戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
練兵場の格子窓から差し込む月明かりを反射して鈍い輝きを放つその刀身は、いやが上にもその鋭さを窺わせた。
未だにメリッサから敵意や殺気は感じられないが、それは単に彼女が気配を殺す術を極めているからゆえのことだろう。
どうせ殺されるなら、最初から死んだ気でやるしかない。
「やってみるがいい」
俺はメリッサの一挙手一投足に神経を尖らせながら、敢えて挑発するように言った。
思いつきではじめたコソ練がまさかこんなことになるなんて思わなかったが、この際だから実戦経験も詰めると前向きに考えてやる。
「……参ります」
メリッサの動きは早い。
その影が残像を伴いながら左右にブレはじめたかと思うや否や、次の瞬間には短剣を構えた彼女の姿が俺の眼前にあった。
ギィン! ――と、金属の擦れ合う音が響き、火花が散る。
首筋を狙って繰り出された刺突をなんとか鉄剣で受け流すと、俺はほとんど反射的にメリッサの胴体に向けて前蹴りを放った。
しかし、彼女は軟体動物かと思うような身のこなしでサラリとその一撃を躱すと、身を翻してさらなる一閃を繰り出してくる。
前蹴りのせいでバランスを崩していた俺は、敢えて転げるようにその場から退避した。
そんなこちらの動きに合わせてメリッサが素早く距離を詰めながら追撃を放ってくるが、俺もまたイェルバウトの身体能力に頼ってがむしゃらにそれらを捌いていく。
(……すごいぞ! 思った以上に体がよく動く!)
剣戟の音が鳴り響く中、俺は自分を包み込む不思議な感覚にある種の高揚感を覚えはじめていた。
コソ練をしていたときから感じていたことではあるが、信じられないほど自分の体が思いどおりに動くのだ。
もはや手脚を動かしているというよりも、頭で思い描いた行動に対して体が勝手についてくるような感覚だった。
最初は一方的に攻められるばかりだった形勢も気づけば五分の状況にまで巻き返しており、いつしか反撃する余裕すら生まれていた。
「ふんっ!」
ギィン! ――と、またしても互いの間で火花が散る。
渾身の力で振り下ろした一閃は、しかし、メリッサの巧みな剣捌きによって受け流されるばかりだ。
しかし、俺にとってはそれでも十分な進歩だった。最初はあっさりと見切られるばかりだった俺の剣が、彼女に届くようになったのだ。
(……いける!)
鋼の打ち合う音と互いの呼吸が混ざり合う中、俺は今この瞬間にも自分が成長しつつあることを実感していた。
もちろん、正しくはイェルバウトの体を上手く使いこなせるようになってきたというべきなのだろう。
だが、今はそれでいい。この調子で行けば、あるいはメリッサの不信感を払拭させることだってできるかもしれない。
――そう思いはじめた、矢先のことだった。
「……もうけっこうです」
「なに?」
突然、メリッサがその動きをとめた。
それまで一心不乱に斬りかかってきていたのが嘘のように、短剣を握る手を下ろして静かに呼吸を整えている。
しかし、一方でこちらを見据えるその瞳にはまだ何処か底意の知れぬ深い色が宿っていて、その立ち姿にもいっさいの隙は感じない。
俺は構えを解くこともできず、ただ息を飲んでその場に立ちつくすことしかできなかった。
「わたしが本気で殺そうとしていれば、あなたはすでに五回は死んでいる」
「――ッ!?」
そして、唐突にそんな言葉が告げられる。
瞬間、すべてが理解できたような気がして、ゾクリと背筋が粟立つのを感じた。
やはり、俺はどうしようもなく迂闊だった。そもそもメリッサは最初から本気など出してはいなかったのだ。
彼女はあくまでも試すと言っていた。敵意や殺意をまったく感じられなかったのも、きっとそれが理由だったのだろう。
だというのに、俺はそんなことにも気づかず自分が成長しているなどと自惚れた勘違いをしてしまった。
そして、メリッサはそういった俺の浅はかさを決して見逃さず、ついには失望してこれ以上の戦闘は無意味だと判断するに至ったのだ。
――と、勝手にそんな想像をめぐらせていたのだが。
「もっとも、あなたが本気で殺そうと思っていれば、わたしもまた同じほど死んでいたことでしょう」
次に彼女が発した言葉は、予想外のものだった。
「……どういうことだ?」
思わず訊き返すと、メリッサはじっと俺の目を見つめながら、これまでよりも少し強めの口調で告げる。
「やはり、あなたはわたしの知るイェルバウト閣下ではないようです。あの方は、決してそのような殺意のない剣を振るったりはしなかった」
