※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

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第4章【銀色の揺り籠】

第7話【宇宙の傷跡】第4章【銀色の揺り籠】前半

『敵機の全滅を確認しました、ただちに艦へ帰還してください』

 

マリュー・ラミアス艦長の通信が、戦闘の終了を告げる。

その声には、アークエンジェルを絶体絶命の危機から救ってくれたパイロットたちへの深い安堵と、多大な負担を強いてしまったことへの申し訳なさが入り混じっていた。

 

「了解した、これより帰還する」

 

ひでは短く応じ、ゼータプラスの操縦桿をゆっくりと手前に引いた。

激しい戦闘によってフェイズシフト装甲のエネルギーを極限まで消耗した機体は、各部の関節から微細な火花を散らし、駆動音もどこか悲鳴のように聞こえる。

 

ひでは深く息を吐き出し、シートに背中を預けた。

全身を支配していた極度の緊張が解け、代わりに鉛のような疲労感がどっと押し寄せてくる。

戦場で盾になるという行為が、どれほど精神力と体力を削り取るものか、身をもって味わった気分だった。

 

「キラ、戻るぞ」

 

ひでが通信回路を開いて声をかけると、少し遅れてストライクから返答があった。

 

『……はい……』

 

それは、生き残った喜びも、仲間を守り抜いた高揚感も全くない、ただ虚ろで生気を失った声だった。

無理もない。

彼は今、自分と同じコーディネイターであり、このユニウスセブンで無惨に殺された犠牲者たちの無念を背負って襲ってきた同胞を、自らの手で撃ち殺したのだ。

その罪悪感と絶望が、十六歳の少年の心をどれほど深く抉り取ったか、ひでには痛いほど理解できた。

 

「……」

 

ひでは何も言わず、ただ静かに通信を切った。

ここで中途半端な慰めの言葉をかけることは、逆に彼の傷口に塩を塗り込むようなものだ。

今はただ、彼自身がこの残酷な現実を咀嚼し、飲み込むための時間が必要だった。

 

『ひでさん、お怪我はありませんか』

 

メインモニターの隅に、心配そうな香取の顔が映し出された。

彼女の瞳には微かに涙が滲んでおり、ひでが無事に生き残ってくれたことへの安堵が見て取れる。

 

「ああ、俺は無事だ、ゼータプラスの装甲がかなり削られたが、致命傷にはなっていない。お前たちの的確なサポートのおかげだ、助かったよ」

 

ひでが微笑みかけると、香取は少しだけ表情を和らげ、胸を撫で下ろした。

 

『本当によかったですわ。四機のジンに囲まれた時はどうなることかと……、もしひでさんに万が一のことがあったら、私……』

 

香取の言葉が途切れ、彼女は唇を強く噛み締めた。

練習巡洋艦として数多の戦場を知る彼女でさえ、愛する男が目の前で盾となり、集中砲火を浴びる光景は耐え難い恐怖だったに違いない。

鹿島も通信に割り込んでくる。

 

『ひでさん、機体のダメージレポートをアークエンジェルに送信しましたわ、帰投後すぐにマードック曹長たちが修理に取り掛かれるように手配してあります。ですが左腕部の駆動系はかなり深刻な状態です。無理な機動は控えて、ゆっくりと艦に向かってくださいませ』

 

「了解した鹿島。お前たちの細やかな気配りにはいつも頭が下がる。本当にいい女たちだよ」

 

ひでのストレートな褒め言葉に、鹿島の頬がほんのりと朱に染まる。

 

『も、もう……ひでさんったら。こんな時にからかわないでください。とにかく無事にお帰りになるまでが任務ですわよ』

 

鹿島は照れ隠しのように少し早口でそう言うと、通信のメインウィンドウを機体のレーダー情報へと切り替えた。

彼女たちの声を聞き、ひでの心の中の氷が少しずつ溶けていくのを感じる。

戦場の狂気の中で、彼女たちの存在はひでにとって唯一の人間らしさを保つための錨であった。

 

「さて、と……」

 

ひでは周囲のデブリ帯に再び目を向けた。

無数の残骸が、星々の光を反射して冷たく輝いている。

二十四万人もの命が消え去った巨大な墓標。

自分たちはここから生きるための水を奪い、そして墓を守ろうとした者たちを返り討ちにした。

 

「生き残るためとはいえ、業の深いことだ」

 

