※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

36 / 38
第2章【届かない援護】

宇宙空間を切り裂く紅い閃光が、キラ・ヤマトの視界を鮮血のように染め上げた。

ストライクガンダムのメインモニターが、強烈なビームの圧倒的な熱量に反応して激しいノイズを走らせる。

 

「くっ……!」

 

キラは反射的に操縦桿を横に倒し、エールストライカーのメインスラスターを最大出力で噴射させた。

ストライクは無重力の空間で急激なロール機動を行い、コックピットを狙った致命的な一撃を紙一重で回避する。

しかし、その回避行動すらもあらかじめ予測していたかのように、紅い装甲を持つ機体――イージスガンダムが、ストライクの眼前に肉薄していた。

 

『キラァァァッ!!』

 

接触回線を通じて、アスラン・ザラの悲痛な叫び声がキラの鼓膜を激しく震わせる。

それは、かつて月面のコペルニクスで共に学び、無邪気に笑い合った、誰よりも大切な親友の声そのものだった。

 

「アスラン!なぜ君が!」

 

キラの口からも、悲鳴にも似た問いかけが自然と漏れ出た。

互いに殺したくないと心の底から願いながらも、戦場という名の無慈悲な舞台では、こうして刃を交えるしかない。

これが、コーディネイターとナチュラルが血を洗う、この残酷な戦争の運命だった。

イージスガンダムが両腕に内蔵されたビームサーベルを展開し、十字に斬りかかってくる。

キラはストライクのシールドを瞬時に前面に押し出し、その凶刃をなんとか受け止めた。

装甲の表面に塗布された対ビームコーティングが激しく蒸発し、凄まじいプラズマの火花が二機のガンダムの間で炸裂する。

 

「どいてよ、アスラン!僕はあっちに行かなきゃいけないんだ!」

 

キラはメインモニターの端に映る、先遣隊の旗艦モントゴメリの光点に視線を向けながら叫んだ。

 

「あの船には、僕の友達のお父さんが乗っているんだ!助けに行かせてくれ!」

 

アークエンジェルの艦内で半狂乱になっていたフレイ・アルスターの姿が、キラの脳裏に焼き付いて離れない。

彼女の悲鳴が、彼女の涙が、キラの背中を強迫観念のように押し続けていた。

 

『そんなこと、俺が知るか!』

 

アスランの怒号が通信機越しに響き渡る。

イージスはそのスラスターを逆噴射させ、ストライクとの距離を一瞬で開いた。

 

『お前こそ、なぜ同胞であるコーディネイターを裏切って、地球軍の肩を持つんだ!』

 

距離を取ったイージスが、そのままの勢いで手足を大きく広げ、特徴的なモビルアーマー形態へと瞬時に変形する。

四つの巨大なクローを持つ異形の姿となったイージスが、中央部の580mm複列位相エネルギー砲「スキュラ」

の銃口をストライクへと向けた。

 

「僕は、裏切ってなんかいない!ただ、友達を守りたいだけなんだ!」

 

キラはストライクのビームライフルを連射するが、イージスはモビルアーマー形態の圧倒的な直線機動力を活かし、その射線を容易に潜り抜けてくる。

 

『守るだと!?プラントに核を撃ち込み、罪のない人々を虐殺したナチュラルの軍隊でお前は何を守るというんだ!』

 

アスランの言葉には、血のバレンタインで失われた同胞への深い悲しみと、ザフトのエースパイロットとしての重い責任が込められていた。

スキュラの砲口から、極太のエネルギービームが放たれる。

キラはシールドを構えたままエールストライカーの推力を限界まで引き出し、その莫大な破壊力の渦から間一髪で逃れた。

だが、アスランの容赦ない猛攻と、変幻自在の変形機動に完全に釘付けにされ、キラはモントゴメリの援護に向かうための隙を全く見出すことができない。

 

親友同士の激しいドッグファイトは、互いの機体の性能と操縦技術が伯仲しているがゆえに、終わりなき千日手のような膠着状態へと陥っていた。

キラがモントゴメリに意識を向ければ、即座にアスランが死角から致命的な一撃を放ち、その進行を阻む。

焦りがキラの心を蝕み、操縦桿を握る手にじっとりと冷たい汗が滲んだ。

 

一方、その戦域から少し離れた宙域では、ひでの搭乗するゼータプラスが、文字通りの絶体絶命の危機に瀕していた。

 

