界点に到達! あと5分でシャフトが破断します! 撤退ラインを確保してください!』

 

香取の声が、緊迫した戦場に新たなタイムリミットを突きつける。

コロニーの中心核からの爆風が、彼らの機体を木の葉のように翻弄し、戦場はさらなる混沌へと突き進んでいく。

大気の流出音と爆発音が混じり合い、少年たちの悲鳴が真空の宇宙へと吸い込まれていった。

 

「香取! ブリッジのガキどもに伝えろ! 泣いてもいいから手は止めるなとな! 最後まで生き残るぞ!」

 

『了解。……皆さん、聞きましたか? ひでさんの言葉です。さあ、手を動かして! 私たちが生き残るための、唯一の希望なんですよ!』

 

ブリッジで香取が少年たちを叱咤激励する声が、機体のスピーカー越しにひでにも聞こえてきた。

アークエンジェルを、そして友人たちを救うため、ひでは自らの機体を盾にし、地獄のような戦場を疾走し続ける。

その背中には、彼自身の持つ、大人としての最後の矜持が燃え盛っていた。

 

一歩、また一歩と、ヘリオポリスの死は近づく。

その中で、ひでとキラ、そして香取、鹿島の連携は、奇跡的なまでの精度で敵の攻撃を弾き返していく。

だが、その背後に迫るミゲルの殺意もまた、限界を超えようとしていた。

ミゲルは、右腕を失った屈辱を晴らすため、残されたジンの全推力を一点に集中させ、ストライクの死角へと回り込む。

 

「死ねぇ! ナチュラルの出来損ないがぁ!」

 

『ひでさん、危ない! ミゲルがストライクを狙っています! 射線上に割り込めません!』

 

鹿島の悲鳴のような警告が響く。

ひでは操縦桿を限界まで倒し、ゼータプラスの出力をオーバーブーストさせた。

エンジンの燃焼温度が危険域に達し、コックピット内に警告アラートが鳴り響く。

 

「させるかぁぁぁっ!」

 

ひでの絶叫と共に、ゼータプラスが空間を切り裂き、ストライクの盾となるべく突進する。

崩れゆくコロニーの中で、四機のモビルスーツの火線が複雑に絡み合い、滅びゆく世界の最後を飾る、残酷なまでの煌めきを放っていた。

 

第3話【崩壊の大地】

第4章【再会の火花と、揺れる天秤】

後半

ヘリオポリスの崩壊は、もはや物理的な限界を超え、不可逆的な終焉へと向かって加速していた。

巨大な中心シャフトは、数千万トンの自重と熱膨張に耐えかねて飴細工のように無残に捩じ切れ、コロニーの各ブロックで誘爆が連鎖している。

引き裂かれた外壁の隙間からは、貴重な人工の大気が凄まじい轟音と共に宇宙の深淵へと噴き出し、視界を瓦礫と煙が覆い尽くしていた。

剥き出しになった機電系から放たれる火花が、人工の空を不気味な紫炎で染め上げ、慣性制御を失った瓦礫が猛烈な速度で飛び交う死の世界。

 

その地獄のような光景の中で、四機のモビルスーツは互いの命と信念を懸けて激突し続けていた。

真紅のイージスガンダムが、ストライクの右腕を強引に掴み、至近距離で親友の魂を揺さぶる。

 

「キラ! なぜわからない! 地球軍が何を作ろうとしていたか、技術を学ぶ君ならその意味が理解できるはずだ! こんなものは、僕たちの敵でしかないんだ!」

 

アスラン・ザラの叫びは、もはや命令ではなく、悲痛なまでの救済の願いであった。

彼は奪取したばかりのイージスの出力を最大に上げ、逃げ場を失ったストライクを、自らの陣営へと強引に引き込もうと躍起になっていた。

機体同士が触れ合う距離で、互いのフェイズシフト装甲が火花を散らし、凄まじい電磁ノイズがコックピット内に鳴り響く。

だが、キラの反応は、絶望と混乱によって完全に硬直していた。

 

「アスラン……違うんだ、僕は……ただ、みんなを! この艦にいるみんなを守りたくて、だから!」

 

キラの思考は、親友との戦地での再会というあまりにも残酷な衝撃に耐えきれず、ショート寸前の状態にあった。

膝の上の「トリィ」が、主人の激しい動揺を鏡のように映し出し、羽を激しく羽ばたかせて不吉な金属音を立てている。

このままでは、ストライクはただの鉄屑となり、親友の手によって捕らえられるか、あるいはコロニーの崩壊に飲み込まれる。

その絶望的な停滞を切り裂いたのは、側面から突っ込んできた灰色の影、ひでのゼータプラスだった。

 

「ガキの感傷に付き合ってる暇はねえんだよ、赤いの!」

 

ひではゼータプラスのシールドを前面に押し出し、イージスの機体に強引にショルダータックルをかました。

鋼鉄と鋼鉄が激突する凄まじい衝撃音が、真空に近い空間に重い振動として伝わり、アスランの機体をストライクから力ずくで引き剥がす。

ゼータプラスのフレームが軋み、ひでの身体に数Gの衝撃が襲いかかる。

 

