※この作品はR-18です。

野獣の電脳に火を放て   作:一丸壱八

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第10話 凶刃穿孔(ジャック・イン)

 ガギィィィッ!

 

 耳を劈くような、硬質で不快な破壊音が地下室の静寂を引き裂いた。

 フェンリル・ファングの錆びた先端が、延髄ポートの防護シャッターを無理やり食い破ったのだ。

 薄い保護カバーがひしゃげ、割れ、刃がそのまま精密な電子回路の隙間へと強引にねじ込まれる。

 金属同士の擦過音。骨に似た硬い感触。

 ジャックの受け口が裂ける嫌な手応え。

 それらすべてが、グットルムの掌にまとめて返ってきた。

 

 その衝撃は、ただの物理的な破壊に留まらなかった。

 シグルドの巨体が跳ねた。

 まるで巨大な落雷を背骨へ直接打ち込まれたかのように、全身が大きく反り上がる。

 整備ポッドの拘束ベルトが千切れんばかりに軋んで悲鳴を上げ、人工筋肉の束が一斉に膨張する。

 肩の排熱ダクトから冷却ガスが爆発的に噴き出し、白煙が視界を埋めた。

 ポッドのフレームがきしみ、床に固定されたボルトが一本、甲高い音を立てて弾け飛ぶ。

 

 同時に、穿孔されたポートからどす黒い飛沫が噴き上がった。

 赤黒い合成オイルと、乳白色の冷却液、そして微細な金属片。

 それらが混ざり合い泥のようになって飛び散り、グットルムの顔を、そして床に転がるジャンクパーツを染めた。

 唇に入ったそれは、機械の鉄の味と、彼自身の涙の塩っぱさが混ざった、ひどく泥臭い味がした。

 

 同時に、地下室全体にアラートが鳴り響いた。

 赤い警告灯。

 割れた電子音。

 義体内部から漏れ出る断末魔のようなシステムボイス。

 

『CRITICAL BREACH(重大な侵害)』

『MEDULLA PORT DAMAGE(延髄ポート損傷)』

『UNKNOWN INTRUSION(未知の侵入)』

『VIRAL STREAM DETECTED(ウイルスストリーム検出)』

 

 フェンリル・ファングの注射器から流し込まれた致死性ウイルスが、シグルドの電脳へと侵入する。

 それは液体というより、毒の意志だった。

 シグルドの電脳と義体を繋ぐ最深部の回路へ、焼けた針金のようなノイズがなだれ込む。

 保護壁を食い破り、認証層を逆流し、脳神経インターフェースの中枢へ食い込んでいく。

 シグルドの視覚素子が不規則に明滅し、電脳の防壁が次々と焼き切られていった。

 

 天上層ヴァルハラでは、グンナルがグラスを唇へ運びながら、その一部始終をスクリーンで眺めていた。

 上質な赤ワインの色は、スクリーンに映る黒赤い飛沫と不気味に似ていた。

 

「そうだ」

 

 グンナルは囁き、勝ち誇ったように口角を吊り上げた。

 

「それでいい」

 

 スクリーンの向こうでシグルドの巨体が苦悶に大きく跳ねるたび、ワインの表面が揺れる。

 絶対的な力を持つ野獣を自分の手で壊しているという、暗い歓喜と微かな恐怖によって、彼自身の指先が知らず知らずのうちに震えていたからだ。

 グンナルはその揺れを楽しんでいた。

 ハッキングとは結局、暗号でも論理でもなく、最も柔らかい場所へ最も硬い暴力を差し込むことなのだと。

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