「香取、鹿島!敵の機動予測をよこせ!」

 

ひではヘルメットの奥で、血を吐くような鋭い声で叫んだ。

ゼータプラスは背部のメインスラスターを激しく明滅させながら、暗黒の宇宙空間を右へ左へと狂ったような軌道で飛び回っている。

 

『ひでさん、上と右から同時に来ます!防ぎきれません!』

 

アークエンジェルのブリッジから、香取の悲鳴のような切迫した通信が飛び込んでくる。

常に冷静で毅然とした態度を崩さない彼女が、これほどまでに感情を露わにするのは、ひでの置かれている状況がそれほどまでに絶望的であることの証左だった。

 

『上空よりデュエルのビームライフル、右舷方向よりバスターのガンランチャー、クロスファイアのタイミングが完全に一致しています!』

 

鹿島が震える声を必死に抑え込みながら、戦術データリンクを通じてゼータプラスのメインモニターに赤い射線予測をオーバーレイ表示させる。

 

「チッ……!なんて連携だ、息を吸う隙すら与えてくれねぇ!」

 

ひでは強く舌打ちをし、操縦桿を力任せに引き絞った。

自衛隊時代に徹底的に叩き込まれた、歩兵としての遮蔽物を利用した機動や、各個撃破の定石など、この虚無の宇宙空間では何の役にも立たない。

頼れるのは、己の反射神経と機体の推力、そして二人の副官が命がけで送ってくる電子情報だけだった。

イザーク・ジュールの駆るデュエルガンダムが、上方から雨あられとビームの連射を浴びせてくる。

ひではゼータプラスのシールドを頭上に掲げ、その致命的な閃光を弾き飛ばした。

 

「逃げ回ってばかりか、地球軍!さっさとその薄汚い機体ごと散れ!」

 

イザークの傲慢な怒声がオープンチャンネルで響く。

だが、その声に気を取られている余裕など、今のひでには一秒たりともなかった。

シールドでビームを防いだその直後、右方向からディアッカ・エルスマンの駆るバスターガンダムが放った無数の散弾が、宇宙空間を扇状に覆い尽くして襲いかかってきたのだ。

 

「くそったれがァッ!」

 

ひでは姿勢制御バーニアを全て稼働させ、機体を強引に横方向へとスライドさせた。

しかし、広範囲を制圧する散弾の雨を完全に避け切ることはできず、ゼータプラスの左脚部と左腕部の装甲に、数発の弾頭が着弾する。

フェイズシフト装甲が激しく明滅し、物理的な衝撃をなんとか無効化するものの、機体全体に凄まじい振動が走り、コックピットのひでの体を激しく揺さぶった。

 

『ひで少尉!機体各部の装甲にダメージ蓄積!このままではフェイズシフトのエネルギーが持ちません!』

 

鹿島の報告が、ひでの焦燥感をさらに煽り立てる。

ひでのゼータプラス一機では、それぞれが独立した強力な武装と性能を持つイザークとディアッカの二機のガンダムによる波状攻撃を、完全に抑えきれるはずもなかったのだ。

 

「分かってる!だが、ここで俺が引いたら、あいつらの照準は間違いなくアークエンジェルか先遣隊に向かう!」

 

ひではスロットルを押し込み、ゼータプラスのビームライフルで反撃の射撃を行う。

だが、ディアッカのバスターは重装甲を盾にしてその一撃をやり過ごし、イザークのデュエルは驚異的な反応速度でビームを回避し、再び距離を詰めてくる。

二機のガンダムは、完全にひでのゼータプラスを「獲物」

として認識し、なぶり殺しにするための遊撃陣形を構築していた。

 

かつて地上で経験したどんな厳しい訓練よりも、今この瞬間のプレッシャーはひでの精神と肉体を削り取っていく。

大人の男として、元軍人として、キラたち若者を守らなければならないという強い矜持が、かろうじてひでの意識を繋ぎ止めていた。

 

『本艦より、ゴットフリート照準!ひで少尉、射線から退避してください!』

 

アークエンジェルのブリッジから、ナタル・バジルール少尉の冷徹で正確な号令が届く。

 

「了解!ナタル、頼むぞ!」

 

