ドンッ、という腹の底を直接揺さぶるような重々しい衝撃音が、極秘裏に設けられた薄暗い格納庫全体に、不吉な残響を伴って鳴り響いた。
それは、ひでたちが直前まで背を向けていた、この空間と外部を隔てる巨大なハッチが、外側から物理的に、そして強引に破壊されようとしている死の宣告に他ならなかった。
数十センチの厚みがあるはずの防爆扉が、ミシリ、ミシリと嫌な金属音を立てて内側へとひしゃげ、隙間から火花が散り始めている。
敵の追跡部隊が、この隠された格納庫の存在に完全に気づき、強行突破を図っているのだ。
「ひでさん、扉が限界です」
下方の足場から這い上がってきた鹿島が、肩を震わせながら背後を振り返り、切迫した声を漏らす。
彼女の優れた索敵能力は、分厚い鋼鉄の向こう側で殺意を滾らせている複数の敵兵の息遣いすら感知しているようだった。
「わかってる。急げ、一秒でも惜しい」
ひでは、三十代の疲弊した身体に極限の緊張感からくるアドレナリンを限界まで回し、目の前に鎮座する巨大な機体へと向き直った。
その灰色の巨人の胸部装甲に備え付けられた、赤い緊急用の外部強制開放レバーを両手で掴み、力任せに手前へと引く。
プシューッ、という高圧の空気が漏れ出す重々しい排気音と共に、機体の胸部ブロックが重厚な駆動音を立てて前方にスライドした。
格納庫の薄暗い空間に、さらに暗く狭いコックピットの入り口が遂にその口を開けたのだ。
非常用の弱々しい赤いランプに照らし出されたその内部空間を覗き込んだ瞬間、ひでの顔色が一気に蒼白になった。
「嘘だろ……単座式かよ」
ひでの乾いた唇から、絶望的な呻き声が漏れる。
そこに用意されていたのは、パイロットが一人で座り、周囲を無機質な計器とモニターで完全に覆われる、戦闘機と全く同じ窮屈極まりないバケットシートだったのだ。
自動車の助手席や、ましてや後部座席のような、気の利いた居住空間などというものは、最新鋭の軍事用機動兵器に存在するはずもなかった。
成熟した肉体を持つ大人の男女三人が、この狭小なスペースに同時に入り込むなど、物理的な理屈を超えた不可能に近い要求であった。
「ひでさん、悩んでいる暇はありません。私たちがなんとか合わせますから、まずは中へ」
ひでのすぐ下、鉄骨の足場まで登ってきていた香取が、弾着の恐怖に顔を強張らせながらも、軍属としての毅然とした声でひでを促した。
その直後だった。
ガアァァァンッ、という耳を劈くような金属の破断音と共に、格納庫の入り口を塞いでいた分厚いハッチが遂に限界を迎え、内側に向かって無惨に吹き飛ばされたのだ。
もうもうと舞い上がる粉塵と硝煙の隙間から、見知らぬ緑色の軍服を着た兵士たちの姿が雪崩れ込んでくるのが見えた。
「そこだ。機体に取り付いている奴らがいるぞ。排除しろ」
冷酷な指揮官の怒声と共に、アサルトライフルの乾いた連射音が格納庫内に反響する。
カンッ、カンッ、という甲高い音を立てて、ひでの顔のわずか数十センチ横の機体装甲に、飛来した実弾が火花を散らして弾かれた。
もはや、一秒の猶予も残されてはいなかった。
ここで躊躇えば、三人仲良く蜂の巣にされて、この名も知らぬ異世界の戦場で名もなき肉片と化すだけだ。
「ええい、四の五の言ってる余裕はねえ。無理矢理にでも詰め込むぞ」
ひでは意を決し、まずは自らが操縦席の奥深くへと頭から滑り込んだ。
そして、ハッチの縁にしがみついている鹿島の細い腕を強引に掴み、自らの体の上へと力任せに引きずり込んだ。
「きゃあっ」
鹿島が短い悲鳴を上げ、バランスを崩してひでの上へと倒れ込んでくる。
「香取、お前も来い。スペースがない、押し込め」
「失礼します、ひでさん」
香取が意を決して飛び込み、ひでは彼女の白い軍服の襟首を掴んで強引にコックピット内へと引き入れた。
香取が転がり込んでくると同時に、ひでは装甲の裏側にあった閉鎖用の赤いスイッチを乱暴に叩き込んだ。
プシューッ、ガコンッ。
重厚な金属のハッチが、外の光と硝煙の匂い、そして死を呼ぶ銃声を完全に遮断して閉ざされた。
