※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

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第3章【反撃の狼煙】

ブリッツガンダムの容赦ない破壊工作により難攻不落を誇ったユーラシア連邦の軍事要塞アルテミスは今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

要塞のあちこちで連鎖的な爆発が起こり堅牢なはずの金属の壁がひしゃげ天井からは火花を散らした無数の配線が垂れ下がっている。

絶対防御の傘という無敵の盾を内部から完全に食い破られたという衝撃は守備隊の将兵たちから一切の理性を奪い去っていた。

警報サイレンが鼓膜を劈くように鳴り響き警告の赤いランプが煙の立ち込める通路を不気味に照らし出している。

 

「ひぃぃっ!助けてくれ!」

 

「こっちのブロックも駄目だ!早く隔壁を閉めろ!」

 

誰もが自らの持ち場を放棄し我先にと脱出ポッドや安全な区画を求めて通路を逃げ惑っている。

完全武装の兵士たちでさえ迫り来る見えない敵への恐怖に顔を引きつらせ同士討ちすら起こしかねないほどの混乱状態に陥っていた。

 

一方要塞中枢の安全な区画にあるジェラード・ガルシア少将のプライベートな執務室でも絶望的な事態が進行していた。

先ほどまで技術班の将校たちを怒鳴りつけていたガルシアだったが今は自身のデスクにしがみつくようにして全身を震わせている。

執務室の壁面に設置された大型モニターには要塞の各施設が次々と爆発し炎に包まれていく映像が映し出されていた。

 

「ど、どうなっている!迎撃部隊は何をしているのだ!」

 

ガルシアは通信機を握りしめ泡を飛ばして叫んだ。

 

『か、閣下!駄目です!敵機の姿を捉えることができません!第3ドックが完全に沈黙!動力炉へのエネルギー供給ラインも切断されました!』

 

スピーカーから響く部下の悲痛な叫び声にガルシアの顔から血の気が引いていく。

 

「馬鹿な……私の要塞が……ユーラシアの誇る鉄壁のアルテミスがたった一機のモビルスーツに落とされるなどと……!」

 

彼は信じられない光景に目を剥きそのまま力なく床にへたり込んでしまった。

大西洋連邦のガンダムを奪い本国へ持ち帰るという彼の強欲な野望は今や足元から音を立てて崩れ去ろうとしていた。

絶対の安全圏だと信じ切っていた彼の傲慢な慢心がこの最悪の結末を招いたのである。

 

ガルシアの執務室から少し離れた別の区画にある尋問室。

ここではアークエンジェルの正規クルーであるマリュー・ラミアス、ナタル・バジルール、ムウ・ラ・フラガの三人が両手を後ろで拘束されたまま冷たい壁際に立たされていた。

彼らを監視していたユーラシア兵たちも要塞全体を揺るがす爆発とけたたましい警報に完全に浮き足立っている。

 

「おい!外で何が起きているか見てこい!」

 

見張りのリーダー格の兵士が部下に怒鳴る。

 

「は、はい!」

 

若い兵士が慌てて尋問室の扉を開けようとしたその瞬間要塞全体を大きく揺さぶる強烈な爆発が至近距離で発生した。

 

「うわあああっ!」

 

凄まじい地響きと共に尋問室の天井の一部が崩落しもうもうたる粉塵が室内に充満する。

見張りの兵士たちは突然の衝撃に耐えきれず床に転がりパニックを起こして悲鳴を上げた。

 

「完全にパニックね、指揮官が無能だと部下も哀れなものだわ」

 

ナタルが崩れ落ちた天井の瓦礫を冷ややかな目で見つめながら吐き捨てるように言った。

軍の規律を何よりも重んじる彼女にとってこの醜態は見ていられないほどの屈辱であった。

 

「さてと、俺たちもそろそろお暇させてもらおうか」

 

ムウが粉塵の中で飄々とした声で呟く。

 

「どうするつもりですか大尉、拘束されたままでは……」

 

