ハッチが完全に開ききると、ゼータプラスのコックピット内に外の空気が一気に流れ込んできた。
焦げた金属とオイル、そして何かが焼け焦げたような鼻を突く異臭が混ざった空気だ。
しかし、それは同時に死の密室から生還したことを意味する新鮮な風でもあった。
ひでは操縦桿を強く握りしめていた両手をゆっくりと離し、深く、そして長く息を吐き出した。
極度の緊張状態から解放されたことで、全身の筋肉が強張りを解かれ、重い疲労感が一気に押し寄せてくる。
額から流れ落ちた汗が目に入り、ひでは乱暴にそれを手の甲で拭った。
ふと横を見ると、左側に密着していた鹿島が小さく身をよじっていた。
極小の単座シートに大人三人が無理やり押し込まれていたため、彼女の体はひでの左半身に覆い被さるような状態になっている。
「ひでさん、あの、少し動きますね」
鹿島が申し訳なさそうな声で囁き、ひでの体から離れようと試みる。
だが、空間に余裕など全くない。
彼女が身動きを取るたびに、柔らかな太ももがひでの膝の上を滑り、密着していた胸の感触がひでの腕に生々しく伝わってきた。
彼女の制服のスカートは大きく捲れ上がり、白い肌がひでの戦闘服に直接触れている。
鹿島は顔を真っ赤にして必死に服を整えようとするが、腕を動かすたびにそのふくよかな胸元がひでの視界を覆うように揺れた。
右側に目を向けると、香取もまた乱れた銀髪を指で梳きながら、大きく息をついていた。
彼女のアンダーリムの眼鏡はわずかに曇り、その奥にある瞳にはまだ戦闘の興奮が熱を帯びている。
彼女の胸は激しい呼吸に合わせて上下し、ひでの右腕には彼女の胸の柔らかさと早い鼓動の余韻がはっきりと残っていた。
大人の女性二人から発せられる甘い汗の香りと体温が、ひでの理性を僅かに揺さぶる。
だが、今はまだ完全に安全が確保されたわけではない。
「すまない、二人とも。外に出るぞ」
ひでは気を取り直し、自らの体を先へと動かした。
シートから立ち上がり、ハッチの縁に手をかけて外の装甲へと身を乗り出す。
そして、コックピット内に残る二人へ向けて両手を差し伸べた。
先に香取がひでの手を取り、立ち上がる。
ひでは彼女の腰を支えながら、機体の外へと引き上げた。
香取のスラリとした脚がひでの肩口に触れ、彼女の体の重みがひでの腕に預けられる。
そのまま彼女を地面へと下ろすと、次は鹿島が身を乗り出してきた。
「お願いします、ひでさん」
鹿島がひでの首に腕を回し、ひでは彼女の背中と膝の裏に手を入れて抱き上げるようにして外へと出した。
小柄ながらも極めて肉感的な彼女の重みと、柔らかな肌の感触がひでの手に残る。
二人を無事に地面へと降ろした後、ひでも機体から飛び降りた。
着地した瞬間、ひでの膝が疲労でわずかに崩れそうになるが、自衛隊時代に鍛え上げた体幹でなんとか踏みとどまる。
ひでの着用しているスーツは油と汗でシワだらけになり、三十代の男の疲労が色濃く滲み出ていた。
三人が地面に降り立ち、改めて周囲の状況を確認する。
そこは、かつて巨大な工業製品を組み立てていたであろう工場の跡地だった。
天井は無惨に崩落し、巨大なクレーンが飴細工のようにひしゃげて転がっている。
至る所でオレンジ色の炎がくすぶり、黒煙が立ち上っていた。
すぐ隣では、先ほどまで共闘していた白い機体、ストライクガンダムが膝をついた状態で静止している。
ストライクのコックピットハッチも開き、パイロットが降りてくるところだった。
最初に姿を見せたのは、オレンジ色のワークジャンプスーツを血と泥で汚した女性だった。
左胸には入場身分証がクリップで留められている。
彼女は負傷した腕を庇うようにしてワイヤーを降り、地面に着地した。
