戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
覚悟はしていたつもりだった。
しかし、この先、俺の命令ひとつで敵味方問わず無数の兵がその身を戦場に散らせていくのかと思うと、さすがに気が滅入ってくる。
とはいえ、これもまたイェルバウトの歩む覇道であるというならば、俺はそれに準ずるしかなかった。
いくら『狂君』になりきってみたところで所詮はただの凡人でしかない俺にとって、この先に待ち構えている戦の日々を生き抜いていくには頭の中に蓄えられたゲーム知識をフル活用するより他にないのだ。
そのためにも、可能なかぎり本来のシナリオどおりに話を進めていく必要がある。
(でも、このままだとエルザやメリッサもいずれ死んでしまうんだよな……)
天井を眺めたまま、ふとそんなことを思う。
俺はいい。今さらイェルバウトの役割を放棄して何処かでのんびりと隠棲しようだなんて思わないし、ただのうだつの上がらないブラック企業勤めのサラリーマンでしかなかった俺がカリスマ悪役として華々しく散れるのであれば、むしろ本望だとすら感じている。
だが、そんな俺のためにエルザやメリッサ、場合によってはルナニアまでもがその命を散らすことになるかもしれないと考えると、何故かその点については素直に受け入れがたかった。
これから何人もの名も知らぬ騎士や兵が命を落としていくことを頭では理解していながら、せめて手の届く範囲の者だけは守りたいという浅ましい感情をどうしても捨てきれないのだ。
すでにエルザやルナニアに関しては本来のゲームシナリオとは異なる状況になりつつある。一方で、それは俺の行動次第でいくらでも本来のゲームシナリオにない流れを作り出せるということを示唆してもいた。
(ひょっとしたら、みんなを死なせずに済む未来を作り出すことだってできたりするのか……?)
そんな思いが脳裏をよぎる。
しかし、それは間違いなく本来のシナリオを大きく歪めることであり、そうなれば俺のゲーム知識がまったく通用しない展開になることはきっと避けられない。
考えなしにできることではなかった。仮になにかしら行動を起こすとしても、しっかりと先を見据えた上で計画的に行う必要がある。
アルトリウスとの最終決戦に至るまでの猶予がこの世界の暦で一年にも満たないことを考えると、あまり悠長なことは言っていられないが——。
「失礼するぞ」
——と、不意に執務室の扉が開かれ、俺は慌てて居住まいを正す。
そのまま断りもなく室内に上がり込んできたのは、なんとエルザだった。
出会ったときは下ろしていた白銀の髪を今はポニーテールに結え、新たに騎士団の用意した女性士官用の白地の軍服に身を包んだその姿は相変わらず人間離れした美しさを誇っている。
ゲーム上での立ち絵ではイェルバウト側に寝返ったあとも最初に着ていたレオタードのような衣装を身に纏っていたはずだが、あるいはこのあたりの違いもエルザの心理的な変化を表していたりするのだろうか。
「部屋に入るときはノックをしろと言ったはずだが?」
「わたしと主の仲だ。今さら遠慮は必要あるまい」
「それは俺が決めることなんだがな」
悪びれた様子もなく告げるエルザに、思わず嘆息する。
実のところ、ゲームと異なるのはその髪型や服装だけではなかった。
本来であれば、エルザはこちら側に与するようになったあとでも魔狼将であったころの気高さを忘れず、いくらか不遜なところは残しつつも忠実な家臣として弁えた態度を取っていたはずなのだ。
しかし、目の前にいるエルザはまるで俺を友人――あるいは恋人とでも思っているかのような気軽さで接してくる。
「話は聞かせてもらった。戦になるのだろう?」
さっそくエルザは軽い足取りでぐるりとデスクを回り込んでくると、後ろから抱きしめるようにそっと俺の背中に寄りかかってきた。
「主とともに駆ける戦場は、さぞや心躍るものなのであろうな」
耳許で囁かれるその声はやけに熱っぽくて、油断していると一瞬でイェルバウトの仮面にヒビが入ってしまいそうだ。
エルザがこの部屋を訪れる目的など最初から決まっていて、俺だって気持ちの上では決してやぶさかではないのだが、しかし、いつも流されてばかりはいられない。
「あいにくと、おまえには別働隊として働いてもらうことになる」
「なに?」
俺はあくまで表面上は平静を装ったまま応じると、たまたまデスクの上に広げられた近隣の地図をこれみよがしに指し示した。
「ダーゼンブルグのボンクラどもはおそらく我が領に最も近いハイネ伯爵領を拠点に出兵してくるだろう。エルザ、おまえの部隊には北の山中に潜んでこのハイネ伯爵領を襲撃してもらう」
「ほう、いきなり本陣を叩くと? だが、我が部隊だけで叩けるほどダーゼンブルグとやらの軍は脆弱なのか?」
「いいや。腐っても侯爵軍だ。ハイネ伯爵をはじめ、その他の諸侯も軍を集結させているとなれば、いくらおまえの部隊であってもそう簡単に落とせるものではあるまい」
「ならば、別の狙いがあると?」
「ちょっと脅かしてやるだけでいい。北の山脈から魔族の部隊が攻めてきたとなれば、連中はその後ろに大部隊が控えていると勝手に思い込んでくれるだろう」
「……なるほど、そういうことか」
背後でエルザがニヤリとほくそ笑む気配がした。
ハイネ伯爵領の北側にそびえる山脈は海岸線と隣接しており、過去には海を渡ってきた魔族がその山脈を超えてハイネ伯爵領に侵攻してきたこともあったという歴史設定がある。
魔族領である西部半島と内陸部の境界は代々の辺境伯が築き上げてきた城壁によって塞がれているため、おそらくは別ルートで内陸部への侵攻を計った結果だろう。
つまり、エルザ率いる魔族部隊が北の山脈から姿を現せば、ラコーツ軍が魔族を引き入れていると知らないダーゼンブルグ軍は海を渡ってきた魔族の軍勢による侵攻がはじまったと誤認するはず――というのがこの作戦の狙いだった。
もちろん、発案者は俺ではなく本来のイェルバウトなのだが。
「魔族が攻めて来たとなれば、ダーゼンブルグの司令部はこちら側に進軍させていた軍を引かせてでも本陣の守りを固めるだろう。平和ボケした内地のボンクラどもは魔族を大層恐れているようだからな」
「ふっ……その物言い、まるでおまえは少しも魔族を恐れていないように聞こえるが?」
「みなまで言うな。俺に恐れるものなどない」
「言わせておけば……」
エルザが耳許でふっと笑い、なにを思ったのかその場で勢いよく身を翻すと、俺とデスクの間にあるわずかばかりの空間に無理やり体を押し込んでくる。
そして、そのまま跨るような形で太腿の上に乗りかかってくると、長い腕をスルリと俺の首に巻きつけながら顔を寄せてきた。
「言葉のわりに隙だらけのようだが?」
「ならば、どうする?」
「このまま息の根をとめてやろう」
「やってみるがいい」
ほとんど互いの息がかかる距離で挑発し合った俺たちは、気づけばどちらからともなく唇を重ね合わせていた。