※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

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第4章【老獪な奇襲】

アークエンジェルがアルテミスの光波防御帯の内部へと入り込み、ようやく

艦内を完全に支配していた極限の緊張状態が、嘘のようにふっと解けていくのを誰もが明確に感じていた。

青白いプラズマの強烈な光が、分厚い装甲の向こう側で波のように静かに揺らめき、満身創痍の艦全体を優しく、そして強固に包み込んでいる。

「アルテミスの傘」と呼ばれるその絶対防衛の力場は、背後まで迫っていたザフトの最新鋭モビルスーツ群の追撃も、艦を丸ごと吹き飛ばすような高出力のビーム兵器の脅威も、物理法則を超越して完全に無効化してしまうという圧倒的な安心感を乗組員たちに与えていた。

ブリッジのメインモニターに映し出されていた、死の宣告に等しかった戦闘宙域の赤い光点はすべて消失し、代わって巨大な小惑星をくり抜いて造られた要塞の威容が、静かに、そして圧倒的な質量をもって迫ってくる。

ブリッジ内の空気は、これまでの凄惨な死闘を生き延びたという深い安堵と、心身の限界をとうに超えた重い疲労が入り混じり、一種の酸欠状態のような重苦しさを持っていた。

 

「光波防御帯の内部への完全な侵入を確認しました」

 

メインコンソールでレーダー計器を見つめていたサイ・アーガイルが、震える声で報告する。

 

「本艦の背後に、敵機の追撃の反応はありません。……完全に、振り切りました」

 

ミリアリア・ハウもまた、通信機に顔をうずめるようにして泣きじゃくりながら、ようやくの思いで言葉を紡ぎ出した。

艦長席に深く身を沈めたマリュー・ラミアスは、極度の睡眠不足と指揮官としての異常な重圧から解放された反動で、今にも意識を手放しそうになるのを必死に堪えていた。

 

「よくやってくれました。……全艦、第一種戦闘配置を解除。機関出力低下、要塞からの誘導信号を待ち、指定のドックへ向けて微速前進」

 

マリューのその言葉がブリッジに響いた瞬間、張り詰めていた空気が完全に崩れ去り、あちこちから深い安堵の溜息と、静かなすすり泣きが漏れ聞こえ始めた。

 

「終わった……終わったんですね……」

 

「ああ、助かったんだ。俺たち、生き延びたんだ……」

 

トールやカズイたち避難民の学生たちが、互いの肩を抱き合いながら、涙を流して生還を喜び合っている。

副長のナタル・バジルールは、彼らの軍人らしからぬ気の緩みを咎めることなく、ただ静かにコンソールを操作し続けていたが、彼女の固く結ばれた口元も、ほんのわずかだけ緩んでいるように見えた。

 

『アークエンジェル・ブリッジ。こちら格納庫のひでだ。ゼータプラス、およびストライクガンダム、無事に着艦したぜ』

 

艦内通信のスピーカーから、息を弾ませたひでの声が飛び込んでくる。

 

「ひで少尉。……本当に、本当にお疲れ様でした。あなた方の命がけの働きがなければ、この艦は間違いなく宇宙のチリになっていました」

 

マリューが、心の底からの感謝と敬意を込めて通信に応じる。

 

『おだてても、美味いコーヒーの一杯も出ないぜ。……それより、大至急で医療班を格納庫に回してくれ。キラのやつ、完全に意識が飛んでる。一秒でも早く治療が必要だ』

 

「分かりました。直ちに軍医を向かわせます」

 

通信が切れると同時に、マリューは医療班への緊急指示を飛ばした。

一方、アークエンジェルの最下層にある広大な格納庫では、激しい戦闘の痕跡を色濃く残す二機のモビルスーツが、着艦時の高熱の蒸気とオゾン臭を激しく立ち上らせていた。

グレーのロービジリティ迷彩を施されたゼータプラスの装甲は、バスターの砲撃の余波を受けて各所が焼け焦げ、頭部のアンテナも失われている。

そして、そのゼータプラスの腕に抱きかかえられるようにして横たえられているのは、エネルギーを完全に使い果たし、フェイズシフトダウンを引き起こして無残な灰色の金属の塊と化したストライクガンダムだった。

