戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
「知っているとも。おまえたち一族がダーゼンブルグの古狸どもにいいように利用されていたこともな」
俺は敢えてその視線を正面から受けとめつつ、記憶の中にあるリリエラの背景設定を脳裏に思い浮かべる。
戦獅子ラーズ——もとはダーゼンブルグ侯爵家に仕える騎士だった人物である。
ルナニアと同様に聖騎士の称号を授与されるほどの凄腕で、全盛期はまさに一騎当千の武力を誇っていたとされている。
もっとも、ダーゼンブルグ地方で長らく続いていた内紛に終止符が打たれると、その武勇から台頭を恐れた当時の侯爵によって冷遇され、挙げ句にはあらぬ罪を着せられて騎士の位を剥奪。最終的には傭兵にまで成り下がってしまうことになる。
しかし、その後も彼のその武勇による名声はとどまることを知らず、ルノバルゼオ大陸のあらゆる諍いに首を突っ込んでは平定していくその姿はまさに戦獅子の名に相応しいものだったとされている。
そして、いつしか戦獅子ラーズの率いる傭兵団は、どの国の騎士団よりも恐れられる存在となっていた。
だが、そんな傭兵団もラーズの没後はその力を急速に失い、やがては貴族や行商人を襲う野盗団へとその姿を変じていくことになる。
もっとも、本人たちはあくまで平民を虐げる貴族や悪どい商売に手を染めている商人のみを狙う義賊のつもりだったようだが、最初はそうであったであろう彼らの志も長い年月の間に失われつつあった。
そんなとき、リリエラはアルトリウスと出会い、再び騎士としての道を歩みはじめることになったのだ。
「ち、違うっ! 確かに先代のダーゼンブルグ侯爵には恨みもあるが、すでに故人だ! それに、ハイネ伯爵は野盗に成り下がっていたボクたちを再び騎士にしてくれた!」
リリエラは必死に俺の言葉を否定するが、その語気には先ほどまでにはなかった迷いが感じられる。
ダーゼンブルグ侯爵家の腐敗が代替わりした程度で変わらないことくらい、リリエラも心の何処かでは理解しているのだろう。
そして、どれだけハイネ伯爵に恩義があろうと、彼がそんなダーゼンブルグ侯爵の臣下である事実は変わらない。
「それもまた、捨て石にするためだったのかもしれんぞ」
「……っ!」
続けて発した俺の言葉を、今度は否定しなかった。
実際、望むと望まざるとに関わらず、今の彼女は捨て石にされたようなものだ。
ダーゼンブルグ侯爵家の腐敗が深刻である以上、臣下であるハイネ伯爵がその影響をまったく受けていないとは言いきれない。
もちろん、今回の件とハイネ伯爵の人間性は関係ないが、アルトリウスに対する信頼に揺さぶりをかける上では実に好材料だった。
「俺があの小僧であったなら、おまえをあのような場所にひとり置き去りにしたりなどしない」
耳許で囁くと、リリエラの体がビクンと弾んだ。
「あ、あれは、ボクが勝手に言い出しただけで……!」
「だとしてもだ。おまえほどの戦士を捨て駒にするぐらいなら、いっそ玉砕覚悟でともに往く道を選んだことだろう」
「し、仕方がなかったんだ! アルトリウスは絶対にあんなところで死ぬわけにはいかなかった!」
「いずれ勇者になる男……だからか?」
「なっ……!? そんなことまで……!?」
またしても俺の言葉にリリエラが目を見開く。
勇者——かつてこのルノバルゼオ大陸が魔王と呼ばれる存在によって支配されていたとき、何処からか光の剣を携えて現れ、神々から賜りしその力によって魔王を退けたという伝説の存在である。
アルトリウスが後に勇者となることは一度でも『ルノバルゼオ戦乱記』をプレイしていれば分かることだが、いちおうイェルバウト目線でも気づいた理由について説明することは可能だった。
「ともにいた女……あれはヴァルサレナ聖光会の聖女だろう。神殿騎士でもない者に聖女がつくとなれば、考えられることはひとつしかない」
そう、聖女イザベラの存在である。
彼女は物語序盤にアルトリウスのもとにふらりと現れ、彼に勇者の資質があることを告げる。そして、ともに王都に赴いて勇者の試練を受けるよう進言してくるのだ。
もっとも、アルトリウスは自分にそんな特別な資質があるとは思えないとこれを固辞するのだが、それを聞いてもイザベラはまったく納得せず、以降は押しかけ女房のように彼の身のまわりの世話を焼くようになって——というのが、アルトリウス側におけるここまでの経緯だったはずである。
「なんでも知ってるんだね……」
リリエラはすっかり感心した様子で俺の顔をじっと見つめていた。
何度も意表を突くような真似をしたせいか、こちらに対する警戒心も幾分か緩んだように見受けられる。
ひょっとしたら、今が攻めどきなのかもしれない。
「あの女が現れなければ、あるいはハイネ家の小僧の隣は今もおまえの居場所だったかもしれんな」
俺がそう告げた瞬間、リリエラの顔にはっきりと分かるほど朱が差した。
「そ、そんなこと……!」
「おまえの魅力に気づかぬ愚昧のことなど、もう忘れろ」
重ねて告げると、ますますその頬が赤く染まっていく。こちらを見つめ返す瞳は動揺しているかのように揺れ、薄く開かれた唇はかすかに震えていた。
「俺の女になれ。俺は決して女に序列をつけたりはしない」
「ふ、ふざけるな! ボクは……!」
リリエラの表情に一瞬だけ迷いが差す。
わざわざゲーム知識に頼らずとも、彼女がアルトリウスに対してほのかな想いを抱いていたのは分かっていた。そして、自分が一人残ると告げたとき、アルトリウスがとめてくれなかった事実に心の何処かで失意を抱いていたことも。
そんなリリエラの心にぽっかりと空いた穴を、今の俺なら埋めてやることができる。抗いようのない快楽で、すべてを忘れさせてやることができる。
この世界で積み上げてきたイェルバウトとしての経験が、これまでの俺ではおよそ考えられないほどの圧倒的な自信と全能感を与えてくれていた。
「んぅっ……!?」
気づけば俺は、リリエラの体を抱き寄せながらその唇を奪っていた。