※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED ~転移者と共に~   作:よっちょれ

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PHASE-03【崩壊の大地】
第1章【反撃の狼煙】


ヘリオポリスの地下深くに極秘裏に建造されていた秘密ドックの強固なチタン合金製ゲートが、内側からの圧倒的な熱線の直撃によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。

コロニーの人工大気を激しく震わせる、鼓膜が破れんばかりの凄まじい地鳴りが空間全体に響き渡る。

 

マグマのように真っ赤に溶解した数十トンの鉄の塊と、砕け散ったコロニーの分厚い岩盤が、まるで火山の噴火のごとく空高くへと無数に巻き上げられた。

もうもうと立ち込める真っ黒な爆煙と、酸素を焼き尽くす灼熱の炎を強引に掻き分けるようにして、その信じられないほど巨大な物体が戦火の地表へとゆっくりとその姿を現した。

 

鋭く前方に突き出た、巨大な槍のような二つの艦首。

無機質で油に塗れた工場地帯の残骸には到底似つかわしくない、純白と赤に美しく彩られた流線型の装甲。

それはまるで、地獄の業火の底から這い出てきた、巨大な白鳥のような最新鋭強襲機動特装艦、アークエンジェルであった。

 

全長三百メートルを超えるそのあまりにも巨大な白き艦体が、コロニー内部の擬似重力を力任せにねじ伏せるようなメインスラスターの重厚な轟音と共に、崩壊しつつある空間へとその絶対的な威容を現す。

艦底から噴き出されるプラズマの強烈な噴射炎が、周囲に散乱していた巨大な瓦礫や鉄骨を木の葉のように吹き飛ばし、その凄まじい熱風がゼータプラスの灰色の装甲を激しく打ち据えた。

 

「デカい……アレが、あの大尉さんが言っていた軍の脱出艦か」

 

ゼータプラスの極小コックピット内で、ひではメインモニターの画面の大部分を埋め尽くすその圧倒的な威容を見上げ、思わず干からびた唇を舐めた。

現代の地球において最大の軍艦であるアメリカ海軍のニミッツ級原子力空母でさえ、その全長は三百メートル強である。

だが、それはあくまで海という絶対的な浮力が存在する場所に浮かんでいるからこそ成立する巨大さだ。

 

目の前に出現したアークエンジェルは、それと同等か、あるいはそれ以上の莫大な質量を持ちながら、自らのエンジンの推力のみで空中に完全に浮遊しているのだ。

航空力学の常識を根本から嘲笑うかのようなその光景に、元自衛官であるひでの理性は激しく揺さぶられていた。

 

「なんて巨大な艦ですか。大和型戦艦すら凌駕するあの巨大な質量の塊が、海を持たず、重力に完全に逆らって空に浮いているなんて」

 

ひでの右腕に密着している香取が、アンダーリムの眼鏡の奥の知的な瞳を限界まで見開き、信じられないものを見るような掠れた声で呟いた。

大日本帝国海軍の練習巡洋艦としての記憶と強烈な誇りを持つ彼女にとって、船とは母なる海に浮かび、波をかき分けて進むべきものである。

鋼鉄の巨艦が空を飛ぶなどという物理法則の超越は、彼女の世界の常識とアイデンティティを根底から完全に破壊するものだった。

 

「ひでさん、あの艦の白い装甲……ただの分厚い鋼鉄ではありません。艦の表面全体が、特殊なエネルギー場のようなもので高密度に覆われています」

 

ひでの左脚にしがみついている鹿島もまた、自身の艦娘としての並外れた知覚能力と電波探信儀の能力を総動員し、アークエンジェルの放つ圧倒的な存在感と未知のテクノロジーに戦慄していた。

だが、その巨大な希望の象徴が戦場に姿を現したことで、コロニー内の戦場の熱度はさらに極限へと跳ね上がることになる。

 

アークエンジェルの頭上に広がる空域では、ムウ・ラ・フラガの操縦する四基の有線式ガンバレルを搭載したモビルアーマー、メビウス・ゼロと、キラ・ヤマトの乗る純白のストライクガンダムが、ラウ・ル・クルーゼのシグーを中心とするザフトのモビルスーツ部隊と、互いの命を削り合う激しい三次元の交戦を繰り広げていた。

 