ひではゼータプラスのコックピットから飛び降りるなり、ヘルメットを乱暴に脱ぎ捨て、ストライクの胸部ハッチへと向かって一目散に駆け出した。

整備用リフトに飛び乗り、緊急用の手動レバーで開いたままになっているハッチの奥、薄暗いコックピットの中へと身を乗り出す。

 

「おい、キラ! しっかりしろ! キラ・ヤマト!」

 

ひでの悲痛な呼びかけに、シートベルトに縛り付けられたままぐったりと首を垂れている少年は、わずかに眉根を寄せただけで、目を開こうとはしなかった。

彼の全身は異常なほどの高熱を発しており、パイロットスーツは汗で完全に水浸しになっていた。

顔色は死人のように青白く、呼吸はひどく浅くて不規則だ。

 

『ひでさん! キラさんのバイタルサイン、極めて危険な状態です! 脈拍も血圧も、正常値から大きく外れています!』

 

ひでのインカムに、ブリッジから状況をモニタリングしている香取の、教官としての冷静さを完全に失いかけた切羽詰まった声が響く。

 

「分かってる! 今、医療班がこっちに向かってるはずだ。……クソッ、こんなになるまで無理しやがって。たかが十六歳の子供に、なんでこんな重い十字架を背負わせなきゃならねえんだよ」

 

ひでは、キラの異常に冷たくなった手をしっかりと両手で握り締めながら、大人の男としての無力感と、この理不尽な世界に対する激しい怒りに唇を噛み切った。

自衛隊時代、過酷な極限状況の訓練で倒れた後輩たちを何度も介抱してきたひでだが、この少年の消耗ぶりは、そういった次元を遥かに超えていた。

肉体の疲労だけでなく、精神の根幹から生命力を削り取られているような、あまりにも痛ましい姿だった。

 

「ひで少尉! 医療班です! ストレッチャーを下ろします!」

 

駆けつけてきた整備兵たちが、軍医と共にリフトへと急行してくる。

ひでは彼らと協力し、キラの身体に余計な負担をかけないように細心の注意を払いながら、狭いコックピットから少年を慎重に運び出した。

ストレッチャーに乗せられ、酸素マスクを取り付けられたキラが、医務室へと慌ただしく運ばれていく。

その遠ざかる背中を見送りながら、ひでは大きく、そして重い溜息を吐き出し、格納庫の冷たい金属の床に座り込んだ。

 

『ひで少尉。ストライクの決死の回収、本当に見事でした。あなたがいなければ、彼は間違いなく敵の手に落ちていたでしょう』

 

そこへ、メビウス・ゼロのコックピットから降りてきたムウ・ラ・フラガ大尉が、いつものように飄々とした足取りで近づいてきた。

彼の機体もまた、無数の対空砲火を潜り抜けてきた代償として、機体のあちこちに弾痕や焦げ跡を残している。

 

「大尉こそ、見事な裏工作だったな。あんたのあの完璧な奇襲がなけりゃ、俺がいくら頑張ったところで、あの赤い化け物からキラを奪い返すことなんて絶対に不可能だった。……借りができたな」

 

ひでが疲労に歪んだ顔で無理に口角を上げると、ムウは肩をすくめて笑った。

 

「貸し借りはなしだ。俺たちは同じ船に乗った運命共同体だからな。……それにしても、まさかあの状況で、単機で敵陣のど真ん中に突っ込んでいくとはね。あんたのあの泥臭い執念には、さすがの俺も舌を巻いたぜ」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。……だが、俺はただの元・普通科の自衛官だ。仲間を見捨てて逃げるなんて真似、自衛隊の教範のどこにも書いてなかったからな」

 

「自衛隊、か。あんたのいた世界じゃ、軍隊のことをそう呼ぶらしいな。……ま、どんな名前だろうと、前線で体を張ってる連中の考えることは、どこの世界でも同じってことさ」

 

