戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
「その口振り……やっぱり、君は……!」
鈍色に輝く長剣の切っ先を向けられたアルトリウスは戸惑いに目を見開きながらも、まだ何処か諦めきれていなさそうな顔つきで奥歯を軋らせていた。
「アルトリウスさま……」
そんなアルトリウスに後ろから声をかけているのは、彼と同じ馬に乗っていた女性である。
歳のころはルナニアと同じくらいだろう。青みがかった銀髪に陶器のような白い肌、修道服を思わせる白を基調としたローブに身を包んだその女性は、おおよそこの戦場には似つかわしくない静謐で荘厳な気配を漂わせていた。
もちろん、俺はこの女性を知っている。
聖女イザベラ――ゲーム上で唯一NTRルートが存在せず、どのようなルートを通ってもペアエンドを迎えることが可能な『ルノバルゼオ戦乱記』における実質的なメインヒロインである。
「どうやらシスティナさまは、なにかしらの方法でラコーツ卿に取り込まれてるものかと……」
イザベラは手にした杖に不可思議な光を宿らせながら、アルトリウスに囁きかけている。
この世界では普通の人間は魔法の類を使えず、特定の修行を積んだ聖女のみが神の奇跡として神聖術を使うことが可能になるという設定があった。
実際のゲーム上では主に回復聖術や補助聖術という形で使用していたが、中には敵の弱点や所持品などを見抜くものもあったはずなので、それによってルナニアの状態を調べているのかもしれない。
もっとも、俺は洗脳なんてした覚えはないし、イザベラ側にどのような形でこちらの情報が開示されているのかも分からないが……。
「取り込まれている……? やっぱり、洗脳されてるのか……!?」
「分かりませんが、あるいはその可能性も……」
「ねぇ、アル、それなら、あのエラそうなヤツをやっつければシスティナを助けられるんじゃない?」
――と、今度は別の人物が馬から降りて俺を睨みつけてくる。
明るいピンク色の髪をツーサイドアップをした、イザベラとは別の意味で戦場に似つかわしくない可憐な少女だ。
もちろん、この少女についてもよく知っている。
名はリリエラ。歳は十代後半くらいで、ヘソ出しかつミニスカ風の軽鎧を身につけ、身の丈に合わない巨大な戦斧を背に担いだその姿はいかにもゲームキャラクターといった風体だ。
本来、彼女は物語序盤に敵キャラクターとして出てくるキャラなのだが、特定のステージで条件を満たすと仲間にすることができるという少し特殊な仕様を備えている。
もっとも、ルナニアがこうしてこちら側に落ちている時点で、リリエラがアルトリウスの仲間になっていることは想定済みだった。
何故なら、彼女を仲間に加入させていないとシスティナの好感度をNTRルート分岐ラインまで下げることができないからだ。
とはいえ、もしリリエラを仲間にしなかった場合、今度は彼女自身に不幸な結末が訪れてしまうので、そこを回避したことについては素直に褒めてやりたいところなのだが……。
「ラコーツ卿……!」
ともあれ、イザベラとリリエラの言葉を受け、いよいよ本格的にアルトリウスの敵意が俺へと向けられる。
「イェルバウトさまに手出しはさせません」
そんな気配を察して即座に俺の前へと躍り出るルナニアだが――。
「システィナ、キミの相手はボクだよ!」
「わたしもお手伝いします! アルトリウスさまはラコーツ卿を!」
リリエラが戦斧を両手に力強く大地を蹴り、イザベラが杖を掲げて支援聖術を唱えはじめる。
ギィン! ――と、金属同士の弾ける音が響き、ルナニアとリリエラの間で派手に火花が散るのが見えた。
ルナニアは巧みな剣捌きでリリエラの重たそうな戦斧の一撃を受け流しているが、その表情に余裕は感じられない。
「すまない!」
アルトリウスが腰から剣を抜きつつ一気に距離を詰めてきて、それに呼応するかのようにまわりの歩兵たちも鬨の声を上げながら一気に攻め上がってきた。
俺は馬から飛び降りつつ長剣を抜くと、迫りくるアルトリウスを正面に見据えながら、自らを奮い立たせるために敢えて軽口を叩く。
「我が軍勢を相手に、たかだか一小隊でここまで攻め上げてきたその力は褒めてやろう。だが、所詮はここまでよ」
「おまえを斃し、システィナを取り戻す!」
アルトリウスはその瞳に燃え盛るような闘志を宿しながら鋭く剣を閃かせてくる。これを捌けなければ、俺は死ぬ。
――刹那、目の前で火花が弾けた。
ほとんど無意識に体が動いていたようで、気づけば俺の手に握られた長剣はアルトリウスの一閃を正面から受けとめていた。
続けざまに放たれた剣撃も何処を狙われているのかが手に取るように分かり、たやすく受け流せてしまう。
(……よし、これなら……!)
