ガゴォォォォンッ、という、巨大な鐘を内側から叩き割ったような凄まじい衝撃音が、狭いコクピット内に伝わってきた。
極秘格納庫の入り口を塞いでいた、数十センチの厚みを持つ防爆扉。
それが、ザフトの特殊部隊が仕掛けた成形炸薬によって無残に引き裂かれ、紙屑のように内側へと吹き飛んだのだ。
爆風と共に、もうもうと立ち込める粉塵と熱気がハッチの隙間から入り込もうとするが、閉ざされたZETA-plusの装甲がそれを辛うじて跳ね返す。
「来たか……!」
ひでは、メインモニターに映し出された光景を睨みつけ、操縦桿を握る手に力を込めた。
吹き飛んだ扉の向こう側、炎と煤煙が渦巻く暗がりの中から、不気味な単眼の光が三つ、こちらを射抜くように現れた。
ザフト軍の主力汎用機動兵器、ジン。
その無機質な鋼鉄の巨体が、獲物を追い詰めた猟犬のような足取りで、格納庫内へと雪崩れ込んでくる。
「ひでさん、右側スラスターの出力が安定しません! OSの姿勢制御プログラムが、この荷重を異常と見なして強制ロックをかけています!」
ひでの右腕に自らの豊かな肉体を密着させている香取が、悲鳴に近い声を上げた。
彼女はひでの腕を自らの胸元で挟み込んだまま、空いている左手でコンソールのサブパネルを驚異的な速さで叩き続けている。
本来、一人のパイロットが扱うべき情報を、彼女は兵器としての本能で読み解き、ひでの負担を減らそうと必死にシステムを書き換えていた。
「くっ、思うように動かねえ……! 足が重いぞ!」
ひでが必死にペダルを踏み込むが、ZETA-plusの脚部は泥沼に浸かっているかのように鈍い反応しか返さない。
32歳のサラリーマンの額から、焦燥の汗が滝のように流れ落ちる。
「油圧系統のバイパスを開きます! ひでさん、私の脚の動きに合わせて……! 無理やり関節を駆動させます!」
ひでの脚の間に身を沈めている鹿島が、ひでの両脚を自らの太ももで強く締め付けるようにホールドした。
彼女の汗ばんだ素肌の温もりがスラックス越しに伝わり、彼女がペダルを導くたびに、しなやかな筋肉の躍動がひでの肌に直接響く。
艦娘として、巨大な鋼鉄の艤装を自らの手足として扱ってきた彼女たちにとって、この未完成の機体は、まさに「怪我をした戦友」のように感じられていたのだ。
「香取、鹿島……! 悪い、頼むぞ!」
「任せてください! 火器管制システム、物理リンクに強制移行! ひでさん、トリガーを有効化しました!」
香取が叫ぶと同時に、それまで赤く点滅していた照準レティクルが、不安定ながらもオレンジ色に点灯した。
彼女たちはひでの指示を待つのではない。
技術体系は違えど、戦うための道具としての親和性を瞬時に見抜き、ひでという「核」を支えるための部品として、自らをこの機体へ最適化させていた。
「そこだぁぁぁっ!!」
ひでは、正面に迫るジンの巨体に向けて、操縦桿のトリガーを力任せに引き絞った。
ダダダダダダダッ!!
ZETA-plusの頭部に内蔵された近接防御機関砲が火を噴き、凄まじい発射音と振動がコクピット内を揺さぶる。
しかし、OSのキャリブレーションが終わっていない機体は、発射の反動を吸収しきれない。
銃口は大きく跳ね上がり、放たれた実弾の大半は敵機の頭上を空しく通り過ぎていった。
「クソッ、暴れ馬どころじゃねえぞこれ!」
「ひでさん、機体左側に回避を! 敵が重突撃機銃を構えました!」
鹿島が、視覚情報よりも早く、戦士としての直感で敵の殺気を捉えて叫ぶ。
彼女がひでの脚を強引に右へ押し込むのと、ひでが操縦桿を左へ倒すのが同時だった。
ズガガガガッ!!