マリュー・ラミアスだ。
続いて、コックピットの中から一人の少年が力なく降りてくる。
彼が、あの驚異的なOSの書き換えを行い、悪魔のような機動でジンを撃退したパイロット、キラ・ヤマトだった。
「キラ!」
瓦礫の陰から、数人の少年少女たちが駆け寄ってくる。
キラの友人たちなのだろう。
彼らはキラの無事を喜び、涙を流しながら彼を抱きしめている。
キラ自身はひどく顔色が悪く、自分の両手を見つめながら小刻みに震えていた。
無理もない。
彼がどのような素性の少年かは知らないが、今しがた初めて人を殺したばかりなのだ。
それが正当防衛であれ、極限状態の戦場であれ、平穏に生きてきた少年の心にはあまりにも重すぎる現実である。
マリューはそんな少年たちを一瞥した後、周囲を油断なく見回している。
ひでもまた、自衛隊の普通科で叩き込まれた習性に従い、周囲に敵兵が潜んでいないか視線を走らせた。
だが、今のところ新たな熱源反応や敵意は感じられない。
「……さて。少しだけ一息つけそうだ」
ひではマリューたちから少し離れた瓦礫に腰掛け、大きく息を吐いた。
隣には香取と鹿島が腰を下ろし、疲れた足を休ませている。
ひでは腰のポーチから水筒を取り出し、蓋を開けて鹿島へと差し出した。
「ほら、飲め。脱水症状を起こすぞ」
「あ、ありがとうございます」
鹿島は両手で水筒を受け取り、小さな口で水を飲み込んだ。
喉が鳴る音が聞こえ、彼女の唇が水に濡れて艶を帯びる。
鹿島は息をつくと、水筒の飲み口を指で丁寧に拭い、香取へと渡した。
「香取も、ほら」
「ありがとう、いただきます」
香取もまた上品な所作で水筒を受け取り、静かに喉を潤した。
極限状態の中で回し飲みをするこの行為が、三人の中に奇妙な連帯感を生んでいた。
香取が飲み終えた水筒を受け取り、ひでも残りの水を一気に煽る。
温くなった水が、乾ききった喉を潤していく。
ひでは手の甲で口元を拭うと、隣に座る二人へと視線を向けた。
「改めて聞くが、あんたたちは一体何者だ?」
ひでの問いかけに、香取と鹿島は顔を見合わせた。
「索敵や通信の腕前、システムへの介入速度。どれをとっても素人の域を遥かに超えていた。それに、あの極限状態での胆力。ただのコスプレ嬢じゃねえよな」
ひでの言葉は、警戒というよりも純粋な感嘆から来ていた。
彼女たちのサポートがなければ、ひではあのピーキーすぎる機体を制御することもできず、間違いなく壁の染みになっていただろう。
香取は姿勢を正し、膝の上に両手を置いて真剣な眼差しでひでを見つめ返した。
「……私の言葉を、信じていただけますか?」
「あの化け物みたいな兵器同士の殺し合いを生き延びた後だ。大抵のことなら信じるさ」
ひでの返答を聞き、香取は深く頷いた。
「私は練習巡洋艦・香取。こちらは練習巡洋艦・鹿島です」
香取の静かな言葉が、廃墟となった工場に響く。
「大日本帝国海軍の艦艇としての魂を持つ『艦娘』……信じられないかもしれませんが、それが私たちの正体です」
「大日本帝国海軍……? 海上自衛隊じゃなくてか?」
ひでは思わず首を傾げた。
日本という国名は一致している。
だが、大日本帝国海軍という組織は、ひでの知る歴史では半世紀以上も前に消滅しているはずだ。
何より、「艦艇の魂を持つ人間」という概念が全く理解できない。
兵器の魂が人に宿るなど、オカルトの類の話ではないか。
ひでの戸惑いを察したのか、鹿島が補足するように自分たちの世界について語り始めた。
「私たちのいた世界は、深海棲艦と呼ばれる未知の敵によって海が封鎖されていました。私たちはその敵と戦うために、過去の艦艇の記憶と魂を受け継いで顕現した存在なのです」
