第1章【拒絶するシステム】
ヘリオポリスの巨大な工業区画は、すでに崩壊の極致にあった。
頭上の広大な天蓋からは、本来そこにあるべきではない巨大な鉄骨の雨が容赦なく降り注いでいる。
どこかの施設の外壁であっただろう分厚い金属構造物が、断末魔のような悲鳴を上げて地面に突き刺さった。
そのたびに大地が激しく揺れ、ひでたちが乗るゼータプラスのコックピットにも強烈な振動が伝わってくる。
至る所でオレンジ色の炎が狂ったように舌を伸ばし、立ち上る黒煙が視界を遮る地獄絵図が広がっていた。
焦げた金属の臭いと、電子部品がショートする鼻を突くような刺激臭が、コロニーの人工的な空気を急速に汚染していく。
空気を震わせる爆発音と、金属がひしゃげる凄惨な不協和音が、鼓膜を容赦なく叩き続けていた。
その凄惨な惨状の只中で、純白の装甲に包まれた巨大な人型兵器――ストライクガンダムが、重厚な駆動音を響かせて立ち上がった。
つい先ほどまで、オレンジ色の作業服を纏い、左胸にクリップで留められた入場身分証を揺らしていたあの女性。
明らかに先ほどまでの、あの赤ん坊のように足元がおぼつかない歩みとは、根本的に何かが違っていた。
各関節部の駆動音が甲高い悲鳴から、鋭く力強い唸りへと変わっている。
一切の躊躇やブレを伴うことなく、十数メートルにも及ぶ鋼鉄の塊が、確かな意志を持って大地を蹴ったのだ。
コックピットに飛び込んだあの少年と、整備屋の女性。
果たしてどちらが今のこの機体を操っているのか、外から見ているだけでは判断がつかない。
だが、その動きは完全に別の生命体へと変貌を遂げていた。
無骨な機械の塊であるはずの巨大兵器が、重力という概念を無視したかのように滑らかに動く。
戦車であれ装甲車であれ、あるいは生身の人間であれ、質量の大きな物体が動く前には必ず予備動作が存在するはずだ。
重心の移動、関節のタメ、あるいは地面を蹴るための物理的な遅延。
しかし、目の前のストライクにはその予備動作が極限まで削ぎ落とされていた。
パイロットの思考から機体の駆動までのタイムラグが、ほぼゼロに近い。
「おい、見たか……」
ゼータプラスの極小コックピットから、メインモニター越しにその光景を見上げていたひでは、乾いた唇を深く噛み締めた。
三十歳を過ぎ、人生の酸いも甘いも噛み分けてきた男の目には、その変化がどれほど異常なものかが痛いほどに分かった。
「今あの機体に飛び込んだのは、さっきのガキと、あの女だ」
ひでは、低く掠れた声で呟いた。
「ひでは二十七歳まで陸上自衛隊の普通科陸曹として、泥水に塗れながら、銃を撃つこと、そして生き延びるための厳しい訓練を積んできた過去を持つ。
退官から五年のブランクがあり、今はしがない民間人に過ぎないが、その目に染み付いた「兵器」と「プロ」に対するシビアな観察眼は決して失われていない。
そのひでの目から見ても、今のストライクの挙動は、彼の知るいかなる「訓練」の範疇も超えていた。
目の前では、ザフトの緑色のモビルスーツ――ジンが、巨大な重斬刀を無慈悲に振り下ろしていた。
圧倒的な質量と推進力に任せた、死を約束する巨大な刃。
ゼータプラスであれば、回避することも防御することもできず、ただ両断されるのを待つしかない一撃。
しかし、ストライクはそれを、まるで最初から軌道を知っていたかのように、間一髪のステップで回避した。
ただ避けただけではない。
回避した後の体勢の崩れすら、瞬時の姿勢制御スラスターの噴射によって即座に補正されている。
流れるような美しい動作で機体の腰部装甲が展開し、対装甲コンバットナイフ「アーマーシュナイダー」が射出された。
逆手に握られた二振りのナイフが、ジンの懐へと、まるで吸い込まれるように潜り込む。
そして、淀みない連撃が放たれ、重斬刀を握っていたジンの腕の関節部を的確に斬り裂いた。