格納庫の床が、ジンの放った大口径の銃弾によって無残に粉砕され、コンクリートの破片が飛散する。
あと一秒反応が遅れていれば、未完成のPHASE-SHIFT装甲が展開される前に、コックピットを貫かれていたかもしれない。
「ああっ、もう……! ひでさん、そのままスロットルを最大に! 私が各部のリミッターを一時的に解除します!」
香取が、ひでの首筋に熱い吐息を吹きかけながら、コンソールに表示された複雑な警告表示を一つずつ塗り替えていく。
彼女の豊かな肉体がひでの右半身に激しく押し付けられ、激しい機動のたびにその弾力がひでの理性をかき乱すが、今は死と隣り合わせの極限状態だ。
「リミッター解除!? 機体がバラバラにならないか!?」
「その時は、私たちも一緒です! 鹿島、同調を!」
「はい! ひでさん、出力が来ます……! こらえてください!」
鹿島がひでの腰をさらに強く両腕で抱きしめ、人機一体の境地へと誘う。
その瞬間、ZETA-plusの背部スラスターが爆発的な咆哮を上げた。
キィィィィィィィン!!
一人乗りの狭小な空間に、逃げ場のないGが襲いかかる。
三人の肉体がさらに密着し、香取と鹿島の汗の匂いと、それぞれの生命の鼓動が、ひでの全身を包み込んだ。
「当たれえええええっ!!」
ひでは、照準器が暴れるのを力でねじ伏せるように操縦桿を固定し、再びバルカンを乱射した。
未完成のシステムを、香取がロジックで繋ぎ、鹿島が感覚で補い、ひでが執念で引き金を引く。
放たれた弾幕は、ジンの左肩装甲を激しく叩き、金属の破片を撒き散らさせた。
敵のパイロットが、この不格好で支離滅裂な動きを見せる「ガンダム」の威圧感に一瞬、怯んだのが見えた。
「……よし、今だ! 香取、鹿島、掴まってろ!」
ひでは、精密な射撃での撃破を諦め、三十代の大人の男としての泥臭い決断を下した。
兵器としての洗練された戦い方など、今の自分たちには不可能だ。
ならば、この数トンの鋼鉄の質量そのものを、巨大な弾丸としてぶつけるしかない。
「質量攻撃を仕掛けるのですか!? 乱暴ですが……今の私たちには、それが最高の戦術です!」
香取が、不敵な笑みを浮かべてひでの右腕をさらに強く抱きしめた。
「了解しました、ひでさん! ショックに備えてください!」
鹿島がペダルを力一杯踏み込み、機体の姿勢を前傾へと固定する。
ZETA-plusは、足元の瓦礫を蹴散らしながら、一頭の猛牛のように前方へと弾き出された。
「うおおおおおおおおっ!!」
ひでの咆哮と共に、灰色の巨神がジンの懐へと飛び込む。
ガシャアアアアアンッ!!
肩口からの強烈な体当たりが、ジンの胸部装甲を無残にひしゃげさせた。
その勢いのまま、ZETA-plusは敵機を押し込み、格納庫の奥、脆くなっていた隔壁へと突っ込んでいく。
「突き抜けるぞぉぉっ!!」
凄まじい衝突音と、鋼鉄が引き裂かれる悲鳴。
視界が瓦礫の山に覆われ、激しい振動が三人の脳を揺さぶる。
次の瞬間、ひでたちの視界を遮っていた壁が完全に崩壊し、暗い格納庫の中から、炎上する広大な工場区画へと、這う這うの体で転がり出た。
黒煙と火の手が上がる絶望的な光景の中、三人の命を乗せた未完成の刃は、新たな戦場へとその一歩を踏み出したのだった。
ガガガガガッ!! ドォォォォン!!