直後、外装を叩く激しい銃撃音が、分厚い装甲越しにこもった重低音となって響くが、ひとまずの致命的な凶弾は避けられた。
しかし、完全に閉ざされたコックピット内部は、ひでにとって、外の銃撃戦とは全く別のベクトルで、完全に情欲の地獄と化していたのである。
「うおっ……ぐ、狭ぇ」
完全な密室、そして身動きすら一切取れないほどの、異常な密着状態であった。
一人用のバケットシートの奥底にひでが深く腰掛け、その両脚の間に挟まるような形で、対面向きに鹿島が覆いかぶさっている。
さらにその横、ひでの右半身に完全にのしかかるようにして、香取が無理な体勢で押し込められていた。
「ひ、ひでさん……あの、近いです」
暗闇の中、鹿島の震えるような甘い声が、ひでの顎のすぐ下から聞こえた。
近いどころの話ではない。
ひでと鹿島は、互いの吐息が直接唇にかかるほどの至近距離で、文字通りパズルのピースのように密着していたのだ。
鹿島の小柄ながらも極めて肉感的な身体が、ひでの筋肉質な体躯に完全に預けられている。
彼女の柔らかく豊かな太ももが、ひでのスラックス越しの脚を両側から挟み込むように密着し、タイトスカートがずり上がったことで、生々しい素肌の温もりが直接伝わってきた。
さらに、彼女の最大の特徴である極めて豊満な双丘が、ひでの胸板と腹筋に容赦なく押し付けられている。
鹿島が恐怖と緊張で浅い呼吸をするたびに、その圧倒的な質量と弾力がムニュリと形を変えてひでの身体に食い込んでくるのが、衣服越しでもはっきりとわかるのだ。
「す、すまん鹿島。動けないんだ」
「い、いえ……大丈夫、ですけれど」
鹿島は暗がりの中でも顔を真っ赤にしているのがわかるほど、声に熱を帯びていた。
今まで男性とここまで極限の密着状態になったことなどない彼女にとって、これはあまりにも刺激が強すぎる状況だった。
しかし、同時に彼女の心の中に芽生えていたのは、恐怖や嫌悪ではなく、不思議なほどの安心感だったのだ。
彼女の柔らかな太ももの内側に感じる、ひでの鍛え抜かれた脚の筋肉の硬さ。
自分を包み込むようにシートに背を預ける、広くて逞しい大人の男の胸板。
そして、耳元で一定のリズムを刻む、力強く落ち着いた心音。
鹿島は、自らの豊かな肉体が三十代の大人の男性に押し付けられていることへの羞恥に身をよじりながらも、恐怖に震えていた心が、ひでの体温によってジンジンと溶かされていくのを感じていた。
無意識のうちに、彼女はひでの首に腕を回し、その広背筋にしがみつくようにさらに身を寄せてしまう。
「ちょっ、鹿島」
ひでが小さく呻くが、受難はそれだけではなかった。
「ひで、さん……あの、私の右腕が」
ひでの右側から、香取の苦しげな、しかしどこか艶をおびた声が響く。
香取はひでの右半身に覆いかぶさるような体勢になっており、ひでの右腕が、香取の豊かな胸の谷間に深く挟まり込む形になってしまっていたのだ。
彼女が身動きを取ろうとするたびに、張りのある柔らかな双丘がひでの右腕を包み込み、制服の生地越しであっても、その先端の硬い感触すら伝わってくるほどの圧迫感を生んでいる。
「香取、お前もか。悪い、俺の腕が抜けないんだ」
「わ、わかっています。でも……その、当たって……っ」
常に凛とした教官としての顔を崩さなかった香取も、この異常な密着状態には完全に冷静さを失っていた。
彼女の顔はひでの右肩のすぐ横にあり、彼女が吐き出す熱い呼気が、ひでの首筋を直接撫で上げる。
香取は、自らの豊かな胸が三十代の大人の男の太い腕に無残に押し潰され、形を変えられているという事実に、理性が焼き切れそうになるほどの羞恥を感じていた。
しかし、香取の身体の奥底で疼いていたのは、単なる羞恥だけではない。
極限の戦場において、自らの無力さを痛感した彼女を、我が身を呈して守り抜き、この分厚い鋼鉄の壁の中へと導いてくれた一人の男。
彼の汗と微かな硝煙の入り混じった、大人のオスの匂い。
鋼のように引き締まった肉体の感触。
教官として上に立つことしか知らなかった彼女の内に、強烈な雌としての本能が呼び覚まされようとしていた。