マリューが眉をひそめて尋ねる。

するとムウは後ろ手でモゾモゾと何かを操作するような動きを見せた。

カチャリという小さな金属音と共に彼の手首を縛っていた特殊な拘束具が床に落ちる。

 

「なっ……大尉、どうやって……?」

 

ナタルが驚愕の声を上げる。

 

「エンデュミオンの鷹ってのは空を飛ぶだけじゃないのさ、手品も少々嗜んでるんでね」

 

ムウはニヤリと笑うと素早い動きでマリューとナタルの背後に回り拘束を鮮やかに解いていった。

彼は連行される途中の混乱に乗じて兵士のポケットから鍵をスリ取っていたのである。

 

「貴様ら!何をしている!」

 

ようやく彼らの脱戒に気づいたユーラシアの警備兵が慌ててアサルトライフルを向けようとする。

だがそれより早くムウが足元に落ちていた瓦礫の破片を蹴り飛ばした。

破片は兵士の顔面に正確に命中し兵士が悲鳴を上げて仰け反る。

 

「ぐああっ!」

 

兵士が顔を押さえて怯んだ一瞬の隙をマリューは決して見逃さなかった。

彼女は獲物に飛びかかる豹のように距離を詰めると兵士の腕を捻り上げ同時に強烈な膝蹴りを鳩尾に叩き込む。

訓練を積んだ正規の士官である彼女の近接戦闘能力もまた極めて高いものであった。

あっという間に兵士を無力化したマリューはその手からライフルを奪い取る。

 

「お見事、じゃあ艦長さん急いで帰るとしますか」

 

ムウも別の気絶した兵士から拳銃を奪い安全装置を外した。

 

「急ぎましょう、艦と機体を取り戻さなければこの要塞から脱出は不可能です」

 

マリューは艦長としての凛とした表情に戻り尋問室の扉へと向かう。

彼らは混乱に陥ったアルテミスの通路へと飛び出しアークエンジェルが係留されているハンガーを目指して駆け出した。

彼女の頭の中には下層区画に監禁されているひでや子供たちのことが強く案じられていた。

どうか無事でいてくれとマリューは心の中で祈りながら煙の充満する通路を突き進んでいった。

 

その頃アルテミスの下層区画にある冷たい金属の壁に囲まれた監禁室。

重苦しい空気が漂う中ひでたちアークエンジェルの一般クルーと民間人の学生たちは外部の異常事態を肌で感じ取っていた。

香取と鹿島が空間の歪みを感知した直後凄まじい爆発音が要塞全体を揺るがしたのだ。

 

「きゃあああっ!」

 

フレイが耳を塞ぎながら悲鳴を上げて床にしゃがみ込む。

 

「な、何なんだよ今の爆発は!ザフトが攻めてきたのか!」

 

カズイが頭を抱えながらパニックを起こして叫ぶ。

先ほどまで静まり返っていた要塞が突如として戦場と化したことに若者たちの心は再び激しい恐怖に支配されようとしていた。

 

「落ち着け、無駄に動いて体力を消耗するな」

 

ひでは冷たい床にあぐらをかいたまま静かにしかし力強い声で若者たちを制した。

 

「ひでさん!どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!このままじゃ私たちここで焼け死んじゃいます!」

 

ミリアリアが震える声でひでにすがりつくように訴える。

トールも青ざめた顔でひでの様子を窺っていた。

 

「外部からの攻撃じゃない、要塞の内部に敵が入り込んで破壊工作を行っているんだ、だから警備の連中もパニックを起こしている」

 

ひでは視線を鋭く電子ロックの扉に向けたまま状況を分析して聞かせる。

 

「内部にって……あの絶対防御の傘はどうなったんですか!」

 

サイが信じられないといった表情でひでを見る。

 

「どんな強固な盾でも破る方法はあるってことだ、艦長が言ってた姿を消すガンダムがこの要塞の懐に入り込んだんだよ」

 

