戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
同日、かねてより謁見を希望していたという商人が来城しているとの報告を受け、俺は少し嫌な予感を覚えながらも応接の間へと向かった。
イェルバウトの居城ラクオルには、いわゆる謁見の間と呼ばれるような豪奢な応接の場は設けられていない。
これは彼自身がこの城を軍事要塞としてしか見ていないためであり、応接の間があるのもたまに訪れる近隣の諸侯や王家の遣いの者への対応のために仕方なく設えたものとされている。
室内の様相自体はそれなりに洗練されてはいるが、飾りつけられた調度品の数は最低限に抑えられており、窓にはイェルバウトの部屋と同様、外部からの侵入を阻むための格子がつけられている。
見ようによっては少し豪華な座敷牢といったふうにも見えるその空間は、応対する側の俺からしてもあまり居心地のよさは感じられなかった。
「これはこれは、イェルバウト閣下。お目にかかれて光栄です」
応接の間に入るなり、椅子に座っていた小太りの男がその場に立ち上がって恭しく頭を下げてくる。
(おいおい、マジか……)
しかし、俺の目はどう見てもモブキャラにしかみえないその男ではなく、生気のない顔で隣に立つ人物に釘づけになっていた。
歳の頃にして二十歳前後の、やけに整った面立ちの女性だ。
腰にとどくほどの長い金髪は絹糸のような滑らかさで、その肌は淡雪を思わせるほど白く美しい。
ただ、その精巧すぎる見目に反して装いは質素であり、まるで奴隷が着せられているような薄汚れた上下に身を包んでいた。
俺はこの女性のことをよく知っている。
名はシスティナ。ゲーム本来の主人公であるアルトリウスの幼馴染であると同時に姉のような存在であり、戦略ステージにおいてはともに戦う仲間ユニットのひとりでもある。
つまり、彼女がここにいるということは――。
(あの野郎、NTRルートを選択しやがったってことか……!?)
俺はまだ見ぬアルトリウスに頭の中で憤慨していた。
実は『ルノバルゼオ戦乱記』にはルート分岐要素が存在する。
それも、ほとんどはヒロイン陵辱ルート——いわゆるNTRルートへの分岐だ。
もちろん、そういったルートを回避して各ヒロインたちとカップルエンドやハーレムエンドを迎えることも可能だが、その場合はゲーム終盤までほとんどエロシーンが発生しなくなるという弊害もあった。
まあ、ゲーム部分の出来があまりにも秀逸だったため、その点については不満が出るというよりもむしろエロ不要論すら出てくる始末だったりするのだが……。
ともあれ、さすがに実際のゲームのように目の前に選択肢が出てくるなんてことはないにしても、少なくともこの世界のアルトリウスが相当にボンクラであることは間違いないらしい。
システィナのNTRルートに分岐するためには、シナリオが特定の段階に進行するまでの間に彼女の好感度を一定値以下に『下げる』必要がある。
つまり、意図的に好感度が下がるような対応を続けなければ、本来であればこちらのルートに分岐することはないはずなのだ。
「イェルバウト閣下は若く麗しい女性をこのほどなく好まれると聞き入れまして、私めにもなにかご協力できることがないかと馳せ参じた次第であります」
身なりだけは立派なモブ男が、両手を揉み合せながら下卑た笑みを浮かべた。
この男はいわゆる奴隷商であり、つまり、今のシスティナが奴隷という身分にまで落ちぶれてしまっていることを示している。
もともと彼女はアルトリウスの父であるハイネ伯爵に仕える騎士の家系であり、自身もまた女性ながら聖騎士の称号を授与されるほど立派な騎士だった。
だが、かつては同じ騎士であり小さな街の領主でもあった父が妻の死による失意から没落、酒と賭場に溺れて多額の借金を抱えるようになると、システィナはハイネ伯爵からの給金をその借金の返済に充てなければならなくなる。
通常ルートであればアルトリウスの支えもあってそんな父とは決別することになる彼女だが、好感度が低すぎた場合はアルトリウスを頼ることもできず、最終的には借金苦に狂った父に薬を盛られて奴隷商に売り払われてしまうNTRルートに分岐することになるのだ。
どのみちこの奴隷商との取引自体は物語的に重要なシーンなので回避することはできないのだが、よりによってこちら側の展開になってしまうとは……。
「ほう、確かに美しい。何処ぞの貴族の娘でも拐かしたか?」
胸の内に燻る動揺をイェルバウトの仮面で隠しつつ、ひとまず俺は奴隷商に探りを入れる。
「ははっ、おたわむれを。何処にでもいる町娘でございますよ。もちろん、これほどまでに美しいことを除けば、ですが」
しかし、奴隷商はニタニタと品のない笑みを浮かべるばかりで、システィナの出自についてはあまり触れようとしない。
もちろん、この男がこうしてはぐらかしてくることには理由がある。
実はこのイベント、NTRルートに入っているためにシスティナがこの場に連れて来られているが、仮に通常ルートであっても貴族の令嬢が奴隷として献上されてくる流れ自体に変わりはないのだ。
何故なら、この取引こそが後に起こる内紛の火種となる策謀に絡んだものだからである。
「ふっ……まあよい。しかし、わざわざこのような娘を持ってきたということは、なにか俺に望みでもあるのだろう?」
頭の中で陰鬱に嘆息しながらも、俺は半ば義務的に奴隷商との会話を進めていく。
「いえいえ、特別なことはなにも。敢えて申し上げますならば、今後はラコーツ地方でもよき商いをさせてもらえればと思っておりますが……」
「好きにせよ。この地において、奴隷を禁ずる法はない」
