ガギィィィッ!
耳を劈くような、硬質で不快な破壊音が地下室の静寂を引き裂いた。
フェンリル・ファングの錆びた先端が、延髄ポートの防護シャッターを無理やり食い破ったのだ。
薄い保護カバーがひしゃげ、割れ、刃がそのまま精密な電子回路の隙間へと強引にねじ込まれる。
金属同士の擦過音。骨に似た硬い感触。
ジャックの受け口が裂ける嫌な手応え。
それらすべてが、グットルムの掌にまとめて返ってきた。
その衝撃は、ただの物理的な破壊に留まらなかった。
シグルドの巨体が跳ねた。
まるで巨大な落雷を背骨へ直接打ち込まれたかのように、全身が大きく反り上がる。
整備ポッドの拘束ベルトが千切れんばかりに軋んで悲鳴を上げ、人工筋肉の束が一斉に膨張する。
肩の排熱ダクトから冷却ガスが爆発的に噴き出し、白煙が視界を埋めた。
ポッドのフレームがきしみ、床に固定されたボルトが一本、甲高い音を立てて弾け飛ぶ。
同時に、穿孔されたポートからどす黒い飛沫が噴き上がった。
赤黒い合成オイルと、乳白色の冷却液、そして微細な金属片。
それらが混ざり合い泥のようになって飛び散り、グットルムの顔を、そして床に転がるジャンクパーツを染めた。
唇に入ったそれは、機械の鉄の味と、彼自身の涙の塩っぱさが混ざった、ひどく泥臭い味がした。
同時に、地下室全体にアラートが鳴り響いた。
赤い警告灯。
割れた電子音。
義体内部から漏れ出る断末魔のようなシステムボイス。
『CRITICAL BREACH(重大な侵害)』
『MEDULLA PORT DAMAGE(延髄ポート損傷)』
『UNKNOWN INTRUSION(未知の侵入)』
『VIRAL STREAM DETECTED(ウイルスストリーム検出)』
フェンリル・ファングの注射器から流し込まれた致死性ウイルスが、シグルドの電脳へと侵入する。
それは液体というより、毒の意志だった。
シグルドの電脳と義体を繋ぐ最深部の回路へ、焼けた針金のようなノイズがなだれ込む。
保護壁を食い破り、認証層を逆流し、脳神経インターフェースの中枢へ食い込んでいく。
シグルドの視覚素子が不規則に明滅し、電脳の防壁が次々と焼き切られていった。
天上層ヴァルハラでは、グンナルがグラスを唇へ運びながら、その一部始終をスクリーンで眺めていた。
上質な赤ワインの色は、スクリーンに映る黒赤い飛沫と不気味に似ていた。
「そうだ」
グンナルは囁き、勝ち誇ったように口角を吊り上げた。
「それでいい」
スクリーンの向こうでシグルドの巨体が苦悶に大きく跳ねるたび、ワインの表面が揺れる。
絶対的な力を持つ野獣を自分の手で壊しているという、暗い歓喜と微かな恐怖によって、彼自身の指先が知らず知らずのうちに震えていたからだ。
グンナルはその揺れを楽しんでいた。
ハッキングとは結局、暗号でも論理でもなく、最も柔らかい場所へ最も硬い暴力を差し込むことなのだと。