ひでの顔には焦りの色は微塵もなかった。

むしろこの未曾有の混乱こそが自分たちが生き残るための最大の好機であると冷静に計算しているようだった。

彼の目は暗闇の中で獲物を狙う鷹のように鋭く研ぎ澄まされていた。

 

「ひでさん、どうしますか?」

 

香取がひでの隣に並び立ちいつでも動けるように体の重心を低く落とす。

彼女の美しい顔もまた教練巡洋艦としての冷徹な顔つきに変わっていた。

 

「どうするも何もない、ここを出てアークエンジェルと機体を取り戻す、艦長たちが自力で脱出しても艦を動かす人間がいなきゃどうにもならないからな」

 

ひでは首の骨をポキポキと鳴らしながら立ち上がった。

その広く逞しい背中から放たれる圧倒的な大人の男としての気迫が震える学生たちの視線を完全に釘付けにする。

 

「でもどうやってここから出るんですか?外には見張りの兵士がいるんですよ!」

 

フレイが涙声で反論する。

彼らは丸腰であり完全武装の兵士に立ち向かう手段など持っていないのだ。

 

「その見張りの連中も今はパニック状態だ、隙はいくらでもできる」

 

ひでがそう言った直後だった。

監禁室の分厚い電子ロックの扉が不自然な警告音を鳴らしながら乱暴に開かれた。

現れたのは先ほど彼らをこの部屋に押し込めたユーラシア兵の三人組だった。

彼らの顔には明らかな焦燥と恐怖が浮かんでおりアサルトライフルを持つ手は微かに震えていた。

絶対の安全圏が崩壊したことによる精神的なショックが彼らから正常な判断力を奪っているのだ。

 

「お前ら!この部屋の奥に固まっていろ!一歩でも外に出たら撃ち殺すぞ!」

 

リーダー格の兵士が銃口を向けながら威圧的に怒鳴り散らす。

要塞の崩壊という未曾有の事態に直面し捕虜の管理すらまともにできなくなっている証拠であった。

 

「撃ち殺すって……嫌っ!私たちどうなっちゃうのよ!」

 

極度の恐怖に理性を奪われたフレイがパニックを起こし兵士の方へフラフラと歩み寄ろうとする。

 

「下がるんだフレイ!」

 

サイが慌てて彼女の腕を掴もうとしたが遅かった。

 

「来るなと言っているだろうが!」

 

極限の恐怖に支配された兵士が反射的に銃の引き金に指をかけようとした瞬間だった。

ひでの身体がまるで弾かれたバネのように一瞬で動いた。

三十代のブランクのある体とは思えないほどの俊敏かつ低い姿勢で兵士との距離を一気に詰める。

兵士が銃口をひでに向けるよりも早くひでの右手が下から跳ね上がるように兵士の銃身を叩き上げた。

 

「なっ!?」

 

驚愕に見開かれた兵士の顔面にひでの全体重を乗せた重い左の拳が正確に叩き込まれる。

ゴツッという鈍い骨の音が響き兵士は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

日々の過酷な訓練に明け暮れた自衛隊時代の近接格闘術の技術がこの極限状態で見事に蘇っていたのだ。

 

「貴様!何をする!」

 

残る二人の兵士が慌てて銃を構えようとしたが、彼らの背後にはすでに香取と鹿島が音もなく忍び寄っていた。

彼女たちの洗練された動きは無駄が一切なく、軍属としての極めて高い戦闘能力を証明していた。

 

「遅いですわ」

 

香取は優雅な所作のまま一人の兵士の首筋に鋭い手刀を叩き込み同時に膝の裏を蹴り上げて体勢を完全に崩させる。

 

「ええいっ!」

 

鹿島もまたもう一人の兵士の腕を関節技で極めそのまま床に引き倒して完全に動きを封じ込めた。

ほんの数秒の出来事であった。

完全武装の三人の兵士が丸腰のひでたちにあっという間に無力化されてしまったのである。

 