クルーゼの率いる部隊には、先ほどのストライクとの戦闘を生き残った数機の緑色のジンが新たに合流していた。

彼らは地中から突如として現れた連合軍の新たなる巨大な脅威であるアークエンジェルを、艦のシステムが完全に立ち上がる前にこの場で完全に沈めるべく、一斉にその攻撃の矛先を巨大な白き艦体へと向け始めたのだ。

 

無数の実弾ライフルと重ロケット弾がアークエンジェルの純白の装甲に向けて雨霰と降り注ぎ、激しい爆発の閃光が艦体を包み込む。

だが、鹿島の感知した通り、アークエンジェルのラミネート装甲は並の実弾兵器を容易く弾き返し、その巨体は微動だにしなかった。

しかし、いかに強固な装甲を持っていようと、無防備な推進器やセンサー類を集中攻撃されれば、巨艦といえども致命傷を負うことは避けられない。

 

「ひでさん。艦の対空防衛網に大きな穴があります。あの巨体ではモビルスーツのような回避行動は物理的に不可能です。このままでは敵機に死角へ潜り込まれ、急所への直撃を受けます」

 

鹿島の切羽詰まった声が、熱気のこもる狭いコックピット内に響き渡った。

彼女の目はメインコンソールのレーダー表示を正確無比に読み取り、アークエンジェルの対空火器の旋回が及ばない死角へと、絶妙な連携で入り込もうとしている二機のジンの機影をいち早く捉えていた。

その鹿島の的確な戦況報告に、ひでは強く奥歯を噛み締め、暴れ馬のような操縦桿を汗ばんだ両手で力強く握り直した。

 

「香取、鹿島。あのデカブツを盾にするように急いで位置を取れ。俺たちはとにかく弾幕を張って、あいつらを艦に近づかせるな」

 

ひでの怒鳴り声に、香取と鹿島が即座に反応し、同時に疑問の声を上げた。

 

「アークエンジェルを盾にするのですか。私たちが盾になって、あの艦を守るのではないのですか」

 

香取が驚きを含んだ声で問い返す。

艦艇の魂を持ち、艦隊防空の要として味方の艦を守り抜くことを至上の目的とする彼女にとって、味方の巨大な艦を自らの身を守る盾として利用するなどという発想は、軍人の矜持としてすぐには理解し難いものだった。

 

「馬鹿野郎、あの巨体と装甲だ。モビルスーツの小火器の弾を多少食らったくらいじゃビクともしねえ。逆に言えば、この空間にこれ以上頑丈でデカい最高の遮蔽物は他にないんだよ」

 

ひではメインモニターから視線を外さず、冷静に、しかし強い語気で言い放った。

 

「俺たちはあの艦の装甲の陰に完全に隠れて敵からの射線を切りながら、艦の火器が届かない死角をカバーする。歩兵の基本である陣地防衛をここでやるんだ」

 

ひでの思考は、どこまでいっても自衛隊で徹底的に叩き込まれた、極めて現実的で生存性の高い歩兵の戦術論に完全に基づいていた。

敵が圧倒的な航空優勢を持ち、人間離れした機動力で縦横無尽に襲いかかってくるのであれば、開けた空間でまともに撃ち合って勝てる見込みなど万に一つもない。

 

だが、絶対に破壊されない強固な遮蔽物を利用して自身の被弾面積を最小限に抑え、敵の侵攻ルートを予測して火網を構築すれば、いかに機動力が高い相手であっても必ずその動きを制限し、侵入を阻むことができる。

アークエンジェルという三百メートルの巨大な艦体は、生身の歩兵の戦術をモビルスーツ戦に応用しようとしているひでにとって、最高の移動トーチカであり、天然の要塞に他ならなかったのだ。

 

「了解しました。ひでさんの戦術意図、完全に理解しました。機体の推力をアークエンジェルの右舷後方の死角へと向けます」

 

香取が即座に己の艦娘としてのプライドを戦術的合理性に切り替え、コンソールを猛烈な速度で叩き始める。

彼女はひでの意図を完璧に汲み取り、未完成でピーキーな挙動を示すゼータプラスのシステムを極小の出力で強引に制御し、アークエンジェルの巨大なエンジンブロックの陰となっている右舷の死角へと機体を滑り込ませた。

 