そして、そのまま短剣を太腿の鞘に納め直すと、ゆっくりとこちらのほうへと歩み寄ってきた。
「……ですが、そのお力に変わりがないことは確認できました」
さらになにを思ったのかその場で膝を下り、頭を垂れてみせる。
「あなたが望むのであれば、改めて今後も変わらぬ忠義を尽くすことを誓いましょう」
「なん、だと……?」
俺はもうすっかり言葉を失くしてしまっていた。
いくらなんでも、急展開すぎる。
当然ながらこんなイベントは本来のシナリオには存在しないし、俺の人生においてもこのような突飛な経験は初めてのことだ。
――ただ、ひとつだけ確かなことはあった。
「俺の力を、認めてくれるってことか……?」
なんだかよく分からないが、それだけは少し嬉しかった。
あくまでイェルバウトの身体能力に頼ってではあるが、俺なりに腹を括って挑戦した結果がちゃんと認められたような気がしたのだ。
「はい。ですが、最後にひとつだけ条件があります」
メリッサが顔を上げ、またしてもじっと俺の顔を見つめてくる。
「……言ってみろ」
俺は内心の喜びがうっかり表に出てしまわないように、敢えて突き放すように応じた。
今さら彼女の前でイェルバウトの仮面を被り続ける意味もない気はしたが、これは俺自身の矜持として最後までやりきるつもりだ。
そもそもメリッサの前では素の自分を、他の者の前ではイェルバウトの仮面を――なんて器用に切り替えができるタイプでもない。
「わたしを、エルザ殿やルナニア殿と同じように、ひとりの女として扱ってください」
「……は?」
しかし、早くも別の意味でボロが出そうになる。
そう告げるメリッサの表情はこれまでと変わらぬ感情の起伏を感じさせない無機質なものだったが、その瞳だけは何故かいつもより炯々と強い輝きを放っているように見えた。
「これまでイェルバウト閣下は市井の視察に行ったときなどに気に入った女を無理やり手篭めにすることはありましたが、毎夜のように女を呼び込んでセックスに興じるようなことなどありませんでした」
そして、淡々ととんでもないことを告げてくる。
彼女の口からセックスというワードが飛び出してきたことも衝撃的だったが、それよりも気になったのはその手前の部分だ。
当然ながら、実際のゲーム上では敵側の存在であるイェルバウトの日常なんて描かれていない。
とはいえ、彼が好色なのはプロフィールにも記載されている公式設定であるため、てっきり俺は夜伽やらなんやらで毎晩のように美女を侍らせているものだとばかり思っていた。
しかし、メリッサの発言が真実だとするならば、実際はあくまで好みの女がいたら手段を問わず手籠めにするというだけで、そこまで日常的に性欲が旺盛だったわけではないということになる。
「べ、別に俺が呼び込んだわけではない」
なんだか急に自分がスケベだと糾弾されているような気がしてきて、思わず言いわけじみたことを言ってしまった。
あ、あくまで俺はエルザやルナニアが夜這ってくるから仕方なく相手をしているだけでありましてェ……。
「あのような痴態を昼夜に及ばず見せつけられては、さすがにわたしの中の女も疼くというものです」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、あくまでも淡々とメリッサは告げてくる。
しかし、抑揚を感じさせないその口調に反して瞳に宿る光は輝きを増すばかりで、それこそ先ほどの戦いのときよりも遥かに強い念が燻っているように感じられた。
「わたしは殺すことしか知らぬ女です。イェルバウト閣下との出会いで自分が女であることを思い知らされはしましたが、あの方はわたしに剣であることを求め、女であることを求めてはこなかった」
言葉を続けるにつれ、それまで微動だにしなかったメリッサの表情にも少しずつ変化が現れはじめる。
じっとこちらを見上げる眼差しは滲み出る情念に潤み、言葉を紡ぐ唇は薄く開かれたまま切なげに震えているようにも見える。
「そして、これまでそこに疑問や不満を感じることもありませんでした」
メリッサがすっとその場に立ち上がる。
眼鏡越しにこちらを見つめるその瞳は未だかつて見たことがないほど頼りなく揺れ、肩肘を張った普段の立ちふるまいからは想像もつかないほどその姿は弱々しい。
「ですが、気づいてしまったのです。あなたと愛し合うエルザ殿やルナニア殿の姿を見て、わたしもまた女として求められたいと感じていることに」
何処か伏目がちにメリッサがそう告げてくるころには、さすがに俺も彼女がなにを言わんとしているか察しがつきはじめていた。
「どうか、わたしもあなたの女にしてくださいませんか……?」