ひでは機体を急降下させ、デュエルとバスターの射界から一瞬だけ逃れた。

その直後、アークエンジェルの両舷から、高エネルギー収束火線砲ゴットフリートの巨大な二筋のビームが、宇宙の闇を切り裂いて放たれた。

戦艦クラスの主砲の直撃は、いかにフェイズシフト装甲を持つガンダムといえども致命傷になり得る。

イザークとディアッカは舌打ちをし、連携を一時的に解いて左右へと大きく散開した。

 

「助かった……さすがは軍の優等生だ」

 

ひでは荒い息を吐きながら、モニター越しにアークエンジェルの巨体を一瞥した。

しかし、その安堵も束の間だった。

アークエンジェルがひでを援護するために主砲を撃ったことで、先遣隊であるモントゴメリの周辺への防空弾幕が、一瞬だけ手薄になってしまったのだ。

 

『マズい!アークエンジェルの火線が逸れた隙を突いて、ジン部隊がモントゴメリの直衛ラインを突破しました!』

 

香取の絶望的な悲鳴が、再び通信回線に響き渡る。

 

「なんだと!?」

 

ひでが視線を巡らせると、三機のジンがモントゴメリの防空砲火をすり抜け、その艦体の上部へと取り付こうとしているのが見えた。

護衛の要であるムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロも、別のジン部隊の相手に追われ、有線式ガンバレルを激しく展開しているものの、そちらにまで手が回っていない状態だ。

 

「させんッ!」

 

ひではゼータプラスの推力を再び全開にし、モントゴメリへと向かうジン部隊の背後を取ろうと急加速した。

しかし、その彼の行く手を遮るように、何もない宇宙空間が不自然に歪み、真っ黒な機体が音もなく姿を現した。

 

「……ッ!?ブリッツか!」

 

ニコル・アマルフィの搭乗するブリッツガンダムが、ミラージュコロイドによる完璧なステルス偽装を解除し、ゼータプラスの目の前に立ちはだかったのだ。

 

「あなたの足止めは、僕の役目です」

 

ニコルの静かで、しかし戦士としての覚悟に満ちた声が響く。

ブリッツの右腕に装備された攻盾システム「トリケロス」

から、鋭利なランサーダートが連続して射出された。

 

「クソッ、このタイミングで待ち伏せとはな!」

 

ひではビームライフルを乱射してランサーダートを撃ち落としながら、機体を大きくロールさせて後退を余儀なくされた。

イザークとディアッカの波状攻撃を凌ぎ、ナタルの援護でできたわずかな隙。

その隙をさらに利用して、モントゴメリへの攻撃部隊を送り込み、同時にひでの援護行動をブリッツで完全に封じ込める。

ラウ・ル・クルーゼの指揮するこの部隊の連携は、もはや芸術的とすら言えるほどに完成されており、地球連合の寄せ集め部隊の付け入る隙などどこにも存在しなかった。

ひでの視界の先で、ついにジン部隊の一機が放った重突撃機銃の弾丸が、モントゴメリの艦橋下部の装甲を容赦なく削り取っていく。

爆発の閃光が上がり、モントゴメリの艦体が苦しげに宇宙空間で傾いた。

 

「キラ!モントゴメリが!」

 

ひでは通信回線を限界まで開き、祈るような思いでキラの名を叫んだ。

しかし、その声が届いた先にあるのは、アスランのイージスという絶対的な壁の前に阻まれ、焦燥と絶望に顔を歪める少年の姿だけだった。

届かない援護。

崩れ去っていく絶対の防衛線。

ひでのゼータプラスのコックピットには、己の無力さを嘲笑うかのように、けたたましい警告音が虚しく鳴り響き続けていた。

 

 

 

アークエンジェルのブリッジは、けたたましく鳴り響く不快な緊急警報のサイレンと、絶望的な戦況を告げるオペレーターたちの悲鳴にも似た報告で満ちていた。

正面の巨大なメインスクリーンには、ザフトのモビルスーツ部隊による容赦のない集中攻撃を浴び、満身創痍となった先遣隊の旗艦モントゴメリの姿が、残酷なほど鮮明に映し出されている。

宇宙空間の絶対的な闇を背景に、無数のビームの閃光とミサイルの着弾による爆発が、かつての威容を誇った地球連合軍の宇宙戦艦の装甲を無残に削り取っていた。

 

その悲惨な光景を、通信コンソールの傍らにへたり込みながら、焦点の定まらない瞳で見つめている一人の少女がいた。

ジョージ・アルスター外務次官の愛娘であり、ヘリオポリスから避難してきた民間人の一人である、フレイ・アルスターである。

 