彼女の掛けている赤いアンダーリムの眼鏡が、二人の吐息と急上昇した体温によって白く曇っていく。
狭く密閉されたコックピット内に、三人の荒い息遣いだけが反響する。
空調もまだ作動していない空間は、瞬く間にむせ返るような熱気に包まれた。
ひでの鼻腔を、強烈な香りが容赦なく殴りつける。
鹿島から漂う、甘く蕩けるような、まるで熟した果実のような柔らかい香り。
香取から漂う、高貴で清涼感がありながらも、今は汗と熱情によって濃密に熟成された大人の女の香り。
異なる二つの極上の香水のような匂いが狭い空間で混ざり合い、ひでの三十代の独身男としての理性を、根元からへし折ろうと牙を剥いていた。
ひでの額から、恐怖とは全く別の変な汗が滝のように吹き出す。
右からは香取の豊満な弾力が腕を締め付け、正面では鹿島の圧倒的な双丘が胸板に押し付けられ、下半身は鹿島の肉感的な太ももに完全にホールドされている。
どこをどう動かしても、極上の女の肉体の柔らかい部分にしか当たらない。
下半身の血液が、三十代の健康な男として当然の反応を示し、熱を持ち始めるのを感じる。
ひでは必死に奥歯を噛み締め、大人の男としての自制心を総動員して、湧き上がる情欲を叩き伏せようとする。
「す、すまん二人とも。わざとじゃないんだ、俺の手足が勝手に当たっちまってるだけで。今は我慢してくれ、こっちだって生きた心地がしねえんだよ」
ひでは、自らの動揺を隠すように、少しだけ声を荒げてそう言った。
「ひでさん、少し落ち着いてください。呼吸が乱れていますよ。……それから、そんなに必死に言い訳をされなくても、状況は分かっています。今は、生き残ることを最優先にしましょう」
香取の声は、いつもの凛とした教官のそれに戻っていた。
しかし、その声には艶を帯びた響きが混ざり、彼女はわざとらしくひでの右腕にさらに自らの胸を押し付け、密着の度合いを強める。
この極限状態において、彼女たちは自らが女であることを無意識に武器にし、ひでという大人の男に精神的に依存し始めていたのだ。
「そうですよ、ひでさん。私だって、ひでさんの体温を感じて、すごく安心しているんですから」
鹿島もまた、ひでの胸に顔を埋めたまま、甘えるようにすり寄ってくる。
三十路の理性が、音を立てて崩壊しそうになった、まさにその瞬間だった。
ドガンッ、という耳を劈くような轟音と共に、彼らを包み込むコックピットの分厚い装甲が、外からの強烈な衝撃を受けて激しく揺さぶられた。
「きゃああっ」
鹿島が悲鳴を上げ、ひでの胸にさらに強くしがみつく。
「くっ」
香取も苦悶の声を漏らし、ひでの右腕を強く抱え込んだ。
ロケットランチャーか何か、強力な重火器の直撃を受けたらしい。
凄まじい衝撃音がコックピット内に反響し、エロチックなハプニングの余韻は、冷や水でもぶっかけられたかのように一瞬で吹き飛んだ。
現実が、無慈悲に牙を剥いて戻ってきたのだ。
「遊んでる場合じゃねえ。外の連中、本格的にこの装甲をぶち抜く気だぞ」
ひでは瞬時に大人のオスの顔から兵士の目へと切り替わり、鋭い声で叫んだ。
ここがただの避難所ではなく、死線の真っ只中であることを思い出す。
「このままジッとしてたら、装甲を破られてミンチにされる。なんとかして、こいつを起動させるんだ」
「き、起動って……ひでさん、これの動かし方がわかるんですか」
香取が焦燥に駆られた声で問う。
「わかるわけねえだろ。俺はただの元自衛官だ。だが、やるしかないんだよ。自動車のエンジンと一緒だ、どこかにメインスイッチかスターターが」
ひでは鹿島の肉感的な身体越しに、必死に正面のコンソールパネルを手探りで探ろうとする。
しかし、暗闇の中で無数のスイッチが並ぶパネルは、素人のひでには何が何やら全く判別がつかなかった。
その時、ひでの動揺を察した二人の女性が、軍属としての驚異的な直感を見せた。
「ひでさん、待ってください。無闇に触っては駄目です」
香取がひでの右腕を制し、自らの左手をコンソールへと伸ばす。
