戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
これは夢……?
ぼんやりとした視界の先に、見目麗しい女性が立っていた。
雪のような白銀の髪に褐色の肌、肉感的なその肢体は白いレオタードのような装衣に包まれ、なにやら後ろ手を縛られたような姿勢でこちらを睨みつけている。
口惜しげにつり上がったその瞳は月を思わせるような琥珀色で、頭には猫とも犬ともつかない獣の耳のようなものが生えているその姿は、どう見ても普通の人間ではない。
最初はコスプレかとも思ったが、視界の端で揺れるフサフサとした尻尾は明らかに意思を持った動きをしていた。
さしずめ犬の獣人――いや、狼の獣人といったところだろうか。
おかしな話ではあるが、彼女が何者であるかについて心当たりはあった。
魔狼将エルザ。
ルノバルゼオ大陸の西部半島を支配する亜人種族――通称、魔族と呼ばれる者たちの中でもとくに名を馳せている武将の一人である。
そう、彼女は――。
俺が愛してやまない戦略SLG『ルノバルゼオ戦乱記』に登場する敵武将の一人だった。
(なんだコレ……? 夢か……?)
まだ視界はぼんやりとしている。視界だけでなく、頭の中もだ。
昨夜、残業に次ぐ残業の末、日付をまたいだところでようやく家に帰り、熱いシャワーを浴びて缶ビールを明けながらパソコンに向かっていたところまでは覚えている。
そのときになんの気まぐれか『ルノ戦』をプレイしはじめ、そのまま寝落ちしてしまった結果、こんな夢を見てしまっているとでもいうのだろうか。
「ほう、なかなか美しい女ではないか」
不意に別の声が耳に響く。
――いや、耳というか、頭の中というか……。
そう、これは俺の声だ。
聞き馴染みのない声だが、確かに俺の口が勝手に喋っているのだ。
(いや、マジでなんだコレ……? どうなってんだ……?)
まだ意識がハッキリとしない。
ただ、少しずつ状況は分かってきた。
おそらくこれは『ルノ戦』の序章におけるイベントシーンの一つを追体験させられているのだろう。
この光景、よくよく思い返してみれば記憶にある。
作中最強のボスキャラ、狂君イェルバウトと後にその右腕となる魔狼将エルザが戦場以外の場所で初めて邂逅するシーンだ。
そして、視界に映る薄暗い執務室らしき景色に、勝手に口から飛び出た台詞――。
どうやら、俺は……。
(イェルバウトになってる……のか?)
順当に考えれば、そういうことになるのだろう。
とはいえ、まさか本当にイェルバウトに乗り移っているということはあるまいし、そういう夢を見ていると考えるのが妥当か。
夢の中にしては随分と冷静な判断を下せているような気もするが、ひょっとしたら明晰夢に近いものなのかもしれない。
「くっ……殺せ!」
エルザはギリリと奥歯を軋らせながら、こちらを睨みつけている。
その様子を見て、彼女の傍らに立っていた軍服の男が拘束具から伸びているロープをグイッと引っ張った。
「口の聞きかたを弁えろ! 閣下の御前だぞ!」
「よい。拘束を解いてやれ」
またしても、俺の――いや、イェルバウトの口が勝手に告げる。
それに驚いたのは軍服の男だ。
「なっ……いえ、承知しました! ですが、よいのですか?」
「かまわぬ。魔狼将などと大層な冠をかぶったところで、今は武器も持たぬただの女よ」
イェルバウトはクツクツと喉の奥で笑い、その手でゆっくりとエルザの細い顎を撫でる。
彼女は不快さを隠そうともせず顔を反らせると、そのまま自由な脚を使って思い切りこちらに向かって強烈な蹴りを放ってきた。
しかし、イェルバウトはまるで最初から予見していたかのような動きで鮮やかに受け流すと、そのままエルザの軸足を払ってその場に押し倒してしまう。
「くそっ、くそっ!」
「この期に及んでまだ衰えぬその闘志は褒めてやろう。貴様の対応次第では、今後の処遇について考えてやらんこともないのだがな」
「殺せ……! でなければ、わたしがお前を殺す!」
床の上に組み敷かれ、両手を拘束されたままであるにも関わらず、エルザは獰猛な目つきでイェルバウトを睨みつけている。
「閣下!」
騎士風の男が駆け寄ってくるが、イェルバウトはそちらを一瞥だけすると、不気味に口の端を歪めながら告げた。