「鹿島、アクティブセンサーを最大出力で回して、接近してくるジンの未来位置を予測しろ。香取は火器管制システムを面制圧モードへ強制移行。敵機を直接狙うな。敵が移動して入り込んでくる空間にあらかじめ弾を置いておけ」

 

ひでは自衛隊時代に市街地戦闘訓練で幾度となく反復した指向射撃の要領で、ゼータプラスの操縦桿のトリガーに太い指をかけた。

指向射撃とは、敵の姿を視認して照準を合わせてから撃つのではなく、地形や状況から敵が必ず通らざるを得ない空間を予測して弾幕を張り、その空間自体を死地へと変える防衛戦術だ。

 

「はいっ。敵機のスラスターの推力ベクトルと相対速度から、三次元空間上におけるキルゾーンを正確に設定します。データ、火器管制システムへリアルタイムでリンク」

 

鹿島がひでの左脚にしがみついた不安定な体勢のまま、サブコンソールを驚異的な指さばきで操作し、膨大な計算弾道を弾き出す。

 

「火器管制、面制圧モードへ移行完了しました。ひでさん、私の視線と機体の照準を完全に同期させます。予測空間にロックをかけました。トリガーを引いてください」

 

右腕に密着する香取の冷静な言葉とともに、ひでは一切の迷いを捨てるように操縦桿のトリガーを深く引き絞った。

 

「食らえっ。泥水すすって地べたを這いずり回る歩兵の戦い方ってやつを、空飛ぶお前らに教えてやる」

 

頭部および腕部に内蔵された七十六ミリ近接防御機関砲、バルカンがズガガガガッという腹の底を揺るがす凄まじい発射音とともに火を噴き、無数の曳光弾がコロニーの暗い空間にオレンジ色の直線を何百本と引く。

さらに、ひでは大腿部にマウントされている未知の光学兵器、ビーム・カノンのトリガーを交互に引いた。

 

ギュイィィンという空間そのものを劈くような甲高い電子音とともに、極太の赤い熱線がバルカンの弾幕の間を縫うようにして連続で射出される。

ひでの放った濃密な弾幕とビームは、アークエンジェルの死角へ肉薄しようとしていた二機のジンの機体を直接狙って放たれたものではなかった。

 

だが、ジンがアークエンジェルの装甲の陰へ回り込もうとスラスターを吹かしたまさにその瞬間、彼らの進行方向の目の前の空間が、突如として赤い熱線と無数の実弾の壁によって完全に埋め尽くされたのだ。

 

「ちぃっ。どこから撃ってきやがった。死角じゃなかったのか」

 

ジンのパイロットが通信機越しに驚愕の叫び声を上げ、反射的に機体を大きく仰け反らせて急ブレーキをかける。

ビーム・カノンの恐るべき熱線がジンの装甲の鼻先を掠め、その圧倒的な熱量にカメラセンサーが一時的なエラーを引き起こした。

 

ひでの狙いは、まさにこれだった。

 

クルーゼやムウのようなエースパイロットが魅せる華麗な偏差射撃で敵を撃墜することは、素人であるひでには到底不可能だ。

だが、歩兵として培った泥臭い陣地防衛の戦術を用い、優秀なオペレーターの計算によって空間そのものを制圧すれば、敵の足を止め、その攻撃意図を完全に挫くことができる。

 

「よし、いいぞ。鹿島、休むな。次の目標座標を出せ。撃墜できなくても構わない。とにかくあいつらをこの艦に一歩も近づけさせるな」

 

ひではコックピット内に充満する火薬の焦げた匂いと、機械から発せられる強烈な熱気の中で、大粒の汗を顎から滴らせながら叫んだ。

三十代の生身の肉体は過度なGと極限の緊張で激しい悲鳴を上げているが、香取と鹿島という人間の脳を凌駕する優秀なシステムオペレーターが密着してサポートしてくれているおかげで、ゼータプラスはひでの手足のように確実な火網を形成し続けていた。

 

「次、左舷上方からもう一機、高い機動力で突っ込んできます。射撃座標、送ります」

 

鹿島の緊迫した報告と同時に、ひではゼータプラスの機体を僅かに動かし、アークエンジェルの巨大な艦橋の陰から砲口だけを僅かに覗かせる。

そして、鹿島が設定した空間に向けて再び強烈な弾幕を浴びせかけた。

バルカンの曳光弾が網の目のように広がり、ジンが強行突入しようとしていた最適ルートを見事に塞ぎ切る。

 