「す、すごい……」

 

カズイが目を丸くしてその光景を見つめていた。

ひでの大人の男としての圧倒的な実力と香取と鹿島の女性離れした戦闘スキルに若者たちはただ呆然とするしかなかった。

彼らの目にはひでの存在が絶対的な頼もしさを持って映っていた。

 

ひでは倒れた兵士からアサルトライフルを奪い取り、安全装置を外して薬室を確認する。

その無駄のない洗練された動作に、キラの友人たちは恐怖を忘れて息を呑んだ。

 

ひでは奪い取ったアサルトライフルの銃床をしっかりと肩に押し当て銃口を少し下げた警戒姿勢を取った。

自衛隊の市街地戦闘訓練で幾度となく反復した閉所における索敵と制圧の基本動作である。

 

三十代の元自衛官の身体は戦場という極限の緊張感の中で完全に兵士としての本能を呼び覚ましていた。

彼の視線は暗闇の中で僅かな光を反射する銃身のように冷たく研ぎ澄まされている。

 

「了解しましたひでさん、私と鹿島で後方と側面の警戒を担当します」

 

香取は倒れた兵士から奪ったハンドガンを両手で構え洗練された無駄のない動きでひでの背後に回った。

彼女の美しい顔つきは教練巡洋艦としての厳格なものへと完全に切り替わっている。

 

「学生たちは絶対に私たちの間から出ないでくださいね、はぐれたら命の保証はできませんから」

 

鹿島もまたハンドガンのスライドを引き初弾を薬室に送り込みながら優しくしかし有無を言わさぬ声で若者たちに警告した。

その豊満な胸が息を吸い込むたびに制服越しに小さく上下しているが彼女の眼差しには一切の恐怖は存在しない。

大人の男であるひでが前に立ち自分たちを導いてくれるという絶対的な安心感が彼女たちに戦う勇気を与えているのだ。

 

「よ、よし……行くぞみんな……!」

 

サイが震える声で自らを鼓舞するように言い婚約者であるフレイの手を強く握りしめた。

フレイは恐怖で涙目になりながらもサイの手にすがりつき必死に首を縦に振る。

トールとミリアリアも互いに身を寄せ合いカズイは頭を抱えながら列の中央に収まった。

 

彼らのようなただの民間人が戦場と化した要塞の内部を移動するなど本来ならば自殺行為に等しい。

だがひでのその広く逞しい背中が彼らを絶望の底から引き上げ生への執着を繋ぎ止めていた。

 

「よし出るぞ、足音を立てるな」

 

ひでは監禁室の扉からそっと通路へと顔を出し左右の安全を確認した。

赤い警告灯が不気味に点滅する通路には焦げた配線の匂いと火薬の匂いが充満している。

遠くからは絶え間ない爆発音と兵士たちの怒号が響いておりアルテミスの崩壊が確実に進行していることを物語っていた。

 

ひではライフルを構えたまま音もなく通路へと滑り出し壁に背中を預けながら慎重に前進を開始する。

学生たちはひでの歩幅に合わせるように息を殺してその後を追った。

彼らの耳には自分たちの荒い呼吸音と早鐘のように打つ心臓の音だけが異常に大きく聞こえていた。

 

「ひでさん、前方から複数の足音が来ます」

 

背後から香取が極めて小さな声で囁いた。

彼女たち艦娘の持つ電探システムに似た索敵感覚は物理的な壁や曲がり角の先にある脅威をも正確に捉えることができるのだ。

 

「止まれ」

 

ひでの低く鋭い声に全員がその場でピタリと動きを止めた。

ひでは通路の交差する曲がり角の手前で身を潜め銃を構えたまま息を殺す。

数秒後曲がり角の向こうからパニックに陥ったユーラシア兵の小隊が怒鳴り合いながら駆け込んで来た。

 

「第4ブロックが落ちたぞ!早く上の階へ逃げろ!」

 