「貴様……またあのナチュラルか! 邪魔をするな! キラは僕たちが、僕たちの場所へ連れて行くんだ!」

 

アスランが苛立ちと共にイージスのビーム・サーベルを抜き放つ。

真紅の刃が暗闇を切り裂くが、ひではそれに付き合うことなく、すぐさまスラスターを全開に噴射して距離を取った。

ひでの目的は撃墜ではない。

キラを守り、この崩壊するコロニーから全員を連れ出すことだった。

 

「香取! 鹿島! 艦(ふね)の状況はどうだ! 脱出までの限界時間を教えろ!」

 

ひでは、荒い息を切らしながらブリッジへ通信を飛ばした。

コックピット内の温度は上昇し、汗が目に入る。

ゼータプラスのアクチュエーターも、過酷な機動に耐えかねて悲鳴のような金属音を上げ続けていた。

 

「ひでさん! 香取です。コロニーの構造維持限界まで残り九十秒を切りました! 第四、第六隔壁が完全に消滅。アークエンジェルの離脱コース上に、シャフトの破片による瓦礫の激流が発生しています!」

 

香取の声は、かつてないほどの緊迫感を含んでいた。

 

彼女は今、サイやトールたち少年兵を叱咤し、戦場の凄惨なデータから彼らの目を逸らさせながら、アークエンジェルの巨体を崩壊するシャフトの迷宮から引き抜こうと死闘を演じていた。

通信の背後で、サイたちが「左舷、瓦礫接近!」「回避できません!」と悲鳴を上げているのが聞こえる。

 

「鹿島です。キラさんの機体、エネルギー残量が十パーセントを切りました! フェイズシフトの維持が不可能です。ひでさん、右舷後方……ミゲルが、爆炎の死角から来ます!」

 

鹿島の警告と同時に、後方の爆炎を突き破って、緑色のジンが猛然と突っ込んできた。

 

ミゲル・アイマン。

 

モビルスーツのとはいえ、右腕を失った屈辱を執念へと変えた男が、残された実弾のすべてを吐き出しながら、ストライクへと肉薄する。

そのジンの動きは、もはや機体保護を度外視した、相打ち覚悟の特攻に近いものだった。

 

「ナチュラルの小僧ぉ! 俺の誇りを汚した罪、その命で購え! 貴様だけは、この俺が地獄へ道連れにしてやる!」

 

ミゲルのジンが放つ76ミリ重機関銃の弾丸が、キラのストライクを包囲するように降り注ぐ。

キラは反射的に盾を構えるが、衝撃に耐えきれず機体が大きく仰け反った。

フェイズシフトの電圧が下がり、装甲のあちこちに実弾の衝撃が刻まれていく。

その一瞬の隙を、ミゲルは見逃さなかった。

ジンは加速の勢いをそのままに、重斬刀を抜き放ち、ストライクのコックピット目掛けて真っ向から振り下ろした。

 

「やめろぉぉぉっ!」

 

キラの絶叫が通信回線を白く塗りつぶした。

その瞬間、キラの中で何かが弾けた。

 

極限の恐怖と、友人たちを死なせたくないという強烈な執着。

そして、ひでが自分にかけてくれた、「汚れは全部俺が被ってやる」という言葉。

それが、キラに「戦わなければ、何も守れない」という残酷な覚悟を、本能のレベルで叩き込んだ。

ストライクの瞳が、かつてない鋭い輝きを放つ。

 

キラは操縦桿を神速の域で叩き、ストライクを最小限の動きで沈み込ませた。

ジンの振り下ろした重斬刀が、ストライクの頭上を僅か数センチで掠めていく。

空振りの慣性で体勢を崩したジンの懐に、ストライクは野獣のような俊敏さで飛び込んだ。

 

「なっ……!? 躱しただと! この状況で、ナチュラルの機体が!」

 

ミゲルの驚愕の声が漏れる。

キラの両手が、腰部装甲から二振りの折り畳み式ナイフ、アーマーシュナイダーを抜き放った。

超振動を伴う刃が、ジンのコックピット装甲に、無慈悲なまでの正確さで突き立てられる。

 

「来ないでって……言っただろぉぉっ!」

 

キラの叫びと共に、ナイフがジンの胸部を深く抉り、内部のジェネレーターへと達した。

次の瞬間、機体内部で火線が走り、ミゲルのジンは眩い白光を放ちながら膨れ上がった。

 

「馬鹿な……俺が、こんな……名もなきガキに……!」

 

それが、ザフトの英雄と呼ばれた男の、最後の言葉だった。

ジンの爆散と共に生じた巨大な衝撃波が、至近距離にいたストライクを無慈悲に吹き飛ばす。

爆炎の中から逃れるように後退したキラは、モニター越しに、自分が殺めてしまった男の機体が塵となって消えていく光景を、ただ呆然と見つめていた。

手に残る、鋼鉄を切り裂いた確かな感触。

それが、キラの心を鋭く抉る。

 

「……あ、ああ……。僕……また、人を……僕の手で……」

 