ジンのパイロットは忌々しげに舌打ちをし、アークエンジェルへの接近を諦めて大きく上空へと迂回せざるを得なかった。

ひでの極めて合理的な弾幕による鉄壁の防衛線。

それに加えて、戦場の上空ではムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロが、四基の有線式ガンバレルを四肢のように自在に操り、トリッキーなオールレンジ攻撃でザフトの指揮官であるクルーゼのシグーを執拗に牽制し続けていた。

 

さらに、エネルギー残量がレッドゾーンに達し、装甲の色が消えかかっている状態でありながらも、キラ・ヤマトの乗るストライクガンダムが、その少年の驚異的な反応速度と機動力でザフトのモビルスーツ部隊の陣形を次々と切り崩していく。

極めつけは、システムが完全に起動したアークエンジェルの巨体から放たれる自動防空システム、イーゲルシュテルンの猛烈な火線だった。

 

艦体に無数に配置された七十五ミリ対空自動バルカン砲塔群が一斉に火を噴き、文字通り弾幕の分厚い壁となってザフトの接近を一切許さない。

これらすべての要素が完全に合わさったことで、戦局は一気に防衛側である地球連合軍、そしてひでたちへと大きく傾いていった。

 

「チッ……連合の新型艦まで完全に目覚めたか。これ以上の戦闘は無意味だな」

 

シグーのコックピット内で、ザフト軍の指揮官であるラウ・ル・クルーゼは、メインモニターに映る戦況を極めて冷静に分析し、冷酷な決断を下した。

目標であった連合の最新鋭機密であるG兵器の奪取は、六機中四機を無傷で手に入れた時点で、作戦としては一定以上の成功を収めている。

残る一機のストライク、そして未確認の灰色の機体と新型特装艦をここで無理に沈めようと意地を張れば、自軍の被害も甚大で取り返しのつかないものになる。

クルーゼは仮面の奥の氷のような瞳を細め、全軍への通信回路を開いた。

 

「全機、直ちに攻撃を中止せよ。母艦ヴェサリウスへ帰還する。撤退だ」

 

クルーゼの低く、しかし絶対的な威厳を持った命令が、ザフトの各機へと瞬時に伝達される。

アークエンジェルへ攻撃を仕掛けていたジン部隊は、即座にスラスターを反転させ、交戦空域からの離脱を開始した。

クルーゼのシグーもまた、ムウのガンバレルによる執拗な包囲網を驚異的な機動で軽々と抜け出すと、白銀の装甲を翻してコロニーの上層へと向かって急速に加速していく。

 

「逃げる気か……」

 

ひではゼータプラスのメインカメラ越しに、急速に遠ざかっていくシグーの機影を汗まみれの顔で睨みつけた。

追撃する余裕など、機体のエネルギー的にも彼自身の精神的にも全く残されていない。

 

シグーと残存するジンの部隊は、戦闘の余波でコロニーの外壁に開いた巨大な大穴から、漆黒の外宇宙へと一斉に離脱していく。

彼らの放つスラスターの光が星屑のように小さくなり、やがてレーダーからも完全にその熱源反応が消失した。

 

圧倒的な死の恐怖をもたらしたザフトの部隊が去り、崩壊しつつあるヘリオポリスの内部に、ただ火災の燃える音と金属の軋む音だけが残された。

ひでは操縦桿から震える両手を離し、極度の緊張と疲労から、コックピット内に深く、重い息を吐き出した。

 

激しい戦闘によって生じた兵器の放つ莫大な熱量と、コロニーの内部で燃え盛る大規模な火災の黒煙が、ヘリオポリスの暗い空間に澱のように淀んで漂っている。

圧倒的な死の恐怖をもたらしたラウ・ル・クルーゼ率いるザフトの部隊がコロニーの外宇宙へと完全に離脱し、激戦の傷跡が残る戦場に一時の不気味な静寂が訪れた。

だが、その静寂は決して平和の訪れや安全を意味するものではない。

 

引き裂かれた装甲の金属が重力に引かれて軋む嫌な音と、遠くで崩落していく巨大な岩盤の地鳴りが、この巨大な人工の箱がすでに構造上の限界を迎えつつあることを、絶え間なく無慈悲に警告し続けていた。