「司令官はどこにいる!指示を仰がなければ!」

 

完全武装の彼らは迫り来る見えない敵への恐怖に完全に理性を奪われており周囲の警戒など全くしていなかった。

ひでは彼らが自分たちの前を通り過ぎるのを冷徹な目で見送る。

もしここで不用意に動いたり音を立てたりすれば確実に銃撃戦になり丸腰の学生たちに被害が及ぶ。

 

敵を倒すことではなく自分と守るべき者たちを生かすこと。

それこそがひでの戦場における絶対的な行動指針であった。

兵士たちの足音が遠ざかり再び通路に一時の静寂が戻る。

 

「よしクリアだ、進むぞ」

 

ひでの合図で再び一行は歩みを進めた。

しかし彼らの向かっている方向はアークエンジェルが係留されているハンガーとは明らかに違っていた。

幾つかの区画を抜け要塞の案内板の表示を確認したサイが不安げに声を上げた。

 

「ひ、ひでさん!こっちの道はハンガーじゃないですよ!医務室の方向です!」

 

サイの指摘にトールやミリアリアもハッとして足を止めた。

一刻も早く艦に戻りこの崩壊する要塞から脱出しなければならないはずなのにひではあえて危険な方向へと進んでいるのだ。

 

「分かってる、キラを迎えに行くんだ」

 

ひでは立ち止まることなく銃口で前方への警戒を続けながら短く答えた。

 

「キラを……!」

 

トールが息を呑む。

高熱を出して倒れた友人はこのアルテミスに収容された直後ユーラシア軍の医療班によって別の区画へと運び去られていた。

 

「あいつは熱を出して倒れたままだ、この混乱の中でユーラシアの連中があいつを助けるとは思えない、放っておけば確実に死ぬぞ」

 

ひでの言葉は冷酷な事実として若者たちの胸に突き刺さった。

大人たちの醜い欲望に巻き込まれ無理やり兵器に乗せられた少年の孤独な姿が彼らの脳裏に浮かぶ。

自分たちだけが助かり彼を見捨てることなど絶対にできない。

 

「行きましょうひでさん!キラは僕たちの大切な友達です!」

 

サイが力強く頷きフレイの手を引いてひでの後に続く。

フレイは恐怖に顔を歪ませていたがサイの強い決意に押されるように無言で歩みを進めた。

 

「俺たちも行く!キラを見捨てて逃げるなんてできるかよ!」

 

トールもまたミリアリアの肩を抱きながら力強く宣言した。

極限の恐怖の中で彼らは自分たちの弱さと向き合いながらも友への友情と責任感を選び取ったのだ。

ひではその若者たちの決意を背中で感じ取り僅かに口角を上げた。

 

「いい覚悟だ、俺が必ず全員生かして帰してやる」

 

ひでのその大人の男としての頼もしい言葉が彼らの足取りを確かなものへと変えていく。

一行は煙の立ち込める通路を急ぎ医務室のある区画へと足を踏み入れた。

そのエリアもまた先ほどの爆発の影響を受けており照明は落ち無数の医療器具が床に散乱していた。

ユーラシア軍の軍医や衛生兵たちの姿はどこにもなく皆我先にと逃げ出した後であった。

 

「キラ!キラいるのか!」

 

トールが声を張り上げて薄暗い医務室の中へと駆け込む。

 

「トール、大声を出すな!まだ敵が残っているかもしれないぞ」

 

ひでが鋭く注意しながらライフルを構えて室内のクリアリングを行う。

香取と鹿島もハンドガンを構え左右の死角を素早く確認した。

安全が確保されたと判断したひでは銃を下ろしベッドの並ぶ奥へと進む。

 

「いました!キラです!」

 

一番奥のベッドでミリアリアが悲痛な声を上げた。

ひでたちが駆けつけるとそこには高熱にうなされ額に脂汗を浮かべたキラ・ヤマトが力なく横たわっていた。

ユーラシアの軍医たちは点滴の処置すら途中で投げ出し彼をこの暗闇の中に置き去りにしていったのだ。

 