機体構造において最も脆弱なポイントを、コンマ数秒の間に見定めたのだ。
強固な装甲が弾け飛び、火花と黒いオイルが血液のように周囲に撒き散らされる。
自衛隊でどれほど厳しい訓練を積もうとも、生身の人間の神経伝達速度では絶対に到達できない領域の機動だった。
「ひでさん!あの機体……先ほどとは全く別の動きをしています!動きに迷いがありません、一体何が起きているのですか!?」
右隣から、香取の沈着な、しかし明確な驚きを含んだ声が聞こえた。
透明感のある美しい銀髪がひでの頬をかすめ、微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
彼女は百六十五センチのスラリとした肢体を、単座式であるゼータプラスの狭いシートに無理やり滑り込ませている。
そのため、彼女の豊かな胸の膨らみがひでの右腕に強烈に押し付けられ、呼吸をするたびにその柔らかい感触が伝わってきた。
香取は赤いアンダーリムの眼鏡の奥で知的な瞳を光らせ、目にも留まらぬ速さでコンソールを叩いている。
練習巡洋艦としての魂を持つ彼女の頭脳は、本能的にストライクの異常な動きをデータとして処理し、その裏にある「異質さ」に戦慄を覚えていた。
兵器が兵器としての限界を超えた動きをしている。
それは彼女のような存在にとって、恐怖以外の何物でもない。
「ひでさん!敵機が体勢を立て直し、こちらにも射線を向けてきます!未完成の今の機体では、一発も耐えられません!」
左側から身を乗り出すようにして、鹿島が切羽詰まった声を上げた。
銀髪のツインテールが激しく揺れ、彼女の焦燥が、密着した肌を通じて直接ひでへと伝わってくる。
大人三人が押し込まれているため、空間は異常なほど狭い。
百五十八センチと小柄な鹿島だが、その極めて肉感的な胸元と、柔らかな太ももがひでの左脚を圧迫している。
女性の体温と甘い汗の匂いが混ざり合い、密閉されたコックピットの温度を不必要に引き上げていた。
鹿島もまた艦娘としての魂を持つ存在であり、軍属としての冷静さを保とうとはしている。
だが、目の前に迫る明確な「死」の恐怖は、確実に彼女の声を震わせていた。
兵站や索敵のプロフェッショナルである彼女の目は、コンソールのレーダー表示を正確に読み取り、最悪の未来を予測している。
腕を斬られたジンが、後退しながら姿勢を制御し、残った無事な腕で持っていた巨大なライフルをこちらへ向けようとしていた。
ひでたちが乗るゼータプラスは、未完成のOSと複雑な可変機構のせいで、システムがエラーを吐き出し続けている。
メインモニターには真っ赤な警告文が無数に表示され、機体の各部からは軋むような異音が鳴り響いていた。
一歩前に歩くことすらやっとの状態で、回避機動や反撃など逆立ちしても不可能である。
「クソッ、このままじゃ動く的だ!香取、鹿島!あっちの白い機体に通信は繋がるか!?」
ひでは焦燥感を押し殺しながら、隣に密着する二人の女性に指示を飛ばした。
自分の命だけでなく、この見知らぬ異世界で出会ったばかりの二人の女性の命も預かっているのだ。
その責任感が、ひでの精神をギリギリのところで繋ぎ止めている。
右手の指に刻まれた、小銃の引き金を絞り続けたことでできたタコが、硬い操縦桿のグリップに強く擦れた。
「周波数を合わせます……繋がりました!音声のみ、回線オープン!」
香取が即座にブリッジクルーとしての能力を遺憾なく発揮した。
乱数化された無数の電波の中から、ストライクの局地通信波を見つけ出し、強制的に回線を繋ぎ合わせたのだ。
ゼータプラスのコックピット内に、ノイズ混じりの通信音声が走る。
「おい、そこの白い機体!聞こえるか!俺は味方だ!」
ひでは大きく息を吸い込み、マイクに向かって怒鳴るように呼びかけた。
通信機越しに、微かな息遣いと、ひどく混乱したような声が聞こえた。