ゼータプラスの極小コックピットの中で、ひでは暴れ馬の手綱を握りしめていたかのように強張った両手を、ゆっくりと操縦桿から離した。

 

極度の緊張と過労で小刻みに震える指先を自身の太ももに押し付け、荒くなった呼吸を必死に整えようとする。

その時、メインコンソールの通信機に、オープン回線からの強制的な通信が割り込んできた。

 

『各機、直ちに本艦のフライトデッキへ着艦して!』

 

メインモニターの端に、激しいノイズ混じりの映像とともに、オレンジ色の軍服を着た女性、マリュー・ラミアスの顔が映し出される。

 

『お願い、急いで! このコロニーはもう長くは持たないわ!』

 

スピーカーから響くマリューの声には、先ほどまでの技術士官としての冷静な面影や、大人としての威厳は欠片も残っていなかった。

まるでパニックに陥りそうな己の精神を、必死の思いでギリギリのところで繋ぎ止めているかのような、悲痛で切羽詰まった焦燥の色が色濃く混じっている。

 

だが、その命令を受け取るひでの側も、とても余裕を持って頷けるような状態ではなかった。

 

「急げって言われても、動き回ってる巨大空母の甲板に、こんなデカブツを無傷で着艦させるなんて、俺はやったことねえぞ!」

 

ひではモニターに映るマリューに向かって、無意識のうちに喉が裂けんばかりの怒鳴り声を上げていた。

自衛隊の普通科歩兵としての泥臭い市街地戦闘やサバイバルの訓練は山ほど受けてきたが、航空機の操縦など皆無だ。

ましてや、モビルスーツという十数メートルもある巨大な人型兵器で、宙に浮く巨大戦艦の甲板にピンポイントで着艦するなど、完全に想定外の未知の領域である。

 

「しかも戦闘の余波で、コロニーの擬似重力のバランスが完全に崩れてやがる! 姿勢が全く安定しねえ!」

 

ひでの怒鳴り声の通り、ヘリオポリス内部の重力はすでにまともに機能していなかった。

 

巨大なシリンダーの回転運動による遠心力によって生み出されていたはずの擬似重力は、構造物の崩壊と激しい戦闘の振動によってベクトルが完全に狂い始めている。

機体がフワフワと無重力空間のように浮き上がったかと思えば、急に横方向へと不自然な力で引っ張られるような、極めて異常な挙動を示しているのだ。

 

眼下に広がるアークエンジェルの広大なフライトデッキが、まるで荒れ狂う嵐の海に浮かぶ木の葉のように、ひでの視界の中で上下左右に激しく揺れ動いていた。

こんな状態で、機体の重量を甲板の正確な位置に下ろすなど、神業に近い。

 

「鹿島、姿勢制御の補助を全開で頼む! このままじゃ甲板に頭から叩きつけられて、俺たち三人とも鉄の塊ごとミンチになるぞ!」

 

ひでが左脚に抱きつくように密着している鹿島に、必死の形相で矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「了解しました! コロニーの回転軸の物理的なズレと、重力異常の波長をリアルタイムで計算します!」

 

鹿島がひでの左脚にしがみついた極めて不安定な体勢のまま、サブコンソールを猛烈な速度で叩き始める。

 

「機体各所に配置された姿勢制御用スラスターの微調整を、私がマニュアルで直接行います! ひでさんはメインスラスターの推力調整に集中してください!」

 

彼女の目はレーダーと重力センサーから送られてくる膨大な数値を瞬時に読み取り、艦娘としての卓越したバランス感覚と演算能力を、ゼータプラスの姿勢制御システムへと直接同期させていく。

大海原の荒波の波長を読み取る彼女の能力が、この崩壊しつつある宇宙空間の擬似重力の波を見事なまでに捉え始めていた。

 

「香取、進入角を最適化しろ! 俺の操縦だけじゃ絶対にズレて甲板から転げ落ちるぞ!」

 

「お任せください! 艦の相対速度とピッチングの周期を予測し、着艦シーケンスのガイドラインをメインモニターに投影します!」

 

香取の極めて冷静で、しかし熱を帯びた声が、ひでの右腕から伝わってくる。

彼女はひでの意図を完璧に汲み取り、未完成でピーキーなゼータプラスのシステムを極小の出力で強引に制御している。

 