『お父様!お父様の船が!』

 

フレイの細い喉から絞り出された、血を吐くような悲鳴がブリッジの緊迫した空気を鋭く切り裂いた。

つい先程まで、第八艦隊の先遣隊と合流できたことで、ようやく優しい父親に会えると無邪気に喜んでいた彼女の顔面は、今や幽鬼のように蒼白に染まっている。

大きく見開かれた瞳からは大粒の涙が滝のように溢れ出し、彼女の震える両手は、すがりつくようにコンソールの冷たい金属の角をきつく握り締めていた。

 

平和なコロニーで何不自由なく、蝶よ花よと大切に育てられてきた彼女にとって、自分の絶対的な庇護者である父親が乗る船が、今まさに目の前で理不尽に破壊されようとしている現実は、精神の許容量を容易に超えるものだった。

彼女は狂乱したように首を振り、信じられないものを見るようにスクリーンから目を離すことができない。

マリュー・ラミアス艦長は、フレイの悲痛な叫びに唇を強く噛み締めながらも、艦の指揮官としての重い責務を果たすべく、必死に戦況の立て直しを図ろうとしていた。

しかし、アークエンジェル自体もまた、無数に群がるジン部隊の牽制攻撃に対して、主砲のゴットフリートや対空機関砲を撃ち返すのが精一杯であり、距離の離れたモントゴメリを直接的に援護する有効な手段を持っていなかった。

 

「マリュー艦長、モントゴメリに退避信号を!このままじゃ的だ!」

 

通信回線を通じて、ゼータプラスのコックピットにいるひでの怒声がブリッジのスピーカーから響き渡った。

その声には、平時の彼が見せる大人の余裕など微塵もなく、仲間を救えないことへの激しい焦燥と、敵に対する煮えたぎるような怒りが濃く滲んでいた。

元自衛官であるひでは、現在の戦況がいかに取り返しのつかない絶望的な状況であるかを、誰よりも冷徹に、そして軍事的な視点から正確に把握している。

 

足を完全に止め、防空の要である護衛のモビルアーマー部隊を剥がされた巨大な戦艦など、三次元的な機動力と強力な火力を併せ持つモビルスーツ部隊の前では、ただの巨大な固定標的でしかないのだ。

それが地上における重装甲の車両であれ、宇宙空間における最新鋭の戦艦であれ、防御の要である盾を失った巨大兵器の末路は、例外なく等しく悲惨なものである。

乗員を一人でも多く生かすためには、もはや艦の維持という未練を完全に捨て去り、即座に脱出艇を射出する以外の選択肢は残されていなかった。

 

「モントゴメリへ通信繋いで!至急、総員退艦の勧告を!」

 

マリューは、ひでの言葉に弾かれたように我に返り、艦長席から身を乗り出して通信士のサイ・アーガイルに向かって叫んだ。

彼女の美しい顔にも、味方の艦がなすすべなく沈んでいくのをただ見ているしかないという、指揮官としての無力感と悲壮感がべったりと張り付いている。

サイは顔面を蒼白にしながら、震える指先でコンソールのキーを狂ったように叩き続けた。

 

「だ、駄目です!敵の電波妨害が強烈で、暗号通信が全く通りません!」

 

サイの悲鳴のような絶望的な報告が、ブリッジにさらなる重苦しい空気を落とし込んだ。

 

「光学通信でもいい、発光信号を送れ!とにかく、早くあの艦から一人でも多くの人間を逃がすんだ!」

 

ナタル・バジルール少尉が、サイの肩越しに鋭く指示を飛ばす。

生真面目で軍規を何よりも重んじる彼女もまた、友軍の決定的な危機を前にして、常に被っている冷静な仮面の下に熱い怒りと焦りを隠しきれずにいた。

だが、アークエンジェルからの必死の呼びかけすらも嘲笑うかのように、戦場の冷酷な現実は容赦なく先遣隊の命運を刈り取っていく。

ひでの怒声も、マリューたちの祈りも虚しく、モントゴメリはイザーク・ジュールの駆るデュエルガンダムと、ディアッカ・エルスマンの駆るバスターガンダムからの、情け容赦ない集中砲火を全身に浴び続けていた。

 