彼女たちは、この未知の機械に囲まれた密室で、自分たちが何をすべきかを瞬時に直感していた。
それは、かつて海の上で巨大な兵器を操り、死線を越えてきた者としての、血に刻まれた兵器への親和性だった。
「香取、お前……わかるのか」
「詳細な言語やシステム規格は違います。ですが、姿形は違えど、兵器としての魂の構造は同じです。動力炉から駆動系へのエネルギーのバイパス……その流れが、私には感覚として見えます」
香取が、ひでの肩越しにコンソールを睨みつけながら、確信に満ちた声で言った。
彼女はひでの右腕を自らの豊かな胸で挟み込んだまま、空いている左手で驚異的な速度でパネルの特定の部分をなぞっていく。
「鹿島、足元の油圧バイパスを確認して。私がメインの電装系を叩き起こします」
「了解しました、香取姉さん。ひでさん、右足に力を込めて。ペダルの奥にある緊急用のフットスイッチを、足の裏で探ってください。私が誘導します」
鹿島もまた、ひでの脚の間に自らの柔らかな脚を割り込ませ、足元の複雑なペダル機構に自らの足を重ね合わせた。
彼女たちは、この未知の人型兵器を、まるで長年連れ添った自分たちの体の一部であるかのように扱い始めていたのだ。
「動力系統、強制起動のシークエンスに入ります。回路の組み換えを開始。ひでさん、私が指定した左のレバーを三段階引き下げて」
「あ、ああ、わかった」
ひでは、香取の指示に従い、鹿島の身体越しに左側のレバーを握り、力任せに引き下げた。
その瞬間、機体全体がドクン、と巨大な心臓が鼓動を始めたかのような、凄まじい振動に包まれた。
非常灯の赤い光だけが頼りだったコックピット内に、電子機器の覚醒を告げる無数のインジケーターが点灯し、三人の顔を青白く照らし出す。
「ついた」
ひでが安堵の声を漏らす。
しかし、起動したメインモニターに映し出されたのは、期待していた外部のカメラ映像などではなかった。
血のようにどぎつい赤い文字で構成された、膨大な量のOSエラーコードと英字の羅列が、滝のように高速でモニター上を流れ落ちていたのだ。
警告を意味するピピピピという耳障りな電子音が、狭く密閉されたコックピット内に無慈悲に鳴り響く。
火器管制や駆動系のキャリブレーションが全く終わっていない、完全な未完成状態であることを、システムそのものが絶叫して知らせていた。
ひでたち三人は、起動したばかりの鋼鉄の巨神の胎内で、さらなる絶望的な現実に直面することとなるのだった。
起動したメインモニターが放つ暴力的なまでの白い光が、赤い非常灯の暗闇に慣れていた三人の視界を一時的に奪った。
「うおっ、まぶしっ」
ひでは思わず目を細め、正面のメインコンソールを睨みつけた。
視界が回復すると同時に目に飛び込んできたのは、期待していた外部のカメラ映像などではなかった。
どす黒い赤色で埋め尽くされた警告画面の嵐だったのだ。
何百、何千というエラーコードが滝のように上から下へと流れ落ち、スピーカーからは心臓を逆撫でするような警告音が鳴り響き続けている。
「な、なんだこれ。エラーだらけじゃないか」
ひでが焦燥に駆られてキーボードを叩くが、機体はピクリとも動く気配を見せない。
それどころか、画面中央に巨大な『OS ERROR:NOT CONFIGURED』という文字が無慈悲に点滅を始めた。
「未完成……いえ、それ以前の状態です。制御系、火器管制、駆動プログラムのすべてが初期設定すら終わっていません」
背後からひでの右肩越しにモニターを覗き込んでいる香取が、悲痛な声を上げた。
彼女の豊かな肉体が、身を乗り出した拍子にひでの右腕をさらに強く圧迫する。
その重量感と柔らかな弾力が、腕を通じてひでの脳に直接訴えかけてくるが、今の彼はそれどころではなかった。
「動かねえのかよ、このデカブツは。せっかく乗り込んだってのに、このままじゃただの巨大な棺桶だぞ」
ひでは、自衛隊時代の訓練を必死に思い返していた。
どんな最新鋭の装甲車輌であっても、緊急時に物理的なバイパスを通す手段が用意されているものだ。