ひでは自嘲気味に呟いた。

軍人として、生き残るための最善の選択をしたことに後悔はない。

しかし、人間としての倫理観が、その行動を冷ややかに見つめている自分も確かに存在していた。

現代日本で平和に生きていた頃には、決して想像もできなかったような血なまぐさい現実。

自衛官としての訓練は受けてきたが、ここまでの修羅場を実際に経験することになるとは思ってもみなかった。

 

『……ひでさん』

 

不意に、鹿島の声のトーンが鋭く変化した。

先程までの安堵に満ちた声から一転し、再びオペレーターとしての張り詰めた緊張感を帯びている。

 

「どうした、鹿島」

 

「また敵のお出ましだったりしないだろうな」

 

ひでも即座に声のトーンを落とし、警戒態勢に入った。

疲労困憊の体でも、戦場にいる限り気は抜けない。

 

『いえ、モビルスーツの反応ではありません。ですが、アークエンジェルの右舷前方、巨大な外壁の残骸の裏側から微弱な熱源反応を感知しました』

 

鹿島の報告に、ひでは眉をひそめた。

 

「熱源だと?戦闘の余波で飛び散ったジンの残骸か?」

 

『違います。熱源のパターンが一定で明らかに何らかの生命維持装置、あるいはそれに類する小型ジェネレーターの稼働音と一致します。先程の戦闘空域からは少し離れていますし、ジンの残骸にしては温度が低すぎます』

 

「……嫌な予感がするな」

 

ひではゼータプラスの操縦桿を握り直した。

この死者の海で、未だに稼働している機械がある。

ザフトが仕掛けた機雷か、あるいは自動砲台の生き残りか。

もしアークエンジェルが気づかずに接近すれば、思わぬダメージを受ける可能性がある。

 

「香取、鹿島、目標の座標を送ってくれ、俺が直接確認しに行く」

 

『ひでさん、危険です。機体はすでにボロボロです、もしトラップだったら……』

 

鹿島が引き止めようとするが、ひでは首を横に振った。

 

「アークエンジェルは水処理作業と迎撃の事後処理で手一杯で、回避行動もままならないはずだ。もし爆発物なら安全な距離で処理しておく必要がある。それに、キラをこれ以上動かすわけにはいかないだろう」

 

ひでがサブモニターに目をやると、ストライクは相変わらず力なく宇宙空間を漂うようにしてアークエンジェルに向かっている。

あんな精神状態の少年に、不審物の確認という危険な任務を任せることは絶対にできない。

大人が背負うべき仕事だ。

 

『……わかりました。ですが‥‥‥、少しでも異常を感じたらすぐに離脱してくださいね』

 

香取が心配そうに念を押す。

 

「ああ約束する。俺だって無駄死にする趣味はない。しっかりと生きてお前たちの淹れてくれるお茶を飲むまではな」

 

ひではゼータプラスのスラスターを微かに吹かし、ストライクとアークエンジェルの帰投コースから外れて、鹿島から送られてきた座標へと機体を向けた。

巨大なプラントの外壁の残骸が、目の前にそびえ立っている。

その裏側に、謎の熱源は隠れているはずだった。

 

「慎重に行こう」

 

ひではビーム・スマートガンの出力を下げ、いつでも引き金を引ける態勢を保ちながら、残骸の縁に沿ってゆっくりと回り込んだ。

機体のカメラの倍率を最大に引き上げ、暗闇の奥を凝視する。

もし銃口がこちらを向いていたら、即座に破壊する覚悟を決めていた。

 

「……なんだ、あれは」

 

ひでは、モニターに映し出された物体を見て、思わず間の抜けた声を漏らした。

ザフトの機雷でもなければ、自動砲台でもない。

そこにあったのは、宇宙空間には全く不似合いな、銀色に輝く小型のポッドであった。

 

丸みを帯びた優雅なデザインで、表面には美しい装飾のラインが描かれている。

どう見ても軍事用の兵器や脱出ポッドには見えない。

むしろ、裕福な民間人が娯楽用に使うような、高級な宇宙艇のようだった。

 

「救命ポッドか?こんな場所で……」

 

ひでは訝しみながらも、ゼータプラスをゆっくりとそのポッドに近づけた。

センサーでスキャンすると、確かに生命維持装置が稼働しており、内部には人間の生体反応がある。

 

