戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
聖女の導き
窓の外から雨の音が聞こえる。
薄暗い私室の中、アルトリウスはベッドの腰かけて静かに床の模様を眺めていた。
イザベラを伴って急ぎハイネ伯爵領に戻り、駐留していたダーゼンブルグ連合軍と連携を取りながら辛くも魔族の軍勢を退けたアルトリウスではあったが、その気持ちはまったく晴れやかではなかった。
戦いが終わって数日、未だにリリエラの帰還を告げる報はない。
「システィナだけでなく、リリエラまで……」
手の空いている者に頼んでオストマー平原とハイネ伯爵領を繋ぐ林道の探索を行なってもらったが、どれだけ手を尽くしてもリリエラたち小隊の痕跡を見つけることはできなかったという。
唯一確認できたのは、激しい戦闘が行われた形跡だけだ。
それがリリエラとラコーツ辺境伯によるものであろうことは想像に難くなかった。
あまり考えたくはないことだが、おそらくリリエラは辺境伯とその軍勢を前に破れ、捕虜として連れて行かれてしまったのだろう。
「僕にもっと力があれば……」
ベッドに座ったまま頭を抱え、アルトリウスは自責の念に呻く。
「アルトリウスさま……」
そんな彼に、声をかける者がいた。
イザベラである。いつの間にかアルトリウスの私室に上がり込んでいた彼女は、その顔に決意の光を宿しながら静かにベッドのほうへと歩み寄っていく。
「あなたは着実に力をつけつつあります。しかし、狂君イェルバウトもまた力をつけている。それも、おそらくは魔の力を」
「魔の力……?」
アルトリウスがその顔を上げた。
イザベラは言葉を続ける。
「此度の戦において、我々が前線に出ている間にハイネ領を魔族の軍勢が襲撃したことは聞いておいでかと思います」
「ああ、海を渡ってきた魔族たちが北の山脈に砦を築いているという話だったと思うけど……」
「それはおそらく我々を混乱させるための偽装工作でしょう。此度の魔族の動き、ラコーツ軍と連携していたと見るべきです」
「なんだって……!?」
思いもよらぬイザベラの発言に、アルトリウスは驚きのあまりその場に立ち上がる。
イザベラはそんな彼の顔を正面からじっと見据えて言った。
「斥候を出して北の山脈を調査すべきです。おそらく魔族の砦などありはしないでしょう」
「じゃあ、ラコーツ卿は……」
「はい。魔の者と結託していると見て間違いないかと」
静かに告げられたその言葉に、アルトリウスはただ息を飲むことしかできなかった。
「そんな……魔族からこの地を護るためにあの地の統治を任されていたはずのラコーツ卿が、敵である魔族と手を結ぶなんて……!」
アルトリウスにとって今や憎き仇敵であるラコーツ卿だが、それでもこの大陸の平穏を護るという大役を任された武人であるという認識は揺らいでいなかった。
それが今、音を立てて崩れ去ろうとしている。
「システィナさまが洗脳されたのも、魔の者が使うという怪しげな術によるものかもしれません」
「……ッ!? そうか、だからあそこまで頑なに……!」
知らず知らずのうちに奥歯を強く噛み締めていた。
あのとき、まるで他人を見るかのように冷たい面持ちでこちらを見据えていたシスティナの瞳。あれが魔の術による洗脳だったのだとすれば、すべてが腑に落ちる――そう思ったのだ。
「アルトリウスさま、魔に魅入られてしまったラコーツ辺境伯を討つためには、やはり勇者の試練を受けていただく他ないかと」
立ち上がったアルトリウスの手を、イザベラがそっと握ってくる。
「しかし、僕なんて……」
「荒唐無稽な話であることは分かっています。ですが、どうかわたしを信じてはもらえませんか。あなたには勇者の資質があるのです」
勇者の試練――それは、イザベラがアルトリウスのもとを初めて訪れたときから折につけて訴えてきたたことでもあった。
自分にそんな資質があるとは思えない。現にシスティナやリリエラという大切な仲間すら救えなかった自分に、勇者だなんて大業が務まるはずがない。
だが、もし勇者の試練を受けることで、今よりも強い力が手に入るというのなら。その力で、システィナやリリエラをラコーツ卿の手から救い出すことができるというのなら――。
「……分かった。父上に話してみるよ」
アルトリウスはその瞳に決意を宿し、力強くイザベラの手を握り返した。
「ありがとうございます、アルトリウスさま」
感謝の言葉を述べながら、イザベラはそっとその口許に柔らかな笑みを浮かべる。
こんな自分になにができるかなんて分からない。けれど、今の自分には為したいことがある。救いたい人たちがいる。
そのためなら、勇者の力だってなんだって、使えるものはすべて利用してやる。
アルトリウスは改めて力強く頷き返すと、先ほどまでとは見違えるような強い足取りで父のもとに向かうため部屋をあとにした。
――そんな彼の背中を見送るイザベラの瞳に怪しい光が宿っていたことを、最後までアルトリウスが知ることはなかった。