ストライクの機体が、キラの砕け散った精神を反映するように、ガタガタと震え出す。

フェイズシフトの維持が限界を迎え、装甲の色が瞬時に死人のような灰色(ディアクティブ・モード)へと変色した。

 

エネルギー切れだ。

 

この戦場において、それは死を意味する。

 

「キラ! 逃げろ、そこから離れるんだ!」

 

アスランがストライクを捕らえようと手を伸ばす。

だが、その進路を阻むように、ひでのゼータプラスがビーム・カノンの斉射を浴びせた。

青白い熱線がイージスの盾を掠め、アスランの接近を阻む。

 

「行かせねえよ、赤いの! こいつの未来を、これ以上汚させるかよ!」

 

ひでは、機体の警告音が鳴り響く中、ゼータプラスの出力をオーバーブーストさせた。

このコーディネーターが十全に操るイージスに対し、香取鹿島の補助がなければ戦えないゼータプラスで正面から立ち向かうのは無謀ですらあった。

 

だが、ひでには香取と鹿島、そしてアークエンジェルのブリッジで震えながら頑張っている少年たちの想いが背負わされていた。

ひでは操縦桿を激しく操作し、イージスの肉薄を牽制し続ける。

 

「香取! 鹿島! コロニーの崩壊状況を再計算しろ! 離脱路はどこだ! ストライクを回収する隙はあるか!」

 

「ひでさん、危険です! 中心シャフトの破断により、内部の気圧バランスが完全に崩壊しました! 各区画の気密が次々と破れています!」

 

香取の悲鳴のような報告が、耳を劈くノイズと共に届く。

その瞬間、彼らの足元にある大地――ヘリオポリスの外壁が、凄まじい地響きと共に大きく陥没した。

 

物理的な破壊を遥かに超えた、自然の猛威にも似た現象が彼らを襲う。

外壁に走った巨大な亀裂が、コロニー内部に溜まっていた莫大な空気の塊を一気に宇宙へと吐き出し始めたのだ。

 

爆発的減圧。

たった1気圧の差でしかない空気が、狭い亀裂目掛けて音速を超えて収束していく。

 

「うわああぁぁっ!」

 

キラの悲鳴が通信機から響く。

エネルギーを喪失し、姿勢制御もままならないストライクは、その猛烈な空気の奔流に木の葉のように呑み込まれた。

巨大なビルや機材の残骸、そして無数の瓦礫と共に、ストライクの重厚な機体が、まるで吸い殻のようにコロニーの外へと吸い出されていく。

 

「キラ! 踏ん張れ! 何かに捕まれ!」

 

ひでは叫ぶが、ひで自身のゼータプラスもまた、その凄まじい気圧差による吸引力に翻弄されていた。

アスランのイージスもまた、その奔流を避けるべく後退を余儀なくされる。

アスランは必死に手を伸ばしたが、機体を固定するものが何もない空間で、その手は虚空を掴むだけに終わった。

 

「キラァァァッ!!」

 

アスランの絶叫を置き去りにし、ストライクは漆黒の宇宙空間へと、弾丸のような速さではじき出された。

ヘリオポリスの暗い内壁を抜け、外宇宙の冷たい光の中に、灰色の機影が吸い込まれて消えていく。

 

「クソッタレが……! 香取、鹿島! 艦を追わせろ! 俺も今すぐあいつを追う!」

 

ひでは、機体に致命的な過負荷をかけることを承知で、スラスターの安全リミッターを解除した。

ゼータプラスの背部から放たれるプラズマが、吸引される空気の壁を無理やり切り裂いていく。

コックピット内のアラートが赤く染まり、機体が激しく振動する。

 

「ひでさん! 危険です、その出力では機体が空中分解します! 艦との距離が開きすぎています!」

 

鹿島の必死の警告が飛ぶ。

だが、ひでの瞳には、暗黒の宇宙へと独り放り出された、あの震える少年の背中しか映っていなかった。

 

「大人が子供を一人で暗闇の宇宙へ放り出すわけにはいかねえんだよ! 汚れるのは、大人の俺だけで十分なんだ! 香取鹿島!細かい調整は頼む」

 

ひでは操縦桿を押し込み、ゼータプラス最大の特徴である変形機構を起動させた。

 

機体のフレームが複雑な金属音を立てて組み替わり、人型から超音速巡航形態――ウェイブライダーへと変貌を遂げる。

大気の流れを逆に利用し、加速性能を飛躍的に高めたひでの愛機は、崩壊するヘリオポリスの裂け目から、漆黒の宇宙空間へとその身を投じた。

 

「待ってろ、キラ! 今行くぞ!」

 

ひでの背後では、自分たちの居場所であったヘリオポリスが、中心核の爆発によって巨大な光の十字架を描いた。

次の瞬間、人工の星は幾千万もの火花となって、冷たい宇宙の塵へと還っていった。

 

美しかった人工の大地が、無慈悲な暗闇の中に消えていく、その最期の輝き。

ひでのゼータプラスは、その滅びの光を背に受けながら、どこまでも続く暗黒の深淵へと、一筋の希望の光を曳いて加速し続けた。

 

キラを見捨てない。

その大人としての強い意志だけが、ひでを暗闇の先へと突き動かしていた。

 

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