しかし、目の前のコンソールはひでが知るいかなる兵器の規格とも異なっている。
そもそも、全高十数メートルもある人型の機動兵器を、たった一人のパイロットがキーボードと二本のレバー、そしてフットペダルだけで制御しようということ自体が、ひでの常識からすれば狂気の沙汰であった。
三十代の疲弊したサラリーマンの額から、恐怖とはまた別の脂汗が滝のように流れ落ちる。
空調すら効いていないむせ返るような熱気がコックピット内に充満し、ひでの右半身に密着している香取の荒い吐息が首筋にかかるたびに、高貴で清涼感のある大人の女の香りが鼻腔をくすぐる。
「ひでさん、右のサブモニターに……この機体のシステム名称が出ています」
香取が震える指で、エラーコードの羅列の隅を指し示した。
そこには、この機体の根幹を成すオペレーティングシステムの正式名称が記されていた。
『General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver』
「……単方向の神経接続による分散自律機動システム?」
香取がその長大な英字を流暢な発音で読み上げる。
その頭文字を無意識に繋ぎ合わせたひでの口から、誰に教えられたわけでもない一つの単語が自然と漏れ出た。
「……『GUNDAM(ガンダム)』?」
その単語が発せられた瞬間、モニターの深層で何かが脈動したように見えた。
続けて、その下に機体識別コードが展開される。
『GAT-X306 ZETA-plus』
「ゼータプラス……ガンダムか。名前だけは立派だが、動かなきゃただの鉄屑だぞ」
ひでが苛立ちをぶつけるように操縦桿を激しく揺さぶる。
だが、油圧系統が死んでいるのか、レバーは虚しい抵抗感を返すだけだった。
その時、外部マイクが格納庫内の異変を拾い上げた。
『おい、中に誰か入り込んだぞ。爆薬をセットしろ、ハッチごと吹き飛ばして中身を引きずり出せ』
「ひっ……」
正面でひでの胸に顔を埋めていた鹿島が、短い悲鳴を上げて身体を震わせる。
彼女の圧倒的な肉感が、ひでの腹筋を押し潰さんばかりに密着し、逃げ場のない熱を伝えてくる。
密閉されたコックピット内の温度は、三人の体温と機器の排熱ですでに真夏のような暑さに達していた。
「ひでさん……外の連中、本当にやる気です。あと数十秒で装甲が焼き切られます」
鹿島がひでの脚の間で、自らの太ももをひでの脚に強く絡ませながら訴える。
彼女の優れた索敵能力は、分厚い装甲越しに敵兵が爆薬を設置する微かな振動さえも捉えていた。
その切迫した状況下にあっても、鹿島の柔らかな素肌がひでのスラックス越しに伝わってくる感触は、三十代の健康な男の理性を限界まで削り取っていく。
「クソッ、大人が三人揃ってこんな狭い場所で蒸し焼きかよ。笑えねえ冗談だ」
ひでは歯を食いしばり、目の前の電子の迷宮を睨みつけた。
しかし、どう足掻いても彼にはこの未完成のOSを制御する知識がない。
絶望が暗い影を落とそうとしたその時、二人の女性が信じられない行動に出た。
「ひでさん、私たちがシステムを補助します」
香取が、ひでの耳元で力強く宣言した。
彼女は自らの豊かな胸がひでの腕に押し潰されている羞恥をかなぐり捨て、ひでの肩越しにコンソールへと手を伸ばす。
「私たちが……って、お前ら、こんなシステムの使い方がわかるのか」
「詳細なプログラム言語は異なりますが、兵器としての論理構造は同じです。私が未完成のOSを強制的に書き換え、バイパスを構築します」
香取が、驚異的な速度でキーボードを叩き始めた。
彼女の指先が動くたびに、ひでの右腕に極上の柔らかい弾力が擦り付けられるが、ひでは奥歯を噛み締めてその快感を意識の外へと追いやる。
地球連合軍が極秘裏に開発した最新鋭のオペレーティングシステム。
本来、ナチュラルの技術者たちが数ヶ月かけても調整しきれなかったその難解なコードを、彼女は兵器としての本能で読み解いていく。
「鹿島、駆動系の同調をお願いします。私がメインスロットルのロックを解除するから、その瞬間に機体の筋肉へ信号を送って」