「拘束具の鍵をおいてこの場から去れ。警護の者にはしばらく人払いをするよう伝えよ」
「はっ……し、しかし!」
「二度は言わぬ。この部屋を無駄に血で汚させたいのか?」
「……はっ! 仰せのままに!」
イェルバウトが冷酷に告げると、男は顔面を蒼白にさせながらその場に小さな鍵を置き、あとはもう脱兎のごとく執務室を飛び出して行った。
イェルバウトはたとえ配下であっても自分の意に介さない者はあっさりと切り捨てる。
放逐するという意味での比喩ではない。文字どおり斬って捨てるのだ。その暴虐っぷりが『狂君』と称される所以でもあった。
(それにしても……)
イェルバウトの視点でそれらの光景を目の当たりにしながら、俺は単純に感心していた。
夢にしたって、なんと迫力満点なことだろうか。
おまけにシナリオの再現度も完璧で、この先の展開を思い返しながら俺はついつい胸を高鳴らせてしまった。
実を言うと『ルノ戦』は成人指定のいわゆるエロゲーであり、もし本当にゲームと同じシナリオがこの先も続いていくのだとしたら、ほどなくしてイェルバウトによるエルザの凌辱シーンに入っていくはずなのだ。
あくまで彼の視点と感覚を共有しているだけではあるが、それでもエルザの美しい体を堪能できるとなれば期待は高まるばかりだった。
「拘束を解いてやろう」
イェルバウトが床の上から鍵を拾い上げ、エルザの両手から拘束具を取り外す。
刹那、彼女の腕が目にもとまらぬ速さで動き、その細い指先がイェルバウトの眼球めがけて突き立てられた。
しかし、当然のようにイェルバウトの手がその腕を掴み、エルザの鋭い爪は眼球の少し手前で静止する。
驚愕に目を見開くエルザにニヤリと口の端を歪めると、イェルバウトはそのまま人間離れした膂力でエルザの体を宙へと放り投げた。
あまりの勢いに受け身すら取れぬまま床の上に投げ出されたエルザはしたたかに背中を打ちつけながら苦悶の声を上げ、口惜しげに奥歯を軋らせながらその琥珀色の瞳でこちらを睨みつけてくる。
イェルバウトはそんな彼女を見下ろしながらゆっくりとその場に立ち上がると、退屈そうに肩をすくめて言い放った。
「戦地でまみえたときのほうがまだ歯応えがあったな。少しは見込みがあるものと思ったが、武器と兵がなければ所詮はこの程度か」
「貴様ぁ……!」
エルザの目がことさらに険しくつり上がり、激昂した様子で再びこちらに向けて床を蹴ってくる。
まさに目にもとまらぬ速さだ。そこいらの雑兵では視界に捉えることすらできぬまま命を刈り取られていたことだろう。
だが、所詮はそれも無駄なあがきだ。イェルバウトの力はそれほどまでに圧倒的だった。
このあと、エルザは果敢な抵抗も虚しくあっさりと制圧され、そのまま心を折られるまで徹底的に凌辱されることになる。
そして、その人間離れした強さと冷酷さの中に潜むカリスマ性に身も心も屈服してしまったエルザは、以降、忠実な腹心としてイェルバウトに仕えるようになる――というのがこの先の流れだった。
最初は激しく抵抗しながらもやがて快楽の前に屈服していくエルザの姿はこの上なくエロいもので、プレイしていた当時は何度もお世話になったものである。
(だから、夢に見ちまってんのかな……)
眼前に迫るエルザを視界にとらえながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
職場のデスマーチがようやくひと段落ついて、そんなひと時の安寧の中で俺はきっと久々に『ルノ戦』でもやろうと思いつき、このシーンを見ながらシコるでもなく寝落ちしてしまったのだろう。
そして、きっとその流れでこんな夢を見ているのだ――そんなふうに思っていた。
「人間風情が、思い上がるな!」
エルザの拳が眼前に迫る。
まさに神速と呼ぶに相応しい早さだ。動体視力もイェルバウトと共有しているのか俺にもかろうじて認識できたが、常人であればまず反応すらできなかったことだろう。
しかし、もちろんイェルバウトはこれまでどおりあっさりとその一撃を受けなが——さなかった。
「ぐふぉっ!?」
思いっきり顔面に拳が突き刺さるのを感じながら、俺はその場にもんどり打って倒れた。
な、なにごとぉ!?