激しい衝突音と共に、視界を覆っていたコンクリートの粉塵が後方へと猛烈な勢いで流れ去る。
ゼータプラスの巨大な右肩が格納庫の隔壁を紙細工のように粉砕し、ひでたちは爆炎渦巻く外界――ヘリオポリスの巨大な工場区画へと、這う這うの体で転がり出た。
衝撃の余韻が狭小なコックピットを激しく揺さぶり、ひでの身体はシートベルトに強く食い込む。
同時に、彼の右腕を抱え込む香取の柔らかな肉体と、脚の間で踏ん張る鹿島のしなやかな身体が、さらに深くひでの体躯へと押し付けられた。
「……抜けたか」
ひでの乾いた唇から、安堵ともつかない重い呻きが漏れる。
コックピット内は、三人の体温と機器の排熱、そして極限状態の緊張からくる熱気で、むせ返るような温度に達していた。
香取と鹿島の汗の匂いと、大人の女性特有の甘く濃密な香りが混ざり合い、ひでの脳を麻痺させそうになる。
だが、メインモニターに映し出された外界の光景が、そんな甘美な錯覚を一瞬で吹き飛ばした。
「……なんだ、ここは。地獄かよ」
ひでが呻くように呟く。
そこは、先ほどまでの静寂が嘘のような惨状だった。
至る所で断裂した配管から高温の蒸気が噴き出し、火の手が巨大な建造物を舐めるように広がっている。
黒煙が渦巻くその中心部、まだキャリアの上に載せられたままの、純白の機体が鎮座していた。
ゼータプラスと同じく、人型の鋼鉄の巨人――GUNDAM。
しかし、その装甲はまだフェイズシフトを展開していない、死人のような灰色をしていた。
「ひでさん、前方十時の方向! あちらにも『G』が……! でも、まだ起動していません!」
香取が、ひでの右腕を自らの胸元に強く引き寄せたまま、サブモニターに表示される異常な熱源反応を鋭い目で見つめて叫んだ。
彼女は教官としての本能で、この戦場のカオスを瞬時に解析しようとしている。
彼女の指はすでにコンソールの上を舞い、自分たちのゼータプラスの損傷箇所をバイパスしつつ、外部情報の収集に全力を挙げていた。
「ひでさん、見てください! あの足元に……人がいます!」
鹿島が、ひでの膝を抱きしめるようにして身を乗り出し、メインモニターの一角を指差した。
彼女の太ももがひでの脚をさらに強く締め付け、その温もりが生々しく伝わってくる。
指し示された先、トレーラーの傍らで、一人の女性士官と一人の少年が、背後からの銃火を逃れるようにして必死に機体へ駆け寄っていた。
「……あの女、さっきダクトから見下ろした時の……!」
ひでの記憶が繋がる。
絶望的な戦況の中で一人銃を撃ち続けていた、あの作業服の女だ。
彼女と、そして巻き込まれた学生のような少年が、純白のGUNDAM――ストライクガンダムのコックピットへと、逃げ込むようにして同時に飛び込むのを、ひでは目撃した。
直後、追撃してきたザフトのジンが、獲物を仕留めんと巨大な重斬刀を振りかざして突進する。
「やめろぉっ!!」
ひでは反射的に叫び、操縦桿を捻った。
だが、未完成のゼータプラスは、その意志を即座には反映してくれない。
「ひでさん、そのままトリガーを保持してください! 私が駆動系の反動制御プロトコルを一時的に火器管制へ回します!」
香取が叫ぶ。
彼女はひでの指示を待たず、ゼータプラスのOSに存在する、艦艇の火器管制に近いロジックを見抜き、強引にシステムをリンクさせた。
兵器としての卓越した親和性が、未知のコードの隙間を埋めていく。
「駆動系の油圧、私が肩代わりします! ひでさん、撃って!!」
鹿島がひでの脚に自らの脚を重ね、ペダルの抵抗を最小限に抑え込む。
二人の女性の積極的なフォローが、ひでの未熟な操縦を「戦うための力」へと変えていく。
ダダダダダダダッ!!