実のところ、やれるだろうという自信はあった。
メリッサに『コソ練』がバレたあの夜以来、ずっと彼女に剣術の稽古相手をしてもらっていたのだ。
「貴様には過ぎた女だ。我が下にいることこそが相応しい」
「なにっ……!?」
予断を許す状況ではないが、狂君イェルバウトとしての風格を示すためにしっかりと余裕のある姿も見せておく。
今回はあくまで前哨戦だ。
現段階では少なくとも物語上はこちらのほうが立場も実力も圧倒的に上であり、こんなところで互角の勝負をするなんて無様な姿は見せられない。
もっとも、本来であればシスティナは今ごろイェルバウトの居城で性奴隷としての悲惨な日々を過ごしているはずなので、この台詞自体は完全に俺のアドリブだったりするのだが……。
「勝手なことを! 優しく気高かったシスティナが、おまえのような狂君の前に屈するものか!」
なんにせよ、アルトリウスは激昂する。
やはりその台詞も本来のゲームには存在しないものだが、それについてはいったん気にしないことにした。
今はアルトリウスの俺に対する憎悪が強くなればそれでいい。
この戦だって、そもそもゲーム的にはアルトリウスとイェルバウトの邂逅と敵対を描くために用意されたものだ。
『ルノバルゼオ戦乱記』におけるストーリーの大枠は彼ら二人による正義と悪の対立構造にある。
その軸さえ確立することができれば、多少のブレはあっても最終的には収まるべきところに収まってくれるだろう。
もっとも――。
(そもそもおまえがしっかりしてれば、システィナが巻き込まれることはなかったんだけどな……)
心の中でそう感じてしまう部分があるのもまた、隠しようのない事実ではあった。
もちろん、こうして一人の人間として存在するアルトリウスがなにを感じてどう行動するかは彼自身の自由だ。
プレイヤーとして外側から見ていた俺とは異なり、彼本人からするとシスティナはあまりにもその存在が近すぎて疎ましく感じてしまうこともあったのかもしれない。
しかし、彼女のこの腹の括りようから考えると、よほど信を損なうような真似をしたことは想像に難くなかった。
どうせ今回はアルトリウスにとって負けイベントなのだし、ここは少しお灸を据えてやるのもいいかかもしれない。そんなことすら思ってしまうが――。
刹那、不意に遠く東のほうからトランペットやホルンを思わせる金管楽器の奇妙な音色が聴こえてきた。
「こ、この音は……!?」
「まさか、撤退命令……!?」
アルトリウスをはじめ、イザベラやリリエラ、ダーゼンブルグ軍の歩兵たちがその顔色を一変させる。
「どうやらこちらの作戦がうまくいったようだな」
俺は敢えてしたり顔を浮かべながら告げた。
作戦どおりだ。魔族の率いる部隊によってハイネ伯爵領が襲撃されているという報がダーゼンブルグ軍側の陣営に伝わったのだろう。
もちろん、俺の胸中はエルザが上手くやってくれたことに対する安堵と感謝でいっぱいだったが、そこはいったんイェルバウトの仮面の下に隠しておくことにする。
「さて、このまま続けるか? 我が軍勢を相手に、貴様の小隊だけで戦い抜けると思うならそれもかまわんがな」
「なにっ……!?」
俺の挑発にアルトリウスが敵意に燃える瞳でこちらを睨みながら再び剣を構えるが、その姿にイザベラが悲痛な表情で制止をかける。
「アルトリウスさま、一度引きましょう。仮にここでラコーツ卿を討てたとしても、わたしたちまで死んでは意味がありません」
「でもっ……!」
「アル、今はイザベラの言うとおりにしよう! システィナの無事は確認できたんだし、いつか助けられる日がくるよ!」
さらにはリリエラにも窘められ、さすがにアルトリウスもこれ以上の交戦は不可能であると察したようだ。
「……分かった。勝負は預けたぞ、ラコーツ卿」
あくまで隙は見せぬように身構えながらじりじりと後退すると、そのまま馬丁が引き連れてきた馬にイザベラと一緒に跨った。
そして、撤退をはじめた自軍の歩兵たちを援護するように馬上からこちらを牽制しつつ、ルナニアに向かって告げる。
「システィナ、いつか必ず君を迎えに来る!」
「次にその名で呼べば、今度こそこの手であなたを殺します」
「くっ……!」
しかし、ルナニアの返答はあまりにも冷徹だった。
俺がアルトリウスの立場だったら、ちょっと泣いちゃうかもしれん……。
「申し訳ありません。偉そうなことを言って、けっきょくイェルバウトさまのお手を煩わせてしまいました」
そんなルナニアもルナニアでなにやら勝手に責任でも感じているらしく、こちらに駆け寄ってくるなりそんな謝罪の言葉を述べてきた。
「よい。あの女どもも、見た目によらずやり手のようだな」
俺はひとまず彼女をねぎらうと、長剣を鞘に納めながら後方で待機していた馬丁に向けて馬を引いてくるよう合図を送る。
「このあと、いかがいたしますか?」
「前線の指揮官にはダーゼンブルグ軍の撤退に合わせて突撃するよう指示を出してある。俺たちはあの小僧を追うぞ」
「はっ。次こそは必ずや彼の者の首級を挙げて見せましょう」
ルナニアの返事は勇ましいが、なんだか気負いすぎて逆に危うさを感じなくもない。
俺は馬丁が引いてきた馬に跨ると、探りを入れるつもりで敢えてアルトリウスたちについて触れてみることにした。
「あの者たち、知っているのだろう? 随分と親しげだったように見えたがな」
「であればこそ我が手で葬り去り、イェルバウトさまへの忠義が揺るぎないものであることを示さなければなりません」
しかし、ルナニアはとくに動じた様子もなくそう答えると、同じく馬丁が引いてきた馬に跨り、あとはもうその視線を撤退していくアルトリウスたちの小隊のほうへと静かに向けるだけだった。
その瞳に過去への郷愁は感じない。最初から最後まで、アルトリウスを見据えるその眼光は斃すべき相手に対するものだった。
(別に、そこまで覚悟完了しなくたってもいいんだけどな……)
思わず胸中でそんなことをボヤいてしまう。
ルナニアの気持ちは嬉しいが、俺にそこまで全力で忠義を貫くほどの価値があるのかいまいち自信が持てないこともあって、なんだか逆に恐縮してしまう気分だった。
つーかアルトリウス、おまえマジでどんだけシスティナの好感度ガッツリ下げたんだよ……。
第五章を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
引き続き第六章をお楽しみください。
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