「ひでさんは、モニターに表示される赤いラインの真ん中をキープすることだけに全神経を集中してください! 細かい横風や重力のブレは、私と鹿島で完全に相殺します!」

 

「わかった、頼むぞ! 舌を噛むなよ!」

 

ゼータプラスは不安定に揺れる狂った重力場に激しく翻弄され、機体が何度も横転するきりもみ状態になりかける。

空間の歪みに足を取られるような独特の浮遊感が、三人の内臓を不気味に持ち上げる。

 

だが、その度に香取と鹿島の的確なシステム補助と、スラスターの微細な逆噴射によって、強引に機体の姿勢を真っ直ぐに立て直していく。

二人の艦娘の能力がなければ、ひではアークエンジェルに辿り着く前に、コロニーの壁に激突していただろう。

 

「クソッ、落ちろ……落ちろぉっ!」

 

ひでは奥歯が砕けそうなほど強く歯を食いしばり、操縦桿を数ミリ単位で小刻みに動かしながら、アークエンジェルの着艦デッキへと機体を強引に滑り込ませていく。

メインモニターの端では、ムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロが、その四基のガンバレルポッドの推力を巧みに使って軽々と甲板へと着艦し、ワイヤーで固定されていた。

反対側のデッキでは、キラ・ヤマトのストライクガンダムが、まるで体操選手のような滑らかな動きで音もなく降り立っている。

 

彼らの人間離れした空間認識能力と操縦技量を見せつけられ、ひでの口の中にひどく嫌な苦味が広がる。

だが、今は他人の圧倒的な技術を羨んでいる余裕など一秒たりともない。

 

「高度よし! 進入角よし! 相対速度、許容範囲内です! ひでさん、今です!」

 

香取の鋭い号令に合わせて、ひでは操縦桿を限界まで手前に引き絞った。

 

「ブレーキだ! 全力で逆噴射!」

 

ひでの絶叫とともに、ゼータプラスの前面と脚部のスラスターが一斉に最大出力で火を噴き、強烈なGが三人の体をシートベルトに深く食い込ませる。

 

ガアァァァンッ!

 

鼓膜を突き破るような凄まじい金属の衝突音とともに、ゼータプラスの分厚い鋼鉄の足裏が、アークエンジェルのフライトデッキに激しく叩きつけられた。

サスペンションが悲鳴のような金属音を上げ、機体はそのまま前方に働く巨大な慣性に引っ張られて激しく前のめりになる。

足裏の装甲が甲板と激しく摩擦を起こし、オレンジ色の火花を凄まじい勢いで散らしながら滑走していく。

 

「止まれ……止まれぇぇっ!」

 

ひでが絶叫しながら、機体のブレーキペダルを力任せに床が抜けるほど踏み込む。

ゼータプラスは甲板を数十メートルにわたって滑走した後、機体を受け止めるために甲板に展開されていた強靭なワイヤー製の拘束ネットに激突し、不格好に大きく前のめりになりながら、這う這うの体でようやく完全に停止した。

 

「……っ、止まったか……」

 

ひでは暴れ馬の手綱から手を離すように、操縦桿から両手をゆっくりと離し、ヘルメットのバイザーの奥で深く、重い息を吐き出した。

全身の筋肉が岩のように硬直し、心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく鼓動している。

指先から肩にかけて、痺れるような重い疲労感が一気に押し寄せてきた。

 

「生きてるな、お前たち」

 

ひでが前を見据えたまま、カラカラに乾いた声で横にいる二人の女性に声をかける。

「は、はい……なんとか……着艦、成功しましたね」

激しい衝撃でコックピットが大きく揺れた後、ひでの右腕に密着していた香取が、震える掠れた声で答える。

左脚に強く絡みついていた鹿島も、顔を上げて安堵の涙を浮かべながら、ひでの膝の上で小さく何度も頷いた。

 

極度の緊張と、いつ機体が爆散するかわからない、あるいは甲板に激突してミンチになるかもしれないという圧倒的な死の恐怖からようやく解放された途端。

三人の間に、先ほどまでは戦闘の熱狂で完全に麻痺していたある「現実」が、再び生々しく、そして重くのしかかってきた。

 

