戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
「オスタルガの先発隊はどうしている」
「はっ。すでにダーゼンブルグ軍と戦闘に入っております」
翌日、いよいよオストマー平原に到達した俺は、高台に構えた本陣の簡易テントでさっそく伝令からの報告を受けていた。
遠くには豆粒ほどの大きさになった軍勢が喧々囂々と入り乱れている様子が窺えるものの、さすがにこの距離ではその状況まで判別することはできそうにない。
「少しずつ後退するよう伝えろ。これより我が軍も戦場に入る」
すでに我がラコーツ軍は平原にて陣を築きつつあった。このまま後退してくる先発隊と合流し、押し込まれてる体を装いながら少しずつダーゼンブルグ軍をこちら側に引き寄せていく手筈になっている。
「すでに北の山脈に潜伏していたエルザの別働隊がハイネ伯爵領を襲撃しているはずだ。狙いどおりに行けばダーゼンブルグ軍は必ず軍を引く。それまでにできるだけこちら側に引きつけるよう伝えろ」
「はっ」
伝令が最敬礼をして踵を返し、傍らの馬に騎乗して砂煙を上げながら高台を駆け下りていく。
「メリッサ」
「ここに」
次に俺が呼びつけると、まるで最初からそこにいたかのように音もなくメリッサが姿を現した。
さすがに今日はいつもの侍女服ではなく、黒を基調とした戦闘服と思しき装束に身を包んでいる。
もとがサブキャラクターゆえに彼女の出自については掘り下げられていないが、この呼べば何処にでも現れるところや何処かで和の香りを感じる装衣を見るに、実はこの世界における忍者のような存在だったりするのかもしれない。
「敵陣に紛れてこちらの本陣に俺がいることを流布してこい。勇み足を踏んだ間抜けが隊列を乱してくれるやもしれん」
「仰せのままに」
それだけ伝えると、今度はその場でシュタッと飛び上がったと思うや否やその姿を消してしまった。やはり忍者なのか……?
「わたしはいかがいたしましょう?」
矢継ぎ早に指令を下していく俺に思うところでもあったのか、ルナニアが自ら指示を仰いでくる。
まるで飼い主の顔色を窺う子犬のようなその姿に思わず笑みが込み上げそうになるが、なんとかそれは噛み殺して即座にイェルバウトの仮面を被り直した。
「おまえはここにいろ。いざというときには盾にでもしてやる」
「おたわむれを」
ルナニアは少し不服そうな顔をして唇を尖らせるが、不意にその瞳が細められたかと思うと、まるでこちらの心臓ごと射抜くかと思わせるようなまっすぐな目でじっと俺の顔を見つめてくる。
「イェルバウトさまに刃が迫ることがあるとすれば、そのときすでにわたしはこの世にいないでしょう。あなたの前に立つものは、すべてこの剣が切り捨てます」
そして、腰に差した剣の柄に触れながら静かに告げた。
ルナニア――いや、システィナはもともとのゲームにおいてはお助けユニット的な存在であり、その実力は折り紙つきだ。
成長率が低いことや最初から上級職扱いであるためな転職による性能強化ができないという弱点もあるが、NTRルートの回避さえすればゲーム終盤まで主力で活躍してくれる頼れる存在でもあった。
(カッコイイこと言うじゃんか……)
決意の炎を宿らせて一直線にこちらを見つめるルナニアの瞳を受けとめながら、俺はその勇ましい姿にすっかり見惚れてしまっていた。
この世界のボンクラ主人公は、いったいなんだってこんないい女を蔑ろにできたんだろうな……?
※
「イェルバウト閣下、ダーゼンブルグ軍の小隊が我が軍の陣を抜けてこちらに迫ってきおります!」
(来たか……!)
