戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
いよいよ本格的に開戦の兆しが見えはじめたのは、それから数日後のことだった。
潜行させていた偵察部隊より、ハイネ伯爵領に集結していた騎士の一団がいよいよラコーツ地方に向けて進軍をはじめたとの報が入ったのだ。
「ダーゼンブルグ軍は一直線にオスタルガへと向けて軍を進めているようです。やはり、狙いはオスト運河でしょう」
執務室にはすでにディミトリがやってきており、俺たちはこれからの動きについてさっそく軍議を取り行なっていた。
オスタルガとは、ラコーツ辺境伯領内においてオスト運河の管理を担っている衛星都市の名称である。当然、ここを落とされれば運河の支配権を奪われることに繋がる。
「分かりやすい連中だ。彼奴らがオスタルガに到達するまではどれくらいかかる?」
「早ければ二、三日程度かと」
今のところ、ダーゼンブルグ軍の動きは俺の記憶にあるゲームシナリオと大きく変わりはないようだ。
ここまでいろいろとありすぎたせいでなにかしら影響が出ていたらと少し不安だったが、幸いにもまだ大きな流れに変化を及ぼすほどではないらしい。
「東のオストマー平原で迎え討つ。オスタルガに駐在している部隊を先行させて、場合によっては足どめさせろ」
ひとまず俺は記憶にあるゲーム知識に従って指示を出す。
細部まではっきりと覚えているわけではないが、本来のシナリオにおいてもラコーツ軍とダーゼンブル軍はオストマー平原でぶつかり合うことになっていたはずだ。
プレイヤー目線では先にオスタルガの先発隊と交戦し、後に増援として現れたイェルバウト率いるラコーツ軍と本格的な戦闘に入る形で展開することになる。
ゲーム序盤の山場であり、同時に難所でもあった。
一周目のプレイではまだゲームに対する知識も浅いために味方の育成が間に合わず、後に控えるNTRルートへの分岐を余儀なくされるプレイヤーも多かったという話だ。
「こちらの部隊編成は済んでいるな?」
「はっ。騎士団長よりすでに報告を受けております。ただ、ひとつだけ気になることが……」
確認のために訊いてみると、ディミトリは少しその表情を曇らせながら言い淀んだ。
「言ってみろ」
「例の奴隷商がつれてきた娘……ルナニアと言いましたか。今回の戦にあの者を連れて行くのは、いささか危険なのではないかと……」
なるほど、その件についてか。
確かに、ディミトリの立場からすればそういう発想に至ることは十分に理解できる。だからこそ、すでに手は打ってあった。
「かまわぬ。俺が部隊に組み込むよう指示したのだ」
「承知しています。その上で僭越ながら申し上げますが、あれはもともとハイネ伯爵に縁ある者です。あるいは最初から裏切るつもりで閣下に取り入った可能性も考えられるかと」
「だからこそ、連れて行くのだ。どのみち、なにか謀を企てているのだとすれば、ここにおいておくのも危険には変わりないだろう」
「それはそうですが……」
ディミトリはまだ少し納得していないようだが、これについては俺も譲る気はなかった。
もちろん、ルナニアを戦場に連れて行くことに様々な危険が伴うことは承知している。
裏切る裏切らないもそうだが、そもそも彼女の帯同自体が本来のシナリオから大きく逸脱するため、どんな影響が出るか予想もつかないのだ。
しかし、もしルナニアがアルトリウスと戦地で再び邂逅した際、本当に俺を裏切ったとしたらどうだろう。
彼女がアルトリウスのもとに戻り、再びシスティナとして生きる道を選んだとしたら――それは、歪んだシナリオが元の形に復元されたと捉えることもできるのではないか。
もちろん、ルナニアを失うのは惜しいし、それでこちらの狙いどおりにシナリオの軌道修正がなされるかどうかも分からない。
だが、少なくとも命を繋ぐことはできる。
いずれ討滅されることが決まっている俺なんかといるよりも、アルトリウスとともにいるほうがルナニアにとって安全であることは間違いないのだ。
叶わぬと分かっている覇業に彼女を巻き込むくらいなら、どんな形であれ生き延びてくれたほうがいいに決まっている。
「仮に最初から裏切るつもりであったのであれば、その場で引導を渡してやればよいだけのこと。そのようなくだらぬ真似をしたところで俺には通用せぬことを、ダーゼンブルグの愚昧どもに知らしめてやるよい機会にもなる」
もちろん、口では真逆のことを言っておく。狙いはどうあれ、あくまでも建前はイェルバウトらしくあらなければならない。
「お待ち下さい。もしや、閣下もご出陣されるおつもりですか?」
しかし、ディミトリはまた別のことで疑問を挟んできた。
「当然だ。此度の作戦、俺がいなければ務まるまい」
「しかし……」
なにかと心配性な男だ。
無論、その原因を作っているのは他ならぬ俺なのだが、イェルバウトの仮面がフィルターになっているせいか、どうにも他人事のように感じてしまうのが心苦しいところである。
もっとも、此度の戦にとってイェルバウトの存在が必要不可欠であることは事実だった。
事前に計画していた作戦を成功させる上で、ダーゼンブルグ軍にはこちら側に向けて大きく攻め上がってきてもらう必要がある。そのための囮として、総大将であるイェルバウト以上の適任はいない。
「余計な心配をせずとも、平和ボケした内地のゴミどもに殺られる俺ではない。当面は西の魔族どもも内輪揉めでこちらにかかずらっている場合ではなかろうし、城の護りは貴様だけでも十分に務まるはずだ」
「はっ……心得ました」
ディミトリはやはり何処か不安な面持ちをしつつも、それ以上は言及してこなかった。
本当に気苦労の絶えない男である。だからこそ、そういった不満や不信が少しずつ積み重なっていき、最終的には謀反を起こすという選択に繋がってしまうのだろう。
イェルバウトにとっては獅子身中の虫だが、プレイヤー側から見るとそこまで印象の悪いキャラではなく、むしろ最後の非業な死に様もあってかわいそうなキャラクターとして認知されていた。
そして、その死にはメリッサが密接に関わっている。
今や彼女とも関係を持ってしまった以上、そこだけはどうにかならないものかとまた余計なことを考えてしまうが——。
「明朝には城を発つ。出立の準備を急がせろ」
「仰せのままに」
ともあれ、俺がそう告げると、ディミトリは軍議の終わりを悟ったかのように恭しく頭を下げ、そのまま執務室を出て行った。
俺は静かになった執務室の中、天井に向かって長く溜息を吐く。
いよいよだ。この世界に降り立って早一ヶ月弱、なんだかんだでここまでは平和に過ごしてこれた。
だが、そんな安穏とした日々も今日で終わる。
今まさに、本格的な戦がはじまろうとしている。