「ありがたき幸せにございます、閣下。差し支えなければ、今後ともよしなにしていただきたいものですな」
奴隷商はニンマリと満足げな笑みを浮かべると、慇懃にお辞儀をして応接の間を出て行った。
ひとり残されたシスティナだけが、連れられて来たときと変わらず生気のない顔つきでポツンとその場に立ち尽くしている。
まさに茫然自失といった状態なのだろう。
実の弟のように思っていたアルトリウスとの関係が拗れてしまったことに対する後悔や憤りに加え、自分を売った父への憎しみと悲しみによって完全に押しつぶされているのだ。
本来のシナリオにおいてはここからさらなる追い打ちをかけるようにイェルバウトによる陵辱が行われ、あげくには臣下の騎士たちよって慰みものにまでされてしまうことになる。
その後、いちおうは物語中盤においてイェルバウトの居城ラクオルまで攻め上がってきたアルトリウスたちによって救出されるのだが、そのころにはすでに性奴隷としての生活が彼女を廃人同然まで追い込んでいた。
そして、アルトリウスとの邂逅によってはからずも正気を取り戻してしまった結果、それまでの凄惨な記憶を受け入れられずに発狂。最後は彼らの目の前で自害してしまうというあまりにも救われない結末が待っている。
(そんなの、いくらなんでも無理だって……)
俺はもう隠すこともできずにその場で深々と溜息を吐いてしまった。
迂闊に本来のシナリオから外れるような真似をすれば不測の事態を招く危険性があることは分かっている。
それによってゲーム知識が通用しないような展開になれば、他ならぬ俺自身を危険に晒す事態になってしまうことだって重々承知している。
だが、それでもなにもせず見捨てるにはあまりにも不憫すぎた。
アルトリウスがほんの少しでもシスティナのことを気にかけてやれば、こんな展開にはならずに済んだのだ。あのボンクラ、マジで許さんぞ。
「メリッサよ」
俺がその名を告げると、まるで呼ばれることが最初から分かっていたかのように応接の間の扉が開いた。
姿を見せたのは、飾り気のない侍従服に身を包んだ黒髪の女性だ。
パッと見はただのメイドのようにも見えるが、女性としては上背があり、手脚が長く無駄な脂肪を感じさせないすらっとしたその体躯には何処か洗練された武器のような印象を受ける。
その立ち振る舞いにも隙がなく、細縁のメガネの奥に光る紫色の瞳は研ぎ澄まされた剣を思わせるほど鋭い。
メリッサ——イェルバウト専属の侍女であり、同時に密偵と警護役を務める懐刀的な存在だった。
もともとは敵対している諸侯が差し向けてきた暗殺者なのだが、圧倒的な強さを誇るイェルバウトの前に任務は失敗、しかし、その際に能力の高さを見込まれたことからエルザのときと同様に陵辱からの懐柔という形でイェルバウト陣営に寝返ったという設定がある。
その出来事がいつごろのものかは不明だが、ゲーム開始時点ではすでにイェルバウトに心酔しきっており、最終決戦の際には身を挺して彼が撤退するまでの時間を稼ぐだけでなく、アルトリウス側に寝返ったディミトリを巻き込んで自爆するという大きな見せ場も用意されている。
まさに忠臣と呼ぶに相応しい存在である。
といっても、あくまで専用デザインのある敵側のNPCのひとりに過ぎず、いわゆるエロシーンなどは存在しないのが残念なところではあるが……。
「お呼びでしょうか、閣下」
メリッサは抑揚を感じさせない声音でそう発すると、後ろ手に扉を閉めながらチラリと横目でシスティナのほうを見やった。
俺は再び迫り上がってくる溜息の気配を押し殺しつつ、焦りや動揺が表に出ないよう細心の注意を払って告げる。
「この者にもう少しまともな服を与えてやれ。それと、ついでに湯浴みでもさせてやるといい」
「はっ……」
短く答えるメリッサの瞳は何処か物言いたげに揺れているようにも見えたが、特に異論は挟んでこなかった。
彼女は空席になった椅子の横で未だ立ち尽くしているシスティナのそばまで歩み寄ると、その手を引いて再び扉のほうへと戻っていく。
そして、部屋を出る直前、扉に手をかけながら首だけをこちらに向けてこんなことを問いかけてきた。
「先の商人については、いかがいたしますか」
「なにかおかしな動きはあるか?」
俺は胸の奥底で重苦しいものが蠢くのを感じながらも、イェルバウトの仮面でその上に蓋をしながら訊き返す。
「帰る前に城内を見学させてほしいとのことで、色々と見てまわっていたようです」
「領内から出る前に始末しておけ」
「はっ」
俺の答えにやはり短く応じると、そのままメリッサは応接の間を出ていった。今度は特に疑念を抱かれることもなかったようだった。
始末する。それは、決して歪曲的な比喩などではない。
あの奴隷商が生きてこの地を出ることはないのだ。何故なら、彼はこれからイェルバウトと本格的に敵対することになるダーゼンブルグ候爵家の息がかかった者だからである。
当然、これは本来のシナリオに準じた流れでもあった。
イェルバウトは最初からすべて悟った上で奴隷商から貴族の娘の献上を受け、そこからはじまる貴族同士の内紛に自ら身を投じていくことになるのだ。
だから、これは避けられない選択だった。
とはいえ——。
(ろくでもないヤツとはいえ、間接的に俺の手で殺してるようなもんだよな……)
正規シナリオに齟齬が出ることを承知でシスティナに温情を見せる傍らで、名もなきNPCを容赦なく殺そうとしている。そんな自分の身勝手さに、なんだかやるせない気分だった。
どうせイェルバウトの体を乗っ取ってしまうなら、せめてその豪胆さの一部だけでも俺に宿ってくれればよかったのに……。