「民間人の遭難か……、あるいは、血のバレンタインの惨劇から奇跡的に生き延びて、ずっとここを漂っていたのか」

 

もしそうだとしたら、一年近くもこの暗闇の中で生き延びていたことになる。

常識的に考えてあり得ない話だが、目の前に現実に人が乗っているポッドがある以上、無視して通り過ぎるわけにはいかなかった。

軍人として、そして人として、見捨てるという選択肢は彼にはない。

 

「アークエンジェル、こちらゼータプラス。不審な熱源の正体を確認した。銀色の装飾が施された、民間用と思われる救命ポッドだ。生命維持装置は稼働しており中に生存者がいる」

 

ひでの報告に、ブリッジのマリューが驚きの声を上げる。

 

『民間用のポッドですって?こんなデブリ帯のど真ん中に?』

 

「俺にも信じられないが事実だ。これよりゼータプラスでポッドを回収し、アークエンジェルに帰還する」

 

『……わかりました。ですが、敵の罠である可能性もゼロではありません。収容は厳重な警戒のもとで行います』

 

「了解した」

 

ひではゼータプラスの巨大なマニピュレーターを操作し、銀色のポッドへと手を伸ばした。

傷ついた左腕は駆動系にエラーが出ており、思い通りに動かない。

右腕の五本の指を使い、卵の殻を扱うような慎重さで、ポッドを優しく抱え込む。

少しでも力を入れすぎれば、中の人間ごとポッドを潰してしまう。

 

「よし、確保完了」

 

ポッドを落とさないようにしっかりと胸元に抱え込み、ひでは機体を反転させた。

 

「キラ、もう一機分お土産が増えた。艦に戻るぞ……キラ?」

 

通信回路を通じて呼びかけるが、やはりキラからの返答は鈍い。

 

『…………はい』

 

数秒の沈黙の後、ようやく返ってきたのは、消え入りそうな声だった。

彼はまだ、自分が引き金を引いて同胞を殺したという事実から抜け出せずにいるのだ。

自責の念が、彼の心を深い暗闇の底へと引きずり込んでいる。

ひでは小さくため息をつき、ゼータプラスのスラスターを吹かしてアークエンジェルへと急いだ。

 

命を繋ぐための水を確保し、襲いくる敵を退けた。

しかし、その代償はあまりにも大きかった。

精神的な限界を超えてしまった十六歳の少年パイロット。

そして、この死者の海で漂っていた、素性も知れない謎の生存者。

 

回収作業を終えたアークエンジェルは、水を手に入れた代償として、二つの「重荷」

を抱え込むことになった。

 

 

 

アークエンジェルの第ニ格納庫は、異常なほどの緊張感に包み込まれていた。

傷ついたゼータプラスの腕から、銀色に輝く救命ポッドがクレーンへと慎重に移し替えられ、デッキの中央へと下ろされる。

その周囲には、アサルトライフルを構えた艦の警備兵たちが、半円状に幾重にも陣形を敷いていた。

 

現場の指揮を執っているのは、ナタル・バジルール少尉である。

彼女の表情は氷のように険しく、ピンと張り詰めた声が格納庫内に響き渡った。

 

「ポッドのハッチが開くぞ、中から何が出てきても私の命令があるまでは絶対に撃つな。だが、少しでも敵対行動をとった場合は即座に無力化しろ」

 

ナタルの命令に、兵士たちが無言で銃を構え直す。

カチャリと安全装置を外す乾いた金属音が、いくつも重なって聞こえた。

無理もない警戒態勢であった。

 

血のバレンタインの跡地というザフトにとっての聖域で、不自然に漂っていた謎のポッドである。

中から完全武装した暗殺部隊が飛び出してくるかもしれないし、あるいはハッチが開いた瞬間に自爆するトラップが仕掛けられている可能性も十分に考えられた。

 

ゼータプラスのコックピットから降りたひでも、ヘルメットを小脇に抱え、腰のホルスターに収められた九ミリ拳銃に右手を添えていた。

激しい疲労で全身の筋肉が軋んでいるが、軍人としてのスイッチはまだ切れていない。

ひでの斜め後ろには、ブリッジでの任務を一時的に交代し、駆けつけてきた香取と鹿島が控えていた。

二人はひでを盾にするように身を寄せ、不安げな表情でポッドを見つめている。

 

「ひでさん、お怪我の具合は……」

 

香取が小声で尋ねながら、ひでのパイロットスーツの破れや汚れを気遣うように視線を這わせる。

 