高台に本陣を構えてから半刻ほど経ったころ、ついに伝令から俺の待ち望んでいた報告が上がってきた。
あの男が来たのだ。俺が愛してやまない『ルノバルゼオ戦乱記』のプレイヤーキャラクターにして主人公、アルトリウスが——。
「イェルバウトさま、いかがいたしますか」
傍らに控えていたルナリアが険しい表情で訊いてくる。
俺は敢えて口の端をつり上げると、固唾を飲んでこちらを見守る武官や騎士たちに向けて告げた。
「こちらから迎え撃つ。俺の馬を出せ」
「お、お待ち下さい。閣下御自ら出陣されるのですか?」
武官の一人が驚いたように静止してくるが、俺は名も知らぬその男をただ冷たく睨みつける。
「俺は馬を出せと言ったのだ。聞こえなかったのか?」
「あっ、いえ……はっ! ただちに!」
武官は青い顔で最敬礼すると、そのまま本陣の簡易テントを飛び出して脱兎の如く馬留めに向けて駆け出していった。
臣下からの畏敬を保つためにも、たまにはこういった本来のイェルバウトらしい冷酷な振る舞いも必要だろう。
「ともに参ります」
一方、ルナニアはそんな俺を非難するでもなく、ただ静かにその瞳を細めながらそう告げるだけだった。
「当然だ。命知らずにもここまで飛び込んできた愚か者どもの顔をともに拝んでやるとしようじゃないか」
俺もまたそう応じると、傍らに立てかけてあった黒鞘の長剣を手にその場を立ち上がる。
どうせルナニアは今回も俺の冷酷さが上辺だけのものだと見抜いているだろうし、そこに関しては最初から気にしていない。
簡易テントの裏手に設けられた馬留めに向かうと、すでに先ほどの武官が馬丁とともに俺とルナニアの馬を準備してくれていた。
「本陣から騎士を十名、歩兵を三十名出します」
「歩兵だけでいい。本陣はこのまま維持しつつ、万が一に備えて後方の護りを固めろ。騎士どもには次の作戦に備えていつでも突撃できるよう準備をさせておけ」
「はっ」
武官の返事を聞きながらイェルバウトの愛馬である黒い毛並みの馬に跨ると、召集された歩兵たちとルナニアを伴って一気に高台を駆け下りていく。
「あれは……!」
平原の東側からもすでに伝令の言っていた小隊がこちらに向けて突撃してくる様が見え、その先頭で馬を駆る騎士の姿にルナニアが息を飲む気配がした。
「ラコーツ卿! 我が友、システィナを返してもらうぞ!」
「アルトリウス……!」
俺の姿を視認した騎士が高らかに告げ、ルナニアがギリッと奥歯を噛み締める。
戦場にも関わらず乱れひとつない金髪に雲ひとつない空を思わせる真っ青な碧眼をしたその若者こそが、ハイネ伯爵家の嫡男にして『ルノバルゼオ戦乱記』における主人公――アルトリウスだった。
「なっ……!? き、君は……!」
俺の隣にルナニアの姿を認めたアルトリウスが驚愕にその目を見開きながら急制動をかけ、焦った様子で小隊の動きに制止をかける。
そして、後ろに乗せていた銀髪の若い女性とともに馬上から降りてくると、その瞳に困惑を宿しながらルナニアに呼びかけてきた。
「システィナ!? どうして君がそこに!?」
「わたしの名はルナニア。システィナなどではありません」
「そんな……まさか、洗脳でもされているのか……!?」
ルナニアは突き放すように冷たく答えるが、アルトリウスは素直にその言葉を受け入れられずにいるようだ。
まあ、当然と言えば当然だろう。
彼女はアルトリウスにとって幼少期からの幼馴染であり、同時に姉のような存在でもあった。
たかだか数週間程度の離別でその顔を忘れようはずもないし、急にこんな態度を取られれば洗脳されてしまったのではないかと疑ってしまうのも無理はない。
「システィナ、目を覚ましてくれ! 僕たちは君をラコーツ卿の手から救いに来たんだ! みんなそのために戦ってるんだよ!」
アルトリウスは胸に手をあて、悲痛な面持ちで叫んでいる。
その言葉は、少なくとも彼の中では純粋に本心から出たものだったのだろうが――。
その切迫した表情や態度に反して、少なくとも俺の心にはまったく響いてこなかった。
そもそもこんな状況になったのは、この男がシスティナの好感度をゴリッゴリに下げるような態度を取り続けてきたことに原因があるはずなのだ。
もちろん、すべての責任をアルトリウスに押しつけるのは道理が通らないとも思う。
システィナを奴隷商に売ったのは他ならぬ彼女の父だし、その背後にはダーゼンブルグ侯爵の陰謀があった。
そもそも彼はそういった非道な策謀が裏で動いていたことすら知らないだろう。
しかし、だからこそ余計にその言葉が空虚に感じられてしまうのだ。
なにも知らないにせよ、アルトリウスがほんの少しでもシスティナに寄り添ってやってやることができていれば、彼女は愚かな父と決別して一人の騎士として生きる覚悟を決めることができたはずだった。
「なにも知らないのね、あなたは。少なくともダーゼンブルグ卿は、そんな小娘のことなど最初から気にもかけていないというのに」
ルナニアもまた冷たく言い放ちつつ、その場で馬を降りる。
アルトリウスが馬を降りたのはあくまで対話をする意思表示のためだったのだろうが、彼女からはまた別の意図を感じられた。
「確かにダーゼンブルグ卿には他に狙いがあるのかもしれない……けど、父上やシュタイン殿はずっと君の身を案じていた!」
「ならば、帰って伝えるといいわ。女騎士システィナは異国の地でその生を終え、今は新たな人生を謳歌しているとね。もっとも、無事に帰れたらの話だけれど」
重ねて訴えかけてくるアルトリウスとの対話を打ち切るように、ルナニアが腰に差した剣を抜き放つ。
その瞳には、アルトリウスが抱かせるべきだったものとはまったく異なる覚悟が宿っていた。