戦記エロゲーの最強悪役貴族に転生したので暴虐のかぎりを尽くそうと思ったのに、なぜかヒロインたちに激重感情を抱かれるようになった 作:佐間野 隆紀
コンコン――と、扉を叩く音に目を開ける。
執務室に戻って軽く仮眠でも取るかとベッドの上で横になっていたのだが、うっかりそのまま熟睡してしまったようだ。
さすがに何時間も眠っていたということはないと思うが、少なくとも扉をノックされるまでは完全に意識が途絶えていた。
この間にメリッサのような凄腕の暗殺者でもきていたら、確実に息の根をとめられていたことだろう。
それなりにイェルバウトの真似事は上達してきたと思うが、まだまだ俺には緊張感が足りないらしい。
「入れ」
いそいそとデスクのほうへ場所を移しながら、扉に向けて告げる。
さすがにベッドの上でゴロ寝をしたまま出迎えるというのは、女を抱いている最中でもなければいささかイェルバウトらしさに欠ける気がしたのだ。
「失礼します」
ガチャリと扉が開き、二人の女性が姿を見せる。
メリッサとシスティナである。
前に立つメリッサは先ほどとまったく変わらぬ侍女服姿で、これは当然と言えば当然なのだが、何故かその後ろに控えるシスティナはバスローブのようなものを羽織わされているだけだった。
「まともな服を用意してやれと言ったはずだが?」
俺が訊くと、メリッサは眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせる。
「用意はしてございます。おたわむれがお済みになられましたら、お声がけください」
そう言って恭しくお辞儀をすると、最後に一度だけ物言いたげな目線をこちらにくれたあとで部屋を出ていった。
おそらくはシスティナに対する俺の態度になにかしら違和感を覚えているのだろう。
俺がこの体を乗っ取ってしまったあとで本格的に相対することになったエルザとは違い、メリッサが心酔しているのはあくまで本来のイェルバウトのほうだ。
この調子で迂闊な行動を取り続ければいずれ彼女の不信を買うことになり、場合によってはそれが俺の命を脅かすことに繋がってくる危険性もある。
今回についてはもう今さら取り返しがつかないにせよ、今後はさらなる注意が必要かもしれない。
「……わたしを、どうするつもりですか」
――と、そのとき、執務室の扉の前に立つシスティナがポツリと口を開いた。
可憐な声だった。
ゲームプレイ時はお姉さんキャラということでもう少し落ち着いた声音を想像していたが、どちらかというとまだ幼さの残る声だ。
現実の日本でいえばまだ大学生くらいの年齢だろうし、年相応といえば年相応なのかもしれない。
湯浴みをして少し落ち着きを取り戻したのか、こちらを見つめる瞳には先ほどより幾分か生気が戻っているようにも見える。
しかし、その分だけ警戒や不安、恐怖の色がはっきりと滲んでいた。
「わざわざ説明が必要か?」
いちおうイェルバウトらしく振る舞いながら、デスクを立ってシスティナのほうへと歩み寄っていく。
その髪はまだしっとりと濡れており、バスローブの隙間から垣間見える素肌はまるで剥き身のゆで卵かと思うほど白くつややかだ。
あまりにも美しく、そして、艶めかしかった。
今すぐその体を抱きしめ、心ゆくまで味わいたい――望めばいつでも実行に移すことができる状況ゆえに、どうしてもそんな下心が脳裏をチラついてしまう。
(くそ……落ち着け、俺……)
早くも俺の理性は決壊の兆しを見せはじめていたが、それでも頭の中では必死に自制をかけ続けていた。
今ならまだシスティナを傷つけない方法を選ぶこともできる。
もちろん、それによってこの先の展開が大きく変わってしまう危険性は無視できないが、だからといって今さらシスティナを見殺しにするような真似も俺にはできない。
であれば、中途半端に手を出すような真似はせず、いっそこのまま客人として迎え入れてしまうという選択だって選べるはずなのだ。
だというのに――。
(でも、別にヤッてしまってもいいんだろ……?)
俺の中のスケベ心が、素直にその選択肢を選ばせてくれない。
システィナが悲惨な末路を迎えるのは、あくまでもイェルバウトが彼女を臣下たちの性奴隷としてあてがってしまったからではないか。
エルザやメリッサのように手許においておけば、少なくとも廃人化からの発狂、自害するような結末は避けられるのではないか。
仮にここでシスティナをヤッてしまったとしても、それが即座に彼女の惨たらしい結末に繋がるわけではないのではないか――。
「覚悟は、できています……」
そんな邪な葛藤をひたすら脳内で繰り広げる中、ポツリとシスティナが呟いた。
その視線が向く先は、俺ではなく自分の爪先だった。
警戒、不安、恐怖――それまで瞳に宿っていた感情の中に、新たにもう一つの色が加わっている。
諦め。それはこの現状に対するものなのか、あるいはそれまで信じてきた友や家族に対するものなのか、判断はつかなかったが――。
気づいたとき、俺はシスティナの体を強く抱きしめていた。
「……ッ!?」
焦ったのはシスティナのほうだろう。
俺だって、まさかこの期に及んで咄嗟に出た行動が抱擁になるとは思わなかった。
なんだか急にやるせなくなってしまったのだ。
改めて思い返すまでもなく、システィナは奴隷としてここに連れてこられる以前からすでに絶望の極地にいた。
ゲームとしてプレイしているときはあくまでフィクションだからと割り切れていたが、目の前にいるシスティナは、少なくともこの世界の現実としてこれ以上ないほどに傷ついている。
だというのに、ついついスケベ心に支配されてしまう俺のなんと浅ましいことか。
「俺が、忘れさせてやる」