「了解しました、香取姉さん。ひでさん、私がペダルの同期を合わせますから、香取姉さんの指示に従ってください」
鹿島もまた、ひでの脚の間にいるという恥ずかしい体勢のまま、足元のペダルに自らの足を重ね合わせた。
彼女たちは、この未知の機動兵器を、まるで長年連れ添った自分たちの体の一部であるかのように扱い始めていたのだ。
それは、かつて海の上で巨大な兵器を操っていた艦娘としての、血に刻まれた親和性だった。
「ひでさん、右のサブコンソールにあるスイッチを起動してから、メインスロットルを握ってください」
香取が的確な指示を飛ばす。
「了解だ。起動、スロットルスタンバイ」
ひでは深く追及せず、二人の女性の主導に必死に食らいついた。
ス
マートなエースパイロットのような操縦技術など一切ない。
あるのは、二人の女性を信じ、言われたままコマンドを入力する一兵卒としての必死の生存本能だけだ。
「スロットル操作に合わせます。ひでさん、右足のペダルをゆっくりと踏み込んでください」
鹿島が、ひでの脚に自らの太ももを密着させたまま、足首の角度を絶妙に調整してペダルの踏み込みをサポートする。
彼女の甘い吐息がひでの下半身にかかり、理性が限界を迎えそうになる。
「くそっ、踏み込むぞ。合わせろ」
ひでは、変な汗を全身から吹き出させながら、鹿島の柔らかな脚の感触と共にペダルを押し込んだ。
三人の呼吸が、限界の密着状態の中で完全に一つに重なり合う。
香取の論理的なシステム改竄。
鹿島の直感的な機体制御の同期。
そして、ひでの大人の決断力と実行力。
三人の息がピタリと合ったその瞬間だった。
ドクンッ、と機体全体が、まるで巨大な心臓が鼓動を始めたかのような、凄まじい振動に包まれた。
暗転していたモニターが一気に輝きを取り戻し、膨大なエラーコードが次々と緑色のクリアサインへと書き換わっていく。
『PHASE-SHIFT ARMOR:DEPLOYING』
「バッテリー電圧安定。フェイズシフト装甲、展開します」
香取の歓喜に満ちた声が響く。
それまでくすんだ灰色だったゼータプラスの装甲が、金属光沢を帯びた洗練されたカラーリングへと一変した。
「ひでさん、手応えが来ました。機体の神経が繋がりました」
鹿島がひでの脚を強く抱きしめながら叫ぶ。
キィィィィィィィン、という高周波の駆動音が響き渡り、格納庫内に鎮座していた鋼鉄の巨像が、ついにそのツインアイに鋭く強烈な発光を宿した。
外部カメラの映像がパノラマ状に展開され、分厚い装甲の向こう側に迫るザフト兵たちの姿が鮮明に映し出される。
彼らは、扉を破壊するために爆薬を仕掛け終わり、まさに起爆スイッチを押そうとしている瞬間だった。
「いけええええっ」
ひでが操縦桿を力任せに引き上げると、膝をついていた巨大な機体が、重力に抗うようにゆっくりと、しかし確実に立ち上がり始めた。
ガシャアアアアアンッ、という凄まじい轟音が格納庫内に反響する。
ゼータプラスは、ひでの乱暴なスロットル操作に応え、自らを繋ぎ止めていた数トンの重みがある拘束具を、圧倒的なトルクで引きちぎった。
太い給電ケーブルが火花を散らしながら千切れ飛び、格納庫内に激しい衝撃波が吹き荒れる。
機体はまだ未完成のOSのせいで関節の動きがぎこちなく、人間で言えば生まれたての小鹿のように不格好であった。
しかし、全高十五メートルを超える鋼鉄の巨体が立ち上がるという圧倒的な質量と暴力の気配は、紛れもなく戦場を支配する本物の機動兵器のそれであった。
「……なっ、なんだあいつは。動くはずのない機体が」
外にいたザフト兵たちが、見上げるような巨体の起動に腰を抜かして後ずさりする様子がモニター越しに見えた。
「悪いな、お兄さん方。こっちは三人分の命がかかってんだ。退いてもらうぞ」
ひでは、正面で鹿島の柔らかな肉体を、右側で香取の熱い体温を全身に感じながら、不敵な笑みを浮かべた。
三十路を過ぎた大人の男と、二人の美しい艦娘による、泥臭くも熱い反撃の狼煙が、崩壊するヘリオポリスの暗がりの中でついに上がったのだった。