「酷い……こんなのってないわ……!」

 

ミリアリアが涙ぐみながらキラの額に手を当てる。

その肌は火のように熱く彼の息遣いは浅く苦しげであった。

 

「キラ、しっかりしろ!迎えに来たぞ!」

 

サイがキラの肩を揺さぶるがキラはうわ言を呟くばかりで目を覚まそうとはしない。

限界を超えた疲労と過酷な戦闘のストレスが彼の若い肉体と精神を完全に蝕んでいたのである。

 

「退いてろ、俺が担ぐ」

 

ひではサイたちを下がらせるとライフルを背中に回しキラの体をヒョイと軽々と担ぎ上げた。

三十代の鍛え抜かれた肉体にとって十六歳の少年の重さなど大した負荷ではない。

だがその背中に乗る少年の命の重さはひでの心に深い責任感としてのしかかっていた。

 

「ひでさん、無理をしないでください、私たちが代わります」

 

鹿島が心配そうにひでの顔を覗き込む。

 

「気遣いはありがたいがこのくらいどうってことないさ、お前たちは引き続き索敵と警戒を頼む」

 

ひではキラを担ぎ直すと迷うことなく医務室の出口へと向かった。

 

「これで全員揃ったな、ここからが本番だぞ、ハンガーまでの最短ルートを突っ切る」

 

ひでの力強い号令に学生たちは大きく頷き再び地獄の通路へと足を踏み出した。

キラという重荷を背負いながらもひでの歩みは少しも遅れることはない。

彼の足取りは力強くその広い背中は学生たちにとってどんな盾よりも堅牢な防御壁のように見えた。

 

一行は崩落した瓦礫を避け炎の上がる区画を迂回しながらアークエンジェルが係留されているメインハンガーへと急ぐ。

その途中前方から複数の人影が足早に近づいてくるのを香取が感知した。

 

「ひでさん、前方から三人、ですがこの足音と気配はユーラシアの兵士ではありません」

 

香取の報告にひでは壁の陰に身を隠し慎重に前方を確認する。

煙の向こうから姿を現したのはアークエンジェルの正規の軍服に身を包んだマリュー、ナタル、そしてムウの三人であった。

彼らもまたユーラシア軍の尋問室から自力で脱出を果たし武器を奪ってハンガーを目指していたのである。

 

「艦長!ナタル!」

 

ひでが隠れ場所から姿を現し声をかけると三人は一瞬銃を構えかけたがすぐに相手が誰であるかを認識して安堵の表情を浮かべた。

 

「ひで少尉!それにみんなも!」

 

マリューが駆け寄り学生たちの無事を確認して目頭を熱くする。

艦長代理としての責任の重圧から解放され彼女は一人の女性としての優しい素顔を見せていた。

 

「よく無事でいてくれたな、艦長も怪我はないか」

 

ひではキラを背負ったまま艦長の肩を気遣うようにポンと叩いた。

 

「ええ、私たちは大尉のおかげでなんとか抜け出せました、でもあなたたちはどうやってあの監禁室から……」

 

マリューが不思議そうにひでと香取たちを見る。

 

「ひでさんが倒してくれたんです!見張りの兵士を素手であっという間に!」

 

カズイが興奮した様子でひでの活躍を報告する。

その言葉にナタルは驚きと感心の入り混じった視線をひでに向けた。

 

「民間人でありながら見事な格闘術と判断力だ、やはり貴様はただの素人ではないな」

 

生真面目なナタルからの最大の賛辞であった。

彼女はひでという男の実力を正規の軍人として完全に認めたのだ。

 

「俺のいた世界じゃこれくらいできなきゃ生き残れないからな、それより大尉、外の状況はどうなってる?」

 

ひではムウの方を向き素早く情報の共有を求めた。

お互いの無事を喜び合っている暇などこの崩壊する要塞の中には存在しないのだ。

 