鹿島の言葉に、ひでは顎を撫でながら思考を巡らせる。
深海棲艦。
そんな怪物が海を支配しているという話は、ひでのいた世界には存在しない。
ひでが所属していた陸上自衛隊の仮想敵国は、あくまで地上の人間たちが形成する国家であった。
「俺のいた世界では、海を支配しているのはアメリカ海軍の空母打撃群だ。得体の知れない化け物なんていなかったし、艦艇の魂を持った人間なんて都市伝説すら聞いたことがない」
ひでは自分の素性についても手短に語った。
日本の陸上自衛隊で普通科の陸曹として勤務していたこと。
五年前に退官し、今はしがない民間人として生活していたこと。
そして、気がつけばこの見知らぬ場所に放り出され、あの灰色の機体のコックピットに押し込められていたこと。
「昭和の終わりから平成、そして令和と、大きな戦争もない平和な日本だったんだがな」
ひでが年号を口にすると、香取の表情がわずかに険しくなった。
「……平成? 令和? 私たちの世界では、そのような年号は使われていませんでした」
互いに情報交換を進めるうち、ひでも香取たちも、ある一つのどうしようもない事実に気がついていく。
言語は通じるし、日本という国の存在も共通している。
だが、歴史の歩みや世界の常識、そして存在している脅威の種類が全く異なっているのだ。
「なるほど……俺のいた日本と、あんたたちのいた日本は、歴史も常識も違う『別の世界』ってことか」
ひでは自嘲気味に笑い、天を仰ぐようにして頭を後方に傾けた。
平行世界。
あるいはパラレルワールド。
SF小説の中だけの話だと思っていたことが、自分自身の身に起きている。
だが、それならば今のこの現状はどう説明がつくのだろうか。
「それにしても……ここは日本のどこなんだ? アメリカの地下施設か何かか?」
ひでは立ち上がり、周囲をぐるりと見渡した。
ひでたちは今、巨大な崩落した工場の跡地にいる。
天井の一部が抜け落ち、そこから外の風景が見えるはずだった。
ひでは、その崩落した穴の向こう側へと視線を向ける。
「……なんだ、ありゃ」
ひではその光景を見て、言葉を失い絶句した。
外壁が大きく崩落したことで見えた、空の向こう側。
そこには、あるべきはずの青空も、夜を彩る星空もなかった。
そこにあったのは、雲の代わりに広がる広大な「大地」だったのだ。
都市のビル群、緑の森林、そして人工的な河川が、空の向こう側に「逆さま」に張り付いている。
「大地が……空に張り付いてる……? どうなってんだ、重力がおかしくなったのか?」
ひでは自分の目が狂ったのかと思い、目を擦った。
だが、何度見てもその光景は変わらない。
自分が立っている地面の遥か上空に、もう一つの地面が存在している。
それは、円筒形に建造されたスペースコロニー特有の、湾曲した大地の風景であった。
だが、現代の地球でしか生きてこなかったひでには、その異常な遠近感と物理法則を無視したかのような光景が理解できない。
地下施設や、巨大なドーム球場のような場所に閉じ込められているとしか思っていなかったのだ。
ひでがその異常な光景に釘付けになっていると、背後から足音が近づいてきた。
「あなたたち……その機体のパイロットね。改めて礼を言うわ」
振り返ると、負傷した左腕を押さえたマリュー・ラミアスが立っていた。
彼女の表情には疲労の色が濃いが、その眼差しは軍人としての鋭さを失っていない。
ひではマリューの言葉に軽く頷きながらも、すぐにあの頭上の異様な光景を指差した。
「……大尉さん。教えてくれ。あの空に張り付いてる街は、幻覚か何かなのか? 俺たちの脳がイカれちまったのか?」
ひでの問いかけに、マリューは怪訝な顔をした。