『あなた……誰ですか!?』
少年の困惑した声――キラ・ヤマトの声だ。
戦場のど真ん中で、いきなり見知らぬ男から通信が入ったのだ、無理もない。
『こちら、地球連合軍のマリュー・ラミアス大尉です!あなた、その機体は……!?』
続いて、先ほどまで外で必死に銃を撃っていた女性の声が重なった。
ひではモニターに映る彼女の姿を睨む。
左胸に入場身分証をつけたオレンジ色のつなぎ。
本来なら工場の奥でレンチを握っているべき「整備屋」の格好だ。
だがあの極限状態で、民間人の少年を庇い、負傷しながらも機密兵器を死守しようとしていたあの挙動。
元自衛官のひでには分かった。
彼女は整備屋だが、同時に覚悟を決めた「軍人」なのだと。
「こっちの灰色のデカブツに乗ってる、ただの民間人だ!大尉さん、詳しい挨拶は後だ!それより、どうやってその機体をまともに動かせるようにした!?本来のパイロットはどうしたんだ!」
『本来のパイロットは……っ!』
マリューの声が詰まる。
その沈黙だけで、ひでは状況を察した。
本来の乗り手は、ここへ辿り着く前に死んだのだ。
今は、本来の持ち主を失った剣を、即席の使い手たちが奪い合っている凄惨な戦場だった。
それならば、あの異常な挙動を引き出しているのは誰なのか。
『OSが……あまりにも酷かったから!僕が今、書き換えたんです!あまりにも酷かったから、僕が使いやすいように……』
キラの切実な声に、ひでは絶句した。
「OSを書き換えただと……!?あの数秒でかよ!」
OS、オペレーティングシステム。
巨大な人型兵器を制御するための、何万、何十万行という複雑なコードの塊だ。
それを、敵の攻撃を避けながら、戦闘の最中のあのわずか数秒で書き換えたというのか。
どんなハイテク機器の専門家でも、そんな離れ業は絶対に不可能だ。
キーボードを叩く物理的な時間すら、人間の限界を超えている。
だが、その結果として、あのストライクは悪魔的なまでの機動力を手に入れているのもまた事実だった。
「ひでさん、驚いている場合ではありません!敵機、再接近!このままだとあちらの機体も、そして私たちも撃たれます!」
右側の香取が、厳しい表情でコンソールの警告表示を指差した。
外のモニターでは、ミゲルの操るジンが再び体勢を立て直し、ライフルの銃口をこちらへと向けようと迫ってきている。
ひでは、自分の無力さに奥歯を噛み締めた。
歩くことすらやっとのこの「未完成品」では、援護どころか逃げることすらままならない。
あんな巨大なライフルの的になれば、文字通りひとたまりもない。
装甲が実弾を無効化する特殊なものであることは理解しているが、内部への衝撃までは殺しきれないはずだ。
「分かってる!……香取!その書き換えられたOSのデータを、こっちにコピーすることはできるか!?」
ひでは藁にもすがる思いで叫んだ。
この機体も、あのストライクと同じシステムで動いているはずだ。
「そちらのパイロット、データリンクを許可してください!機体のベースシステムが同じなら、こちらのOSも上書きできるはずです!」
香取が即座に通信機に向かって、教官としての威厳に満ちた声で呼びかける。
『えっ、でも、これ……僕が使いやすいように勝手に……!』
キラが戸惑う声を上げる。
『キラ君、送ってあげて!私たちが守らなければならない存在よ!』
マリューの悲痛な、しかし力強い決断が下る。
彼女は「整備屋」として、自分が手塩にかけてきた機体を誇りに思っているはずだ。
その機体を動かせる可能性を、見知らぬ他者に託したのだ。
『わ、わかりました!転送します!』
直後、キラの素早い操作により、ゼータプラスのコンソールに大量のデータが雪崩れ込んでくる。
メインモニターやサブモニターを埋め尽くしていた、真っ赤な未完成エラーの警告文が一斉に消去されていく。
