戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
狂君としての生活
俺がこの世界でイェルバウトとして生活するようになって、早くも一週間が経過しようとしていた。
実際のゲームの進行速度に匹敵するくらいの怒涛っぷりに最初はついていけるか不安でしかたがなかったが、腹さえ括ってしまえば意外となんとかなるものらしい。
この数日で、俺も幾分か『狂君』としての皮を被るのが上手くなった。
——いや、ならざるを得なかったと言うべきか。
まわりの人間は当たり前のように俺をイェルバウトとして扱ってくるし、今さら「実は中身はまったく別の人間で……」などと言ってみたところで気が触れたと思われるだけだ。
それに、下手に弱みを見せるわけにもいかなかった。
イェルバウトはその悪逆非道ぶりから多くの人間に恨まれている。迂闊な真似をすればそういった連中から命を狙われかねず、場合によっては身内の反逆を招く危険性もあった。
シナリオが進んでいけばいずれ本来の主人公であるアルトリウスに討たれる命運にあるのだろうが、そもそもそこまで無事に辿り着けるかどうかすら今の時点では判然としない。
すでにエルザの様子からして正規のシナリオとは異なってきている以上、場合によってはアルトリウスとの決戦の前に誅殺されてしまう可能性だって十分に考えられるのだ。
(……あるいは、アルトリウスに討たれず生き延びるという未来もあるのか……?)
もちろん、そんなことを夢想する瞬間もなくはなかった。
——だが、同時にこうも思っていた。はたしてそれは、イェルバウトの生涯として相応しいのかと。
イェルバウトが悪のカリスマとして確固たる人気を築いたのは、その悪逆非道さに準じた華々しい最後があったからこそではないか。
仮に生き延びたところでその先に待つのはさらなる戦いの日々だろうし、そんな血みどろの余生にいつまでも俺の精神が耐えられるとは思えない。
下手に生き延びて晩節を汚すより、太く短く生きて派手に散るほうがやはりイェルバウトの最期として相応しいのではないか——どうしてもそう思ってしまうのだ。
それに、ひょっとしたら最後までイェルバウトを演じきることで元の世界に戻れたりするかもしれないし……。
「閣下、本当によろしいのですか?」
――と、不意に思索を遮られ、俺は声の主をひと睨みする。
「俺の判断になにか文句があるというのか?」
「いえ、ですが……」
執務室の机を挟んで対面に立つのは、三十代ほどの眼鏡をかけた身綺麗な男だった。
宰相ディミトリ――ラコーツ辺境伯領内の主だった政務を担う執政官である。軍事面においては参謀も務めるなど、まさにイェルバウトの腹心ともいえる人物だ。
同時にシナリオ上においても重要なキャラであり、なんと彼は物語中盤において領内に組織されたレジスタンスと結託してイェルバウトに反旗を翻すことになっている。
つまり、ゲーム的にはプレイヤー側――本来の主人公であるアルトリウスの味方となるキャラであり、イェルバウトにとっては獅子身中の虫といった存在でもあった。
もっとも、それが理由で彼の提案について難癖をつけているわけではない。
今回の議題はエルザを味方に引き入れることについての是非を問われているもので、これは本来のシナリオにもあった流れである。
「此度の戦で我々は至天騎士のすべてを失いました。いずれも件の魔狼将の手によるものです。その者を味方に引き入れるなど、残された騎士たちがはたして納得するか……」
ディミトリはその顔に苦悶にも似た色を浮かべながらそう訴えてくる。
此度の戦いというのは、俺がイェルバウトに憑依する直前まで行われていた魔族との抗争のことである。
ゲーム本編ではあまり大きく取り扱われていないが、物語冒頭においてイェルバウトは魔狼将エルザの率いる軍勢と交戦し、そこで騎士団の中心的存在であった至天騎士と呼ばれる四人の騎士を失ったとされている。
これによってイェルバウトの保有する軍事力が大きく削がれたと判断した近隣の諸侯がかねてより画策していた領地拡大を実現するために暗躍しはじめ――という流れが物語序盤の大きな転換点になっているのだ。
「納得のいかぬ者がいるのであれば、すぐにでも荷をまとめて国を出るよう伝えればよい。そのほうが無駄に血を流さずに済む」
俺は本編で使われていた台詞を思い返しながら、敢えて冷酷に告げる。
「誰が言いはじめたのかは知らんが、至天騎士などと称して魔狼将ひとり屠れぬようでは名前負けもよいところではないか。そのような弱き者どもなど、最初から我が軍には必要なかったのだ」
「なっ……し、しかし……」
「考えてもみろ。魔狼将を我が軍に配するということは、すなわち至天騎士を超える力を得たということ。歓迎されこそすれ、どうしてそこに不平を唱える者がいよう。仮にそのような愚昧がいるのだとすれば、それはもう我が軍には必要のないものだ。そうであろう?」
「はっ……」
俺の言葉にディミトリはまだ少し納得できていない様子だったが、それ以上はとくに反論もしてこなかった。
おそらく、こういったやりとりが幾度も重なった結果、耐えかねた彼はイェルバウトへの謀反を考えるようになるのだろう。
だが、本来のシナリオがそうである以上、俺は敢えて甘い顔はしないつもりだった。
エルザとラブラブ甘々エッチをしてしまったせいかすでに一部の展開に齟齬が発生している気もするし、下手なことをして本来のシナリオから大きく外れるような展開にでもなれば、その後の立ちまわりかたが分からなくなってしまう。
俺がこうしてイェルバウトになりきれているのも、あくまでゲームシナリオを熟知しているからにすぎない。
引き続きこの状態を維持するためにも、可能なかぎり本来のシナリオに準じた動きを続ける必要があった。
「騎士団長に軍の再編を急ぐよう伝えておけ。エルザには魔族領内に残った手勢をこちらに引き入れさせるよう手配している。今後は既存の騎士団を第一部隊とし、エルザ率いる魔族部隊を第二部隊として運用する」
「はっ、仰せのままに……」
ディミトリは深々と頭を下げると、敢えて俺の視線を避けるように目を伏せたまま踵を返して執務室を出ていった。
なんだかいちいち心が痛んでしまうのだが、はたしてこういったときイェルバウトはどんな心持ちだったのだろう。
なまじゲーム知識があるがゆえに彼の真似事をすることくらいは造作もないが、その心まで真似できるかどうかは別の話だ。
ひとり取り残された執務室の椅子に身を預けながら、俺は天井に向かって陰鬱に溜息を吐く。
(この先、ちゃんとやっていけんのかな……)