戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
実はコソ練してます
深夜、俺はひとり自室を抜け出し、いわゆる『コソ練』に興じていた。
誰にも悟られぬよう城内にある練兵場へと赴き、刃つけのされていない訓練用の鉄剣で木人相手にひたすら素振りを続けていたのだ。
ダーゼンブルグ軍との開戦を間近に控えた今、俺自身も素人なりに少しは戦える術を身につけておく必要があった。
アルトリウスとの決戦はまだしばらく先だが、それまでにもいくつかの戦闘イベントは控えている。戦場において名もなき騎士や兵を相手にすることも少なからずあるだろう。
本来のイェルバウトのような圧倒的な力を見せつけることはできずとも、せめて自分の身くらいは守れるようになっておかなければならなかった。
幸いにもこの体に備わった身体能力や動体視力は中身が俺のような凡人になろうとも変わらぬようで、少しずつ体の動かしかたが分かるにつれ、最初は素人同然だった剣捌きもそれなりにマシになってきたような気がする。
もう少し自信がついたら、訓練の名目でエルザやルナニアと手合わせしてみるのもいいかもしれない——と、がむしゃらに鉄剣を振り回しながらそんなことを暢気に考えていた。
——その矢先のことだ。
「いったい、どういうおつもりですか」
不意に聞こえてきた抑揚のない声に、俺は思わずギョッとして鉄剣を落としそうになってしまう。
慌てて声のしたほうを振り返ると、いつからそこにいたのか、練兵場の片隅にポツンと立っているメリッサの姿が目に映った。
こんな夜分にも関わらずその格好はいつもと変わらぬ黒を基調とした侍女服姿で、細縁の眼鏡の奥から訝しむようにこちらをまっすぐ見据えている。
「どういうつもり、だと?」
なんだか妙な胸騒ぎはしたが、ひとまずそう訊き返した。
以前からメリッサが俺に対して不信感を募らせつつあったことには、もちろん気づいている。
彼女にはゲーム開始時点ですでにイェルバウトに対して心酔しきっているという設定があり、それは二人の主従関係がゲーム開始以前から続くものであることを示唆していた。
つまり、エルザやルナニアとは違って、メリッサは本来のイェルバウトがどういった人物であったかをよく知っているのだ。
さすがに中身が別人になっていることまでは勘づかれていないと思うが、俺――いや、イェルバウトになにかしらの変化があったことくらいはすでに察しているだろう。
またしてもアドリブ力が試される展開だ。
ここで対応を間違えれば、本来であれば最後まで忠を尽くしてくれたはずの彼女であってもなにが起こるか分からない。
「これまで閣下は、剣技の訓練など一度もされたことはありませんでした」
メリッサはあくまでも淡々とした口調で告げる。
眼鏡越しのその瞳は感情が読めず、口許にも表情は感じない。
「なにが言いたい」
内心ではかなり狼狽えていたが、ここで気圧されるわけにもいかず、俺はとにかく表向きだけでも威圧的にメリッサを睨みつけた。
少しでも隙を見せればそこから一気に化けの皮を剥がされてしまうような、そんな不安と焦りばかりが募っていく。
「まるであのときから、閣下は人が変わられたようです」
「あのとき?」
「魔狼将エルザと対面した、あのときでございます」
ギクリとした。まさに俺がイェルバウトの体を乗っ取ったときの話である。
あの場にメリッサはいなかったはずだが、イェルバウトの身辺警護も担っている彼女のことだから、なにかしらの手段で監視くらいはしていたのかもしれない。
「ずっと違和感がありました。いくら魔狼将が相手とはいえ、閣下であればあのような一撃をやすやすと受けるはずがないと」
いやが上にも焦燥感が募っていく中、メリッサはピクリとも表情を変えずに淡々と告げてくる。
あまりにもご明察すぎて返す言葉もない。
「あれは余興だ。油断を誘うためのな」
なんとか知恵を絞って言いわけをひねり出すが、対するメリッサは呆れたように肩をすくめるばかりだった。
「おたわむれを、閣下。戦場で一度下した相手を前に、敢えて油断を誘ったと? それこそ、今までの閣下であればあり得ぬ行動です」
しまった。確かにそのとおりだ。
イェルバウトは軍略においてこそ搦手を用いるが、個人での戦いにおいては圧倒的な武力によって正面から叩き潰すことを好む。
むしろ、彼自身が己の力を過信しているタイプだった。そうでありながらも決して足許をすくわれることはなく、アルトリウスとの最後の決戦まで傷ひとつ負うことすらなかった剛の者なのだ。
迂闊だった。俺なんかより、メリッサのほうがよほどイェルバウトの本質を理解している。
「失礼を承知でお尋ねしますが……」
レンズの奥で、メリッサの瞳が不気味な輝きを放った気がした。
気に入らない者は容赦なく斬り捨てるイェルバウトを相手に『失礼を承知で』などと言えるのは、おそらくこの国でも彼女とディミトリくらいのものだろう。
同時にそれは、この先に続く問いかけが彼女なりに相応の覚悟をもってなされたものということを示している。
「あなたは、本当にあのイェルバウト閣下なのですか?」
俺はいよいよ腹を括ることにした。
言葉自体は問いかけの体をなしているが、おそらくすでにメリッサの中で答えは出ているはずだ。
「随分とおかしなことを訊いてくるのだな」
俺は携えた鉄剣をいつでも振れるように構えながら、静かにこちらを見据えるメリッサに向き直る。
今の時点ではまだ明確な敵意は感じ取れないが、俺の正体について悟られつつある以上、もはや衝突は避けられないと考えるべきだろう。
メリッサは凄腕の暗殺者だ。場合によってはここでゲームオーバーなんてこともあるかもしれない。
だが、だからといって大人しくやられるのも癪だった。
ここまで俺なりに全力でイェルバウトの仮面を被り続けてきたのだ。どうせ散るなら、最後までイェルバウトらしく散ってやる。
「仮に俺が以前の俺ではないとしたら、どうするつもりだ?」
俺の問いかけに、メリッサは目礼でもするかのように静かに瞳を伏せた。
「わたしが忠義を尽くすに相応しいか否か……」
そして、侍女服の長いスカートを翻すと、太腿に括りつけられた鞘から短剣を抜き出してこちらに突きつけてみせる。
「今一度、試させていただきます」