右腕の独立回路が、沈黙した本体の中枢神経を強引に掌握した。
再び電源が入ったかのようにギシリと全身を震わせた直後、シグルドの巨体が、投擲の反動を生み出すためだけに、機械的な動作でポッドを蹴り飛ばした。
その反動を利用し、右腕は赤熱したG-R-Mのブレードを、全出力をもって投擲した。
轟音が、地下室を吹き飛ばした。
放たれた魔剣は、空気を陽炎のように歪ませる熱線を纏い、メンテナンス・ルームの分厚い防弾ガラスとコンクリートの壁を、紙細工のように粉砕した。
ブレードは地中配線を焼き切り、超高周波振動によって周囲の空気を抉って推進力に変えながら、上昇シャフトの強烈な排気流に乗って、火花と金属片の尾を引きながら天上層方向へ駆け上がる。
途中で配管を砕き、通信ケーブル束を断ち、保守用ドローンを真っ二つにしながら進む。
停止コードも隔壁閉鎖も、物理速度の前には遅すぎた。
ハッキングとは本来、鍵穴を探す知的な作業のはずだ。
だが野獣の死後の反撃は違った。
進路上のすべてを壊すことで最短距離を作る、まさしく圧倒的な物理的ハッキングだった。
一方、天上層ヴァルハラの違法コンソール・ルームでは、グンナルがワイングラスを傾けていた。
グットルムがシグルドを刺し、最後に野獣の右腕が少年を両断するまで、そのすべてを特等席で鑑賞していた彼は、自身の勝利を確信していた。
「これで、ようやく静かになる」
だが次の瞬間、コンソールが甲高い警告音を上げた。
スクリーン上に、真っ赤なエラーメッセージの洪水が割り込んでくる。
『PHYSICAL PROJECTILE DETECTED(物理的飛翔体接近)』
『SHIELD FAILURE(シールド喪失)』
「何だと?」
グンナルの顔から血の気が引き、理性の仮面が崩れた。
ありえない。シグルドの電脳はとっくに焼き切れたはずだ。
だが、壁の向こうで何かが迫る音がした。
最初は低い唸り、次に鉄骨の裂ける音、さらに幾重もの防壁が破断していく破裂音。
ズガン! ズガン! ズガガガン!
最後の壁が爆ぜて、G-R-Mが飛び込んできた。
赤熱し、高周波振動の唸りをまとった刃が、グンナルへ突進する。
彼は咄嗟に身を捻り、かろうじて躱した。
刀身はコンソール・ボードを貫き、その奥の巨大なメイン量子コアへと物理的に突き刺さった。
一拍遅れて、
コア内部に流れ込んだ逆探知コードと、G-R-Mの超振動過熱機構が、演算中枢を物理的に破壊し、融解させたのだ。
ヴァルハラ中枢の一角が、内側から炎を噴き上げる。
爆発の衝撃で、グンナルの体が吹き飛んだ。
完璧に仕立てられたスーツが裂け、皮膚に無数の金属片が食い込む。
床へ叩きつけられた彼は、視界の中で燃える白と銀のクリーンルームを見た。
そこでようやく、彼は本当の意味で理解した。
自分は拒まれたのだ。
神にも、野獣にも、そして最後には、道具である剣そのものにも。
「こんな……こんな、非合理な……」
咳と一緒に吐き出した血は、さっきまでグラスの中にあったワインとほとんど同じ色だった。
コンソールの残骸に突き刺さったG-R-Mは、なお唸っている。
その向こうに、あの泥と血に塗れた義弟の顔が見えた気がした。
無言で、自分ごとすべてを地獄へ引きずり込もうとしている顔だ。
「やめろ……!」
誰に向けた懇願だったのか、自分でも分からなかった。
だが、もう何も止まらない。
メインコアの連鎖爆発が広がり、崩落した天井のコンクリートがグンナルを押し潰す。
彼の絶叫は、轟音にかき消された。
地下のメンテナンス・ルームでは、すべての音が失われていた。
最後の一撃を放ち、全てのエネルギーを使い果たしたシグルドの右腕が、力なく床に落ちる。
完全に光を失った野獣の巨体は、スリープ・ポッドから崩れ落ち、真っ二つになった少年の血溜まりの上に重なるようにして沈黙した。
メインコアの破壊により、施設の照明が明滅を繰り返した後に消えた。
暗闇の中に、火災を知らせる非常用サイレンが無機質に鳴り響く。
地上の熱い血とオイルが、シグルドの義体から漏れ出す冷却液と混ざり合い、静かに広がっていく。
野獣の電脳に放たれた火は、裏切りの火であり、執念の火でもあった。
それは誰ひとり救わない炎だったが、少なくとも、クリーンルームの王だけは道連れにした。
床に並ぶ二人の亡骸は、静寂の中で一つに溶け合った。