代わりに、緑色の見慣れないが整然としたコマンド群が、すさまじい速度で再展開されていった。
駆動系のアラートが次々とクリアされ、ジェネレーターの出力が安定していく音がコックピット内に響く。
各関節部のロックが解除され、機体がようやく完全な戦闘態勢へと移行したことを、システムのアナウンスが告げていた。
ひでは、自分の体に走る震えを感じていた。
それは恐怖ではなく、冷徹な生存のチャンスを掴んだ高揚感だった。
「よし……!香取、鹿島、システムを確認しろ!」
「同期完了!ジェネレーター出力、正常値に固定……ひでさん、いけます!」
鹿島が顔を輝かせ、密着したままひでを見つめ上げてくる。
これでようやく、あの緑色のバケモノから逃げ回るだけの足が手に入った。
三十二歳の大人が、中学生のような子供のデータに頼るのは情けないが、今は体面よりも生き残ることが最優先である。
「よし……!これでまともに動くぞ!」
ひでは、モニターに「システム・オールグリーン」の文字が点灯したのを確認し、安堵の息を吐いた。
泥臭くてもいい、這いつくばってでも生きて帰るのが兵隊の仕事だ。
これで、戦える。
ひでは操縦桿を力強く握り直した。
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
そのOSが、彼らナチュラルの肉体を拒絶する、コーディネーター仕様であることを。
転送された未知のデータが、ゼータプラスのメインフレームを瞬時に書き換えていく。
メインモニターやサブモニターを覆い尽くしていた赤色のエラーログが、一斉に消去された。
代わりに表示されたのは、緑色に発光する整然としたコマンド群である。
機体の深部から、これまでとは全く異なる重低音が響き始めた。
ジェネレーターの出力が規定値で安定し、各関節部を固定していた安全ロックが次々と強制解除されていく。
ゼータプラスという未完成の兵器が、初めて完全な戦闘態勢へと移行した。
コックピットのスピーカーから、システムが正常に起動したことを告げる電子音が鳴る。
「よし、システムはオールグリーンだ」
ひでは安堵の息を吐き、操縦桿を軽く握り直した。
正面のモニターでは、ジンの銃口がこちらを向きかけている。
射線を外すため、機体を後退させようとスロットルレバーへ指をかけた。
数ミリだけレバーを手前に引く。
そのごくわずかな入力が、致命的な引き金となった。
ガクン、という暴力的な衝撃がコックピットを激しく揺さぶる。
ゼータプラスはひでの意図を遥かに飛び越え、背部のメインスラスターを最大出力で噴射したのだ。
機体は後方へと凄まじい速度で跳ね上がり、強烈なGが乗員三人の体をシートに叩きつける。
内臓が押し潰されるような圧迫感がひでを襲った。
「きゃああっ!」
左側に密着していた鹿島が、激しい揺れに耐えきれず悲鳴を上げた。
彼女の細い腕がひでの左腕に全力でしがみつく。
豊かな胸がひでの二の腕を潰さんばかりに圧迫するが、ひでにそれを気にする余裕はない。
「ひでさん、そのまま動かないでください」
右側にいる香取も、コンソールを強く掴んでかろうじて姿勢を維持しながら叫んだ。
彼女の額には大粒の汗が浮かび、銀髪がひでの頬に張り付く。
「数値の立ち上がりが、人間の神経伝達速度の限界を完全に超えています」
香取の言う通りだった。
ひでは歯を食いしばり、暴れ狂う操縦桿を両腕の筋力で強引に押さえ込んだ。
自衛隊時代に様々な装甲車を扱ってきた経験則が、今の機体には全く通用しない。
操縦桿から伝わる反発力は、まるで機体自体が別の生き物になってしまったかのようだった。
右へ避けたいと考えただけで、機体は思考の速度そのままに姿勢制御スラスターを全開にする。
入力に対する出力のラグがゼロに等しく、人間の反射神経では到底制御しきれない。
