戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
できるだけイェルバウトっぽくなるように不敵な笑みを浮かべたつもりだが、気持ちの上では純粋にこの状況を楽しんでしまっている俺がいる。
ここにいる人間すべてにドラマがあるのだ。
もちろん、本当なら俺はそのドラマを悲劇に導く存在なのだが、なんだかこの場にいる全員を救ってやりたいような気分になってくる。
いずれにせよ、このルートに入った時点でイェルバウトとリリエラの一騎打ちは既定路線ではあるのだし、ひとまず今は彼女の覚悟を存分に見せてもらうことにしよう。
「イェルバウトさま……!」
「よい。こんな小娘に俺が負けるはずがなかろう」
ルナニアがこちらの身を案じるようにその視線を向けてくるが、俺はかまわず馬上から降りて腰の剣を抜き放つ。
アルトリウスと一戦を交えてみて分かったが、すでに俺はこの体の扱いについてかなり熟達しつつあった。
リリエラも確かに強い戦士ではあるのだが、それでも実力的にはアルトリウスのほうが上であり、そのアルトリウスを退けることができた今の俺が彼女に敗れる道理はない。
「その油断……命取りになるよ!」
俺の挑発が気に食わなかったのか、リリエラがその瞳に剣呑な光を宿しながら地面を蹴る。
大上段から振り下ろされる戦斧の一閃――俺は両手で構えた長剣を掲げてその一撃を真正面から受けとめると、驚きに目を見開くリリエラに向けて余裕の笑みを浮かべて見せる。
「この程度の力で俺の命を取るつもりだったのか?」
「――ッ! まだまだっ!」
リリエラはギリッと奥歯を噛み締めると、今度はその身を旋回させながら横薙ぎに戦斧を振りまわしてくる。
俺は素早く後方に跳んでその一閃を躱すが、リリエラはそのままグルグルと回転を維持しながら追撃するように距離を詰めてきた。
回転が増すほどに速度が上がり、遠心力によって一撃の重さも増していく――これはおそらく実際のゲーム上でも存在したリリエラの必殺技『ブレードタイフーン』だろう。
集団戦において無類の強さを発揮する技だが、個人戦でもなかなかに侮れない性能を持っている。
何故なら、この回転はあくまでも予備動作に過ぎないからだ。
「せやぁっ!」
刹那、リリエラがその手から戦斧を解き放ち、高速回転する戦斧が文字どおり竜巻を起こしながら一直線にこちらへと迫ってくる。
これこそが『ブレードタイフーン』の真骨頂だ。集団戦において無類の強さを発揮する一方、対個人戦においても決してその脅威は色褪せない。
しかし、そんな必殺の一撃が眼前に迫る中、俺の意識はまったく別のことに向いていた。
(ゲームでの必殺技が実際に存在するなら……)
この世界で魔法のような特殊な力を使える者は一部の人間に限られるが、一方でそれ以外のキャラクターにも必殺技といういくつかの特殊攻撃が用意されていた。
使用回数に制限があったり特殊な条件があったりといつでも使えるわけではないが、いずれも戦況を大きく動かす強力な技ばかりだ。
そして、ときには敵側の一部キャラクターがその必殺技でこちらに大打撃を与えてくることもあった。当然、その中にはイェルバウトも含まれている。
(試してみるか……!)
俺はさらに後方に跳躍すると、竜巻を伴って回転しながら迫りくる戦斧を正面に見据えながら剣を構える。
必殺技の使いかたなんて、もちろん俺には分からない。ただ、長剣を握る手に力を込めながら意識を集中すると、黒塗りのその刀身が闇色のオーラに包まれていくのが分かった。
(いける……!)