「異常な密着状態」という、逃れようのない現実だ。

未完成の単座式コックピット内は、大人三人の体温と、極度の緊張から吹き出した大量の汗によって、まるで密閉された高温のサウナのようになっていた。

空調はまともに機能しておらず、息をするだけで熱気が肺の奥まで入り込んでくる。

 

ひでの右腕には、香取の豊かな胸の感触が、衣服越しでありながらもはっきりと、その圧倒的な柔らかさと早い心音をダイレクトに伝えてくる。

彼女が深呼吸をするたびに、その胸の膨らみがひでの腕の筋肉を心地よく圧迫した。

 

左脚には、鹿島の柔らかくしなやかな太ももの弾力が、先ほどよりもさらに生々しく、高い熱を持ってひでの肌に密着していた。

鹿島の小柄な体は、ひでの左半身を覆うようにしてしがみついており、彼女の滑らかな肌の感触がズボンの生地越しに神経を直接刺激してくる。

 

二人の成熟した女性特有の甘い汗の匂いと、シャンプーの残り香のような微かな芳香が、バルカンの硝煙の匂いと混ざり合いながら密室に充満し、ひでの理性を激しく揺さぶる。

狭い空間で彼女たちが安堵の息をついてわずかに身じろぎするたび、その柔らかな体の曲線がひでの手足に擦れ、衣服越しに伝わる肌の弾力と滑らかさが、ひでの本能をダイレクトに撫で上げるようだった。

 

「ひ、ひでさん……あの……」

 

鹿島が顔を真っ赤にして、ひでの脚にしがみついていた手をわずかに緩めた。

だが、狭すぎる空間で彼女が距離を取ろうと動けば動くほど、その体はより深くひでの体に擦れ合い、生々しい感触を増幅させるだけだった。

 

香取もまた、ひでの体を至近距離で感じていた。

大人の男の力強い体温と、男らしい汗の匂い。

未知の巨大兵器を相手に、己の意地と知恵だけで生き抜いたオスとしての圧倒的な存在感が、彼女の理性を揺さぶっている。

 

香取の胸の激しい鼓動が、ひでの右腕を通じてドクドクとはっきりと伝わってくる。

その鼓動の速さは、彼女がいかにひでの肉体を強く意識しているかを雄弁に物語っていた。

 

(いかん……これは、本当にいかんぞ。ここで変な気を起こしたら、ただの獣だ)

 

ひでは、自衛隊で長年鍛え上げた強靭な精神力を総動員し、己のオスとしての本能と、股間に集まりかける熱を強引に押さえ込んだ。

心臓の鼓動が速くなるのを彼女たちに悟られないよう、必死に呼吸を整え、無表情を装う。

これ以上この狭く熱い空間にいれば、戦場とは全く別の意味で理性が完全に崩壊してしまう。

 

「……悪かったな、二人とも。こんな狭苦しい思いをさせて。怪我がなくて何よりだ」

 

ひでは努めて冷静な、大人の男としての低い声を装いながら、震える手でコンソールに手を伸ばした。

 

「いえ、ひでさんの無事な背中を守れたなら、私は……」

 

香取がわずかに頬を染め、潤んだ瞳でひでを見つめながら言いかける。

だが、ひではその熱を帯びた視線から逃げるように、ハッチの強制開放レバーを力強く引いた。

プシュゥゥッという重厚な排気音と共に、鋼鉄のハッチが油圧の音を立ててゆっくりと開いていく。

 

途端に、冷たく無機質な、オイルの匂いが混じったアークエンジェルのフライトデッキの空気が、サウナのようなコックピットへと一気に流れ込んでくる。

その冷気が、三人の火照りきった顔と体を撫で、ようやく彼らを戦場の現実へと引き戻した。

外には、白い装甲を持つ巨大な艦の設備と、足早に駆け寄ってくる連合軍の整備クルーたちの姿があった。

 

「さあ、外に出るぞ。早くこの艦の責任者に会って、状況を整理しねえと」

 

ひでは逃げるようにしてハッチの縁に手をかけ、外の冷たい空気へと身を乗り出した。

香取と鹿島もまた、互いに絡み合っていた手足を惜しむように解き、恥じらいと安堵の入り混じった表情でひでの後を追う。

三人は極度の疲労で足がもつれ、タラップを降りるというよりは、もつれるようにして、シワだらけになった服のままアークエンジェルの硬い甲板へと転がり落ちた。

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