ムウが自販機で買った紙コップのコーヒーを二つ持ってきて、その一つをひでに差し出した。

ひではそれを受け取り、人工的な甘さの強いぬるいコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

カフェインが疲弊した脳にわずかに染み渡る。

 

『ひでさん……本当にお疲れ様でした。怪我はありませんか?』

 

インカムから、鹿島の優しく、心からの心配に満ちた声が聞こえてくる。

その声を聞くだけで、ささくれ立っていたひでの神経が、不思議とスッと鎮まっていくのを感じた。

 

「ああ、かすり傷一つないぜ。お前と香取が、俺の背中を完璧に守ってくれたおかげだ。あのステルス機の奇襲を完全に読まれた時の、敵さんの慌てふためきようったらなかったな」

 

ひでが通信越しに笑いかけると、鹿島もまた、安堵の入り混じった弾むような声で応えた。

 

『ふふっ。私たち艦娘のソナー感覚を甘く見てもらっては困ります。……でも、ひでさんが無茶な突撃をした時は、本当に心臓が止まるかと思いました。もう、あんな無茶は絶対にしないでくださいね』

 

『鹿島の言う通りです。今回は運良く生還できましたが、あなたの機動は教範から完全に逸脱した、極めてリスクの高いものでした。……ですが、無事に戻ってきてくれたことだけは、褒めておきましょう』

 

香取の厳格でありながらも、確かな愛情と気遣いを秘めた言葉がそれに続く。

 

「へいへい、以後は気をつけますよ、教官殿。……さて、これでようやく、少しはまともに足を伸ばして眠れるってもんだ」

 

ひでは空になった紙コップを握りつぶし、ゆっくりと立ち上がった。

しかし、そのささやかな期待は、すぐに無残に打ち砕かれることになる。

 

『マリュー艦長より、ひで少尉、およびムウ大尉。大至急、ブリッジに上がってください。要塞司令部との通信において、予期せぬトラブルが発生しています』

 

ナタルからの、ひどく事務的で、しかし隠しきれない緊迫感を帯びた通信が格納庫に響き渡った。

ひでとムウは顔を見合わせ、互いの瞳に全く同じ警戒の色が浮かんでいるのを確認した。

 

「トラブルだと? こんな味方の本陣のど真ん中でか?」

 

ひでが顔をしかめると、ムウは手にした紙コップをゴミ箱に投げ捨て、ふっと冷たい笑みをこぼした。

 

「嫌な予感がするな。……ひで少尉。あんた、政治家の腹黒い思惑や、軍の上層部のドロドロした派閥争いってのは、得意な方か?」

 

「冗談じゃない。俺が一番嫌いなジャンルだ。現場の兵隊を使い捨てる連中の考えることなんて、反吐が出る」

 

「奇遇だな、俺もだ。……だが、どうやら相手は、俺たちがゆっくり眠ることを許しちゃくれないらしいぜ」

 

二人は重い足取りでエレベーターに乗り込み、ブリッジへと急行した。

ブリッジの自動ドアが開くと、そこには先程までの安堵の空気とは打って変わった、張り詰めたような重苦しい沈黙が広がっていた。

マリューがコンソールに両手をついてうなだれ、ナタルが厳しい表情でメインスクリーンを睨みつけている。

 

「どうした、艦長。要塞の連中、歓迎の豪華なパーティーでも開いてくれるってのか?」

 

ムウがいつもの軽い調子で声をかけるが、マリューの表情はひどく暗く、青ざめていた。

 

「……大尉。彼らは、我々を『味方』として認める気はないようです」

 

「なんだと? どういうことだ」

 

ひでが眉間にシワを寄せて問い詰めると、ナタルが冷徹な声で状況を説明し始めた。

 

「アルテミス司令部からの通達です。我々が乗っているこの『アークエンジェル』という艦名は、ユーラシア連邦のデータベースには存在しない。よって、所属不明艦の無許可接近とみなし、直ちに全武装の解除と、艦の完全な引き渡しを要求してきています」

 

「武装の解除に、艦の引き渡しだと!? 冗談じゃねえぞ!」

 