何を当たり前のことを聞いているのか、と言わんばかりの表情だ。
「幻覚? 何を言っているの。ここは中立国オーブの資源コロニー、ヘリオポリスよ。私たちは宇宙にいるのよ」
「宇宙……コロニー……?」
ひでの口から、掠れた声が漏れ出た。
自衛隊時代に培われた強靭な精神力も、酸いも甘いも噛み分けてきた三十代の男としての理性も、目の前の女性が突きつけたその言葉の前では、薄氷のように脆く砕け散った。
アニメやSF映画の中だけで使われる架空の単語が、冷徹な現実の固有名詞としてひでの鼓膜を打つ。
ひではゆっくりと首を動かし、崩落した工場の天井の向こう側に広がる光景を改めて見上げた。
そこに広がっているのは、どこまでも続く青い空でも、無数の星が輝く夜空でもなかった。
自分の立っている地面の遥か上空に、別の「大地」が逆さまに張り付いている。
林立する都市のビル群、緑豊かな森林区画、そしてそれらを分断するように流れる人工的な河川。
それらが巨大な円筒の内壁に沿って、湾曲しながら頭上を覆っているのだ。
重力という絶対的な物理法則が崩壊しているかのような、遠近感を狂わせる異常な風景。
ドーム球場や巨大な地下空間などというひでの希望的観測は、マリュー・ラミアスの言葉によって無惨に打ち砕かれた。
ここが宇宙空間に建造された巨大な人工物、スペースコロニーの内部であるという事実は、もはや疑いようがなかった。
ひでたちは今、自分たちが立っている場所が、日本の地続きでもなければ、地球上のどこかですらないという絶対的な孤独を突きつけられていたのだ。
「ひでさん、宇宙空間ということは……私たちは……」
ひでの隣で、香取が血の気を失った顔で空を見上げていた。
彼女のアンダーリムの眼鏡の奥で、知的な瞳が激しく揺れ動いている。
大日本帝国海軍の練習巡洋艦としての魂を持つ彼女にとって、「海がない」という事実は、存在意義そのものを揺るがすほどの絶望を意味していた。
彼女たちの戦場は海であり、彼女たちの命は海と共にあったはずなのだ。
「海どころか、空すらもない……人工の箱の中……」
鹿島もまた、顔色を青ざめさせて呟いた。
彼女の華奢な肩が小刻みに震え、無意識のうちにひでの戦闘服の袖を強く握りしめている。
兵站や索敵のプロフェッショナルである彼女の頭脳は、現状がどれほど絶望的であるかを冷酷に算段していた。
地球連合軍とザフトという、聞いたこともない二つの巨大な勢力が戦争をしている世界。
その戦火の真っ只中に、自分たちは放り込まれたのだ。
しかも、自分たちはその世界の人間ですらない。
「ああ……俺たちはここでは、文字通り全くの『異世界人』ってわけだ」
ひでの口から、乾いた自嘲の笑い声が漏れた。
頼るべき組織も、帰るべき家も、この世界のどこにも存在しない。
最近やっと住み慣れてきたアパートも、行きつけの居酒屋も、見慣れた日本の風景も、ここから何十万キロ、あるいは次元の壁を隔てた彼方にあるのだ。
その残酷な事実が、ひでの両肩にずしりと重くのしかかる。
もしここが地球上の見知らぬ戦場であったなら、まだ生き延びて祖国へ帰るという希望を持てたかもしれない。
だが、宇宙空間に浮かぶ密閉されたコロニーの中では、歩いて帰ることなど物理的に不可能だ。
「おい、香取、鹿島。しっかりしろ」
ひでは、絶望に押し潰されそうになっている二人の肩を力強く掴んだ。
大人の男の分厚い手のひらから伝わる熱が、彼女たちの震えをわずかに抑え込む。
「泣き言を言っても始まらねえ。俺たちがどこの世界の人間だろうが、今はとにかく生き残ることだけを考えろ。海がないなら、この宇宙ってやつを海だと思って泳ぎ切るしかねえんだよ」