「大丈夫だ、ただの打撲と筋肉痛の親玉みたいなもんだ。それよりあの中身が何なのか、今はそっちの方が問題だ」

 

ひでの視線は、デッキの中央に鎮座する銀色のポッドに釘付けになっていた。

 

「どう見ても軍の備品には見えませんわね」

 

鹿島が、タブレット端末でポッドの外観データを分析しながら囁く。

 

「装甲の材質も民間レベルですし、何よりあの過剰な装飾は、実戦を想定した兵器のそれではありませんの」

 

「ええ、まるで貴族の遊び道具のようですわ」

 

香取も同意する。

ひでも同感だった。

しかし、だからこそ不気味なのだ。

こんな死の海に、民間人の娯楽用ポッドが単独で漂っている理由が説明できない。

 

プシュゥゥゥ……。

 

突如として、ポッドの接続部から圧縮空気が抜ける高い音が鳴り響いた。

格納庫の空気が一気に凍りつく。

警備兵たちの指が引き金に掛かり、ナタルがスッと右手を挙げて合図の準備をした。

ひでも拳銃のグリップを強く握り込み、いつでも抜けるように態勢を低くする。

 

ゆっくりと、本当にゆっくりと、銀色のハッチが上部に向かってスライドしていく。

その奥の暗がりから姿を現す敵を、誰もが息を詰めて待ち構えていた。

だが、そこから現れたのは、歴戦の軍人たちの誰もが予想だにしなかった、あまりにも場違いな存在だった。

 

「ふわぁ……」

 

小さく、そして全く緊張感のない欠伸の声が漏れた。

続いてポッドから顔を出したのは、血みどろの戦場には似つかわしくない、華やかなドレスを身に纏った少女だった。

桜色の長い髪が、無重力の宇宙空間でふわふわと舞っていた名残のように、彼女の背中で緩やかに波打っている。

透き通るような白い肌と、どこまでも無垢で大きな青い瞳。

年齢は、おそらくキラと同じくらいだろうか。

 

少女の腕の中には、ピンク色の丸いボールのような機械のペットが抱えられており、「ハロ、ハロ」

と電子音を鳴らしている。

彼女は、自らの周囲を取り囲む無数の黒い銃口と、殺気立った兵士たちの顔をぐるりと見渡した。

そして、恐怖の表情を見せるどころか、不思議そうに小首を傾げて、鈴を転がすような愛らしい声で尋ねたのである。

 

「ここは、どちら様のおフネですの?」

 

その瞬間、格納庫にいた全員が完全に硬直した。

先程まで充満していた緊迫した空気が、見えない針で突かれた風船のように、一瞬にしてパンッと弾け飛んでしまったのだ。

銃を構えていた兵士たちは困惑したように顔を見合わせ、あれほど冷徹に構えていたナタルでさえも、目を見開いて絶句している。

その場を支配していたのは、圧倒的な脱力感だった。

 

「おいおい、どこのお姫様だ……」

 

ひでは思わず額に手を当て、心の底から深い溜息をついた。

 

「まさか、ザフトの人間じゃないだろうな」

 

こんな死の海であるユニウスセブンの跡地に、お伽話からそのまま抜け出してきたようなドレス姿の少女が、たった一人で漂っていたのだ。

異常事態以外の何物でもない。

危機的な現場にこれほどまでに危機感の欠落した状態で現れることは、最悪のトラブルを引き起こす前兆でしかなかった。

 

「あの、お水を少しいただけませんこと?」

 

少女は屈託のない、花が咲くような笑顔で、自らに向けられた銃口の森に向かって尋ねた。

 

「ポッドの中の飲み物が、全部なくなってしまいましたの」

 

そのあまりにも無邪気すぎる言葉に、ひでは頭痛が激しくなってくるのを感じた。

自分たちはつい先程まで、死者の骸や血が混ざった氷を回収するという、地獄の淵を這いずるような思いをしてきたばかりなのだ。

それを、この少女はまるで、午後のピクニックの途中で喉が渇いたかのような軽い調子で口にしたのである。

 

「ひでさん……あの方は、一体何者なのでしょうか……」

 

香取が、ひでの背中からそっと顔を出し、信じられないというように小声で呟く。

 

「わからない。だが、とんでもないものを拾い上げてしまったことだけは、どうやら確かなようだな」

 