「ハハハハッ!どうした地球軍、さっきまでの威勢はどこへ行った!」

 

イザークの狂気とサディズムに満ちた高笑いが、戦域のオープンチャンネルを通じて不気味に響き渡る。

デュエルガンダムはモントゴメリの艦橋付近を執拗なまでに狙い、高出力のビームライフルを精密な連射で叩き込んでいく。

一発、また一発と灼熱のエネルギーの塊が着弾するたびに、旧式の宇宙戦艦の分厚い装甲がドロドロに溶解し、宇宙空間へと無数の真っ赤な金属片を撒き散らした。

 

「イザーク、遊びが過ぎるぜ。さっさと終わらせて、本命の足付きを叩こうぜ」

 

ディアッカの冷酷で作業をこなすような声がそれに続く。

後方に陣取ったバスターガンダムが、二つの大型火器を連結させて超高インパルス長射程狙撃ライフルを展開し、モントゴメリの生命線である推進器群へとその凶悪な銃口を向けた。

極太のエネルギービームが宇宙の闇を切り裂き、モントゴメリの尾部を正確に捉える。

凄まじい閃光と共にメインスラスターが次々と連鎖的な誘爆を起こし、強烈な推進力を完全に失ったモントゴメリは、もはや回避行動をとることすらできない、死を待つだけの巨大な鉄の棺桶と化していた。

 

『ひで少尉!モントゴメリの第三ブロックから第五ブロックにかけて、大規模な火災が発生!艦体の構造維持限界を超えつつあります!』

 

ゼータプラスのコックピットに、香取の悲痛な報告が飛び込んでくる。

かつて海を駆ける教練巡洋艦であった彼女にとって、味方の艦が沈みゆく様をセンサーのデータ越しに見つめることは、自らの身を引き裂かれるような、本能的な苦痛であったに違いない。

だが、彼女はその私的な感情を必死に押し殺し、ひでの副官としての正確な情報伝達という任務に徹していた。

 

『敵機、さらに攻撃を継続!モントゴメリ、持ちません!』

 

鹿島の声もまた、微かに震えを含んでいた。

ひでは操縦桿を握る手にギリギリと力を込め、自らを阻むブリッツガンダムの牽制をなんとか振り切ろうと、ゼータプラスの推力を危険な領域まで引き上げた。

しかし、ニコル・アマルフィの操るブリッツは、ミラージュコロイドによる完璧なステルス機能と、トリケロスからの絶え間ない死角からの攻撃を巧みに組み合わせ、ゼータプラスを完全にその宙域に釘付けにしていた。

 

「くそったれが……!行かせろッ!」

 

ひではビームライフルを乱射し、強引に敵の包囲網に突破口を開こうと試みる。

だが、自衛隊で培った歩兵としての地道な基本戦術をいくらモビルスーツ戦に応用しようとも、絶対的な機体性能の差と、見えない敵という圧倒的なアドバンテージを瞬時に覆すことはできない。

大人としての冷静な判断力も、生き残るための生存本能も、今この瞬間、戦術レベルを凌駕する巨大な質量の暴力の前では何の役にも立たなかった。

徹底的な無力感が、ひでの心を黒く、重く塗り潰していく。

 

メインモニターの端で、モントゴメリの装甲が次々とひしゃげて剥がれ落ち、内部の空気が白煙となって宇宙空間へと勢いよく噴出しているのが見えた。

酸素を失い、あるいは灼熱の炎に焼かれる乗員たちの声なき断末魔が、音の伝わらないはずの宇宙空間を越えて、ひでの鼓膜に直接届くような錯覚すら覚える。

 

『キラ!何してるのよ、お父様を助けて!早くあいつらを撃ってよ!!』

 

突然、アークエンジェルの通信回路を通じて、フレイの耳をつんざくような金切り声が戦域全体に響き渡った。

それは、絶対的な恐怖と絶望によって完全に理性を失い、幼児のように退行してしまった少女の、魂からの叫びだった。

彼女にとって、強大な力を持つモビルスーツに乗って戦うキラ・ヤマトは、自分たちを無条件で守ってくれる絶対的なヒーローでなければならなかった。

だからこそ、目の前で自分のたった一人の肉親である父親が殺されようとしているのに、なぜすぐに助けに来て敵を倒してくれないのかという、身勝手でありながらも切実な理不尽な怒りと懇願が、その声には痛いほどに込められていたのだ。