理屈は分からないが、確信だけはあった。イェルバウトの体を完全に使いこなしつつある今の俺なら、彼の必殺技だってきっと再現することができるはずだ。
「うぉぉっ!」
俺は両手で長剣を握りしめ、雄叫びを上げながら振り下ろした。
『黒蝕滅覇斬』――そのあまりの凶悪さから幾多のプレイヤーを震え上がらせた、イェルバウト渾身の必殺技だ。
刀身に纏われた闇色のオーラが暗黒の波動となって迸り、大地を裂きながら迫りくる戦斧と交錯する。
そして、大地と大気を鳴動させながら派手に爆裂すると、そのまま戦斧を弾き飛ばして竜巻を霧散させ、さらには余波でリリエラを含むダーゼンブルグ軍の軍勢をまとめて吹き飛ばした。
俺はその隙を逃さず一気にリリエラとの距離を詰め、砂埃にまみれて地面に倒れ伏す彼女の上にのしかかりながら、その顔の横に長剣を突き立てる。
「くっ……そんな……!」
「口ほどにもなかったな」
勝負は一瞬にして決した。もともとのゲーム上においてもそこまで長々と描写されていたわけではなかったが、それにしても呆気ないものだ。
破れかぶれになったダーゼンブルグ軍の兵がその手に武器を構えて最後の抵抗を試みようとするが、ルナニアの指揮の下でラコーツ軍の兵が一瞬にしてそれらを取りかこみ、失意の表情を浮かべながら武装解除されている姿が見える。
「この者、いかがいたしますか」
馬から降りてこちらへと歩み寄りながら、ルナニアが訊いてくる。
俺の足許で身動きひとつ取れずにいるリリエラを見下ろす彼女の瞳に特別な感慨はなさそうだが、本当に感心がないのか、意図的にそう見えるよう振る舞っているのかまでは分からない。
「なかなか面白い女だ。連れ帰って少し遊んでやるとしよう」
「……承知しました」
ただ、俺がそう告げた瞬間に一瞬だけその表情を曇らせたことだけは俺にも伝わってきた。
もっとも、それはこれからリリエラに起こるであろう悲劇的な出来事を憐れむという類のものではなく、どちらかというと――。
(なんか、ちょっと不機嫌そう……?)
こんな状況においてそんなことはあり得ないと思うのだが、一瞬だけ見せたその表情が、何処か不貞腐れた子どものそれであるように感じられたのだ。
まさかとは思うが、俺がこれからリリエラに対してエッチなお仕置きをしようとしていることを察して、嫉妬でもしているわけではあるまいな。
「システィナ……本当に、変わってしまったんだね……」
悔しげに歯噛みしながら、リリエラはじっとルナニアのほうを睨みつけていた。
しかし、ルナニアは答えない。もはや彼女のほうを見向くことすらなかった。
俺にこの二人がどういった感情を抱えているかは分からない。そもそもこんな形で再び邂逅することになるなんて、本来であれば起こり得ないはずだった。
この期に及んで俺にできることがあるとすれば、せめてリリエラの処遇に関してくらいは可能なかぎり原作に寄せて処理することくらいのものだろう。
「閣下、こんなところにおられましたか」
――と、そんなことで思い悩んでいると、オストマー平原側の林道からラコーツ軍の軍馬に乗った人物が駆け込んでくる姿が見えた。
メリッサである。
こんなところにいる俺をよく見つけたものだなと思わず感心してしまうが、彼女のことだから俺の居場所を探り当てるなにかしらの術を体得していたとしても不思議はないか。
「なにかあったか?」
俺が訊くと、彼女はわざわざ馬上から降りてこちらまで歩み寄り、恭しくその場に膝をつきながら告げる。
「ダーゼンブルグ軍の完全な撤退を確認しました。前線で指揮をとっていた騎士団長の報告によれば、追撃戦において相当な打撃を与えたものとのことです」
「よし。これで当面はダーゼンブルグの古狸どもも大人しくしていることだろう。エルザの別動隊にも引き上げるよう伝令を出せ。我が軍も一度オスタルガに戻るぞ」
「はっ」
メリッサは短く答えると、その場で最敬礼をして再び馬に跨り、来た道を颯爽と駆け去っていった。
実際にゲームをプレイしているときは要所要所で状況説明をしてくれる便利なキャラという程度の認識しか持っていなかったが、こうして実際に世話になってみると、そのお役立ちぶりにはこちらのほうが頭を下げたくなってくる気分だ。
(残るは戦後の後始末か……)
ラコーツ軍の兵らによって捕縛されていくリリエラたちの姿を眺めながら、俺はこの先の展開について頭をめぐらせる。
さて、如何にして原作に寄せたものか……。