ひでは拳銃から手を離し、完全に警戒を解いた。

これほどまでに殺気や敵意の欠片もない少女に向かって銃を向け続けるのは、あまりにも滑稽であり、軍人としての誇りが許さなかった。

 

「総員、銃を下ろせ」

 

ようやく我に返ったナタルが、忌々しそうに舌打ちをしながら指示を出す。

兵士たちは戸惑いながらもアサルトライフルを下げ、少女をポッドから降ろすためのタラップを準備し始めた。

 

「貴女の身元を確認させてもらう」

 

ナタルが少女に歩み寄り、厳しい口調で尋ねる。

 

「私の名前はラクスと申します。ラクス・クラインですわ」

 

少女は、自らが名乗ったその名前が、地球連合軍の士官たちにどのような意味を持つのか、全く理解していないような無垢な笑顔で答えた。

ひでの隣で、鹿島が息を呑む音が聞こえた。

 

「クライン……?ひでさん、クラインといえば、プラント最高評議会の……」

 

鹿島の言葉に、ひでもハッとして眉をひそめた。

プラントの最高評議会議長、シーゲル・クライン。

コーディネイターのトップに君臨する男の姓である。

もしこの少女がその親族だとすれば、この状況は単なる遭難者の救助というレベルを遥かに超えた、極めて政治的で危険な意味合いを帯びてくる。

 

しかし、ひでの思考はすぐに別の問題へと引き戻された。

彼の視線は、騒ぎの中心であるピンク色の少女から外れ、格納庫の隅で静かにうずくまっている、もう一機の機体へと向けられていた。

ストライクガンダムである。

アークエンジェルに帰投し、所定のハンガーに固定されてからすでにかなりの時間が経過しているというのに、そのコックピットハッチは固く閉ざされたままであった。

 

「キラ……」

 

ひでは、あの暗く狭いコックピットの中で、一人で震えているであろう少年の姿を思い浮かべた。

自分が戦いで奪ってしまった命の残像、そして、同胞の墓場から生きるための水を奪ったという、決して消えることのない罪悪感。

モビルスーツを撃墜するということは、単に機械を壊すことではない。

中にいる生身の人間を、高温のビームで一瞬にして炭化させるということだ。

その死の感触が、キラの繊細な心を幾重にも縛り付け、一歩も外の世界に出ることを許さないのだ。

 

「ひでさん、キラ君の様子が……」

 

香取もストライクの異常に気づき、心配そうに声をかけてくる。

 

「放っておいてやれ」

 

ひでは短く答え、ストライクから目を逸らした。

 

「今は、誰が何を言っても彼の心には届かない」

 

「自分で自分のやったことを受け入れて、立ち上がるしかないんだ」

 

ひでの言葉は冷酷に聞こえるかもしれないが、それが戦場を生き抜くための唯一の手段であった。

誰かが代わりに背負ってやることはできない。

どれほど泥にまみれ、血の匂いに吐き気を催しても、自分の足で立ち上がらなければ、次の戦場では確実に死が待っている。

だからこそ、ひでは今はあえて彼を一人にしておくことを選んだ。

 

「……残酷な世界ですわね」

 

鹿島が、悲しげに瞳を伏せて呟く。

 

「あんな優しい心を持った子供に、同胞を殺させるなんて」

 

「ええ……本当に」

 

香取も深く同意し、自身の胸元で両手を組み合わせた。

 

ひでは深く息を吐き出し、再び格納庫の中央へと視線を戻した。

そこでは、兵士たちに囲まれながらも全く動じる様子を見せず、ピンク色のハロを弾ませながら無邪気に笑っているラクス・クラインの姿があった。

彼女のその無垢な明るさは、この血塗られたアークエンジェルの艦内においては、あまりにも異質であり、眩しすぎた。

しかし、その眩しさが、逆にこの艦に乗り込んでいる者たちの心の闇を深くえぐり出すような、妙な恐ろしさをひでは感じていた。

 

この少女がプラントの歌姫ラクス・クラインであることを、この時の彼らはまだ知らない。

命の源である水を確保したという安堵は一瞬にして消え去った。

血のバレンタインの跡地で、同胞を殺した傷を抱えた少年と、敵国のトップの娘かもしれない謎の少女。

 

水を確保した安堵は一瞬で消え、アークエンジェルは最も厄介な「新たな火種」

を抱え込んでしまった。

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