その張り裂けんばかりの悲鳴は、アスラン・ザラのイージスガンダムと終わりなき死闘を繰り広げていたキラの耳にも、容赦なく鋭く突き刺さった。

 

「くそッ……!アスラン、そこをどけぇぇぇッ!!」

 

キラは、かつての親友と戦わなければならないという迷いと悲しみを、フレイの悲鳴によって強引に塗り潰された。

ストライクガンダムのメインモニターに、激しい火災が発生し、赤い炎に包まれていくモントゴメリの無残な姿が映る。

 

あの傷ついた船には、自分を頼りにしてくれているフレイのお父さんが乗っているのだ。

ここで見殺しにすれば、彼女は一生消えない深い傷を負うことになり、自分は一生その後悔を背負って生きていくことになる。

自分を信じてくれているヘリオポリスの仲間を、これ以上悲しませるわけにはいかない。

その強迫観念にも似た強い使命感が、キラの最高のコーディネイターとしての潜在能力を、死と隣り合わせの極限状態の中でさらに深く引き出した。

ストライクガンダムの頭部カメラアイが、怒りに呼応するように鋭い閃光を放つ。

 

『キラ!お前は、また俺の邪魔をするのか!』

 

イージスガンダムが、スキュラの発射体勢に入りながらアスランの怒声を響かせる。

だが、覚醒したキラの反射神経と空間認識能力は、アスランの攻撃の予備動作を完全に上回っていた。

 

「うわぁぁぁぁぁッ!!」

 

キラは絶叫と共に操縦桿を限界まで倒し込み、エールストライカーのメインスラスターを焼き切らんばかりの最大出力で一気に噴射させた。

ストライクの機体が、宇宙空間で物理法則を無視したかのような信じられない急加速を見せる。

それは、機体の構造限界を完全に無視し、一歩間違えれば自壊しかねない無茶苦茶なスラスターワークだった。

 

急加速による激しいGがキラの華奢な体をシートに容赦なく叩きつけ、視界が真っ赤に染まるレッドアウトを引き起こしそうになる。

しかし、彼は奥歯が砕けそうになるほど歯を食いしばり、決して意識を手放すまいと必死に操縦桿を握り続けた。

イージスの放ったスキュラの極太のエネルギービームが、ストライクの機体のほんの数メートル横を掠めて後方へと飛び去っていく。

圧倒的な熱線がシールドの表面を焼き焦がすが、キラはそれを全く意に介さず、アスランのイージスが作り出した分厚い防衛網を強引に、そして一瞬の隙を突いて突破することに成功した。

 

『なっ……!?あの加速、ストライクの限界を超えているぞ!』

 

背後から、アスランの驚愕と焦燥の入り交じった声が遠ざかっていく。

キラの視界には、ただ一つ、音もなく崩壊していくモントゴメリの姿だけが映っていた。

デュエルとバスターの情け容赦ない集中砲火を浴び、もはや原形を留めないほどに破壊され尽くした先遣隊の旗艦。

その艦体の至る所から吹き出す炎と爆発の光は、絶望という名の残酷な花火のように宇宙の闇を照らし出していた。

 

「間に合え……!間に合ってくれッ!!」

 

キラは祈るような思いで、ストライクの右腕をモントゴメリへと真っ直ぐに伸ばした。

白と青に彩られた鋼鉄の巨人の手が、真っ赤な炎に包まれた戦艦に向かって必死に差し伸べられる。

まるで、その巨大な手で炎を優しく消し止め、崩れゆく装甲を支え、中にいる人々をその掌ですくい上げようとするかのように。

 

だが、宇宙空間の距離というものは、人間の感情を嘲笑うかのようにあまりにも遠く、そして残酷だった。

ストライクの狂気じみた最大加速をもってしても、モントゴメリまでの絶対的な物理的距離を瞬時に埋めることはできない。

ひでのゼータプラスも、ムウのメビウス・ゼロも、それぞれが敵の執拗な猛攻に釘付けにされ、キラの孤立した突出を援護することすらできない絶望的な状況だ。

伸ばされたストライクの指先は、ただ虚無の空間を空しく掴むだけだった。

その指先からわずかに届かない絶望的な距離で、モントゴメリの艦体は、次なる致命的な一撃を待つ悲しき生贄のように、宇宙の底なしの闇の中で赤々と燃え盛り続けていたのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。