『ご、ごめんなさい』
通信機から、キラ・ヤマトの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
『僕が使いやすいように、数値を設定しちゃったから』
『キラ君、謝っている暇はないわ』
通信の向こう側から、マリュー・ラミアスの鋭い声が割り込む。
『敵機が来るわ。ゼータプラスも、なんとか制御を』
マリューの声には、技術士官としての焦燥が明確に滲んでいた。
外のモニターでは、ミゲルの操るジンが体勢を立て直し、ライフルの銃口を完全にゼータプラスへと向けている。
ひでの網膜に、ジンの銃口の暗がりが焼き付いた。
「香取、鹿島。このままだとジンに撃たれる前に、機体の加速で俺たちの首の骨が折れるぞ」
ひでは正面のモニターから目を離さず、両脇の二人に指示を飛ばした。
死の恐怖が全身を包み込むが、自衛隊での訓練で培われた感覚が、かろうじてパニックを抑え込んでいる。
「了解しました。鹿島、機体制御のフィードバック系を一部遮断します。私が入力データのフィルタリングを行います」
「分かりました。システムをデチェーンさせます」
香取と鹿島の二人が、目にも留まらぬ速さでそれぞれのサブコンソールを叩き始めた。
単座式の狭い空間で、二人の腕がひでの体に何度も擦れる。
彼女たちは、キラが構築した超高速処理系と、ひでという人間の操作系の間に、緩衝地帯を設けようとしていた。
機体の反応速度という鎖を一度解き放ち、人間の肉体に繋ぎ直す作業だ。
「ひでさんの反射神経に無理やり合わせますから、耐えてください」
鹿島の指先がキーボードの上を滑る。
メインモニターの端に、新たなコマンドの羅列が次々と表示されていく。
「リンク率、意図的に低下させます。第3層から第8層までをデッドバンドに設定します」
香取がエンターキーを強く叩いた。
その瞬間、ひでの腕を締め付けていた操縦桿の異常な振動が、ふっと消え去った。
手に馴染む機械としての重みが、操縦桿に戻ってくる。
機体の反応は依然として鋭いが、先ほどのように意識を追い越されるような不気味さは消えていた。
自分の手足の延長として、鋼鉄の巨体を制御下に置いた実感がひでの背筋に走る。
「よし、これならいける」
ひではマイクのスイッチを入れた。
「坊主、大尉さん。こっちはなんとか制御を取り戻した。援護するぞ」
『わかりました。僕はあいつを引きつけます』
キラの操作するストライクが、背中のスラスターを激しく噴射させた。
瓦礫の山を蹴り飛ばし、ジンへと真っ直ぐに突っ込んでいく。
ジンの放ったライフルの閃光が、ストライクの装甲をかすめた。
だがストライクはそれを最小限の傾きで回避し、一気に懐へと飛び込む。
「させるか」
ひではゼータプラスの側頭部、そして腕部に装備された76ミリ近接防御機関砲のトリガーを引いた。
ズガガガガガッという重厚な発射音がコックピット内に響き渡る。
反動で機体が細かく振動し、火薬の燃える匂いが空調を通じて肺の奥まで入り込んでくる。
放たれた数多の曳光弾が、工場の暗がりに無数の光の線を引いた。
バルカンの弾丸では、ジンの分厚い装甲を貫通することはできない。
だが、頭部のメインカメラや各所のセンサーを潰し、操縦者の注意をそらすには十分な効果がある。
ひでは一撃で仕留めるのではなく、敵の回避進路を塞ぐための弾幕を展開した。
「香取、照準補正を頼む」
「お任せください。偏差射撃、計算終了しました」
「鹿島、弾薬供給の最適化を」
「了解です。ひでさん、そのまま撃ち続けてください」
左右から押し付けられる二人の体温を感じながら、ひではトリガーを引き続ける。
香取の計算と鹿島のサポートが、ひでの放つバルカンの命中精度を極限まで高めていた。
ひでの放つ弾幕がジンの視界を塞ぎ、機体の挙動を鈍らせる。