ひでの言葉は粗野であったが、その響きには自衛隊の厳しい訓練で培われた「絶対に生き延びる」という強烈な意志が込められていた。
香取はひでの言葉にはっとしたように顔を上げ、小さく、しかし力強く頷いた。
「……申し訳ありません。取り乱しました。ひでさんの仰る通りです。どのような海であれ、私たちは生き抜いてみせます」
鹿島もまた、ひでの袖を握っていた手に力を込め、涙ぐんだ瞳でひでを見つめ返した。
「はい……ひでさんが一緒にいてくださるなら、私、頑張れます」
三人の間に、異世界人同士という強固な連帯感が生まれつつあった。
その様子を少し離れた場所から静かに見ていたマリューが、痛む左腕を庇いながら口を開いた。
「あなたたちがどこから来たのか、どういう事情があるのかは深くは聞かないわ。でも、戦場を生き抜く覚悟があるなら、それに越したことはない」
マリューの声には、軍人としての冷徹さと、大人としての責任感が入り混じっていた。
「この先にある秘密ドックに、私たちの艦があるわ。そこへ合流して、このコロニーから脱出する。民間人であるあなたたちも、軍の責任において保護するわ」
マリューの言葉は、この絶望的な状況下において唯一の希望の光だった。
彼女たちがどのような組織に属していようと、今はその脱出艦にすがるしかない。
「ありがたい。その提案、乗らせてもらう」
ひでが頷き、立ち上がろうとしたその時だった。
瓦礫の上に立って周囲を警戒していた鹿島が、突然空、すなわちコロニーの中心軸を通る巨大なシャフトの方向を見上げて鋭い警告を発した。
「ひでさん! コロニーシャフト方面から、新たな熱源が急速に接近してきます!」
鹿島の声は、これまでにないほど切羽詰まっていた。
彼女の索敵能力は、機械のレーダーよりも正確に脅威の存在を感知している。
「先ほどの機体とは、速度がまるで違います! エンジン出力も段違い……異常な機動力です!」
「なんだと!?」
ひでは弾かれたように顔を上げ、鹿島が指差した方向を睨みつけた。
崩壊した天井の向こう側、宇宙空間へと繋がるコロニーのシャフト部分から、眩いスラスターの光が真っ直ぐにこちらへ向かって突き進んでくるのが見えた。
その光は、先ほど交戦したミゲルのジンのものとは比較にならないほど強烈で、一直線に、かつ全くの無駄がない軌道を描いている。
外宇宙から、ザフト軍の精鋭部隊を率いる指揮官、ラウ・ル・クルーゼが自ら専用のシグーに搭乗し、コロニー内部へと侵入してきたのだ。
けたたましい轟音と共に、シグーがコロニーの居住区を無慈悲に破壊しながら迫ってくる。
分厚い隔壁を紙のように引き裂き、障害物となる建物を重突撃機銃で粉砕しながら、一直線に工場区画へと向かってくる。
その圧倒的な破壊と蹂躙の速度は、ひでの知る兵器の常識を遥かに凌駕していた。
戦車や戦闘機といった現代兵器の枠組みには絶対に収まらない、純粋な殺戮の具現化。
それがモビルスーツという兵器の真の姿なのだと、ひでは本能で理解させられた。
「なんなんだ、あれは……先ほどの緑色の奴より、さらに速いぞ!」
ひでは額に脂汗を浮かべ、後退りした。
自衛隊時代に培った戦術論も、先ほどゼータプラスで得たわずかな自信も、あの白銀の機体から発せられる圧倒的なプレッシャーの前では無意味に等しかった。
シグーが放つスラスターの光が、ひでの網膜を焼くように突き刺さる。
大地が震え、破壊された建物の破片が雨のように降り注いできた。
「嘘だろ……あんなバケモノみたいな動き、物理的におかしいだろ。俺はやっぱり、ひどい幻覚を見てるんじゃないのか?」
ひでは現実から逃避するように、震える声で呟いた。