「最悪だぜ、艦長が言ってたザフトの姿を消すガンダムが要塞の中で大暴れしてる、ユーラシアの連中は完全に指揮系統が麻痺してて迎撃どころか逃げ出すのに必死だ」

 

ムウが奪った拳銃を弄びながら肩をすくめる。

 

「やっぱりブリッツか、なら好都合だ、連中の目がそっちに向いている間に俺たちはアークエンジェルを動かす」

 

ひでは冷徹な判断を下す。

 

「だが艦に辿り着いたとしてもドックの固定アームを外さなければ発進はできないぞ」

 

ナタルが冷静に問題点を指摘する。

 

「なら俺がゼータプラスを出してアームを物理的に破壊する、大尉はストライクを頼めるか?」

 

ひでが背中のキラを見やりながらムウに問いかける。

本来のパイロットであるキラは高熱で完全に意識を失っておりとても操縦できる状態ではない。

 

「おいおい、俺はモビルアーマー乗りだぜ?あんな複雑な機体をいきなり動かせるわけないだろう」

 

ムウが苦笑いをして両手を上げる。

 

「OSの設定はナチュラルには無理ですわ、私たちがいればゼータプラスのシステムを使ってストライクの火器管制をある程度サポートすることは可能ですが機体を歩かせることすら大尉には不可能です」

 

香取が的確に状況を補足する。

 

「くそっ、ならゼータプラス一機で道を切り開くしかないか」

 

ひでが舌打ちをしたその時背中で意識を失っていたはずのキラが微かに身じろぎした。

 

「……ひで、さん……」

 

熱に浮かされた虚ろな瞳でキラがひでの肩越しに前を見る。

 

「キラ!お前は無理をするな、あとは大人たちに任せておけ」

 

ひでが厳しく言い聞かせようとするがキラの瞳には熱病とは違う強烈な意志の光が宿っていた。

 

「駄目です……僕が、僕が行かなきゃ……みんなが……」

 

キラは血を吐くようなかすれ声で絞り出すように言うとひでの背中から力なくずり落ちようとした。

サイとトールが慌てて彼を両脇から支える。

 

「キラ!お前その体でガンダムに乗る気かよ!死ぬ気か!」

 

トールが泣きそうな顔で怒鳴る。

 

「守るんだ……僕が、僕の友達を……」

 

キラのその悲痛なまでの決意に大人の男であるひでですら一瞬言葉を失った。

民間人でありながら自らの命を削ってでも仲間を守ろうとする少年の気高い自己犠牲の精神。

それはひでがかつて自衛隊で教え込まれた自己犠牲とはまた違うもっと純粋で痛ましいものであった。

 

「……分かった、だが無理だけはするな、危なくなったら俺がすぐに前へ出る」

 

ひではキラの目を真っ直ぐに見つめ短くしかし重みのある声で許可を出した。

彼が止めてもこの少年は必ずストライクに乗るだろうということがわかっていたからだ。

 

「ありがとう……ございます……」

 

キラは力なく微笑むとサイたちに支えられながら再び歩みを進めようとする。

 

「急ぐぞ!ハンガーはもう目と鼻の先だ!」

 

ひでがライフルを構え直し一行の先頭に立って駆け出す。

彼らの頭上ではアルテミスの堅牢な天井が悲鳴を上げて崩落を始めていた。

燃え盛る炎と絶え間ない爆発音の中をアークエンジェルのクルーたちはひでという強靭な盾に守られながら必死に走り続ける。

ユーラシア軍の兵士たちはもはや彼らを捕縛する余裕などなくただ逃げ惑うだけであった。

絶対防御という驕りに胡座をかいていた者たちの末路はあまりにも惨めで無様なものであった。

 

ひでのサバイバル能力が、ユーラシア軍の裏切りという絶望的な状況下で、アークエンジェルクルーに反撃の道を開いたのである。

 

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