ひでは思わずコンソールを強く叩いた。

怒りで声が荒くなる。

 

「俺たちは同じ地球連合軍の所属だろうが! ヘリオポリスの惨劇から、必死の思いで避難民を連れて逃げてきたんだぞ! それを、身分証明ができないからって、海賊まがいの強奪をするってのか!」

 

「それが、彼らの本当の狙いなのでしょう」

 

ムウが、呆れたように肩をすくめながら、ひどく冷めた声で言った。

 

「大西洋連邦が極秘で作った最新鋭艦と、誰も見たことのない新型のモビルスーツ。……要塞の司令官からすれば、こんなおいしい獲物が、勝手に自分たちの庭先に飛び込んできたんだ。ザフトに奪われる前に、身内でパクってしまおうって腹だろうよ」

 

「……腐ってやがる」

 

ひでは、吐き捨てるように呟いた。

軍隊の派閥争いや、上層部の醜い権力闘争。

どこの世界に行っても、安全な場所にいる人間たちの考えることは同じだ。

現場で血を流し、命を削って戦っている人間たちのことなど、彼らはただの数字かチェスの駒程度にしか思っていないのだ。

 

「艦長、要求を飲むつもりですか?」

 

ひでの問いに、マリューは苦渋に満ちた表情で首を横に振った。

 

「飲めるはずがありません。我々の武装を完全に解除すれば、彼らは艦内に武装した制圧部隊を送り込んでくるでしょう。そうなれば、我々は完全に彼らの捕虜となり、機密保持のために避難民の子供たちまでどんな目に遭わされるか分かりません」

 

「だが、このまま命令を無視し続ければ、要塞の防衛システムが火を噴くぞ。いくらこの艦が頑丈でも、要塞の主砲を至近距離から食らえばひとたまりもない」

 

ナタルの現実的な指摘に、ブリッジは再び重い沈黙に包まれる。

前門の虎、後門の狼。

外の宇宙にはザフトの殺戮部隊が待ち構え、逃げ込んだはずの味方の要塞では、醜い強奪の陰謀が口を開けて待ち受けている。

 

『ひで少尉。アルテミスの司令部から、最終通告のデータリンクを受信しました。……一分以内に全武装をロックし、メインエンジンを停止させなければ、攻撃を開始するとのことです』

 

香取の氷のように冷たい報告が、彼らのタイムリミットを容赦なく告げた。

メインスクリーンには、アルテミスの巨大なドック内で、要塞側の無数の砲塔が、一斉にアークエンジェルへとその狙いを定めている不気味な映像が映し出されている。

絶対防衛の傘という、外の脅威を完全に遮断するその光のドームは、今や彼らを閉じ込める巨大な牢獄へと変わってしまったのだ。

 

「……仕方ありません。メイン武装の回路を一時的にロックし、彼らの指示に従ってドックへ接舷します」

 

マリューが、血を吐くような思いで苦渋の決断を下す。

 

「いいのかよ、艦長。おとなしくお縄を頂戴するってのか?」

 

「丸腰になるわけではありません。表向きは要求に従うふりをして、内部のシステムプロテクトは最大に維持します。……そして、もし彼らが強行手段に出た時は……」

 

マリューの言葉の先に続くものを、ひでとムウは完全に理解していた。

 

「了解した。俺と大尉で、いつでも動けるようにスタンバイしておく。……いざという時は、この艦の中から食い破ってやるさ」

 

ひでは、腰のホルスターに収められた軍用拳銃のグリップを確かめるように撫でながら、メインスクリーンに映る要塞の冷たい金属壁を睨みつけた。

激しい戦闘による疲労のピークが肉体を蝕んでいるにも関わらず、ひでの瞳の奥には、新たな戦いに向けた鋭い殺気が静かに燃え上がっていた。

自分が命を懸けて守ると決めたものを、こんな薄汚い連中の思い通りにさせてたまるものか。

敵の脅威は退けたものの、味方であるはずの地球軍の要塞で何が待ち受けているのか。

(第4章後半 了 4897字)

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