ゼータプラスの頭部バルカンが、再び火を噴いた。
香取が構築した暫定的な照準補正により、弾丸はジンの足元に弾着し、その突撃を一瞬だけ躊躇わせることに成功した。
その隙に、ストライクガンダムが立ち上がった。
しかし、その動きは見るに堪えないほど不格好だった。
まるで泥酔した巨人が足をもつれさせているかのように、数歩歩いては膝をつき、無様に倒れ込む。
「クソッ、あっちも使い物になってねえのか……!」
ひでは、同じ苦しみを味わっているであろうストライクガンダムのパイロットたちの絶望を想い、奥歯を噛み締めた。
怪我を負ったあの女性士官が無理をして操縦桿を握っているのか、それともシステム自体が死んでいるのか。
ジンは再び体勢を立て直し、逃げ場のないストライクガンダムへと重斬刀を振り下ろそうとする。
「鹿島、もう一度バルカンだ! 当たれぇっ!!」
ひでは必死にトリガーを引き続けた。
だが、その時だった。
メインモニターの中で、倒れ込んでいたストライクガンダムが突如として動きを止めた。
「……? なんだ、止まったぞ」
ひでが息を呑む。
モニターに映るストライクガンダムの機体各部から、パージされたガスのような白煙が噴き出す。
次の瞬間、奇跡が起きた。
「……あ」
鹿島が声を漏らす。
俯いていたストライクガンダムのツインアイが、まるで暗闇を切り裂く稲妻のように、鋭く強烈な黄金の輝きを放ったのだ。
それと同時に、死人のようだった灰色の装甲が、鮮やかなトリコロールカラーへと染まっていく。
フェイズシフト装甲の展開。
そして、機体は極めて滑らかで、一切の滞りがない、洗練された動作で立ち上がった。
「……なっ!?」
ひでは、その光景に言葉を失った。
それは先ほどまでの不格好な機械の塊などではなかった。
重力など存在しないかのように軽やかに、そして力強く大地を踏みしめるその姿は、まるで明確な殺意と意志を持った「鋼鉄の巨人」そのものだった。
「……急に動きが変わったぞ。一体、あのコックピットの中で何が起きてるんだ……」
ひでは、自分たち三人がかりで、這う這うの体で動かしているゼータプラスと比較し、その理不尽なまでの挙動の激変に息を呑んだ。
ジンの振り下ろす重斬刀を、ストライクガンダムは最小限のステップで回避し、ナイフを引き抜いてジンの懐へと飛び込んでいく。
それは、徹底した演算と、異常なまでの反射神経がもたらす、残酷なまでに美しい戦闘機動だった。
「あの中には、怪我をした女性と学生の少年が乗ったはずですよね……。一体どちらが、あんな人間離れした動きを……」
鹿島が、ひでの胸板に顔を埋めたまま、畏怖の念を込めて呟いた。
作業服を着たあの女性が土壇場で底力を発揮したのか、それとも別の何かが起きているのか。
ひでたちには知る由もなかったが、その圧倒的な力が絶望的な戦況を覆そうとしていることだけは確かだった。
泥臭く、生き残るために大人の打算と二人の女性の力で這い上がった、ひでのゼータプラス。
そして、炎の中で突如として未知の覚醒を遂げ、人智を超えた動きで立ち上がった純白のストライクガンダム。
二つの機体が崩壊ゆくヘリオポリスの炎の中で同時に産声を上げ、純白の巨人がその眼光を煌めかせた瞬間。
ひでという一人の平凡な大人の男と、数奇な運命によって集った二人の女性の、狂おしい運命の歯車が、後戻りできない轟音を立てて回り始めたのである。
「……行くぞ、二人とも。ここからが本当の地獄だ」
「はい、ひでさん。最後までお供します」
「私も! ひでさんと一緒なら、どこまでも……!」
三人の密着した体温が、ゼータプラスのコックピットをさらに熱く焦がしていく。
外壁を突き破り、炎の外界へと踏み出した三人の男女を乗せた鋼鉄の翼は、燃え盛るヘリオポリスの空へと、その一歩を刻み込んだ。