戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
またNTRルートかよ!
撤退をはじめたダーゼンブルグ軍に対する追撃戦がオストマー平原全域で展開される中、アルトリウスたちの小隊はその針路を本陣があるであろう東ではなく北東方面にとっていた。
平原の北東には鬱蒼とした森が広がっているが、実は行商人が使う林道が整備されており、オストマー平原からハイネ伯爵領に向かう場合はそちらを経由したほうが遥かに時間を短縮できる。
この辺りの土地勘があるアルトリウスは少しでも早くハイネ伯爵領へと救援に向かうため、敢えてダーゼンブルグ軍とは合流せずに単独行動を取っているのだ。
ゲーム上でのイェルバウトはそんなアルトリウスの行動に興味を示して追走、プレイヤーの選択次第ではさらに追加の戦略ステージが発生し、再び二人の戦いが繰り広げられることになるのだが――。
(嫌な予感はしていたが……)
森の中を切り裂くように敷設された林道を進んでいた俺たちは、やがて少し開けた場所でこちらを待ち受けるように陣を作るダーゼンブルグ軍の小隊と遭遇する。
「ここから先は通さないよ」
その中心に立って巨大な戦斧をこちらに突きつけているのは、ピンク髪の女戦士リリエラだった。
アルトリウスやイザベラの姿は見えない。つまり――。
(あの野郎、またしてもNTRルートを選びやがった……!)
俺は思わず胸中で悪態をついてしまった。
アルトリウスたちがオストマー平原からの撤退する中、プレイヤーには二つの選択肢が与えられる。
ひとつは追走してきたイェルバウトに全員で立ち向かうルート、そして、もうひとつはハイネ伯爵領への救援を優先するため、リリエラに
前者を選んだ場合は高難度の戦略ステージが追加されるため、ここまでに味方の育成が間に合わずに詰んでしまった場合などは後者の選択を余儀なくされるケースもあるにはある。
しかし、これはゲームじゃない。アルトリウスに仲間を優先する気持ちがあれば、自然と前者を選ぶ流れになっていたはずだ。
つーか、逆になんでここまで狙いすましたようにNTRルートばかり選べるんだよ……。
「まさか総大将自らここまで追っかけてくるなんてね」
そんな俺の憤りに気づいた様子もなく、リリエラは何処か楽しげな様子でこちらを見据えている。
まだ彼女の中には希望が残っているのかもしれない。この難局を乗り越えて、再びアルトリウスのもとに戻るという希望が――。
だが、リリエラが殿になる選択を選んだ場合、追加の戦略ステージは発生しない。
つまり、この先に起こる出来事はすべてイベントシーンとして処理されるのだ。当然、その結末は最初から決まっている。
「俺の首を獲ろうとしたのだ。ただで帰れると思っていたのか?」
内心の忸怩たる思いはイェルバウトの仮面の下に隠し、俺は馬上からリリエラを見下ろしつつ告げる。
「さすがは狂君。まあ、こっちにとっちゃ好都合だけど」
リリエラはそんな俺をギロリと睨め上げると、手に携えた巨大な戦斧をこちらに突きつけながら声を張り上げた。
「ラコーツ辺境伯、ボクと一騎打ちで勝負しろ!」
「ほう……?」
もちろん、そう言われることは分かっていた。
しかし、俺は敢えて興味深そうな顔をして言葉の続きを待つ。
「キミが勝ったらボクの首でも体でも好きにすればいい。だけど、もしボクが勝ったらここで軍を引いてもらう」
「しれたことを……俺が負けるはずもないが、仮にそうなればこの者がおまえのことを生かしては帰さんだろうよ」
傍らに控えるルナニアの存在をほのめかすと、リリエラはそちらに視線を向けながら複雑な表情を浮かべた。
ルナニアとリリエラもまた旧知の仲である。
リリエラはもともとハイネ伯爵領の近くを根城にしていた野盗の頭目であり、ゲーム序盤においてアルトリウスとシスティナはそんな野盗団の討伐に向かうことになるのだ。
しかし、その野盗団が没落騎士を中心とした傭兵団の慣れの果てであり、頭目であるリリエラがかつて名を馳せた騎士の末裔ということを知ったアルトリウスは彼女を説得。そして、彼の進言を受けたハイネ伯爵によって騎士として召し上げられることになる——というのが、リリエラ加入までの流れだった。
つまり、彼女にとってアルトリウスは没落してしまった祖先の名誉を回復してくれた恩人でもあるのだ。
その一方で、リリエラという右腕を得たことはアルトリウスの増長を招くことにも繋がり、それがゲーム上ではシスティナの好感度を下げる選択肢として現れることになるのだが――。
「システィナ……」
「…………」
二人は互いに思うところのありそうな顔つきで見つめ合っている。
ルナニアもまた没落した貴族の子女であり、それを憐れんだハイネ伯爵によって騎士として召し上げられたという経緯があった。
そういった意味で二人の生い立ちは何処か似ていたし、ハイネ伯爵がリリエラの処遇を判断する際にシスティナの存在を考慮したことは想像に難くない。
だというのに、アルトリウスがあまりにもボンクラだったせいで、気づけば二人の立場はまったく異なるものになってしまっている。
もっとも、こうしてNTRルートに入ってしまったということで再び似たような境遇に陥りつつもある上、そもそも本来のシナリオ上ではこんな形で相見えることすらなかったはずなのだが……。
「……軍を引いてくれるなら、勝っても負けてもボクの身がどうなろうとかまわない」
「なに……?」
不意にリリエラがポツリと呟き、その瞳に覚悟を窺わせる強い光を宿しながら馬上の俺を睨み上げてくる。
「最初から覚悟の上だ。ボクはここを自分の死に場所と決めた。だけど、関係ない兵士たちは見逃してやってほしい」
その言葉に、道を塞いでいる歩兵たちの軍勢が口惜しげに唇を噛む気配を感じた。
おそらく、すでに内輪で話はついているのだろう。彼らがここに残っているのは、俺が一騎打ちを受けなかったときにせめて最後の砦として役目を果たそうという心意気の現れなのかもしれない。
ただのプレイヤーとして外側から見ていたときには考えたことすらもなかったが、こんなモブキャラたちにもきっと心のうちにそれぞれに覚悟や後悔があるはずだ。
「ふっ……面白い。受けてやろう」
気づけば俺の口許には笑みが浮かんでいた。