「今だ、坊主。叩き込め」
『やあああああっ』
ひでが作り出したわずかな隙を、ストライクのパイロットは見逃さなかった。
ストライクの腕が振り上げられ、手にしたアーマーシュナイダーがジンの残された腕の肩口へと突き立てられる。
強固な装甲の隙間を縫うように、実体刃が深く食い込んだ。
激しい火花が散り、ジンのセンサー系がショートしたのか、頭部のモノアイが不気味に明滅する。
金属が断ち切られる悲鳴が響き渡り、ジンの巨体が大きくよろめいた。
ジンを操縦するザフトのパイロットは、メインモニターの警告表示を見て舌打ちをした。
腕を失い、武装を奪われ、さらに灰色の未知の機体からの正確な弾幕を浴びている。
ジンの内部からは小規模な火災が発生し、コックピット内に撤退を推奨するアラートが鳴り響いていた。
「くそっ!ひくしかない。だが、次はこうはいかんぞ」
ジンがスラスターを吹かし、急速に後退を始める。
崩壊した工場の奥、暗がりへとジンの機影が溶け込んでいく。
その背中を追うバルカンの弾丸が、瓦礫に当たって最後の火花を散らし、やがて止まった。
敵機の熱源反応が完全にレーダーから消え、崩壊した工場区画に一時的な静寂が訪れる。
「……退いたか。助かった」
ひでは操縦桿から両手を離し、深く息を吐き出してシートに背中を預けた。
全身がじっとりと冷たい汗で濡れている。
心臓が早鐘を打ち、指先がわずかに震えていた。
極度の緊張から解放されたことで、ひでの感覚は急速に研ぎ澄まされていく。
そして、コックピット内の異常な密着状態が、逃れようのない現実味を帯びてひでを襲った。
ひでの右腕には、香取の豊かな胸がこれ以上ないほど柔らかく押し付けられたままである。
彼女のアンダーリムの眼鏡の奥で、瞳が揺れているのが見えた。
香取の息遣いは荒く、吐き出される熱い息がひでの首元をかすめる。
彼女の銀髪からは、甘い香りが硝煙の匂いに混じって漂ってきていた。
左脚には、鹿島の柔らかな太ももが絡みつくように密着している。
小柄な彼女の体は、ひでの左半身に完全に覆い被さるような体勢になっていた。
極小の単座シートに大人三人が押し込まれているため、身動きを取ることすら不可能だ。
二人の成熟した女性から発せられる甘い汗の香りと、じんわりと伝わる高い体温が、密閉された空間を満たしていく。
「ひ、ひでさん」
鹿島が顔を真っ赤にして、ひでの腕にしがみついていた手を緩めた。
「あの、敵は退いたようですから、少し」
鹿島が身をよじって距離を取ろうとする。
だが、その動きは逆効果にしかならなかった。
狭すぎる空間で彼女が動くたびに、しなやかな体の曲線がひでの脚や腕に生々しく擦れる。
衣服越しに伝わる肌の弾力と滑らかさが、ひでの神経を直接撫で上げるようだった。
香取もまた、ひでの体を至近距離で感じていた。
大人の男の力強い体温と、汗の匂い。
戦闘を生き抜いたオスとしての圧倒的な存在感が、彼女の理性を揺さぶっている。
香取の胸の鼓動が、ひでの右腕を通じてドクドクとはっきりと伝わってきた。
その鼓動の速さは、彼女がどれほどひでの肉体を意識しているかを雄弁に物語っている。
「わ、わかってる。今開けるから」
ひでは自身の理性が吹き飛びそうになるのを必死に堪えた。
股間に集まりかける熱と、本能的な欲求を強引に押さえ込む。
震える手でコンソールに手を伸ばし、ハッチの開放レバーを力強く引いた。
プシュゥゥという排気音と共に、鋼鉄のハッチがゆっくりと開いていく。
流れ込んできたのは、金属の焦げる臭いが混じったコロニーの空気だった。
だが、その風は、熱を帯びた三人の体を冷やすには十分だった。
外には、まだ炎を上げる工場の残骸と、同じく立ち尽くしているストライクの姿があった。
ひでは流れ込んできた空気を肺いっぱいに吸い込み、どうにか意識を戦場の現実へと繋ぎ止めた。